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閑話 ミレーユの置き土産

これは、剣術大会が終わって数日後の一幕――。



バレージ伯爵位を継承し、財務長官となったシェリルは、大きくため息をついた。


先帝のせいでぼろぼろだった財務状況は、ほぼ回復した。それはいいのだ。


問題は、自分が運営しているバレージ商会からの報告書だった。商会は急成長しており、今や各国に支店があり、その広い流通網を活かして、様々な品を取り扱っている。


そして、数年前から幹部の一人が、魔法使いの国にも商会の拠点を作っていた。信頼している幹部なので、そのまま任せていたのだが、今日になってとんでもない報告を寄越してきたのだ。


変幻魔導師をバレージ商会魔導帝国支部の支部長に据えていると――。


(わけがわからないわ……。やけに業績も良いし、軌道に乗るのも早いとは思っていたけれど……)


シェリルは、頭を抱える。


シェリルにとって、変幻魔導師は蟠りがある人物である。かつての教え子であるルカは、戦友であるリュシアーナを皇帝へと押し上げた。そして、その際に命を落としている。


変幻魔導師は、ルカに協力していたようだが、ルカの死を知っても全く動じていなかった。最後までルカは、正体を明かさなかったが、それでもシェリルは自分の教え子だと信じていた。


そんなルカの死をどうでもよさそうにしていた変幻魔導師が、バレージ商会に関わっている……。


(くっ……どう見ても変幻魔導師ありきで支部作ってるし、事後承諾過ぎるけど、魔導師に文句なんて言えないし)


シェリルはまた大きなため息をついた。


「いや、私が会頭なのに、なんでこんな勝手なことしてるのよ……」


リュシアーナにどう言おうと考えると、気が重い。リュシアーナもまた変幻魔導師に思うところがある様子だった。


ただ、魔導師と繋がっていたことを知った以上、リュシアーナにも一報を入れておくべきだ。


シェリルは頭を悩ませながら、リュシアーナのもとに向かう。


すんなりと側近たちに通され、シェリルがリュシアーナの執務室を覗くと、なぜかリュシアーナが顔を覆っていた。


リュシアーナの前には大量の手紙が積まれている。


「ど、どうしたの?」


顔色一つ変えずに書類を裁くリュシアーナがひどく頭を悩ませているようだ。こんなことは滅多にない。


「ミレーユのせいよ……」


それを聞いて、シェリルは遠い目になった。シェリルからしてもミレーユは理解不能だ。


この間は、強力な魔法使いを単身で無力化したとも聞いた。どこに魔法使いを倒す芸術家がいるのだと、思わず呟いたものである。


「ミレーユの置き土産について、問い合わせされてるの。剣術大会より高い関心を得ているのではないかしら」


リュシアーナが黄昏ながら言った。そういえば、ミレーユは自作の絵画や彫像などを気まぐれに皇宮に放置していったらしい。ミレーユに協力してもらった手前、リュシアーナはそれを咎められなかったのだろう。


そして、稀代の芸術家の新作に目を輝かせたファンたちが、リュシアーナに問い合わせを送ったと、シェリルは予想する。


「まあまあ、ミレーユが人気で良かったじゃない」


とりあえず思いついた慰めの言葉をかけてみた。


「本当にそう思ってるの?」


「いや、あまり思ってないけど」


しかし、じろりとリュシアーナに睨まれて、シェリルは否定するしかない。


「国をあげての剣術大会より、あんな意味のわからないものの方が関心が高いとでもいうの……?」


リュシアーナは嘆いていた。それほどまでにミレーユの新作に対する問い合わせが多かったのだろう。剣術大会よりもとなると、リュシアーナが落ち込むのも理解できる。


「本当に……我が妹ながら、理解不能よ」


ミレーユの何がそんなにいいのだ。ただの狂人だろうにと、そう思っているのがありありとわかるぼやきだ。


シェリルは、商会で芸術品を扱っているものの、ミレーユが残したものにそれほど興味はない。


リュシアーナの執務机にも小さな絵画が置かれていて、その絵には、この世のものとは思えない天使のような慈愛に満ちた垂れ目の美女が描かれている。おそらくミレーユの作品の一つだ。


値段はつけられるが、その絵画に対する感想は特にない。美しいとは思うが、わざわざ見に行こうとも思わない。


「天使のようね……。美しいというのは、一種の武器だけれど、諸刃の剣でもあるわね」


シェリルの視線に気付いたのか、リュシアーナが現実逃避気味に言った。


絵画の夢魔の一件で、銀の魔法使いに目をつけられていた女性が脳裏を過ぎる。一方的に好かれて、絵画の化け物に追われたその女性は、剣の一族に助けを求めて嫁いだ。


その女性は、初代カヴァニス公爵夫人にあたる。


「政略結婚だったのかしら……初代のカヴァニス公爵夫人は」


ぽつりとリュシアーナが言って、シェリルは首を横に振った。


「公爵夫人が政略結婚かって言われると違う気がするわ。だって、剣の一族よ? 気が乗らない皇帝の命令を聞くと思う?」


カヴァニス公爵家の実態は、貴族とは程遠い。それはシェリルも知っている。


「……それもそうね」


リュシアーナはもう一度絵画を見た。つられて、シェリルも見る。


どう見ても絵画のモチーフは、カヴァニス公爵夫人だ。ただ、夢魔に塗りつぶされた絵画の夫人よりも少し垂れ目で、瞳も青ではなく銀色に見えるが……。


(この垂れ目……どこか見覚えがあるような?)


シェリルは、内心で首を傾げる。


夢魔に塗りつぶされた絵画の方はよく見てなかったので、思い違いの可能性もある。それでも奇妙な既視感にシェリルは記憶を探る。


「……もういいわ。すべてお父様に投げましょう。ミレーユはボナート公爵家の令嬢だもの」


何かに気づきそうなところで、リュシアーナの言葉に引き戻された。


「それも、そうね……」


リュシアーナが手紙の山を横に押しやっている。


「それで、シェリルはどうしたの?」


さらにリュシアーナに問われて、シェリルは既視感を頭の隅に追いやった。


「それが、私の商会が魔法使いの国に拠点を作ったのだけど……」


変幻魔導師がその拠点の長となっていることを告げると、リュシアーナは再び顔を覆ったのだった。





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