4、牙を剥く
十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、新しい騎士が動き出している。
「どういうつもり?」
リュシアーナは、忍んできたルカを問い正す。
リュシアーナが就寝の準備を済ませて、私室に帰ってくると、ルカが我が物顔でベッドに座っていたのだ。自由奔放すぎる。
「なにがー?」
「第三皇子の騎士になったことよ」
しらを切るルカに声が冷たくなる。
先日、わざわざエヴァリストの前で第三皇子ゼノンの青剣騎士団に入ると言ったのだ。しかも、騎士団の代表ともいうべき第一騎士の席が欲しいと、堂々と要求する厚顔無恥っぷりだ。
「リュシアーナの目はまだ曇ってるのか?」
へらりと軽薄な笑みを浮かべてルカが言った。揶揄うような言い方にむかついて、リュシアーナは無言でその頬を引っ張る。
昔はよく伸びた頬だが、今はあまり伸びなかった。
「いたたっ。だってリュシアーナはエヴァリストの意図に気づいてないみたいだからさ」
「意図?」
「ゼノンがあそこにいた理由」
そう言われてもリュシアーナに思い当たることはなかった。
エヴァリストは、幽霊皇子と言われる影の薄い末弟によく目をかけている。
ゼノンが青剣騎士団を立ち上げたのもエヴァリストの勧めと手助けがあったからだ。
先日の叙任式だって、優秀な騎士がいると、エヴァリストが教えたのだろう。本人は遅刻してきていたが……。
「ふふっ、エヴァリストに飼い殺されて牙でも抜かれたか?」
考えこむリュシアーナをルカはさらに揶揄う。なんて子憎たらしい。
「エヴァリスト様がどうという前にあなたの方が意味不明よ。青剣の第一騎士だなんてどういうつもり? そもそもなぜあなたが平民なの?」
「そりゃあ、家が無くなっちゃったんだから、平民だろ」
あっけらかんとルカは言う。
「なら、騎士になったのは?」
「そこはエヴァリストの意図ってやつが関係しているのさ。本当は金翼騎士団を狙ってたんだけどなぁ」
金翼騎士団は、皇帝の私設騎士団だ。この国において最高峰の騎士団である。
青剣はともかく、金翼騎士団ということは、ルカは最初からこの国の中枢に潜り込むつもりだったのだろう。平民が皇宮に出入りするためには、騎士になるのが一番手っ取り早い。
無論、卓越した剣技を身につけていることが前提になるだろうが。
リュシアーナは息を吐いた。ルカのペースに呑まれている。
「なぁ、リュシアーナにとって、エヴァリストはどんなやつ? 公明正大な白馬の皇子様?」
そんなリュシアーナを抱き寄せて、ルカは隣に座らせる。妙に女慣れした仕草だった。
即座にリュシアーナは腰に回された手をはたく。
「皇子として遜色ない立ち居振る舞いができる人よ。白狼騎士団の運営もうまくいっているし、貴族の評判も良いわ」
「そんな表向きなのはいらないんだよ。リュシアーナから見たらどうかってこと」
ルカは唇を尖らせて、はたかれた手を撫でた。女たらしかと思えば、次の瞬間には子供のような顔になっている。
「……足元の領民たちに耳を貸すこともなく、ただ皇位継承ばかりに執着しているわ」
後回しになった決裁書の数々は、リュシアーナが秘密裏に処理している。そのすべては、エヴァリストが治めるべき領地のことなのに無関心に近い。
戦に強い第二皇子に負けないように、彼を蹴落とせるように……そんな風にばかり動いている。
「第二皇子と勢力を二分しているから、余計に負けたくないようね」
「第三皇子は? 一応、皇位継承者だろ?」
ルカの質問が一歩踏み入ったものに変わった。ルカの表情はくるくると変わり、今はへらりと軽薄な笑みを浮かべている。
