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21、金翼の第三騎士


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、夫から領主代行の権限を得た。



リュシアーナは、青剣騎士団の第一騎士に署名した小切手を送った。小切手というのは、白狼騎士団の第三騎士の素性を黙っておくための口止め料だ。


小切手には、早速用意してもらった領主代行の印鑑を押しておいた。これで、ルカにも白狼騎士団内の事情が伝わったことだろう。


それにしてもルカは、この小切手の額をどうするつもりだろうか。青剣騎士団の運営費に当てるとしても、第三皇子ゼノンには隠し通せないのではないかと、リュシアーナは思うのだ。


(いきなり金が降って湧いて出てきたら驚くでしょうね。……いや、ゼノンもまた頓着しない性質かもしれないわ)


第一皇子のエヴァリストは、自身の領地に関与しない。優先度が低いのだ。それは、第三皇子も同じなのかもしれなかった。


(皇子たちは揃いも揃って、国民に興味がないのね)


リュシアーナは、ため息をつきたい気分になる。


皇子たちが、内政より侵略に目を向けているのは、父親である皇帝の影響が大きいのだろう。


現皇帝アルミロ・ファリーナは、即位してから三十年、他国に侵略し、勝利することによって、国をまとめてきた。


だが、それは表向きのこと。


実際のところは、皇帝の年の離れた弟にして、公爵家に婿入りしたバルドロ・カヴァニス公爵が、あらゆる内政や折衝を引き受けていた。この内助の功があってこそ、国がまとまっているように見えたのだ。


五年前、カヴァニス公爵家が壊滅し、突如、政界の核が無くなった。父であるボナート公爵や他の高位貴族は、危機感を持って、どうにかその穴を埋めようと奔走した。


しかし、肝心の皇帝には危機感がなく、父たちを遠ざけ、奸臣たちを重用し始めた。そんなことをすれば、帝国の基礎がぐらつくのも時間の問題だ。


そして、三人の皇子たちにも危機感はなく、後継者に指名されようと、互いに功を競いあっている。


――これが今のファリーナ帝国の状態だ。


父が奔走していた頃、リュシアーナがボナート領の経営を行っていたため、当時から現在に至るまでの変遷のおおよそを把握している。


「やっほ」


リュシアーナしかいないはずの執務室に青年の声がした。


だんだん慣れてきたきたリュシアーナは、隣に現れたルカに冷たく視線を移す。


茶髪に透き通るような紫の瞳をしたルカは、甘い顔立ちにへらりと軽薄な笑みを浮かべていた。


「何の用かしら?」


「お知らせー」


リュシアーナの冷たい視線などものともせず、ルカは間延びした声を出す。


「ようやく金ができたからさ、ゼノンのおんぼろ皇子宮を改修しよっかなぁって」


第三皇子ゼノンは、幽霊皇子と言われるほど影が薄かった。皇子宮の手入れも行き届かなかったのだろう。


「……ご自由に」


ようやくと言ったルカにリュシアーナは眉根を寄せる。


(金がないなら、先の遠征費は、どこから出したのかしら。やはり第三皇子も頓着しないのね)


エヴァリストが出した痕跡はなかったはずだ。金の出所が気になったが、ルカの自費である可能性が高い。


「改修はアッシュリアに頼むことにした。もう少ししたら、ファリーナに来ると思う」


旧友の名前にリュシアーナは、目を瞬かせた。


かつて青薔薇会に参加していたアッシュリアは、バーゼン伯爵の令嬢で、建築学に秀でている。また、リュシアーナの妹と共に国外に飛び出て、建築士として名をあげている豪胆な令嬢だ。


