44、ヒル砦の奪還
十五で婚約して、十八で結婚した。それから四年、二体目のデュラハンが、ファリーナ帝国の破滅を預言した。
デュラハンが後宮の門に血を撒いた日から、数日が経っていた。
リュシアーナの予想通り、早速動いたのは、チェスティ王国だった。
――ヒル砦が取り返されたのだ。
しかも、たった一日で奪還されたことだった。駐在していたファリーナ帝国の兵士たちを一瞬で制圧してしまったのだという。これではますます周辺諸国が増長するだろう。
リュシアーナは、私室にて、実家から届いた手紙を読む。差出人は、グリフォン商会のメルデンだ。
彼は、クライフ男爵領でワームの大群を討伐したときに出会った魔法使いの青年だが、その正体は真珠の国シャフラン王国の高官だと思われる。
そこにはファリーナ帝国を心配する文章が書き連ねられていた。シャフラン王国の過激派が騒ぎ出したと記載されている。
(やはりデュラハンが現れたことを好機と捉える国が大半ね……)
そして、最後はこう締めくくられていた。危なくなったら、避難してきてもいいと――。
まだリュシアーナを引き入れることを諦めていなかったようだ。リュシアーナの顔が綻ぶ。そこまで買ってくれているのは光栄だ。
「いい知らせ?」
その時、ひょいと肩口から覗き込んでくる者がいた。あまりにも突然で、リュシアーナは驚いて固まる。
「……え、何これ、ラブレターじゃん」
勝手に手紙を読まれたのと驚かされたので、むっとしたリュシアーナは、ルカの頬を思い切り引っ張った。
「いったあ!!」
ルカが頬を抑えて悶絶する。
「もっとまともな声のかけ方をしなさい」
ルカは痛みに悶えながら、リュシアーナの寝台に転がる。
ルカとは、祝勝会で見かけたのが最後なので、およそ一月ぶりだ。その祝勝会もどちらの騎士団が先にデュラハンを倒すかの勝負を仕掛け、慌ただしくしていたので、話す機会もなかった。
「……二体目のデュラハンはあなたの仕業でしょう?」
「あたりー」
先に確認しておくべきことを尋ねると、あっさりと肯定される。
ファリーナ帝国に混乱を招いて、リュシアーナたちが動く隙を作る。それが目的なのだろう。
「ん? 勝手なことして!って怒らないんだ」
ルカが不思議そうな声をあげた。
「わたくしは、一体目の存在を周辺諸国に仄めかすつもりだったわ」
「やりたいことが一致したってことか」
ルカはへらりと笑う。そして、彼は続けて尋ねてきた。
「で、その手紙は誰からなんだ?」
リュシアーナの手元にある手紙を指さし、ルカはにやにやと意味ありげな笑みを浮かべている。
「あなたは知らなくていいわ」
揶揄うつもりなのがわかって、リュシアーナは答えなかった。
「えー……ひどくない? 俺が一番リュシアーナのために頑張ってるのにぃ」
ルカが子供っぽく頬を膨らませる。
「あなたこそ、わたくしに知らせていないことがたくさんあるでしょう」
二体目のデュラハンの件にシクル王国の王女と手を組んだ件も……他にもルカが進めていることがあるだろう。
リュシアーナは、ルカの正面に立ち、改めて宣言した。
「ルカ、短期で国を奪るわ。シクル王女の件もあなたの案を進める」
この際、ルカに隠し事をされてもいい。だが、策の中心にはリュシアーナを据えるべきだ。すべての責任は、リュシアーナがとる。
失敗した末に首を飛ばされたとしても――。
「あなたは、わたくしに後ろ盾を用意すると言ったわね。具体的にはどんな後ろ盾なの?」
リュシアーナには、ルカが用意した仔細を知る必要があった。
問われたルカは、ぱちぱちと目を瞬かせた後に立ち上がる。ルカが至近距離でリュシアーナを見下ろす。
数秒、二人は見つめ合った。
先に目を逸らしたのは、ルカだ。リュシアーナの横を通り過ぎると、その手からキラキラとした光を放つ。
「これは俺のもう一つの魔法。幻影魔法。あらゆるものを幻で再現する能力だ」
光はやがて、一人の青年になった。浮世離れして美しく、まだ三十にも届いていないのに俗世とかけ離れた仙人のような雰囲気を纏う銀色の目をした長身の男だ。
再現だというならば、これは実際の人物なのだろう。
リュシアーナには覚えのない男だった。だが、白く長い髪から魔法使いであることがわかる。
「魔法使いの国、魔道帝国国主が、リュシアーナの後見人となる」
「…………は?」
魔法使いの国の国主は、恐ろしく有名だ。国主は魔導師から選ばれるため、今の国主もまた、雷帝魔導師という称号を持つ。
今の国主は、一人で五つの国を滅ぼした悪魔と名高い。並ぶ者のいない最強の魔法使いだ。
