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2、夜明けの密事


十五で婚約して、十八で結婚した。それから三年、新たな決意を胸に刻んだ。



リュシアーナの住む第一皇子の離宮には、隠し通路がある。


夜明け頃、使用人たちが起きる前にリュシアーナは、温室に来ていた。

温室の一番奥、花のない植木鉢が並んだ一角へと進み、そこにある大きな棚の扉を開ける。


扉を開けると、そこにあるのは、背板ではなく、薄暗い通路が続いていた。

リュシアーナは、迷いのない足取りで通路を進んでいく。


リュシアーナが、この通路を知ったのは、まだ婚約者だった時のこと。この離宮でパーティが開かれていたところ、悪戯好きのルカが見つけてきたのだ。


当時は十にも満たない子どもだったので、探検ごっこをしているのだと、微笑ましく見られていた。探検で隠し通路を見つけてくるような空恐ろしい子どもだったことには誰も気付いてなかったが……。


そうして、ルカは、リュシアーナにそのことをこっそりと教えてくれたのだった。

隠し通路は、いくつかの分かれ道を経た後に階段に差し掛かる。階段を登った後、リュシアーナは、灯りのない燭台を掴んだ。

そして、押し込むと、がこっと音を立てる。壁の向こう側に到着した合図を送ったのだ。


ややあってから、薄暗い通路に光が徐々に差し込む。


通路の入り口は、重たい書棚で塞がれていて、通路側からは開けることができないのだ。


「お待ちしておりました。リュシアーナ様」


リュシアーナが足を踏み入れたのは、エヴァリストの執務室だ。


そして、書棚を動かして招き入れたのは、この離宮の執事だ。初老の彼は、元は父であるボナート公爵家に仕えていた。そのおかげで、彼はリュシアーナに協力的だった。


「ありがとう。それで今日は?」


リュシアーナは、躊躇いもなく、執務室の椅子に腰をおろす。

結婚して、三年。リュシアーナは、毎日とはいかないが、高い頻度でここにやってきていた。


執事は、申し訳なさそうにしながらも書類の束を差し出す。

それらはすべて、エヴァリストの持つ領地に関する決裁書だ。


リュシアーナは、それを読んで、勝手に指示を書きつけて、エヴァリストの判を押す。サインだって、エヴァリストの筆跡を完全に真似ることができた。


実のところ、エヴァリストの分の委任状など、いくらでも偽造できた。


(わたくしがこうしていることをルカは知っていたということかしら?)


三人の皇子の委任状を手に入れることができたなら、リュシアーナが皇帝になるための後ろ盾を用意すると、ルカは言っていた。


仮にもこのファリーナ帝国は、西部諸国の中でも一番の強国だ。その強国でかつてない女皇帝を生み出すことができる後ろ盾とはなんだろうか。


リュシアーナは、決裁書を処理しながら、頭の片隅で思慮を巡らせる。


(貴族たちの支持は、どうかしら……。いえ、だめね。力のある貴族の大半は、皇帝にへつらうことしかできていないわ。わざわざ女のわたくしを支持するとは思えない)


皇帝を変えたいなら、三人いるうちの皇子から一人を選べばいいのだ。誰がその皇子の妃を選ぶというのか。


(会わないうちに頭でも打ったのかも)


ルカの思惑が読めなさすぎる。


(もしかして、わたくしをまた別の誰かと結婚させるつもり? 第一皇子の手垢がついた女なんて誰が欲しいのかしら)


候補は思い浮かばないが、強力な立場の王配がいればリュシアーナが皇帝になる道はあるだろうか。だが、そんな立場があるのなら、王配自らが皇帝になった方が良い。


奇跡的にリュシアーナが皇帝になったとして、誰が従うだろうか。即刻廃位される未来しか思い浮かばない。


考えが行き詰まって、長く息を吐いた。


(なぜ……わたくしを選んだの?)


ルカは、リュシアーナのことをよく知っている。


こうして領地を治める知識は多少あるが、皇帝らしい威厳もなければ、人を惹きつけるカリスマもない。


リュシアーナは、またため息をついた。考えれば考えるほど、暗くなっていく。


「申し訳ございません、リュシアーナ様」


ため息をつくリュシアーナに恐縮したのか、執事が謝罪する。


「考え事をしていただけだから、気にしないで」


「ですが、こうして陰から支えているリュシアーナ様を差し置いて、愛人選びなどと……」


執事が痛ましそうに言葉を濁す。リュシアーナは、手を止めた。


「愛人選び? どういうこと?」


リュシアーナが問い返したことで、執事は失言に気づいたようだ。執事は一瞬硬直した後、口を開いた。


「てっきりお話しになられていたかと……先日、第一皇子殿下が、生母様に相談しており、その内容がどうも未来の側妃候補を選んでいるようだとお聞きしました」


皇帝には十数人もの側妃がいて、妃たちは皆後宮で暮らしている。第一皇子のエヴァリストが同じことをしても咎められることはない。


ただリュシアーナを蔑ろにして、父親のボナート公爵の心証を悪くしたくないはずだ。


(子ができないことを理由にすれば、許されると思ってるのね……)


貴族の女性は、子を産むことがすべてだ。学はいらない。ただ丈夫な男児を産み、夫に従順であればいいのだ。それ以外に価値はない。


「いつ頃連れてくるのかしら?」


「いえ、まだ具体的な話は決まっていないようです」


「そう……」


リュシアーナは視線を書類に戻した。


(愛人……。仕方ないことなのかしら)


十数人の側妃がいる皇帝だけでなく、多くの貴族たちが、第二夫人、第三夫人を持っている。夫人ではなくても、愛人を囲っていることも多い。


ここまで多くの妻を持つ傾向は、ここ二、三十年で増えている。この国は、もともと一夫一妻が当たり前だったが、今は見る影もない。


堕落していると思っても、リュシアーナには声をあげる権利すらないのだ。


(夫に意見する力すらないのに……)


リュシアーナの手元には、エヴァリストがありえないほどの額を考えなしに白狼騎士団につぎ込んでいる明細書があった。内訳には、装備や食糧だけでなく、宝飾品や魔石まで……際限なく記載されている。


(……それでも、わたくしが皇帝になると決めたのよ)


空が明るくなり始めたのを見て、席を立つ。


リュシアーナはそう言い聞かせた。未だ、リュシアーナが皇帝になる未来は思い浮かばない。


リュシアーナは、薄暗い隠し通路へと、入って行ったのだった。







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