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24、家庭教師時代


十五で第一皇子との婚約すると決まっていた。それまであと一年、できる限り青薔薇会で学ぼうと決意していた。



馬車を降りると子どもたちがすぐに子犬のようにまとわりついてきた。


「「リュシアーナ!」」


カヴァニス公爵家の子どもたちは、非常に賑やかだ。六つ歳下の彼らは、八歳。兄のエンリケと妹のルドヴィカは、双子だからか、容姿が瓜二つだった。


肩までの白い髪は緩やかな巻き癖があり、透き通るような紫の瞳をしている双子は、子どもながらに顔が整っており、愛くるしい。今日は二人とも半ズボンの子息の格好をしていた。


正直、リュシアーナは、この双子の見分けがつかない。


「今日は何のお話ししてくれるの?」


ドレスを引っ張って、双子がせがむ。


「建国初期以前の初代皇帝の動向についてにするつもりよ」


「好きだね、カノン・ファリーナの話」


「ね、何回も聞いたよ」


後ろから妹のミレーユが降りてくると、すぐにそちらにもじゃれつく。


「ミレーユだ! 今日はちゃんと来たの!?」


ミレーユは気まぐれだ。


カヴァニス公爵家に通うことがあっても、リュシアーナが皆勤であるのに対して、ミレーユはその半分くらいしか気が向かない。


リュシアーナとミレーユはかなり顔が似ているのだが、双子たちと違って、性格も嗜好も何もかもが違った。一番近い存在でありながら、一番理解できない存在でもある。


ただ嫌ってはいない。理解不能なだけだ。


「若、お嬢、先に部屋へ案内してください」


遅れて姿を見せたのは、この双子の護衛であるシュリヤ・フォルカとルディウス・フォルカだ。こちらは茶髪に紫の瞳をした姉弟である。


「ねぇ、今日の話、近代にしよ?」


「ミレーユは? 油絵? 彫刻?」


たしなめられても、一人がリュシアーナを見上げて、もう一人がミレーユの行手を阻む。この双子たちは思うがままに振る舞うのだ。


「お嬢様方、どうぞこちらに」


シュリヤがリュシアーナにまとわりつく一人を小脇に抱えた。手慣れた仕草だ。

もう一人もルディウスに引き剥がされている。


双子は基本的に言うことを聞かないため、実力行使されていることが多い。歳の割に小柄な双子はなすすべなく、捕まっていた。


リュシアーナとミレーユは、カヴァニス公爵家に訪れていた。帝都にある館は、第二の王家と言われているのにも関わらず、郊外に近い場所にある。


だが、郊外に近いからこそ、それほど注目されることなく訪問できていた。


リュシアーナは、歴史と政治を。ミレーユは、芸術を教えるためにカヴァニス公爵家に通っている。そして、教える傍ら、カヴァニス公爵家にやってきた客人と交流していた。


交流は、青薔薇会とも言われており、他にも何人かの貴族令嬢が呼ばれているようである。


最初に授業を担当するのは、リュシアーナだ。ミレーユは部屋の後ろで絵を描いて暇を潰す。


「初代皇帝の経歴について覚えているわね?」


エンリケとルドヴィカは驚くほど優秀だ。一度教えたことはすぐに吸収してしまう。


「覚えてるよ。カノン・ファリーナ。元はラセタ国の第二王子だったけど、継母の計略に陥って追放された人ー」


「霧の大森林を彷徨ってたところで、ルド・カヴァニス含む剣の一族と出会って、空白地帯だったブラド山岳地帯に国を興したんだよ」


「そうそう。戦乱の時代だったから、他にも色々と国を追われた人や難民をいっぱい受け入れたんだ。真偽は不明だけど、魔法使いの国の始祖や竜人、ドワーフみたいな伝説の種族もいたってされてる」


「ただ、その分、文化や民族性からの衝突が絶えないから、弱者を守るためのあらたな規律を生み出して、騎士の国なんて呼ばれるようになったんだよね」


双子は交互に淀みなく説明する。


そして、最後に二人は声を揃えて言った。


「「大方知ってるからこれ以上興味なーい」」


「黙りなさい」


「「えぇ……」」


リュシアーナが黙らせると、双子たちは嫌そうな顔をした。


「カノン・ファリーナが、ブラド山岳地帯を見つけるまで、傭兵業を営んだりと、紆余曲折がありました。その際に彼は、安寧に暮らすことの難しさを実感したと後に発見された手記にあります」


