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閑話 ベスタ王国

これは、二十年ほど前に遡った頃のベスタ王国での一幕――。



ファリーナ帝国の騎士たちが、市街地に入り込んできた。


塔の最上階で膝をつく。この塔は、建物全体が魔道具となっており、魔力を増大させてくれていた。


だが、それでも魔力が底をつきかけている。


(私が……最後なのに)


当代最強の魔法使いは、自分だ。そして、もう自分以外の魔法使いは討ち取られていた。


ベスタ王国の王太子、ルーア・フォン・ベスタは、滝のように流れる汗を拭って、もう一度立ち上がる。


ベスタ王国は、突如としてファリーナ帝国に開戦を宣言された。国境の壁が爆破されたとか、こちらには全く身に覚えのないことを並べ立てられた。


話し合いのために送り込んだ使節団は、誰一人帰ってくることはなかった。話し合いを待っているうちに、ただただファリーナ帝国の騎士がベスタ王国の民を殺していく。


(守らなければ……!)


中央の卓に描かれた王家の紋章に魔力を注ぎ込む。


倒れていた人形が動き出す。市街地を襲う騎士を排除するように命じれば、人形は自動的に動くのだ。


ルーアが耐えている内に父王が、民の脱出を誘導してくれるはずだ。少しでも騎士を食い止めなければならない。


そう思うのに騎士は、次々と人形を壊していく。騎士は誰もが剣を白光させていて、魔力を切る破閃を使っている。


――魔力で動く人形と破閃との相性は最悪だ。


そもそも市街地にある人形は、労働力として使っているだけで、戦闘用でもない。


王都まで来た時点で、ベスタ王国は降伏を申し出ていた。王族全ての首を捧げる代わりにこれ以上の戦闘は止めてくれと、嘆願していたのだ。


(それなのに、ここまで攻めてくるなんて……)


後手を取られたどころではない。


国境が破壊された時から何かがおかしかった。破閃だけではなく、もっと大きな力をファリーナ帝国は隠している。


耳の良いルーアには、途切れることなく民たちの悲鳴と断末魔が聞こえてきていた。


(逃げて……。ごめんなさい、守れなくて……)


