3、新しい騎士
十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、珍しく夫と出かける予定が入っている。
リュシアーナは、第一皇子妃だが、ほとんど公務はない。いつもは、本を読むか、貴族の夫人や令嬢とお茶会を開いて過ごしていた。
ただ、今日は珍しくエヴァリストに同伴するようにと言われていた。
正装ではないが、それなりにきちんとした青のドレスを選び、侍女に髪を結ってもらう。
「今日も青をお選びになるのですね」
幼い頃から共にいる侍女のランが言った。
彼女の手先は器用で、黒い髪は複雑に編み込まれていく。リュシアーナはそれを眺めながら、頷いた。リュシアーナの瞳の色は濃紺だ。そのため、青のドレスがまとまりよく見える。
やがて準備が整った頃にエヴァリストが迎えにきた。
「リュシー。今日も綺麗だね」
エヴァリストは、よく褒めてくれる。リュシアーナはそれに微笑み返した。
「エヴァリスト様もいつも素敵です」
茶番だ。エヴァリストが見ているのは、リュシアーナの後ろにいるボナート公爵家のみ。
エヴァリストとリュシアーナはたわいも無い話をしながら、騎士宿舎近くの講堂に到着する。
リュシアーナを同伴した理由はわからないが、今日は、新しい騎士が誕生するそうだ。この講堂で、騎士の叙任式が行われるのだ。
この国では、騎士になるためには、見習いとして二年の訓練を受けなければならない。見習いの大半は、貴族の子弟たちだが、実力があれば平民にもその門戸は開かれている。
騎士の叙任式があるということは、その見習い期間を終了した者がいるのだろう。
ただ、叙任式の時期はまだ先で、エヴァリストが参加するような行事でもない。
「エヴァリスト様、今日の叙任式はどういったものなのですか?」
リュシアーナは何も知らないふりをして問う。
「騎士の叙任式は、見習い騎士を正式な騎士に認める式だ。早くも武勲を立てた見習い騎士が二人いるらしくてね。特別に正式な騎士に取り立てようとしているんだ」
(時期はずれなのはそういうことね)
丁寧に説明してくれるエヴァリストにリュシアーナは礼を言う。
(これにエヴァリストが参加するのは、その優秀な騎士を取り立てたいということかしら)
エヴァリストは、白狼騎士団という自分の騎士団を持っている。皇子であれば、自分だけの騎士団を持てる習わしなのだ。
白狼騎士団は、エヴァリストが独自に動かせる騎士の集まりだ。その騎士団の功績は、すべてエヴァリストの評価に繋がる。
だからこそ、白狼騎士団に優秀な者を引き込みたいのだろう。
「その特別な叙任式を受けられる二人は、どういった方なのですか?」
「ああ、一人は、騎士団長の息子だ。もう一人は平民だったかな」
皇子たちの騎士団に入らないほとんどの騎士たちは、帝国騎士団に所属する。騎士団長とは、帝国騎士団の長を指す。実質、この国の軍事力を預かる立場だ。
今の騎士団長は、公明正大と名高いクローチェ伯爵だ。
その息子ならば、次期クローチェ伯爵なので、エヴァリストの白狼騎士団になんとしても引き込みたいのだろう。彼を引き込めば、クローチェ伯爵が第一皇子を支持しているように見えるからだ。
少しすると、講堂に騎士団長が姿を見せた。騎士団長は、初老だが、騎士らしくがっしりした体つきをしていた。
エヴァリストの姿を見とめると、立ち止まって黙礼する。そして、すぐに講堂の奥に立った。現状、クローチェ伯爵は、どの皇子にも与していない。
他の騎士たちが、素早く準備を整えると、若い騎士が二人、講堂に入ってくる。
リュシアーナは、その一人を見て、目を瞬かせた。
――ルカがいたのだ。
茶髪に透き通るような紫色の瞳をした甘い顔立ちの青年が、軽薄な笑みを浮かべて講堂の中央を堂々と歩いている。
(二年も会いに来なかったのは、こんなことをしていたから……?)
騎士の見習い期間は、二年だ。ルカがこの国に帰ってきたと聞いてから二年が経つ。
リュシアーナは、呆れた。強力な魔法使いというだけで十分だろうに、なぜ騎士になっているのだ。
それに昔は、剣を握ることを嫌がっていたくせに。
「黒髪の彼が、騎士団長の息子だよ。アルト・クローチェ、彼を私の騎士団に勧誘する予定だ」
リュシアーナはここでルカの隣に目を移して、相槌を打つ。
「まぁ、きっと彼も喜びますわ」
ルカの隣には、黒髪に深緑の瞳をした青年がいる。涼やかな顔立ちと清廉な雰囲気から、蠱惑的なルカとは真逆の印象を受けた。
叙任式はつつがなく進んでいく。
騎士団長の前に二人の青年が並んで片膝をついた。騎士団長は、二人の肩に剣の平を置く。
「――弱者のために戦い、民のために尽くし、公明正大であれ」
騎士団長の声が重々しく響いた。
(ルカが正式な騎士になってしたいことは何?)
