48、チェスティ王国、決着
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、旧友が反乱を起こそうとしていることを知る。
――カリナが反乱を起こす。それも、勝算の低い反乱を。
そう聞いたリュシアーナは、動揺した。その後すぐに皇子宮に戻り、カリナに中止するように手紙を送ったが、間に合ったかどうかもわからない。
リュシアーナは、この数日を落ち着かない気分で過ごしていた。
(……犠牲がでることなんて、当たり前のことでしょう)
平静ではないと自覚するリュシアーナは、自分に言い聞かせる。
皇帝の暗殺を実行するシクルの王女は、ことを成せば、確実に処刑される。彼女も犠牲になる。だが、カリナが犠牲になると考えると、心が落ち着かない。
リュシアーナは、長く息を吐いて、心の内を整理することにした。
(シクルの王女は、自身の復讐のために実行する。カリナは?)
カリナは、才覚を活かして、騎士団を率いることを夢見ていた。反乱を起こすことが目的ではない。
――ならば彼女は、何のために反乱を起こすのか。
(わたくしを皇帝にするため。そして、わたくしの代で、才あるものが、性別に関わりなく活躍できる国になることを望んでいるから……)
自分のために命をかける人がいること自体、リュシアーナには慣れないことだった。今までリュシアーナは、騎士たちに守られていた。しかし、それはボナート公爵の娘、もしくは、第一皇子の妻であったからだ。
肩書きで守られていたに過ぎない。だが、カリナは、リュシアーナ自身の力を信じて身を捧げるのだ。
――正直に言うと、それがとても怖かった。
ルカに選ばれたものの、皇帝になれたとして、彼女たちの期待に応えられるのか。たった数年で何も成せずに引き摺り下ろされるかもしれない。
(カリナたちがわたくしに賭けたくれた意味がなくなる……)
襲ってくる不安感にリュシアーナは、思わず手首を握っていた。だが、ルカからもらった銀色の小さな笛はすでにない。
ただ自身の脈を感じて深く息をする。
しばらくそうしていると、ようやく心が静まってきた。
「……リュシアーナ様」
遠慮がちな声が届き、リュシアーナは頭を上げる。侍女のランが、書簡らしきものを持っていた。
カリナからだろうか。
リュシアーナは、それを受け取って、読む。書簡はカリナからのものだった。
『私は私のために剣をとる。誰もが私利私欲のために動き、最後に勝った者だけが、その行動を大義で上書きすることができるのだ』
カリナらしくない詩的な文面だ。その意味をすべて理解することはできないが、カリナが自分のために動くという意思表示であることは確かだ。
(引き返すつもりはないのね……)
これ以上、カリナに言葉をかけても意味はないのだろう。リュシアーナは、消化しきれない感情を抱えながら、書簡をランに戻した。
「リュシアーナ様、もう一つ。第二騎士様が、お時間がある時に伺いたいと」
「今からそちらに行くわ」
リュシアーナが答えると、すぐにランは伝えに行ってくれた。
皺になった袖を軽く整えて、鏡を覗く。そして、微笑みをつくった。
鏡に映る自分は、いつも通りだ。
(わたくしも……わたくしが為せることをするだけよ)
リュシアーナは、かつんとヒールを響かせて、歩き出した。
白狼騎士団の作戦室に向かうと、第二騎士のリシャル・バウスが迎えてくれた。
「ご足労いただきありがとうございます」
「いえ、こちらの方が早いでしょう」
恐縮するリシャルに微笑んで応えた。
「殿下から連絡がありました。チェスティ王国の国王が降伏したようです」
リシャルから渡された手紙をリュシアーナは読み込む。
あまりにも早い決着だ。
ヒル砦を取り返してから、ひと月も経っていない。何年もの間、落としあぐねていたとは思えないほど、呆気ない結末だった。
「……これは?」
リュシアーナは、気になる文を見つけて、リシャルに問う。
副騎士団長率いる帝国騎士団に不信感を持たれたかもしれないと、あったのだ。
