46、三人の魔導師
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、久しぶりに帝都に出かけていた。
リュシアーナは侍女たちとともに皇宮の外に出ていた。帝都の店で買い物をする予定なのだ。そして、買い物の後に人と会う約束をしているが、エヴァリストには買い物をするとだけ伝えるように言ってあった。
(わたくしの予定など気にしていないでしょうが……)
いつも皇宮に商人を呼びつけているため、自分の足で買い物をするのは久しぶりだ。
帝都の大通りの皇宮に近い方では、背の高い建物が並んでいる。贔屓にしているドレスの店もその中にあったが、今日は立ち寄らずにさらに大通りを進んでいく。
大通りの半ばには、大きな広場がある。その広場の外周には屋台が並んでいて、とても賑わっていた。
広場に近づくにつれて、建物の高さが低くなっていく。これは、広場の奥に舞台が用意されているからだ。それぞれの建物の上階から演目が見られるようになっているのだ。
とはいえ、演目は平民向けに行われるものが多く、ほとんど貴族が使うことはない。
(一度、広場の演目を見にきたことがあったかしら……)
建国の英雄譚を小さな劇団が開催するのだと聞いて、リュシアーナはカヴァニス公爵家の双子たちとともに見にいったことがある。近くから見たくて、広場から見ていたのだが、体の小さい双子たちには不評だった。
双子たちは、それぞれの護衛たちに肩車をねだっていたのを思い出す。小さすぎて、舞台が見えないのだ。あの双子は本当に小さくて可愛かった。
リュシアーナは懐かしくなりながら、広場のすぐそばの店に入ったのだった。
店を色々と回った後、リュシアーナはあるレストランに入った。支配人はリュシアーナを見て、すぐに一番いい個室に案内する。
「――どうも、お嬢さん」
個室では先に白い髪に黄金色の瞳をした青年、メルデンが待っていた。以前会った時のような異国風の服ではなく、ファリーナ帝国で馴染む服を着ているが、相変わらず様々な宝飾品を身につけていた。動くだけでしゃらしゃらと音を立てていたが、不思議と派手な感じもなく、洒落ている。
彼とは、クライフ男爵領で出会い、ワームの大群から港街を守るために奔走した縁で手紙をやりとりしている。ただし、彼はグリフォン商会の代表を名乗っているものの、本当はシャフラン王国の高官に近い立場だ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「いや、時間通りだ」
案内された個室は広くて、人目を気にしなくていい造りになっていた。第一皇子妃が男と会っていたことは誰にもわからないだろう。買い物に疲れたリュシアーナがレストランで休憩した。そういう風に見えるはずだ。
「元気にしてたか?」
「ええ」
席についたリュシアーナはにこりと微笑んだ。
「なら早速……うちの過激派は派手に散っていった。だが、デュラハンの噂で新たな過激派ができそうな動きがある。まだ少しの間は、この国には手を出さないはずだ」
クライフ男爵が巻き込まれた、南部領主のカトリン侯爵が始めた密貿易では、皇帝の命令で魔物の卵が取引されていた。取引相手は、シャフラン王国だったが、その相手は失脚したようだ。
「こちらは戦犯を隠居に押しやり、なかったことに。南部の領主たちから連絡はありませんし、再開する気はないかと」
ファリーナ帝国の現状をメルデンに伝える。
「そういや、狼はどうした?」
リュシアーナは手首を一瞥した。狼というのは、ルカの配下である二匹の狼のことだ。
小笛は返した後で、すでに手首にはない。もうこちらから頼ることはできない。
そして、メルデンが聞きたいのは、狼の主である変幻魔導師のことだろう。
「心配していただかなくても大丈夫です」
「本当かよ」
メルデンは、前回の去り際に変幻魔導師がある国の島を住民共々沈めた危険人物だと忠告をくれていた。
「……でも、どうやってあんなイかれた大物と出会ったんだ?」
「あなたこそ、その口ぶりだと、直に会ったことがあるようですね」
メルデンにだけ情報を与えるつもりはない。今ルカは、チェスティ王国に進軍している。
「わかった。俺も言う。だから教えてくれないか?」
何がそんなに気になっているのか、メルデンは身を乗り出してきた。
「わたくしは知らなくてよいかと……」