最強の魔法使いが、なぜ離れたファリーナ帝国の新皇帝を支持するのだ。あまりにも非現実的だ。
「俺が変幻魔導師となって働く代わりにリュシアーナの後見人になってくれるってさ」
さらっと付け足されて、リュシアーナは眉間を揉んだ。
リュシアーナたちに最も足りないのは、武力だ。それがたった一人で解決する。
「……ルカにそんな価値が?」
「ひどーい。頑張って強くなったのに」
子供っぽく頬を膨らませるルカにますます頭が痛くなる。
そもそも魔導師にならせてくれと頼む方ではないだろうか。それとも……ルカがそれほど稀少な力を持つ魔法使いなのか。
(落ち着きましょう……。確かに本当なら、強力な後見人よ。即位後、しばらくは周辺諸国を気にしなくてよくなるほどね)
だからこそ、ルカはデュラハンを使って、積極的に周辺諸国を巻き込もうとしているのだとわかった。いずれ、リュシアーナの後見人に魔導帝国国主がついたと知れ渡れば、誰も手出しできなくなるからだ。
思考を整理しているリュシアーナの目線の先で、ルカは幻影を消した。
「……ルカ、他にあなたが進めている策は?」
「シルキィ以外は特にないかなぁ」
鉱石の国の第一王女のことだろう。皇帝に恨みを持つ彼女を暗殺の実行者として仲間に引き入れる予定だ。
「その方の覚悟はあるの?」
「俺と同じくらいはある」
即答だった。
ひとえに暗殺と言っても、彼女が実行するのは、後宮内での暗殺だ。そこに逃げ場はない。そして、老いたとはいえ皇帝自身が剣士だ。女が凶器を持ち込んでもたかがしれている。
「ブリジッタに毒殺の準備を進めるよう指示しているわ」
だから、リュシアーナはブリジッタにあらかじめ手紙で伝えていた。
「俺も色々見つけた毒をあげたりしてるー」
薬学に秀でたブリジッタが作るのは、毒薬だ。
彼女なら意図を汲んで、後宮に持ち込むために毒には見えない何か新種を作り出そうとしているはずだ。皇帝を暗殺する手筈は整いつつある。ならば、リュシアーナが注力すべきは、その後のことだ。
どれだけ国内でリュシアーナにつく人間を増やせるか。それにかかっている。多少目立っても証明しにいかなければならない。
そのために領主代行の名を使い、エヴァリスト宛の手紙に返事を出している。勘の良い者ならば、エヴァリストの背後に誰かがいることがわかるだろう。
「あ、そうそう。青剣騎士団もチェスティ王国に駆り出されることになったから」
ルカが話題を変えた。また寝台に腰掛けると、リュシアーナを隣に誘う。
「再びヒル砦を攻めるのね」
リュシアーナが隣に座ると、ルカがへらりと笑った。
「取り返されたこと、皇帝が相当怒ってたからな。エヴァリストが先行するってさ。青剣騎士団は、後方の補給部隊」
「青剣騎士団が補給部隊? ヒル砦だけじゃないの?」
規模が大きそうだと感じたリュシアーナは問う。
「うん、これを機に進軍して、王手をかけるってさ。帝国騎士団は副団長が指揮を取るし、徴収兵もかき集められてる」
その規模なら、人々の注目は、チェスティ王国に集中する。その陰でシクル王国の王女を引き入れる策を進めることが可能だ。
「わたくしはこれを機に領主代行の名で各地に支援を始めるわ」
「しくじったら、笛でも吹けばいい。俺の配下が暗殺してくれるから」
そんなことはさせられない。邪魔者を排除してばかりでは、今の皇帝とやり方が変わらなくなる。
リュシアーナは、腕につけていた小さな笛をルカに返す。
「わたくしが失敗するはずがないでしょう」
「自信満々じゃん」
ルカはにやにや笑って、笛を受け取った。
リュシアーナはそのまま手を伸ばして、包み込むようにルカの頬に手を添える。
「すべての策は、わたくしが責任をとるわ。あなただけが頑張らないで」
「でも、リュシアーナの代わりはいないだろ?」
失敗して、皇帝に目をつけられれば、リュシアーナの首が飛ぶ。ルカが失敗しても姿を変えればいいだけだというのは、知っている。
それでもリュシアーナが皇帝になるからには、一番危ない橋は自分が渡るべきだ。
「そうよ。この荒れたファリーナ帝国の内政を立て直せるのは、わたくしだけ。だから、確実にわたくしが成り上がるの」
このまま今の皇帝が居座り続けたところで、待っているのは破滅のみ。
――要は、失敗しなければいいだけのこと。
そう伝えると、ルカは面白そうに笑う。
「楽しみにしてるよ。リュシアーナ」
そして、ルカは音もなく消えた。それと同時に頬に触れていた感触も一瞬でなくなったのだった。




