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28、ルカの暗躍2


十で一族が滅び、十一で魔導師になった。それから三年、青剣騎士団の第一騎士として、ファリーナ帝国に潜入している。


ルカはボナート公爵家に来ていた。もちろん、幻影魔法を使い、自分の姿を消しているため、誰にも知られていない。


ボナート公爵家では、シェリル経由で呼びつけておいた通り、ボナート公爵とバレージ伯爵、そして、メラーニア子爵が揃っていた。


三人の男が、召使も置かずに気まずそうに話し合っている。


「うちとボナート公爵が話しているのは、まずいんだが……」


ため息をつくのは、バレージ伯爵だ。小太りでたっぷりと髭を蓄えている豪快な男だ。


「仕方ない。応じない選択肢はないからね」


鋭い眼差しの割に口調が柔らかいボナート公爵は、お茶に手を伸ばしている。


「失礼ですが、なぜ私がこの場に?」


そして、緊張した面持ちの神経質そうな男が、メラーニア子爵である。妃たちの生家の集まりとしては、彼は浮いている。


「一応、儂が呼び出したことになってるが、儂も呼び出された口だ。娘に言われたら断れん」


バレージ伯爵は、あっさりシェリル経由であることを白状する。ボナート公爵はそれを予想していたのだろう。あまり驚いていなかった。


少しの間会話を盗み聞きながら、外の様子を伺う。人払いがされていて、三人以外に周囲に人がいないことをルカは確認した。


「第二皇子妃のことですか? なぜ妃殿下が?」


「その後ろにいる奴が呼んだんだ。儂とて会いたくないわ」


バレージ伯爵が肩をすくめたところで、ルカは彼の後ろから姿を現した。


「それは悪かったな。バレージ伯爵。利用し終えたらおまえは煮豚にでもしてやるよ」


「うわっ。いきなりでてくるな」


バレージ伯爵が飛び上がり、ボナート公爵がわずかに目を見開く。


そして、メラーニア子爵が立ち上がると、腰の剣に手をかけた。彼は若い頃は騎士として経験を積んでいたと記憶している。


「どうも。俺はルカ。カヴァニス公爵家の生き残りだ」


ルカは目を指差して、メラーニア子爵に言った。他の二人にはすでに姿を見せたことがある。


ルカは透き通った紫の瞳をしている。カヴァニス公爵家の血を引く者は、特徴的な紫眼とも言われる紫の瞳を持っていた。ただ、この体は借り物だが……。


「メラーニア子爵、妹に足を引っ張られたな」


「何を……。ボナート公爵、バレージ伯爵、彼が呼びつけたと?」


驚きはしても拒絶はしない二人を見て、メラーニア子爵はルカが呼び出し主であることを悟る。


「妹には、これから一切皇子宮に行くなと命じておけ。まぁ、そもそも皇子宮に呼びつけたのは、エヴァリストだがな」


くすくす笑ってみせると、メラーニア子爵は不可解そうな顔になる。


「おや、聞いてなかったか? エヴァリストの愛人候補をリュシアーナの侍女として潜り込ませるためにエステルを皇子宮に呼んだんだぞ?」


「証拠は……?」


エステルが何のためにエヴァリスト不在の皇子宮に向かったのか、それを聞く余裕はなかったらしい。


「エヴァリストにでも聞けば? 会ってくれないだろうけど」


エヴァリストとしては、メラーニア子爵が被った罰を肩代わりしろと言われたくはない。しばらくは避けるだろう。


メラーニア子爵がわずかに歯を食いしばったところを見るにすでに断られた後かもしれない。


「……先ほどから皇子殿下や妃殿下に無礼ではないのか」


若造に揶揄されて、メラーニア子爵は、苦し紛れに指摘する。


ルカがそれを鼻で笑うと、メラーニア子爵が気色ばむ。


「メラーニア子爵、この者は、ファリーナ帝国で唯一皇帝陛下に頭を下げなくても良い御方だ」


ボナート公爵が口を挟んだ。メラーニア子爵少し考え込んだ後、はっとした様子でルカを見た。


「…………まさか」


「おや? 忘れられていないようでなにより」


へらへら笑うとメラーニア子爵はもの言いたそうな顔ではあるものの、剣から手を離して席についた。


「あんまり揶揄わんでくれよ」


バレージ伯爵から小言が飛んでくる。無視した。


リュシアーナとシェリルは好きだが、その父親はどうでもいい。ルカに対する負い目があるから、利用しているだけだ。


「次の徴収分の税は、俺が出してやる。バレージ伯爵、俺の金を秘密裏にメラーニア子爵領に運べ」


「……わかっている」


メラーニア子爵が突拍子もない申し出に顔をあげた。そして、バレージ伯爵が苦い顔で頷く。


ルカの資産は、今、バレージ商会に預けているのだ。ルカには魔法使いの国で稼いだ莫大な資産がある。


「メラーニア子爵で何をするつもりだい?」


ボナート公爵が尋ねてきた。だが、ルカは答えるつもりはない。


