23、事後報告
十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、夫の母が皇帝に切り捨てられかけた。
夫の母親であるエステル妃が、皇帝から咎を受けかけた。その原因となる騒ぎを聞いていなかったエヴァリストは、皇子宮に戻ってすぐに白狼騎士団の作戦室に向かった。
リュシアーナは、そのまま後ろをついていく。
エヴァリストは、リュシアーナがいることに気づいているのか知らないが、足早に進み、扉を開けた。
「戻られましたか」
第一騎士のレアンドロ・ピオヴァーニが、主君を迎える。
作戦室には、第二騎士や第三騎士を含め、他の白狼騎士団の騎士たちが数名揃っていた。
一礼する騎士たちにおざなりに手をあげて応え、エヴァリストは不機嫌そうな声を出す。
「母上がこの皇子宮に泊まったと聞いたが、なぜ金翼騎士団の素行を私に伝えなかった?」
騎士たちは顔を見合わせた。そして、当時留守を預かっていた第二騎士のリシャル・バウスが説明する。
「申し訳ございません。私の判断で書面にしておりました」
リシャルが膝をつき、頭を下げる。他の騎士が、慌てて作戦室の資料を探り始めた。
(口頭でも伝えていたのでしょうね。他のことを優先して、聞き流したのかしら)
リュシアーナは、騎士たちの反応から予想した。
遠征から帰ってきたばかりのエヴァリストは、自らの策をうまくルカに利用されたことを知り、肝を冷やしていた。
そんな時に母親が何をしていたかなんて気にするはずがない。
「エステル様の部屋の準備をしたのは、執事でもありますわ。報告済みのはずです」
居合わせた白狼騎士団だけでなく、皇子宮の管理をしている執事からも金翼騎士団の態度は報告されている。
リュシアーナが口を挟むと、エヴァリストが驚いた顔で振り返った。
「リュシー……」
エヴァリストが少しだけ罰が悪そうな顔になる。
だが、書類を探し当てた騎士から、報告書を手渡され、すぐに表情が曇った。
金翼騎士団の騎士たちが泥酔し、早朝に剣を抜いた騒ぎを知ったのだろう。そして、それをおさめたのが、青剣騎士団の第一騎士であることも。
「なぜ母上は、外泊を選んだのだ」
眉間を揉んでエヴァリストは、言う。
エステルは、リュシアーナに会いにきた。お茶会の内容を知らない騎士たちがリュシアーナに視線を移す。
リュシアーナは、沈黙を選んだ。どんな内容かは、エヴァリストが知っているはずだ。
「……君が、母の提案をすぐに受け入れていれば、このようなことは起きなかったのではないか?」
リュシアーナは呆れた。
(わたくしのせいだと言いたいの?)
エステルからは、見知らぬ侍女を受け入れろという提案を受けた。だが、その侍女は、エヴァリストの愛人候補でもある。
素性を知らない侍女を受け入れるだけでもありえない話なのに、愛人候補とわかって承諾する相手がどこにいるのだ。
「エステル様の判断は間違われていました。ですが、皇帝陛下の御前で解決するほどのことではありません。そう仕組んだのは、青剣騎士団の第一騎士でしょう」
リュシアーナはエステルの提案には触れず、微笑みながら、そう言った。聞いていた騎士たちが怪訝な顔になる。
エステルが不貞を働こうが、四十半ばの彼女にはもう子供を産む能力はなく、皇帝の寝所に呼ばれることもないのだ。皇帝にとって、エステルという側妃はどうでもいい存在だ。
だから、エステル自身、多少の外泊は気にもされないと思ったのだろう。
エステルが金翼の騎士たちを言いくるめたのか、金翼の騎士たちがエステルを促したのか、実際のところは知らないが……。
エヴァリストが苦い顔つきをしている。リュシアーナに当たり散らすつもりだろうか。
「妃殿下、青剣の第一騎士は、白狼騎士団と敵対するつもりなのでしょうか」
受けて立とうと、リュシアーナが笑みを深くする前にリシャルが声を上げた。
「おそらくはそうでしょう。サガン・レスター伯爵に情報を流したあたり、政界にも通じているようですわ」
意外に思いながらもリュシアーナは答える。ルカに政治をおしえたのは、リュシアーナだが、素知らぬふりを通す。
「いったい彼は何者なんだっ」
エヴァリストは、ルカにしてやられたことに腹を立て始めた。
ルカ一人に白狼騎士団が右往左往している。
