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39、魔道具


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、リーリエン港沖の不審船に降り立っていた。



向けられた明かりがリュシアーナを照らしている。


「……は?」


ドレスを着た貴族の女が乗り込んできて、誰もが状況を把握できない様子だった。


不審船にいる者たちの数は、十数人程度。リュシアーナはその中で一番身なりが良さそうな男に話しかけた。


「この船の所有者は、どなたですか?」


「…………」


男は黙って困惑していた。


「――この船は何の目的で停泊しているのですか? このようなところに」


カン!と、リュシアーナは持っていた剣を甲板に打ち付ける。


「おい、何事だ!」


その時、船内から一人の男が姿を現した。でっぷりと太った男でその広い額は脂ぎっている。


「カトリン侯爵」


リュシアーナは、その男の顔を知っていた。呼ばれたカトリン侯爵は、リュシアーナを見て目を丸くしている。


「だ、第一皇子妃殿下っ?」


まさか本人が乗っているとは思わなかった。リーリエン港がワームの大群に襲われる姿を鑑賞しにきたのだろう。悪趣味極まりない。


「カトリン侯爵。今、リーリエン港には、第一皇子殿下がいるのですが、あの魔物たちは侯爵の仕業でしょうか。もしそうであれば、第一皇子に剣を向けた反逆者として、処罰しなければなりません」


リュシアーナは、そう言いながら、侯爵へと近づいて、剣を抜いた。力を込めると、剣はリュシアーナに呼応するように白光する。


ファリーナ帝国の秘技、破閃だ。


防御無視の魔物特化の剣をカトリン侯爵に向ける。その効果を知る侯爵には絶大な効果を発揮した。


「なっ、ちが、違う! 妃殿下、私はなにも知りません……!」


侯爵は助けを求めるようにあたりを見回したが、誰もが破閃を見て、手を出しあぐねている。


「知らないなら、なぜここにいるのですか?」


リュシアーナはにこりと微笑んで問う。


「それは……あ、クライフ男爵が誘ってきたのだ。あやつが誘ったのだっ」


「おかしいですね。クライフ男爵は、カトリン侯爵の元に向かい、何者かに拘束された状態で戻ってきました」


「いや、その……」


詰められたカトリン侯爵は、言葉を詰まらせる。リュシアーナは一歩、また一歩と、剣を突きつけたまま進む。


「く、来るな! 違う! ワシは違うのだ!」


カトリン侯爵は逃げようとして、足をもつれさせた。尻餅をついて尚、重たそうな体で後ろに這いずる。


「――カトリン侯爵、叛意ありと言われたくなければ、ここで大人しく救助をお待ちください」


リュシアーナは、カトリン侯爵の横を通り抜けると、一番大きな柱に剣を差し込んだ。破閃を発動させた剣は、抵抗なく柱に吸い込まれていく。剣の腕のないリュシアーナは、差し込んだ剣をゆっくり薙いだ。


切れ味が抜群の破閃は、簡単に柱を斬った。


ギギギと、大きな音を立てて、柱は傾き……倒れる。倒れた柱は操舵室にのめり込んだ。


ひゅうっと誰かの口笛が聞こえた。


リュシアーナは、踵を返して、メルデンの元に戻る。


「おみそれしたよ。お嬢さん」


「灯台へ行きましょう」


鞘を拾って、リュシアーナは剣を仕舞った。破閃を止めると、途端に片手では持てなくなるほど重くなる。


そして、再びグリフォンに乗ると、空へと舞い上がった。


最後に一瞥すると、不審船は騒然としている。倒れた柱の根本でカトリン侯爵が放心しているのが見えた。


「あれ、破閃だろ? 騎士以外が使えるところは、初めて見た」


少し興奮した様子で、メルデンが言った。


「わたくしもグリフォンの騎手を初めて見ましたわ」


「本土では騎手なんて珍しくないさ。お嬢さん、あの夫とは離婚してウチに来ないか? 俺ならお嬢さんの指揮能力とその技をもっと発揮できる環境を用意できる」


まさかそんな誘いがくるとは思わず、リュシアーナは肩口から振り返った。メルデンは冗談を言っている風ではなく、黄金色の瞳は、ただ純粋にリュシアーナを認めているようだった。


