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29、南部領主の相談


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、一風変わった相談が舞い込んできていた。



リュシアーナは、父から届いた手紙を読んでいた。今日の午前中に届いたばかりの手紙だ。


内容は、クライフ男爵から領地に出没する魔物のことで相談があったこと、そして、その相談をリュシアーナに任せたいとのことだった。


クライフ男爵は、南部最大の領地を持つカトリン侯爵の家臣だ。カトリン侯爵は、皇帝派よりの中立である。それなのに第一皇子派の柱であるボナート公爵に相談したのは、父とクライフ男爵が学友だったことが関係しているようだ。


クライフ男爵とその娘には、青薔薇会で会っていたため、リュシアーナも面識がある。その時に見たクライフ男爵は、穏やかで誠実そうな男だったと記憶している。


(いくら学友だとはいえ別の派閥に相談を持ちかけなんて……それだけ切迫詰まっているのかもしれない)


リュシアーナはすぐに父に返信しようとして、手を止める。


この件は、帝都から助言を送るだけで解決するような代物ではない。直接、クライフ男爵に会って話を聞く必要があると思ったのだ。


そうなると、父を同伴したとしても、第一皇子妃が皇子宮から離れるのは外聞が悪い。


(エヴァリストを動かす必要があるわね)


リュシアーナは、侍女にエヴァリストの予定を確認するよう申しつけた。


侍女はすぐに戻ってくる。


「白狼騎士団の作戦室にいらっしゃいます。夕食後にお時間をとることができるとおっしゃって……」


言い終わる前にリュシアーナは立ち上がる。


今のエヴァリストは、エルダーリッチの失策で活動資金を失い、実母のエステル妃のことで貴族たちの印象が悪くなっている。当然、功を焦っているはずだ。


さらに、第二皇子ラウルと第三皇子ゼノンが、デュラハン狩に向かっている。その先が、帝都から近いブラド山岳地帯であることを考えると、漁夫の利を得るべく乱入することを検討しているかもしれない。


(馬鹿なことを考える前に別の餌を吊り下げてあげましょう)


リュシアーナは白狼騎士団の作戦室にたどり着く。そして、扉をノックした。途端にわずかに漏れ聞こえていた声が止む。


そして、少ししてから扉が開いた。顔を出したのは、第二騎士のリシャル・バウスだ。


「妃殿下……」


「入ってもよろしいでしょうか?」


にこりと微笑むと、少し気まずそうな顔が返ってきた。リュシアーナは笑顔で圧をかけて、少々強引に中に入る。


「リュシー、言っておくがここは白狼騎士団のものなんだ。あまり入ってきてはいけないよ」


中に入ると、エヴァリストから小言が飛んできた。彼は少し困った顔をしている。だが、そんなことは言われるまでもなく承知しているので、リュシアーナは聞き流した。


「エヴァリスト様、良いお話を持ってきましたの」


「良い話?」


「ええ。父から連絡がありました。どうやらクライフ男爵がお困りのようなのです」


リュシアーナの父、ボナート公爵からの話だとわかり、エヴァリストが姿勢を変えた。椅子に座り直す。


「クライフ男爵か」


第二騎士のリシャルが、貴族名鑑をエヴァリストに渡す。


「クライフ男爵は、南部を治めるカトリン侯爵の家臣ですわ。カトリン侯爵は中立派です。恩を売っておいても損はないかと」


リュシアーナがそう言い添えると、エヴァリストが顔を上げた。


「クライフ男爵の困りごとについて、何か聞いているのかい?」


「魔物が出ると聞いておりますわ。殿下が、精鋭たる白狼騎士団を連れて行ってはどうでしょうか? クライフ男爵にとってこれほど心強いことはないでしょう」


「……なるほど、魔物か。それなら私が行くのも悪くない」


にこりと微笑むと、エヴァリストは少し思案しただけで決めた。白狼騎士団というわかりやすい戦力を持っていくだけで感謝されると思ったのだろう。


「素早いご決断、流石ですわ。エヴァリスト様が出向いてくださること、父にもお伝えしますね」


リュシアーナが褒めると、エヴァリストは鷹揚に頷いた。


「――では、すぐに参りましょう」


そして、当たり前のようにそう伝えると、エヴァリストが動きを止めた。


「すぐ?」


「はい。今すぐです。これほど早く決断なさっていただけるなんて、クライフ男爵もさぞお喜びのことでしょう」


リュシアーナは笑みを浮かべたまま急かす。作戦室にいる他の騎士たちが目を丸くしているのが見えた。


「では、わたくしも父に一報を出し次第、ご一緒させて頂きますね」


「うん……は?」


リュシアーナは面食らうエヴァリストに一礼すると、作戦室を出る。


「ま、待ちなさい。君も一緒とはどういう……」


そして、呼び止める声は聞こえなかったことにした。




――三日後には、執事や侍従、侍女たちに根回しして、リュシアーナはクライフ男爵の元へと辿りついていた。


よくわからない顔をしながらも騎士たちの準備が間に合ったようだ。リュシアーナと同じ馬車に乗っていたエヴァリストが疲れた顔をして降りてくる。


「――第一皇子殿下、並びに妃殿下。ご足労いただきありがとうございます」


クライフ男爵が、館の前で出迎えてくれた。クライフ男爵の館は、皇子宮と比べれば手狭だが、丁寧に手入れされており、趣深く、歴史を感じる館だった。


そして、潮の香りが漂ってくる。南部は海路による貿易が盛んだ。クライフ男爵領も港を一つ所有している。


エヴァリストとリュシアーナは、海の見える一室に案内された。


「まぁ、いい眺めですね」


クライフ男爵の所有する港街がそこから一望できたのだ。海に沈んでいく夕日がよく映えた。


「ええ。ここからの眺めを守っていくことが、クライフ男爵家の使命なのです」


クライフ男爵は、優しげな目を細めた。白髪混じりの髪は整えられていて、誠実そうな雰囲気の男だ。


「長旅でお疲れでしょう。本日はこの部屋でお休みください」


クライフ男爵が言うと、エヴァリストがほっとした顔になる。本音としては早く相談を聞きたかったが、リュシアーナは黙って夫に追随した。


外の景色に視線を戻すと、館に武装した兵士が港街から戻ってくるのが見えた。


(どんな魔物が出るというのかしら……)


クライフ男爵が、外部に助けを求めるほどのことだ。だが、切羽詰まった様子はないことから、手に追えないような強力な魔物の類ではないと予想する。


だとすれば、何か異変か、厄介なことが起こっているのだろう。




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