「……貴族の子弟やその騎士に至るまで調べてみましたが、該当する者はいませんでした。あるとすれば、外国から来た者かと思われます」
第一騎士のレアンドロ・ピオヴァーニが、調査結果を伝える。
「そちらですが……入出国情報を閲覧しましたが、それらしき人物は見つかりませんでした」
そして、リシャルが後を引き継いで告げた。
ルカは既に死んだとされた人間だ。見つかるはずもない。
(借り物の姿も死んだ人間のもの。ルカは亡霊そのものね)
「リュシー、君の方は彼について何か調べたかい?」
他人事のように慌てふためく騎士たちを眺めていたが、エヴァリストに問われる。
「わたくしがそのようなことを? 領主代行だけでなく、白狼騎士団にも入団させていただけるのですね」
リュシアーナがにこやかにそう答えると、エヴァリストの顔が引き攣った。
リュシアーナが破閃という秘技を使った場所に居合わせたことがあるリシャルも顔を引き攣らせている。
他の騎士たちは冗談だと思っているようだが、笑うこともできず、微妙な雰囲気になっていた。
「いや、それはない。……それで、君はどうしてついてきたんだい?」
エヴァリストは早口で否定して、ようやくリュシアーナがここにいる理由を問う。
「メラーニア子爵の援助について、お話ししようと思いましたの」
先ほどの騒ぎで、メラーニア子爵は税が重くなるというとばっちりを受けた。
普通なら、後ろ盾ともなる母親の実家に支援しようと考えるはずだ。だが、エヴァリストは、虚をつかれたような反応を見せた。
「……今、白狼騎士団にその余裕はないだろうし、伯父上もご自分でどうにかなさるはずだ。考えなくていい」
「ではそのように」
リュシアーナはドレスの裾を持って、軽く頭を下げた。
エヴァリストもまたメラーニア子爵領の状況など気にしていないようだ。せめて話を聞くくらいはすると思っていたが、それどころではないらしい。
(……その選択に後悔しないといいのだけれど)
リュシアーナの知る限りであれば、メラーニア子爵領には余裕がない。今年を乗り越えても来年はもたないだろう。
メラーニア子爵が潰れれば、エヴァリストは自分の勢力を一つ失うことになるのだ。母親の生家を見捨てたとなれば、その評判も……。
リュシアーナは、頭を上げて、踵を返す。
「……部屋までお送り致します」
作戦室を出たところで、後ろから声がかかった。第二騎士のリシャル・バウスだ。
珍しいこともあるものだと、リュシアーナは表には出さずに警戒する。
そのまましばらくは静かに歩いた。
階段を降りて、温室の前を通り、自室へと向かう。コツコツとヒールの音と剣の金具がしゃらゃらと鳴る音が響いていた。
「恐れながら……妃殿下に尋ねてもよろしいでしょうか」
リシャルが口を開いた。
「わたくしに遠慮する必要はありませんわ」
リュシアーナが前を向いたまま答えると、リシャルの足が止まったことに気づく。
三歩遅れて立ち止まり、振り返った。
「…………金翼騎士団の態度を報告したのは、妃殿下ではありませんか?」
「まぁ……」
この男は、夫と同じように愚かではなかったらしい。
エヴァリストに対しては、どこか気後れしている彼だが、今のリシャルは、冷たく見える目を一層険しくしていた。
「どうしてそう思うのですか?」
リュシアーナはにこりと微笑んで、否定も肯定もしない。
「妃殿下は聡明な御方です。メラーニア子爵様が、困窮して利点を得るのは、一見、他の皇子殿下方に見えます。しかし、それだけではありません」
実母の実家がなくなれば、妻であるリュシアーナの実家、ボナート公爵家を拠り所にするだろう。
リシャルはそれがわかっているようだ。明確に言葉にしないが、目は雄弁だった。
――彼の予想通りだ。ルカがやったこととはいえ、黒幕はリュシアーナなのだから。
「妃殿下は、皇后として実権を握るつもりなのではないでしょうか?」
第一皇子を押し上げ、その妻として国を治める。その夢には既に諦めがついた後だ。
「わたくしには、恐れ多いことですわ」
リュシアーナは、止まっていた足を動かす。リシャルはそれ以上問うことはなかった。
(勝手に勘違いしてもらえるなら重畳。わたくしが狙うのは、皇帝よ)
リュシアーナは笑みを消して、前を見据えたのだった。
かつんと、ヒールの音がよく響いた。




