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31、変わった商人


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、クライフ男爵領の調査に乗り出していた。



リュシアーナは、通りがかった白狼騎士団の騎士に声をかけて、護衛を頼んでいた。強引に護衛をつけて、侍女のランと共に港街へと繰り出したのだ。


ワームの方は、騎士でもないリュシアーナには手が出せない。そのため、クライフ男爵が言った見慣れない船の方を調べることにした。


ファリーナ帝国の南部は、運河が発達している。そのため、帝都から南部までは、比較的早く移動できるのだ。また、運河は観光地としても有名だ。


とはいえ、大きな運河の終着点は、メイベル港だ。このリーリエン港までの運河は遠回りになるため、昨日は途中から馬車に切り替えて街道を進んできたのだ。


(地味な服にしたつもりだったけれど……)


明らかに貴族女性のリュシアーナは浮いていた。行き交う人々が物珍しそうにリュシアーナを見るので、少しいたたまれない。


「出直しますか……?」


侍女のランも気づいたようで、そう申し出てくる。その隣で無理やり連れてこられた騎士がほっとした顔になった。


出直すとまた騎士を捕まえないといけなくなる。エヴァリストに報告されれば、行動を制限されるかもしれない。


「いいえ、このままでもいいでしょう」


リュシアーナは、右手首につけている小笛の存在を確かめた。万が一があってもこの笛を吹けばどうにかなるだろう。


それに目立ちすぎて逆に事件に巻き込まれる心配はなさそうだ。


リュシアーナが最初に向かったのは、船着場だ。大小さまざまな商船がいくつも停泊している。そして、筋骨隆々の男たちが積荷を運んでいた。


船着場の近くには倉庫が集まっていた。船から降ろされた荷物がそこに運ばれている。


リュシアーナはその倉庫の一つを訪れた。倉庫に掲げられた看板には、バレージ商会の名前がある。第二皇子妃のシェリルが会頭であるバレージ商会は規模が大きく、クライフ男爵領にもその拠点があることも把握済みだ。


