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30、港街


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、夫と共にクライフ男爵から相談を受けていた。



一晩体を休め、リュシアーナは、エヴァリストと共にクライフ男爵の話を聞いていた。リュシアーナが話を聞くことにエヴァリストは難色を示したが、父の紹介だからとリュシアーナはゴリ押ししてここにいる。


あらかじめ父から何か聞いているのか、クライフ男爵は、リュシアーナが同席することについてなんの反応も示さなかった。


「こちらをご覧ください」


クライフ男爵は、自領の港街を中心とする地図を広げた。


クライフ男爵領は、リーリエン港を中心とする港街一帯を指す。南部には、帝都から続く河川がいくつかあり、その一つを利用して、運河が作られている。大通りに沿って運河が街の中心を通っていた。


また、港に出て、その海岸線を辿ると、カウス港、メイベル港の順でカトリン侯爵領の港がある。規模で言えば、メイベル港が最大であり、他の二つは小規模の港だ。


「元来、クライフ男爵領は、海上の魔物を相手にしておりました。しかし、ここ半年、海とは別方向、雑木林から出没する魔物が増加しているのです。討伐しても一向にその増加は止まらず、原因もわからず……」


クライフ男爵が指さしたのは、街道の脇に広がる雑木林だった。リュシアーナたちが通ってきた道だ。そのことに気づいたエヴァリストが、わずかに顔を顰める。


「街道の安全は保障されているのか?」


「ええ。出没する魔物は、ワームです。それほど危険性はありませんよ」


ワームは小型の魔物だ。ヤツメウナギに似た胴にコウモリのような翼を持っており、群れて行動する習性がある。縄張り意識が強く、生息地に入らない限りは、攻撃される可能性の低い魔物だ。


ファリーナ帝国全域に生息しており、縄張り争いに負けたワームの群れが人里に降りてくることはよくある。


クライフ男爵が危機感を抱くには、何か裏がありそうだと思った。


「ただの魔物の繁殖期だったら良いのですが、例の魔物の件もありますから……心配になりましてね」


「例の魔物?」


リュシアーナはデュラハンのことだと分かったが、エヴァリストが問う。


「帝都ではその話で持ちきりだとか。デュラハンという破滅の預言者が現れたそうではないですか。ワームが何かの前兆でなければいいのですが……」


クライフ男爵が心配そうに自身の手を撫でる。それを前にして、エヴァリストの勢いが急速に萎んでいくのが分かった。


エヴァリストは、ワーム如きなら自分が出張るほどでもなかったと思ったのだろう。彼は恩を売れるかどうかでしか考えていない。ワームの討伐なんてありふれていて、大した功績にはならないのだ。


「前兆のようなものがなにかありましたか?」


ずっと微笑んで話を聞いていたリュシアーナは、口を挟んだ。


そんなありふれたワーム討伐で、別派閥のボナート公爵を頼るわけがない。本来なら、本家であるカトリン侯爵を頼ればいいのだ。しかし、それをしなかったということは、カトリン侯爵との間に確執があるのか。


「半年前から見慣れぬ船を見かけること以外は特に。どこのものともわからない船影を発見するのも、珍しいことではありませんが……」


クライフ男爵がリュシアーナに視線を移した。隣にいたエヴァリストがそれを聞いて、ますます興味を失っている。


だが、リュシアーナには伝わった。


どこのものともわからない船影は、真珠の国と呼ばれるシャフラン王国の船である可能性が高い。


シャフラン王国は、海を挟んだ向こうにある。いくつもの島からなる国だ。海戦に秀でていて、操船技術は大陸一だと言われている。


シャフラン王国とは、長年衝突し続けている。直近でいえば、二年前にカウス港を巡っていざこざがあり、今は小康状態だ。勝敗がつかないまま、停戦も結ばれず、互いに様子を伺い合っている。


(デュラハンの件で、シャフラン王国が動き出した。そう考えていいのかしら)


本当に相談したいことはなんなのだろうか。リュシアーナは、クライフ男爵を注意深く観察する。


「……今日も捜索隊にワームの調査を頼むつもりです」


クライフ男爵は、またエヴァリストに視線を戻した。


「そうか。なら、こちらの第二騎士に声をかけてくれ。同行しよう」


エヴァリストは、第二騎士に丸投げするつもりのようだ。それ以上は会話を続ける気はないと言外に匂わせている。


(わたくしも動かなければ……)


やる気のないエヴァリストは頼りにならない。


クライフ男爵が、なぜワームを気にかけるのか。カトリン侯爵に頼らない理由はなにか。


自分で調べるしかなさそうだ。



クライフ男爵が、退室してすぐにリュシアーナは、侍女に頼んで荷物の中から、魔物図鑑を出す。


そして、ワームが載っているページを開く。そこには、細長い胴体に小さな翼がついた魔物が描かれていた。


しかし、記載されている内容は、リュシアーナの知っていることと大差はない。ワームの群れは縄張り意識が強く、巣に近づく者を排除する傾向がある。視力は良くないが、嗅覚に優れていて、匂いで仲間を認識しているそうだ。


(ワームは、卵生。強烈な匂いを発する卵があるため、巣の場所がわかりやすい……。巣を壊せば、ワームは駆除できるはず)


ワームは増加していると、クライフ男爵は言っていた。リュシアーナは、クライフ男爵が置いていった資料を見る。


その中にワームの討伐数が記録されている資料がある。半年前に発見されたのを皮切りにいくつもの群れがクライフ男爵領に現れていた。


ワームは卵を中心に巣作りする。資料を見る限りでは、巣を作って増殖したというよりも、どこかから流れてきたようにも見える。


ならば、流れてきたワームは、なにかから巣を奪われたということだろうか。


リュシアーナは、地図を見返した。


クライフ男爵領の雑木林は、カトリン侯爵領に隣接している。他の隣接している領もカトリン侯爵の家臣たちだ。


(他の家臣たちは、騒いでいないのかしら?)


ワームは珍しくない魔物だ。自領で対処できれば、それで終わる。


(クライフ男爵は外部に助けを求めた。それに、同時期に現れた見慣れない船……。もし、カトリン侯爵とシャフラン王国が密かに手を組んでいたとしたらどうかしら?)


ありえないことではない。カトリン侯爵の人となりはよく知らないが、ファリーナ帝国皇帝のまわりは、奸臣ばかりだ。


皇帝派であるカトリン侯爵は、シャフラン王国に情報かなにかを売り渡しているのかもしれない。


リュシアーナは、静かに立ち上がった。そして、エヴァリストが第一騎士や第三騎士と話しているのを尻目にそっと部屋を出たのだった。




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