リュシアーナはその光景を見ながら、考え込む。
(わたくしを皇帝にする後ろ盾は持っていると言った。そのことと騎士になることが関係しているのかしら)
リュシアーナが皇帝になるための条件として、ルカはこう言った。
『三人の皇子から、皇位の委任状を得ろ。そうすれば、俺がおまえに絶対的な後ろ盾を与えよう』
ルカの言う絶対的な後ろ盾とは、なんなのだろうか。
(三人の皇子からの委任状。皇子に近づくため、騎士になったということ?)
リュシアーナは、ルカの意図が読めなかった。第一皇子エヴァリストのすぐ近くには、リュシアーナがいる。
第二皇子の近くにいる妃は、リュシアーナがよく知る人物で、ルカが帰ってきたことを知らせてくれた人でもある。
第三皇子は、影が薄く、幽霊皇子と噂されるほど力がない。
わざわざルカが騎士になる理由がわからなかった。
リュシアーナがふと視線を移すと、講堂の入り口付近に小柄な少年がいることに気づく。
――噂をすれば影だ。
時期はずれの叙任式が終わり、それぞれに騎士の剣が与えられたところで、その小柄な少年は講堂に入ってきた。
第三皇子ゼノン。エヴァリストと同じく金髪に青い目をしていて、先月、十五歳になったばかりだ。
ゼノンの亡き生母は、壊滅したカヴァニス公爵家の出身だった。そのため、後ろ盾のない彼には、力がない。
十五歳になったゼノンは、慣例通り私設騎士団を立ち上げた。その名も青剣騎士団だ。
だが、まだ所属する騎士はいないようだった。
ゼノンもまた騎士団長の息子のことを聞きつけたのだろうか。
「兄上っ」
ゼノンはエヴァリストを見つけて、嬉しそうに近寄ってくる。
(違うのね。エヴァリストを慕っているのは相変わらずのようだけど)
自分の初めての騎士として、騎士団長の息子を勧誘しに来たと思ったが、ゼノンは新しい騎士には目もくれず、一直線にエヴァリストのもとにやってきた。
「ゼノン。来たんだね」
「はいっ。兄上が誘ってくれたので……」
エヴァリストに微笑みかけられて、ゼノンの頬が紅潮する。一回り年上の兄に構ってもらえたのが、嬉しいらしい。
(エヴァリストが誘ったという割には、遅刻しているけれど……?)
リュシアーナが違和感を感じたところで、ゼノンと目が合う。
「あ、義姉上も……お久しぶりです」
「はい、第三皇子殿下。お久しぶりです」
少し吃りながら、ゼノンはリュシアーナにも挨拶した。
ルカの生家、カヴァニス公爵家が滅びた一端はゼノンにある。第三皇子ゼノンは、自らの後ろ盾を自らの過ちで失っていた。
ちらりとルカの様子を伺うが、彼はこちらに気づいた様子もなく、隣にいる騎士団長の息子であるアルト・クローチェに話しかけている。
「ゼノン、少し待っててくれないか。用事があるんだ」
そう言って、エヴァリストは、リュシアーナを伴ったまま、新しい騎士たちに近づいていく。
(騎士たちに話をするのに……わたくしも?)
つまらないだろうという気遣いから、仕事の話をする時には、リュシアーナは遠ざけられる。
だが、今日は違うようだ。
「おめでとう。クローチェ伯爵の子息がこんなにも優秀だとは、伯爵も鼻が高いだろう」
エヴァリストは、アルトだけに話しかけた。隣にいるルカは、へらりと軽薄な笑みを浮かべて、そのまま聞く気でいるようだ。
「第一皇子殿下、ありがとうございます」
きっちりとエヴァリストの方に体を向けて、アルトは軽く一礼した。舞い上がる様子もなく、冷静で儀礼的だ。
「堅苦しい真似はしなくていいよ」
エヴァリストは笑って、アルトの肩に手を置いた。
「君の所属は決まっているのかい?」
そして、柔らかい口調で問う。
「はい。帝国騎士団の一部隊に配属予定です」
堅い口調でアルトは答えた。彼はとても真面目な質なようだ。
「そうだったのか。それもいいね。……でも、他にも道があるとしたらどうだろうか?」
「……どのような道でしょうか」
問いかけるエヴァリストにアルトは少し困惑した様子で問い返す。
ルカがにやにやと揶揄うようにアルトを見た。ルカにはエヴァリストがアルトを勧誘しに来たことがわかっているようだ。
「――君を我が白狼騎士団に迎え入れたい」
エヴァリストはそう言ったが、アルトの表情は少しも変わらなかった。
(彼、興味がないみたいね……)
エヴァリストもそう感じたようだ。彼が素早く周囲を見渡したのがわかった。
ルカやゼノンを除いて、近くに人はいない。
「もし快諾してくれるのなら……君には第二騎士の席を用意するつもりだ」
エヴァリストは少しだけ声を潜めて言った。
私設騎士団には、第一から第三までの序列が用意されている。それ以外は、一般騎士として同じ立場だ。
第一から第三騎士は、まさにその騎士団の顔とも言うべき存在だ。
とはいえ、白狼騎士団は、第一から第三騎士まですべて埋まっている。アルトを第二騎士というならば、今の第二騎士を降格させるのだろうか。
(……身勝手なことね。白狼騎士団ができる前からの仲でしょうに)
勝手に席を売られている第二騎士にリュシアーナは少し同情した。
第二騎士のリシャル・バウスは、子爵位を持つ。騎士団長の息子より格が落ちると判断されたのだろう。
自身の生母が子爵家の出身だからか、エヴァリストは特に爵位を重視する傾向にある。
「光栄です。しかし、すでに配属は決まっております。申し訳ございません」
アルトはそう言って頭を下げた。一考の余地もないようだ。うわあと、ルカがわざとらしく驚いた声をあげる真似をしている。
(ルカはなぜ楽しそうなのかしら)
エヴァリストは、ルカを空気と同様の扱いをしているが、居座り続けるあたり、肝が据わっている。
エヴァリストは、何か言おうとしたが、揺らぐ気配すらなかったために言葉が見つからないようだ。リュシアーナにもちらちらと視線が向けられる。
「残念でございますね」
リュシアーナはよくわからず、控えめな笑みを浮かべた。エヴァリストは、落胆した様子で、アルトに視線を戻す。
「……頭をあげてくれ。私こそ無理を言って悪かったね」
(わたくしにも彼の説得をして欲しかったのかしら?)