アッシュリアがファリーナ帝国に戻ってくるのは、七年ぶりではないだろうか。


「よく仕事を依頼できたわね」


「そりゃ、国外で会ってるから」


当たり前のように返されて、今のルカはもうファリーナ帝国の民ではないことを思い知らされる。


ルカは、五年前のカヴァニス公爵家の壊滅と共に亡くなったことになっているのだ。存在しない人間……まるで亡霊だ。


ルカは勝手に卓に積まれていた書類を捲っている。


「勝手に見ないでちょうだい。あなたの仕事は?」


「ゼノンは領地持ってないし、余裕で終わった」


ルカは指摘されて、書類から手を離すと、卓に腰掛ける。


「……あなた、平民の設定でしょう」


第三皇子の実務は、ルカが請け負っているようだ。ただ今のルカは平民から騎士になった成り上がりだ。平民には、請け負えるような教養はない。確実に周りが怪しむ。


「うちの第二騎士にさ。ちょっと身の上話をしたら同情されたんだ。任せてくれてる」


だが、ルカはにやりと笑った。没落貴族だのと、少し納得しそうなでまかせを言ったのだろう。


第三皇子ゼノンの青剣騎士団には、最近、ルカ以外の騎士も入団した。第二騎士は、エヴァリストが目をつけていた騎士団長の息子だったはずだ。


誰も彼もルカに良いように騙されている。


(おそらくは、わたくしも……。けれど、わたくしはルカの手を取るしかない)


無謀な女皇帝への道のりには、ルカの協力が不可欠だ。


「エヴァリストの次の予定ってある?」


夫の名前を出されて、リュシアーナは思考から立ち返る。


「当分は動かないはずよ」


なんせゼノンを罠に嵌めるはずが、弱みを握られて脅されたのだ。今は、ルカの素性を探ったりと、ずいぶん慎重になっている。


「あなたを調べているのは知っているわ。経歴はどうなってるの?」


「抜かりないさ」


ルカは簡潔に答えた。詳細を語る気はないようだ。


だが、ルカのことは心配していないので、リュシアーナも追及しない。


「俺はまた魔物狩りにでも行ってこようかな。魔物に強い青剣騎士団とでも印象付けよう」


「どこの魔物を?」


「まだ探し中」


詳しく聞きたくはあるが、ルカは帰るようだ。窓枠に足をかけて、リュシアーナに片目を瞑って見せる。


「あ、最後に金翼の真面目ちゃんが動いてるから、頑張って。俺、あいつ嫌いなんだよ」


そして、ルカはべっと舌を出して見せると、窓の外へと飛び出して行った。着地音は聞こえない。


いつも消えるように去っていくのに今日はちゃんと窓から帰ったようだ。


(……窓から帰るのもどうなのかしら)


相変わらず自由奔放なルカにリュシアーナは呆れる。


だが、すぐに切り替えて、ルカの最後の言葉について考える。


金翼騎士団。ファリーナ帝国皇帝の騎士団にして、最高峰の騎士団だ。


ルカが言った金翼の真面目ちゃんには、一人心当たりがある。

皇帝の周りは、奸臣ばかりだが、一人だけ権力に無欲な騎士がいると聞いたことがあるのだ。


金翼騎士団の第三騎士、リアン。


平民出身でありながら、剣技一つで最高峰の騎士団に上り詰めた若き天才だ。

歳はリュシアーナよりいくつか下だったため、彼が第三騎士に取り上げられた時は、非常に騒がしくなったものだ。


(なぜルカはリアンが嫌いなのかしら?)


嫌いという評価に疑問を持つ。腕が立って厄介だとか、真面目で融通が利かないとかではなく、ただ嫌いと評した。ルカらしくないと感じる。


感じるものの、どう違うかまでは言い表せず、リュシアーナは、先に書類を片付けることにした。


リュシアーナは、粛々と決裁書の山を切り崩す。


そうしてお昼頃になった時、執務室の扉がノックされた。


相手はリュシアーナが返事をする前に入ってくる。


「リュシー」


エヴァリストだった。彼は少し驚いたような慌てたような表情だったが、執務室に入って大きく息を吐いた。


「皇帝陛下から招集がかかったんだ」


「まぁ、お気をつけていってらっしゃいませ」


リュシアーナはいつも通りに微笑んで言った。


以前、白狼騎士団の作戦室で強気に出たが、あれ以来、その姿は見せていない。

ただ、当然なのだが、エヴァリストとの間には微妙な溝ができている。


「……君も呼ばれている」


予想もしないことを言われて、リュシアーナの笑みが固まった。




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