「伝令の騎士に聞いたところ、チェスティ王国を守護する魔法使いがいたようなのです。殿下はその魔法使いと交渉し、少しの間、互いに手を出さない約束をしました」
「その魔法使いは、チェスティ王国の魔法使いではないのですか?」
「はい。チェスティ王国に雇われた魔法使いです。魔法使いの国、魔道帝国の魔導師だとか」
一気に話が怪しくなる。メルデンがくれた情報を信じるならば、その魔導師は、歌劇魔導師のはずだ。
なぜエヴァリストが歌劇魔導師と交渉できたのだろうか。
魔道帝国は、傭兵業を生業にしている。一国を落とせる兵器でもある魔導師や稀少な能力を持つ魔法使いを他の国々に派遣しているのだ。
だが、二十人といない魔導師をチェスティ王国が雇用できたとは思えない。雪の国であり、豊かとはいえないチェスティ王国が、莫大な契約金を用意できるわけがないのだ。
「魔導師との交渉と、帝国騎士団の信用がどう繋がるのでしょう?」
「そこまでは、伝令もわからないようでした。ただわかっているのは、今回のチェスティ王国降伏の決定打は、青剣騎士団です。王宮に侵入し、国王とその王女を生捕りにしたようです」
またルカに企みを暴かれ、美味しいところを持っていかれたのか。
リュシアーナは、言葉足らずな手紙から、エヴァリストが大っぴらには言えないことを企んだのだと予想する。懲りないものだ。
しかも、今回は立ち回りが悪かったのか、青剣騎士団だけでなく、帝国騎士団にもその本性を見抜かれたようだ。
ともあれ、エヴァリストの白狼騎士団の評価が下がるのだろう。反対に青剣騎士団の名声が上がる。
帝国騎士団に所属する騎士たちのほとんどが、貴族だ。今回の件はすぐに社交界に広まるだろう。失墜した信頼を回復することは非常に難しくなる。
次期皇帝を狙う立場からすれば、実に手痛い失態だ。
「……失望、なさいましたか?」
以前、リュシアーナが言った言葉をリシャルは覚えていたようだ。くすんだ青の瞳が、心配そうに見ている。
「いえ、まだ何をなさって信用を失ったかは、聞いておりませんから」
エヴァリストの性格を考えるに他者を貶めて出し抜く方法を選んだのだろう。だが、リュシアーナは、首を横に振った。
すでに失望するしないの話ではない。エヴァリストの評価がどうなろうと、リュシアーナは彼を利用して、皇帝になるだけだ。
「……帝国騎士団と協力し、チェスティ王国を追い詰める方法では、殿下は満足されなかったのでしょうか」
ふと、リシャルがこぼした。
「わたくしにはわかりかねますわ」
「申し訳ありません」
リシャルは、はっとして、恥じるように口を結んだ。無意識に出てしまった言葉なのだろう。
「多くを得ようとしてしまうのは、それだけ焦っておられるからでしょう」
リュシアーナは、いつもはかけない言葉をかけた。
いつまでも後継を指定しない皇帝と常に並んでくる第二皇子、そして、厄介な騎士を引き入れた第三皇子。さらに、第一皇子でありながら、生母の身分が低いこと。
様々な要因が、エヴァリストの言動に作用している。
「そうなのかもしれません……。少し別の方法で、殿下を支えられるように致します」
最初から堅実で誠実であれば、結果は違っていたかもしれない。足元の領地経営と向き合い、敵味方関係なく貴族たちに働きかけ、着実に功績を積み重ねたのなら……。
(第一皇子という肩書きだけで、有利な位置にいたのに)
このファリーナ帝国では、第一皇子が皇帝に就くことが多い。
生母が子爵家であったとしても、歴史を重んじる貴族たちの中では、第一皇子を尊重している。ボナート公爵家もその類だった。
「バウス卿!」
いくつか伝令について確認していると、作戦室に一人の騎士が飛び込んできた。
「何事だ」
焦る騎士を見て、リシャルが立ち上がった。
「反乱です! ベルティ辺境伯が裏切り、シクル王国と共に帝都に進軍してきました!」
――ついに始まった。
リュシアーナは、目線を落とす。カリナは突き進むことを選んだのだ。