「そう言うなよ。魔導師たちの動向を教えてやるからさ」
それは、クラリーサも掴んでいない情報だろう。しかし、ルカに関する情報を与えるのは躊躇いがある。
「そんなに大切なのかよ。まぁいいや、お嬢さんに一方的に恩を売ることにするか」
「なぜそこまでわたくしに?」
メルデンは、リュシアーナに何の見返りを求めているのだろうか。ファリーナ帝国で妃は、子どもを産むだけの道具であり、リュシアーナは子どもを産んですらいない。
「俺の勘。お嬢さんとコネを作っておいて損はないってさ」
自信ありげにメルデンが答えた。確かにリュシアーナの野望が成就すれば、そうなるかもしれない。
「そうですか。では、出世払いしますわ」
「言うねぇ。……今この国の近辺で動いている魔導師は、三人だ」
メルデンは声を潜めた。
「北の国チェスティ王国に歌劇魔導師が派遣された。それは確実。二人目は、ファリーナ帝国に紅蓮魔導師が来ているって噂がある」
歌劇魔導師に紅蓮魔導師。魔法使いの国に詳しくないリュシアーナは、聞いたことがない名前ばかりだ。
「三人目は例の変幻魔導師。奴はここ一、二年息を潜めている。あまり戦争に参加もせず、他国に派遣されることも少ない」
「ずいぶん変幻魔導師を警戒しているのですね」
「そりゃあな。奴が魔導師になっての初仕事で何をやったと思う?」
ルカが魔導師になってからの話なんて聞いていない。ルカは話そうともしなかった。
リュシアーナは見当がつかなくて、横に首を振った。
「敵対国だった桜の国の王弟の懐に入り込み、王弟以外のすべての部下を皆殺しにしたんだ。王弟の面子は丸潰れだ」
メルデンから聞くルカは、残虐で冷酷な気分屋だ。対して、リュシアーナの知るルカは、合理的な悪戯好き。同一人物ではない気さえしてくる。
「お嬢さんも騙されないよう気をつけな」
リュシアーナは神妙な顔で頷いた。リュシアーナにとってルカは必要不可欠だ。しかし、ルカにとってはリュシアーナが皇帝になったところで得られるものは少ない。
薄々気づいていた。
ルカはリュシアーナが皇帝になる裏で何かを企んでいる。
「大丈夫ですわ。あの子に裏切られるなら、それはそれで受け入れるべきことですから」
大恩あるカヴァニス公爵家を助けられなかった。仇を取ることすらできていない。ルカには復讐する資格がある。
「……ふうん、あの子、ね。口を滑らせたな」
メルデンが面白がるような笑みを向けてくる。
「ええ。わたくしと友人があらゆる物事を教えました。あの子はわたくしたちが作り上げたようなものです」
だから、リュシアーナは余計に嘘かどうかわからない言葉で上書く。これには、メルデンも目を丸くしている。
「――歌劇魔導師についてもう少し教えてください。なぜチェスティ王国にいるのですか?」
チェスティ王国には、エヴァリストが向かっている。ファリーナ帝国が本腰を上げて侵攻しているのだ。だが、歌劇魔導師がいるのなら、手痛い反撃を喰らう可能性がある。
「軍隊相当の殺戮人形を操る魔法を使う。白兵戦なら全戦全勝を誇る魔導師だ。北に向かったファリーナ帝国軍は全滅だな」
想像以上に厄介な魔導師のようだ。
「……と言いたいところだが、この国には破閃があるからな。結果は読めない」
ファリーナ帝国で破閃を使える者は減少の一途で、さらにその中で北の国に向かった騎士は……ごく一部だ。
「紅蓮魔導師については? なぜこの国に?」
もう一人の魔導師も尋ねた。
「そいつはあまりいい噂は聞かない。魔法使いの国でも嫌われてる。ま、変幻魔導師に比べれば、悪人程度だがな」
「悪人……? 魔法使いの国の魔導師なのにですか?」
「あの国は魔法使い至上主義だ。他国で魔法使いでもない奴には何したって咎められないのさ。ただし、他国であっても魔法使いは保護しなければならない。紅蓮魔導師はそれを何度も破ってるって噂だ」
「……なるほど」
聞けば聞くほど魔法使いの国は、変わった国だ。魔法使いがすべてであり、魔法使いではない者が虐げられる国……。
――その国の国主が、魔法使いでもないリュシアーナの後見人になる。
それも、ルカの口添えで……。
(一体、ルカはどういう交渉をしたの?)
リュシアーナは言い表せないような不安を感じた。
その後、メルデンとしばらく情報交換をして、リュシアーナは、皇子宮に戻ったのだった。