リュシアーナが話し始めると、嫌そうな顔は一転して、興味深そうに聞き始める。双子は文句を言っても、知識欲は旺盛だ。知らないことを教えれば、すぐに夢中になる。


その後、色々と質問されながら、リュシアーナの授業が終わった。


続けてミレーユの授業が始まる。リュシアーナはそっと部屋から出た。


「お疲れ様でした」


すると、護衛の一人、ルディウスがリュシアーナに声をかける。


「当主が呼んでいます。来ていただけますか?」


彼が手を差し出した。いつも双子たちに振り回されて情けない顔をしている彼だが、近くで見ると整っていて甘い顔立ちであることに気づく。


もう一人の護衛、シュリヤは直立不動だ。


リュシアーナはルディウスにエスコートされながら、こういうところが不思議だと思う。


(まるで……シュリヤの方が上官みたい)


序列が高いほど護衛対象から離れないものではないだろうか。カヴァニス公爵家が変わっているのか、実力で序列が決まるのか。


そんなことを考えているうちに執務室に通された。カヴァニス公爵が政務を行う部屋だ。


中にいたのは、バルドロ・カヴァニス。カヴァニス公爵家の当主であり、皇族らしく金髪と青い目をしていて、柔和な笑みが素敵な人だ。


「当主ー、連れてきました」


文官たちに囲まれていた彼だが、ルディウスに呼ばれると、リュシアーナを見て破顔した。


「リュシアーナ嬢、待っていました。少し助言をいただきたいのです」


公爵は、令嬢であるリュシアーナにも丁寧に接してくれて、少しこそばゆい。


「わたくしで、よろしければ……」


そう答えると、執務室の一角にある席を薦められる。そして、その前の卓に地図が広げられていた。


「先日、シャフラン国と停戦が結ばれました。その結果、このメイス地方がファリーナ帝国の領土となったんだ。長い間戦場だったこともあり、今は復興作業に取り掛かっています」


カヴァニス公爵が指差したのは、南東の国境だった。また国境が変わるようだ。


ファリーナ帝国の皇帝は、領土を広げることに精力的だった。


「しかし、戦場にあった遺体を火葬したが、疫病が蔓延しています。発生源と思われる村落を封じ込めているが、一向に収束しない。……何か思い当たることはありませんか?」


「疫病の症状はどういったものでしょうか?」


「高熱と腹痛です。戦場ではよくあるタイプだから火葬にして、しばらく衛生面に気をつけるようにしていますが……。ファリーナ領土となったばかりで、あまり反応がよくありません」


地元民の協力は、大して得られていないようだ。


メイス地方は、ここ十年、帰属する国が変化し続けている。

十年前には、浜辺の国テルミアに属していた。しかし、その五年後には真珠の国シャフランの侵攻を受けて、シャフランに売り渡された地方でもある。そして、今回、シャフランからファリーナ帝国に引き渡されたのだ。


この数年の間に帰属する国が二転三転している地方なのだ。事あるごとに戦場になり、国が変われば略奪に合う。国に土地ごと売り飛ばされ、そこに住まう人々の心労は計り知れない。


(テルミア国は、確か……土葬ではなかったかしら)


リュシアーナはあることに気づき、卓にあった交戦記録を見る。今回の戦争では、幾つもの村落が巻き込まれていた。


「……現地の住人に限っては、隠れて土葬していた可能性が高いですね。おそらくファリーナに見つからないようにいつもとは違った場所に遺体を埋めたのではないでしょうか。そして、そのせいで地下水を汚染してしまったかと」


「地下水……水源か」


リュシアーナが意見を述べると、カヴァニス公爵は真剣に地図を見つめて聞いていた。


「ありがとう。その線で対策を取ってみます」


そして、カヴァニス公爵は、リュシアーナを見て笑った。彼は、令嬢らしからぬ知識を披露しても全く忌避しない。それどころか、意見を自ら聞きに来てくれるのだ。


「いえ、お役に立てたのなら、幸いです」


そんな公爵の力になれることをリュシアーナは心から嬉しく思っていた。



リュシアーナは、建国初期の話が好きだ。

初代皇帝たちは、安寧の地を作るべく、ファリーナ帝国を興した。誰も彼もが自分の居場所を作りたくて、さまざまな背景を持った老若男女が、それぞれにできることを精一杯にやり遂げて、国を作り上げた。そんな話が好きなのだ。


もし、第一皇子妃となれたなら、カヴァニス公爵に協力して、誰もが出自や性別に関わらず、自分の力を発揮できる……そんな国を作っていきたい。


その頃のリュシアーナはそう夢見ていたのだ。夢が潰えたのは、それから二年後のこと――。



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