「…………いいえ、わたくしはこの国に残ると決めましたから」


リュシアーナは前を向いて答えた。


「そうか。気が変わったら、いつでも来いよ。シャフラン王国で俺の名前を出せば迎えに行ってやるから」


「……光栄ですわ」


リュシアーナの実力なら、他国で頭角を現せる自信がある。それでもリュシアーナは、女が活躍できないファリーナ帝国を選んだのだ。



――そして、皇帝として、この国を変えることを決めた。



グリフォンは一直線に灯台へと向かう。グリフォンの後をメルデンの商船が追いかけてきていた。


灯台に近づくに連れて、キイキイと不快な魔物の声が聞こえてきた。灯台には、小さな炎が点っている。だが、あれでは大量のワームを引き寄せられない。


グリフォンは、ハインリヒのいる船に降り立った。


「お妃様!」


すぐにハインリヒがそれに気づいてくれた。


「先に向かった奴らの船が座礁した! この辺りは浅瀬が入り混じっていて、直接灯台に船がつけられねぇ。資材を小舟で運んでるが、時間がかかる!」


灯台を利用するのは難しかったようだ。


私兵や組合の男たちが必死で燃やせるものを灯台に運びこんでいる。


(どうすれば……。リーリエン港で直接、魔道具を発動させる? でも、そうなると興奮したワームが共喰いだけじゃなく、街を破壊するかもしれない)


リーリエン港に被害を出すわけにはいかない。それは絶対だ。


「火を吐く魔道具がある。それで誘き寄せれば、あるいは……。俺の魔力だとあんまり持たないが、試してみるか?」


メルデンが言った。リュシアーナは頷く。


しかし、頷いてはたと気づいた。


特注魔道具は、起動に魔力がいると言っていた。今言った火を吐く魔道具は、ずっとメルデンが魔力を注がなければならないのではないだろうか。


「なら、お嬢さんは降りて、離れな」


メルデンがリュシアーナを降ろそうとしたことから、予想は当たっている。彼は、ぎりぎりまでワームの大群を引き寄せることになるのだ。


「いえ、わたくしも行きます」


シャフラン王国のメルデンにそんなことを一人で任せるわけにはいかない。これは、ファリーナ帝国が起こしたことだ。


リュシアーナの破閃があれば、まだ脱出しやすくなるだろう。


「後悔するなよ」


グリフォンが灯台へと羽ばたく。修理されていない灯台は半壊していて、上から乗り付けることができた。


「――みなさん、船で沖へ避難してください」


リュシアーナは火を焚いていた男たちに言った。まだ作戦は成功できていない。彼らは戸惑った顔になる。


「あとは俺がやるから、行け」


魔道具を起動させるために待機していた魔法使いから、メルデンが特注魔道具を受け取った。


灯台から人々が退避し始める。彼らがいなくなると、潮風に吹かれて、灯台の火が消えた。


メルデンは、グリフォンから降りると、懐から棒状の魔道具を取り出す。そして、彼が魔力を込めると、その先端から火が吐き出された。


彼は、それを空に向けた。


「ぐっ……!」


メルデンが呻く。その瞬間、巨大な炎に変わる。その炎につられて、暗闇の中で蠢くものがこちらにやってくるのが見えた。


そして、キイキイと不快な鳴き声が無数に聞こえ始める。ワームの大群が、こちらの炎に気づいたのだ。


(このまま引き寄せて、離脱する)


リュシアーナはグリフォンに騎乗したまま彼を待った。


騒がしいワームの鳴き声がどんどん近づいてくる。


しかし、引き寄せきる前にメルデンが膝をついた。魔道具の炎が萎んでいく。そして、魔物の声が遠ざかっていく。


「メルデンさん」


リュシアーナは、彼のもとに向かった。彼の額には汗が滲んでいて、苦しそうだ。


「くそっ……悪いな。俺のしょぼい魔力じゃ、無理だ……」


リュシアーナは意を決して、手首につけていた小笛を吹いた。その瞬間、音もなく、目の前に白い狼が二匹現れる。


「……この魔道具、あなた方にお任せしてもよろしいでしょうか?」


「そいつらは……?」


「わたくしの味方です」


二匹の狼からは感情が読めない。しかし、メルデンが持っていた魔道具たちが、宙に浮いた。


――次の瞬間、棒状の魔道具から巨大な炎が吐き出された。


メルデンよりも大きな炎だ。リュシアーナの肌があぶられる。狼たちはこちらの意図をしっかりと把握しているようだ。


「無茶なお願いでごめんなさい。逃げ切れるところまでで構いません」


狼たちは、リュシアーナの言葉に反応せずに宙に浮く魔道具を見つめ続けている。


リュシアーナはメルデンに肩を貸すと、グリフォンの元に急ぐ。グリフォンは狼に驚いているのか、落ち着かない様子だ。


メルデンがグリフォンを宥めて、騎乗する。巨大な炎にワームたちが集まってきているのが見えた。離れてみると、火柱のような炎だ。


リュシアーナとメルデンは、無事に灯台から離れることができた。


沖にいるハインリヒの船に降り立った。グリフォンを降りると、メルデンは看板に座り込む。


「大丈夫ですか?」


「ああ。ただの魔力切れだ。……にしても、すげぇ炎だな」


メルデンが呟くように言った。灯台から立ち上る火柱にリーリエン港にいたワームがどんどん引き寄せられていく。


――その炎は、一晩中燃え続けていた。


 


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