突然倉庫を訪れたリュシアーナの姿を見て、働いていた人々たちがざわつく。そして、すぐに身なりのいい従業員が飛んできた。


「このようなところまで何の御用でしょうか? バレージ商会の店舗は、大通りの方にございますが……?」


「少しお聞きしたいことがあるのです」


不思議がる従業員にリュシアーナはにこりと微笑んだ。


「ここリーリエン港では、商人たちをとりまとめている方はいらっしゃいますか?」


ボナート公爵領では、商人たちの組合が存在しており、商売における諍いの仲裁や運営の支援を行なっていた。他の領地でも同様の組織があるはずだ。


「……え、ええと、領主様ではなく?」


「はい、商人が主体となった組織や組合はありますか?」


そう問うと、従業員は視線を彷徨わせた。


バレージ商会はファリーナ帝国内では力のある大きな商会なので、その地の組合などがあれば、必ず参加しているはずだ。


「……ここだと、ハインリヒ商会の代表、ハインリヒさんが組合長を務めています。ハインリヒ商会は、ここを出て右に三つ隣の倉庫です」


貴族女性が何のようなのかと疑いながらも、従業員は教えてくれた。リュシアーナは礼を言うと、ランに目で合図する。ランがいくらか金を渡していた。


そして、リュシアーナは、早速ハインリヒ商会の倉庫に向かう。港を歩いていると、潮の香りに紛れて、悪臭が漂ってきた。


一瞬顔を顰めたものの、その匂いはすぐに消えた。


ハインリヒ商会の倉庫には、すぐに辿り着いた。しかし、倉庫の前でなにやら男が怒鳴り声をあげていた。


「馬鹿言うんじゃねぇ!」


「そう言うなよ。少しだけ停泊させてくれってだけだ。ハインリヒさんに迷惑はかけねぇよ」


揉め事のようだ。厳つい怒鳴り声をあげた壮年の男を若い男が宥めている。どうやら厳つい男が組合長であるハインリヒのようだ。


そうわかるとリュシアーナは二人に近づいた。


「――ご機嫌よう。あなたが組合長のハインリヒさん?」


二人の男は、微笑むリュシアーナに声をかけられて、面食らう。


「組合長にお聞きしたいことがございますの。ハインリヒさん?」


もう一度呼ぶと、ようやく男が我に返った。


「お、おう。俺が組合長のハインリヒだ……」


ハインリヒが頷くと、護衛の騎士が口を挟む。


「話し方に気をつけろ。この方はっ、い゙!?」


リュシアーナが嗜めるよりも早く、ランが騎士の靴を踏みつけて黙らせてくれた。


「失礼しました。わたくしは、クライフ男爵の招待で参りましたリュシアーナと申します。リーリエン港に立ち寄った船についてお聞きしたいのです」


「領主様の……?」


クライフ男爵に招待されたのは、あくまで相談を聞くためだ。この倉庫を紹介された訳ではないが、リュシアーナはわざと誤解されるような言い回しをした。


「この半年の間に現れた見慣れない船について教えていただけませんか? もしくは、半年前から港を利用し始めた船に関してでも構いません」


「半年前か……」


ハインリヒは顎に手を当てて考え込む。


「確かに半年前から沖の方で見慣れない船を見かけることが多い。だが、カウス港に向かうのを見ただけで、うちに停泊したわけじゃないからな」


そして、ハインリヒは、隣の若い男を親指で指した。


「停泊するって言うと……半年前じゃねぇけど、二月前からこのわけわかんねぇ男がやってくるようになったな。それ以外は顔馴染みばかりだ」


リュシアーナは、若い男に視線を移す。


「酷い言い様だな。俺は、グリフォン商会のメルデンだ。お嬢さん、別に怪しい者じゃないからな」


頭に白い布を巻いていたためわかりにくかったが、若い男は、白髪だった。褐色の肌に少し垂れた目は、黄金色だ。この辺りでは見かけない顔立ちだが、非常に整っている。


服装も異国風で、耳飾りにネックレス、腰に至るまでさまざまな装飾品を身につけていた。多くの装飾品にまみれていたが、不思議と成り金という感じはせず、洒落ていた。


それにグリフォン商会という名前も、異国でよく見られる魔物の名前だ。ファリーナ帝国の商人ではないのだろう。


「どちらのご出身なのでしょうか?」


「俺は船の上で生まれたからな。強いていえば海だ」


生粋の商人ということなのだろうか。


「リーリエン港に立ち寄った目的はなんでしょうか?」


「そりゃあ、商人なんだから、目的は一つだろ?」


メルデンは、片目をぱちりと瞑って見せる。


「何が商人だ。今は領主様の命令で、積荷を検品するよう言われてんだ。荷を見せられない奴の船の停泊を許可するわけねぇだろうが」


ハインリヒが吐き捨てるように言った。クライフ男爵は、リーリエン港に停泊する船を警戒するように言っているのだろう。


「うちだって顧客に絶対知られるなって言われてんだって」


「いかがわしいもんは積んでないだろうな。さっさと見せろ」


「へいへい」


肩をすくめたメルデンが、船の方に歩いていく。現状、顔馴染みではないのは、このグリフォン商会のメルデンだけらしい。


リュシアーナは、しれっとハインリヒの後ろをついていく。


「なんだってこんな厳重なんだよ。カウス港はおろか、メイベル港でだってこんな検品されたことないのに」


メルデンがぼやいて、ハインリヒを見た。その時、ハインリヒの後ろにリュシアーナがついてきているのを見て、驚きのためか、二度見してくる。


「領主様の方針だ。俺たちだって仕事があんのによ」


「グリフォン商会は停泊するたびに検品の拒否を?」


リュシアーナが問う。


「ああ。毎回抵抗しやがって……って?」


ハインリヒもリュシアーナがついてきているとは思わなかったようだ。慌てて振り返って、目を見開いている。


「グリフォン商会の船はどこにあるのでしょうか?」


リュシアーナはにこりと微笑む。こちらの用事は終わっていないのだ。


「お嬢さん、うちの船にそんな綺麗な服は似合わないぜ?」


メルデンが、リュシアーナに考え直すよう言った。


「お気になさらず」


「いやいやいや、こっちが気にするだろ。むさ苦しい男ばかりの船だってのに」


「左様ですか」


「……駄目だ。絶対ついてくる気だ」


メルデンが天を仰いでいる。


やがてグリフォン商会の船にたどり着いた。組合の所属と思われる男たちが、その船を囲んでいて、他の乗組員が下船しないよう監視している。


「おい! 入るぞ!」


ハインリヒが声をかけると、他の組合の男たちが渡り板をかけて、メルデンの船に入っていく。


リュシアーナもハインリヒに続いて、メルデンの船にかけられた渡り板に足をかけた。


男たちはさくさく進んでいくが、リュシアーナはその揺れを感じて足が止まった。柵も何もない狭い身幅の板がかけられているだけなのだ。バランスを崩せば、海へ真っ逆さまだ。


「妃殿下っ、危険です」


護衛の騎士が、リュシアーナの前に腕を差し入れて止める。


「止めないでいただけますか?」


リュシアーナは騎士を下がらせて、渡り板を進む。しかし、強い潮風を感じて、足が止まった。不恰好だが、しゃがんで進もうかとリュシアーナは思案した。


「見たいならどうぞ」


その時、先をいっていたメルデンが引き返してきた。そして、リュシアーナに手を差し伸べる。


「ありがとうございます」


リュシアーナは素直にその手をとった。メルデンはリュシアーナの手を引こうとしたが、すぐに腕を掴み直す。リュシアーナの身体能力に不安を感じたのだろう。


引っ張られるようにして渡り板を乗り越えて、船に足をつける。


「助かりましたわ」


「そりゃどうも」


メルデンは手を離して、頭を掻いた。


侍女のランも護衛の騎士に引っ付くようにして渡ってきたのが見えた。無茶なことに付き合わせているとわかっているが、館にいるだけでは、何もわからないままだ。


メルデンの船からは、微かに悪臭が漂ってきていた。




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