「そうね。でも、第三皇子の世話を焼いているようだし、それほど敵視はしていないわ」
「世話ねぇ。私設騎士団を立ち上げる意味ってわかってる?」
ルカがリュシアーナを見た。透き通るような紫の瞳が、リュシアーナを射抜く。
「それはもちろん、後継者として名乗りをあげるために……」
リュシアーナははっとした。
――第三皇子には、後ろ盾がない。
そして、兄たちとは一回りも年が離れていて、本人にも才覚があるとは聞いたことがない。
そうなれば、皇位継承者として名乗りをあげても潰されるだけだ。力のない第三皇子にメリットはない。
本当に第三皇子のためを想うのなら、名乗りをあげずに政界とは遠い裕福な貴族に婿入りした方が、何倍も安全だ。
「わざわざ潰すために青剣騎士団を立ち上げさせたというの……?」
リュシアーナは信じられない思いだ。万が一、第三皇子が誰かに祭り上げられて、敵になることを恐れているのか。
そんな確率の低い可能性を潰すために親切を装って、私設騎士団を作らせたのか。
「この前の叙任式だって、マウントだろ。俺は騎士団長の息子を引き入れられるくらい偉大なんだぜってな。ま、断られてたけど」
(遅刻していたのも間に合う時間を教えていなかったのね。力のない弟相手になんて稚拙な真似を……)
それほどまでに爵位、ひいては皇位に対しての執着が強いのだろう。第三皇子を潰すことさえも自らの功績として利用するつもりだ。
「このままいけば、ゼノンはエヴァリストに適当な失態や汚名を着せられて、よくて幽閉、悪くて処刑ってところだろう」
「第三皇子殿下が死ねば、委任状が手に入らない。だから、あなたが青剣騎士団に入ったのね。彼を守るために」
「そういうこと。ほんと、ゼノンには世話が焼けるよ」
ルカは得意げに笑った。ルカの家が無くなったのは、ゼノンにも一因がある。それでも、ルカはゼノンを守ることを選んだのだろう。
(あなたはそれでいいの?)
リュシアーナはでかかった問いを飲み込む。ルカは、すでに青剣騎士団に入ると宣言した後なのだ。
そんなことを聞く方が失礼だ。
「リュシアーナったら、やっぱり牙が抜かれたんじゃない? この程度のことに気づけないなんてさ。やる気ある?」
「黙りなさい。エヴァリストの認識は改めるわ」
すぐに揶揄ってくるルカをリュシアーナは睨む。
まだ自分の意識を変えられていないのだ。だが、自覚した今、二度とルカにそんなことは言わせない。リュシアーナの矜持に関わる。
「そうそう。お上品に敬称つけてる場合じゃないって」
冷たくされてもルカの調子は揺るがない。ルカは睨まれてもどこ吹く風で、懐から何かを取り出した。
「はい、リュシアーナ宛の手紙。密かに牙を研いでるお姉様方に会ってきたんだ。もちろん、リュシアーナが皇帝になるって伝えといたから」
「は?」
リュシアーナは頭が痛くなった。何が勿論だ。
リュシアーナが皇帝になるなんて、現段階では、荒唐無稽な話だ。準備もなく言いふらす奴があるかと、リュシアーナはルカをますます睨む。
だが、ルカは笑いながら、取り出した手紙やカードを差し出すだけだ。
リュシアーナはそれらを受け取って、差出人の名前を手早く確認した。
そこには、馴染みのある名前ばかりが書かれている。
昔、カヴァニス公爵家で開かれていた催しで交流していた令嬢たちの名前だ。今は方々に嫁いでしまって、疎遠になってしまっていた。
「ルカ、わたくしは……」
手紙を握りしめて、リュシアーナは顔をあげたが、ルカは一瞬で姿を消していた。神出鬼没すぎる魔法使いだ。
「わたくしは、皇帝になるわ」
誰もいないが、リュシアーナは、噛み締めるようにして、口に出した。そうと決まれば、行動あるのみだ。




