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42、たとえ一時だけだとしても


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、皇帝の暗殺計画が始まっていた。



リュシアーナは、執務室で昨日クラリーサに言われたことを思い返していた。

クラリーサの発言には、色々と疑問は残るものの、皇帝を暗殺し、リュシアーナがその座を得る計画だ。


しかし、血塗られた玉座を得たリュシアーナに賛同者はいるのだろうか。


(……いえ、作るのよ。なんとしても)


それには、暗殺するに足る致命的な理由がいる。


各地の領地の状態が悪いと言い張るだけでは駄目だ。なまじ表面上は問題なく三十年の治世を築いてきた皇帝なので、決定打になりきれない。


(致命的な理由で、世論を味方につけ、わたくしが皇帝になる。けれど、わたくしの能力を知るのは、貴族女性ばかり。父以外の貴族たちは、わたくしについてこない)


この国では、女に地位は与えられない。それが一番の問題だ。


暗殺に成功した一時期なら様子見するだろう。だが、女よりも正当な血筋を引く皇子が三人いるのだ。その誰かを皇帝にしようと言い出すことが目に見えている。


能力ではなく、その皇子を皇帝にした方が自分への見返りが大きいから。


その程度の理由で簡単に貴族たちは、リュシアーナを認めずに引き摺り落とそうとするだろう。


意識を変えるには、時間が必要だ。だが、それでは国が崩壊する方が早い。どうにもし難い問題だ。


(たとえ、暗殺が成功した一時期であったとしても……国が崩壊するよりもいいわ。一番余波を受けるのは、この国に生きる民たちだもの)


リュシアーナは、息を吐いて結論付ける。


たとえ最短の在位期間であったとしても、今の皇帝を引き摺り落としただけで上出来だ。ファリーナ帝国が変わるきっかけになるかもしれない。


覚悟を決めたリュシアーナは、クラリーサに手紙を書く。


(噂を流しましょう。デュラハンが現れたと大々的に。そして、ファリーナ帝国崩壊の兆しだとでも)


そうすれば、周辺諸国がこぞって騒ぎ出すだろう。


それにかこつけて、シクルの王女がファリーナ帝国に牙を剥くはずだ。内通して、彼女を捕虜にする。


そして、青薔薇会の女たちを使って、人質にすれば良いと皇帝の耳に入れるのだ。好色な皇帝は、喜んでシクルの王女を後宮に入れるだろう。


(あとは、彼女が閨で皇帝を暗殺する準備を整えるのよ)


リュシアーナは、もう一つ手紙をしたためた。次は、ブリジッタに当てた手紙だ。


書いた手紙は、ボナート公爵家を通して、秘密裏に彼女たちに届けてもらう。


リュシアーナは、皇帝になる。たとえその期間が短くともその中でできることをするだけだ。


そう考えると、急に視界が開けた気がした。ルカのやろうとしていることにも見当がついた。


(……こうすれば、よかったのね)


リュシアーナは、ゆったりと微笑んで、覚悟を決めたのだった――。



「……リュシアーナ様」


久しぶりに穏やかな気分で歴史書を読んでいると、侍女のランから呼ばれた。ふと窓を見れば、外は、茜色に染まっていた。ずいぶんと没頭していたらしい。


「第一皇子殿下がいらっしゃっています」


リュシアーナは、本を閉じて立ち上がる。間も無くすると、エヴァリストが自室に入ってきた。


「リュシー」


「どうなさいましたか」


リュシアーナは、いつものように楚々と微笑む。


エヴァリストは、湯を使った後のようだ。わずかに髪が濡れている。


「しばらく君との時間が取れていなかったと思って」


もはや全く望んでいない時間だ。


そもそも白狼騎士団に乗り込んだ頃から、エヴァリストは、リュシアーナにとる態度を決めかねている素振りがある。クライフ男爵領で好き勝手したことも尾を引いていた。


エヴァリストにしてみれば、ただの妃の分際であれこれ口出ししてくるのが、理解し難いのだろう。


冷めた心を隠して、リュシアーナは、席をすすめる。


そして、向かいに座ろうとすると、手を掴まれた。そのまま隣に促される。


「わたくしのことはお気になさらず」


エヴァリストの隣に腰かけたリュシアーナの手は、そのまま包み込まれる。大きな手だ。節くれだっていて、剣を握る人の手だ。


できるだけ目に触れないようにしているが、ペンだこの多いリュシアーナの手とは正反対だ。


「そうはいかないさ。私と君は一心同体なのだから」


(何を求めているのかしら)


エヴァリストは、リュシアーナを熱心に見つめていた。


その時、侍女のランがお茶を用意して、静かに去っていく。避妊作用のあるお茶だ。


――リュシアーナは、子を作るつもりはない。


「前にエステル様の言っていたことの続きでしょうか?」


だから、先手を打たせてもらう。エヴァリストの口が引き攣った。


エヴァリストの実母であるエステルからは、アイリス・ヘキセン子爵令嬢を紹介されたのだ。侍女に迎え入れろとのことだったが、彼女がエヴァリストの愛人候補であることはわかりきっていた。


「縁のないご令嬢をわたくしの侍女にということでしたら、お断りいたします」


「それは……母上の独断だ」


リュシアーナが色よい返事をしないことにエヴァリストの声音に苛立ちが混じる。


「左様ですか。迎え入れたいのなら、愛人だと公言してくださいませ。わたくしは反対しません」


そう言えば、エヴァリストが驚いた顔をした。


リュシアーナは反対しない。ただ、ボナート公爵家やその縁戚関係からの心証が悪くなるだろう。


「反対しない……? 君はそれでもいいのかい?」


エヴァリストは、心の底から驚いているようだ。


その時、リュシアーナは気づいた。


(まぁ……わたくしに愛されてるとでも思っていたの?)


リュシアーナとエヴァリストは、政略結婚だ。夫婦関係を続ける上で互いに上辺だけを取り繕っていた。


――それに子ができぬ欠陥品と罵ったのは、誰だっただろうか。


エヴァリストの中のリュシアーナは、愛人を迎え入れないでほしいと泣いて懇願する女なのだ。


(自分は、上辺だけ。相手は本気だとでも……?)


エヴァリストの勘違いが滑稽すぎて、笑いが込み上げてくる。


「……ふふっ、ふふふっ」


笑みが抑えきれず、手の隙間から口元からこぼれ落ちる。エヴァリストは、笑い出したリュシアーナに困惑しているだけだ。


「失礼しましたわ」


「いや、いいんだ……」


エヴァリストは訳がわからないとでも言いたそうな表情だ。


「わたくしは反対しません。そして、賛成もしませんわ」


リュシアーナは、エヴァリストに包まれていた方の手を引き抜いて、お茶を飲む。少し独特な匂いがあるが、味は普通だ。


エヴァリストは、腑に落ちない顔をしながらも二言三言会話を続けて、早々に引き上げていったのだった。



どうせ最後には離婚するつもりだ。おめでたい頭のままでも一向に構わない。



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