やがてルーアの魔力が底をつく。力が入らず、ずるずると座り込んだ。


その時、最上階の扉が開いた気がしたが、ルーアの意識は闇に呑まれていった。




――気づけば、見知らぬ天井が見えた。


「あ、姉上……」


どこかに寝かされていたようだ。枕元にいる弟のカスペルがベソをかいている。五歳なのに泣き虫すぎる。


そこまで考えたところで、ばっと体を起こした。


「ここはどこっ?」


ベスタ王国の王都を守って……そこで力尽きたはずだ。


「お目覚めですか?」


尋ねてきたのは、魔法使いの女性だった。ルーアと同年代の二十歳にも満たない若い貴族の女だ。そして、何よりも目が引いたのは、透き通るような紫色の瞳。


「私は、レイシャ・カヴァニス。カヴァニス公爵夫人という立場ですの」


「カヴァニス……」


ファリーナ帝国の公爵家の名前だ。ということは、捕虜になったのかと思ったが、軟禁されている気配はない。


「古の縁より、あなた方二人を助けてほしいとお願いされまして……誘拐してしまいました」


レイシャは、小さく舌を出して笑った。冗談めかしているが、全く笑えない。


ルーアがいなければ王都は壊滅だ。民も虐殺の限りをつくされる。


だが、ルーアがいたとしても、その結末は変わらなかっただろう。魔力の尽きたルーアにできることはもうなかった。


「……古の縁とは、紫眼のことを言っているのですか」


ベスタ王国には、蛇神の国から鎧の一族が住み着いていた。それがいつしか王家の血と混ざり、ここまできている。だが、鎧の一族の特徴である紫眼は、すでに失われていた。


ルーアの瞳は赤紫色で、弟のカスペルは薄紫だ。多少の名残がある程度に過ぎない。


「はい。我々は剣の一族です。あなたのお父様が我々を頼ってきました。それに、私も鎧の一族が滅びることを王は望んでいないかと思いましたの」


「王? 蛇神の国の王を知っているのですか?」


蛇神の国は、存在自体が迷信に近い。


「そんな気がするだけですわ」


ふふっとレイシャが笑った。この女性は何を考えているのかわからない。だが、ルーアとカスペルを匿ってくれたことは確かなのだろう。


「私と弟を救ってくれたことに感謝します。しかし、そのような行動をとって大丈夫なのですか?」


仮にもファリーナ帝国の公爵家だ。帝国の意に沿わないことをしてもお咎めなしとは思えない。なにより帝国の皇帝は、ベスタ王国を王族ごと根絶やしにするつもりだった。


「族長が出向きましたから、誰にも知られていないはずです」


「族長……公爵は私たちをどうすると?」


「うん? 族長と公爵は別ですよ? 我々は族長の命令が絶対なのです」


「…………」


どうやらルーアの知る公爵家とはかけ離れているようだ。しかし、この浮世離れしたレイシャは、説明することもなくにこにこ笑っている。


「――頼む、頼むから、何かやる時は言ってくれ!」 


「めんどくさい」


その時、部屋の外の声が聞こえてきた。その声はどんどん近づいてくる。


「面倒じゃないんだよ。ああっ、兄上になんと説明すれば……!」


「適当でよかろう」


「よくそんな態度で生き残ってきたよ、この公爵家!」


二人の男が言い争っている。やがて扉が開いて、男たちが姿を見せた。


一人は、紫眼の長身の男で、もう一人は金髪に青い目をした男だった。後者の方には見覚えがある。


「……カヴァニス公爵」


バルドロ・カヴァニスは、他国との外交の場によく顔を出していたから、王太子だったルーアも見知っている。


「……ルーア王太子殿下、手荒に連れてきてしまい申し訳ありません。お加減はどうですか?」


先ほどまでの取り乱していた声とは打って変わり、丁寧な口調で彼は問う。


「大丈夫です。私たちをこれからどうするつもりですか?」


レイシャに聞いても埒があかない。ルーアは、同じことをバルドロに尋ねた。


「今のお名前は、捨てていただくことになるかと……。幸い弟君の顔は知られていませんし、この国なら王太子殿下の顔を知る者も少ない。亡命する手配をしましょう」


「…………ベスタ王国はどうなりましたか?」


名前を捨てなければ生き残れないのだろう。そうなると、ベスタ王国の末路は想像に難くない。


「王族は……あなた方以外にいません。お父上は最後まで気高くあらせられました」


嘘だ。すぐにわかる嘘だった。


ファリーナ帝国皇帝の過激さは、周辺国家に知れ渡っている。城門に首を吊るすくらいのことをやっているだろう。民たちも逃げきれなかった者たちは、皆殺しだ。


ルーアの脳裏に笑みを浮かべてくる家族や民たちの姿が過った。


「姉上……」


知らぬ内に涙が頬をつたい、弟に心配そうな目を向けられる。


「……弟の世話をお願いできますか?」


涙を拭いルーアは、言った。弟がまだ理解できなさそうな顔でルーアを見ていた。


「王太子殿下は?」


「私は……ベスタ最後の王族としての責任を取ります」


逃げた民たちがまだどこかを彷徨っているはずだ。彼らを導かなければならない。


「責任はお父上が取られたのだから……無理はなさらないでください」


「考えなしに言っているわけではありません。以前、勧誘された魔法使いの国に向かいます。そこなら、残った民ごと受け入れてくれるはずですから」


「そうですね……。わかりました。魔法使いの国に向かう手筈と、知り合いの騎士たちに頼んで、残った民たちと合流できるよう取り計らいましょう」


バルドロ・カヴァニスは、破格の対応を申し出てくれた。



……もうそれも二十年以上前のことだ。


ルーア・フォン・ベスタは、懐かしい顔を見て思い出していた。


「……姉上」


せっかくの再会だが、弟は幼い頃と変わらず、気弱な顔を向けてくる。


「まぁ、久しぶりなのに辛気臭い顔ねぇ? カスペル」


弟のカスペルは、ファリーナ帝国の騎士になっていた。何を考えているのか知らないが、特に口出しはしない。


それも弟の選んだ道だ。


「あ、姉上こそ、歌劇魔導師になられているなんて……存じ上げませんでした」


「私の魔力なら当然でしょ。まったく……一度は私の元に来なさいと誘ってあげたのに、それを蹴っておいて、私に何のお願いをしに来たの?」


弟の後ろには、金髪に青い目をした男がいる。おそらくファリーナ帝国の第一皇子だ。ルーアが目を向けると、その男はびくりと震えている。


威圧するように魔力を放っているから、普通の人間には、ルーアが凶悪な魔物のように感じるのだ。


「それは…………」


弟のカスペルが、頼み事を明かす。ルーアはそれを黙って聞いていた。


そして、少し考えた後に承諾する。



どうせファリーナ帝国は終わりだ。歌劇魔導師であるルーアがどんな選択をとろうと、それは変わらないだろう。



歌劇魔導師よりも、恐ろしい魔導師に目をつけられているのだから――。




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