エヴァリストが落胆した様子なのがよくわからず、リュシアーナはただ笑みを貼り付け続ける。
そうしていると、ルカが目に入った。ルカはリュシアーナと目が合うと、目で騎士団長の方を指して見せた。
息子の進退に興味がないのか、騎士団長は講堂から去っていくところだった。
さらにルカは、声に出さずに口だけを動かす。
『あいさいか』
(愛妻家……? 騎士団長は愛妻家で有名だったわね。早くに夫人が亡くなったのに後妻もとらないとか)
そう考えたところで、リュシアーナは、自分がここにいる理由がわかった。
接点のないアルトを白狼騎士団に勧誘するため、少しでも良い印象を与えようとしたのだ。父親と同じく、妻を大切にする主君だと見せつけたかったのだ。
(愛人を選んでいるのに、よくもまあ……)
リュシアーナは、内心呆れた。
ルカはくすっと笑う。そして、歩き出しながらぼやいた。
「勿体ないなぁ。第一皇子殿下なのに」
「声が大きい」
即座にアルトがルカを嗜めた。
皇子の話に勝手に入ってこようとしているのだ。普段なら無礼だというところだが、増援の気配を感じてか、エヴァリストは咎めなかった。
ルカはぺろっと舌をだして、誤魔化す。そして、立ち止まった。
先ほどからこちらの様子を伺っていた第三皇子ゼノンの前で。
「あっちは断っちゃいましたけど、俺は断らないっすよ」
「は……?」
突拍子もなく話しかけられて、ゼノンが呆然と声を漏らす。
(何を言ってるの?)
リュシアーナも信じられない気持ちだ。ルカの生家が壊滅した一因は、ゼノンにあるのだから。
それなのに、ゼノンに仕えるというのか。現にゼノンは、ルカの姿を見て、何も気づいていない。
「俺、優秀なのにどこにも所属は決まってないんです。そんな俺をあなたの騎士にどうでしょう? 殿下の騎士団は、騎士を募集してましたよね?」
ルカは本気だ。軽薄な笑みはどこへやら、好青年らしい笑みを浮かべている。
ゼノンが立ち上げたばかりの青剣騎士団は、まだ騎士がいない状況だ。
「え、えっと……」
突然の申し出にゼノンは、答えに困って、助けを求めるようにエヴァリストを見た。
「君は……平民だったか?」
口を挟んだエヴァリストにルカはにこりと笑う。
「そうです。でも、優秀っすから。青剣騎士団の第一騎士だってできますよっ」
リュシアーナは顔を覆いたくなった。聞いている方が恥ずかしいくらいの厚顔無恥っぷりだった。
何回、自分で優秀だと言うのだ。それに、自分で優秀という割には、適当な言葉遣いで、めちゃくちゃだ。
昔から悪戯好きだったが、これは度が過ぎている。
「いいんじゃないかい?」
エヴァリストが言った。
リュシアーナは正気かと夫を見上げた。だが、エヴァリストはひどく冷めた顔をしていた。
(騎士団の顔ともいうべき第一騎士にと言っているのに?)
ゼノンはエヴァリストの様子に気づいていないようで、兄のお墨付きがでたと喜んだ。
「い、いいだろう。僕の騎士団に迎えてあげるから、ちゃんと働くんだぞ!」
平民と聞いたからか、ゼノンは居丈高にそう答える。
「わあい。よろしくお願いしまーす」
それを聞いたルカは軽く一礼した。そして、誰にも気づかれないようにリュシアーナに向かって、ウインクを寄越した。
(第三皇子の騎士になって、皇位の委任状を得るつもり? あなたがわざわざそうするほどのことなの?)
ルカには振り回されているばかりだ……。
リュシアーナは、ますますルカの意図が掴めなくて、困惑したのだった。