「おまえは、ベルティ辺境伯と交流を持て。一度でいいから、メラーニア子爵とカリナ・ベルティ辺境伯夫人が話せる場を用意しろ」


代わりに命令すれば、ボナート公爵は諦めたように頷いた。物分かりが良い。


「何をするおつもりなのですか?」


堪らなくなったメラーニア子爵が、同じようにルカに問う。


メラーニア子爵領とベルティ辺境伯領は、隣り合っている。二人を繋いでおけば、好き勝手に帝都の目が届かない所で密談できる。


「あとはカリナに聞け」


「……いくらあなたでも何も知らずに手を貸すことなどできかねます」


メラーニア子爵は、ルカをまっすぐ見て言った。


「おまえに拒否権はない。大人しく言うことを聞くか、俺に殺されるかだ」


ルカは到底納得しないであろう答えを返して、魔法で姿を消した。そのまま音もなく移動する。


「ボナート公爵、バレージ伯爵……。あの方は本当に信じても良いのでしょうか?」


屋敷から出たところで、メラーニア子爵の震える声が聞こえた。


魔導師となったルカは、五感が常人離れしている。多少の距離なら、声も全て聞こえ、聞き分けるだけの頭も持っていた。


「わからない。だが、私は彼に従い、せめてもの罪滅ぼしをするつもりだ」


「メラーニア子爵、あいつは気をつけろ。儂らの命は軽い。邪魔だと思えば、息をするように殺してくるぞ」


ボナート公爵とバレージ伯爵が各々メラーニア子爵に声をかける。


「……はい。それは雰囲気でわかります。しかし、あの方の目指す先が何なのか。それを知らなければ取り返しのつかないことになりませんか?」


ルカがどうでもいいと思っていることは、三人には伝わったようだ。彼らが役に立たなければ、他の人間を使うだけ。


「完全には否定しきれないが、彼はうちの娘を気に入っている。だから、そう悪いことは起こらないよ」


「だろうな。うちもシェリルには甘えてたからな。カリナ・ベルティを含め、あいつが気に入っている女が何人かいる。女が生きてれば、今より悪くはならんだろうさ」


ルカは少し立ち止まった。


(そんな女好きみたいな言い方はなくない?)


だが、改めて彼らに対する態度を考えると、あながち間違いでもない。


「まぁ、どうでもいいことか」


ルカは考えることをやめて受け入れた。



そして、ルカは、第三皇子の皇子宮に戻ってくる。


官舎にある自室の隅は、ごちゃごちゃと物が積まれている。そして、そこをさらにかき回して目当てのものを取り出した。そろそろ片付けないと同居人に怒られそうだ。


「さて、どうするかなぁ」


ルカは一人、剣を手に取る。デュラハンが使っていた剣だ。その剣は特徴的で、鍔がなく、刃は細く薄い。

カヴァニス公爵家には、六本の特別製の剣が存在する。そのうちの一本が、これだ。


カヴァニス公爵家の壊滅に伴い、家に保管していた二本は、行方不明だ。また、一本は、亡きカヴァニス公爵が皇帝に献上していた。


そして、もともと紛失している剣が二本ある。カヴァニス公爵家はわりと杜撰だった。


「少し遊ぼうか」


何も楽しくないけれど……。


「おいで」


ルカが呼ぶと、すぐに二匹の白い狼が現れる。布に包んだ剣を差し出すと、それを咥えて消えた。


「――ルカ」


「おかえりー」


狼が去ったところで、同居人が帰ってくる。ルカは窓から外を眺めながら応えた。


「新しく入団する騎士についてだが」


真面目なアルトは、いつも仕事の話だ。だが、彼の落ち着いた声は聞いていて心地よい。


「なに? 好きなの入れていいぞ」


「違う。新人騎士がほとんどだろう。何か意図があるのか?」


「うん。既存の騎士は、若い俺らに反発するだろうから。馴染みのある奴らを入れたんだ」


「よく考えてるな」


彼の言葉には裏表がない。感心しているのが伝わってくる。


皆んなが彼のようなら面倒な世界ではなくなるのに。


脳裏によぎった言葉を打ち消して、ルカはにやりと笑む。本心を隠すには、笑顔が一番だ。先生たちから習ったことだ。


「おやおや、騎士団長の息子のおまえなら、誰でも御して当然だったか?」


「先輩を少しは敬え」


揶揄うと少しズレた説教が飛んでくる。ルカはそれに笑い声をあげた。


「明日は朝早いぞ。さぁ、一緒に寝よう!」


そして、靴を脱ぎ捨てて、アルトの寝台に入り、馬鹿みたいに彼を誘う。すぐさま枕が飛んできた。


「うぐっ」


「気色悪い」


顔に直撃し、呻いた隙に下にあった枕が引き抜かれて、彼は向かいの寝台に入っていた。寝台はよくても、枕は気にするらしい。


ルカは面白くなってきて、また笑う。アルトとは見習い時代から同室で、付き合いが長い。なのに、彼はルカの本名も本性も何もかも知らないままだ。


「うるさい。寝ろ」


笑っていたら、また小言が飛んできたのだった。




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