閑話 規格外
メルデンは、天井を埋め尽くす青薔薇を見ながら、傍にいるロゼに言った。
「いつまでこうしていれば?」
メルデンの手の上には、特注魔道具があり、それが青薔薇の幻影を生み出し続けているのだ。
「そろそろ良いかと」
特注魔道具は、ロゼからリュシアーナへの贈り物だと言ったが、当のリュシアーナは幻影を隠れ蓑に中座してしまっていた。
特注魔道具をロゼに返すと、途端に幻影が消え去る。
「一体なんのつもりですか」
「気づいているでしょう。シクル王国の王子に」
あからさまにずっとリュシアーナに視線を送り続けていたシクル王国の王子ミゲルの方を見ると、彼はリュシアーナの側近に話しかけられていた。
そして、側近の案内を受けて、どこかへと移動し始める。
「まさか、話をつけるつもりか?」
ミゲルは、メルデンよりもはるかに強い魔法使いだ。破閃を失ったリュシアーナが相対するには、無理がある。破閃があったとしても、ミゲルほどの魔法使いだと歯が立たない可能性が高い。
それほどミゲルは強力な魔法使いだ。
こんな時、メルデンは無力さを痛感する。魔法使いの端くれなのに、役に立たない。
「さて、見物にでもいきましょうか」
飄々とロゼが言って、ミゲルの後を追い出した。
「何を企んでいるんですか」
メルデンはそれに並びながら、尋ねる。客室を荒らした一件にロゼはどこまで関わっているのだろうか。
特注魔道具は、魔導師相当の魔法をあらかじめ込めておくことができる道具だ。メルデンは特注魔道具を手にしたことがあるからわかるが、そう簡単に手に入れられるものでもない。
特に込められた魔法が幻影だ。幻影魔法の使い手は、変幻魔導師しか確認されていない。ロゼは変幻魔導師と関係があるとみていい。顔色一つ変えず、住民ごと島を沈めるような魔導師との関係なんて、絶対にろくでもない。
「企むなんて人聞きが悪いですね。私はただリュシアーナ帝の助けになりたかっただけですよ」
だというのにロゼは涼しい顔で答えた。あくまでも皇配の座を狙う姿勢は崩さない彼は、リュシアーナに恩を売ろうということなのだろう。
メルデンがどうやってロゼの企みを暴こうかと考えていたところ、彼はミゲルが庭園に入ったのを見て、立ち止まった。
そして、メルデンを見る。
「なんです?」
「魔法使い同士は、魔力で互いの場所を認識するそうですが……あなたを連れていると尾行がばれているのではないかと、気づきまして」
メルデンは半目になった。誘ったのはロゼだろう。
メルデンは懐からブローチを模した魔道具を取り出した。魔力の痕跡を消す魔道具だ。それを発動させて、胸元につける。
グリフォンで狩をする際、グリフォン自体の魔力で獲物が逃げてしまうために使う道具だ。
「便利なものを持ってますね」
「特注魔道具を持つあなたほどではないです」
ロゼは再び歩き出す。少ししてから、こそこそと足音を消して、垣根より身を低くする。泥棒でもしている気分になりながら、メルデンも同じ姿勢で、垣根の間から様子を伺った。
少し離れたところで、第六王子のミゲルが立ち止まったのが見える。
そして、ミゲルの視線の先には、リュシアーナがいた。幻影を目隠しに中座していたが、ミゲルと二人きりになりたかったようだ。
(何をしているんだ……)
二人の雰囲気は、密会というには冷え冷えとしていた。
青いドレスを着たリュシアーナは、いつもの微笑みを消して、ミゲルと対峙している。
リュシアーナのそばには誰もいない。ミゲルがリュシアーナに強引に何かを要求していることはメルデンも掴んでいたし、ミゲルは強力な魔法使いだ。一人で会うなんてあまりにも危険だ。
そう思ったメルデンは即座に立ち上がって、割って入った。
「リュシアーナ様。こんなところで休憩ですか?」
わざと空気を読まず、メルデンは軽い調子でリュシアーナに話しかける。ミゲルが片眉をあげた。
「…………」
リュシアーナは答えずに無表情でミゲルを見ている。
明らかにいつもと様子が違う。彼女はいつも微笑みを絶やさなかった。内心はどうあれ、完璧な淑女としての振る舞いが染み付いている人だ。
ミゲルに何かされたのだろうか。だが、ミゲルの魔法は、髪を操る魔法だったはずだ。
「あなたは後にしてください」
ミゲルはメルデンを一瞥して言った。眼中にないと言わんばかりだ。握った拳に力が入る。
「さて、皇帝陛下。僕をあなたの夫にする準備はできましたか? 時間は十分にあげたでしょう?」
そして、メルデンが去るそぶりも見せないうちにそう続けたのだ。
(夫っ?)
メルデンはリュシアーナを見た。いつもと違う彼女の表情が気になって、彼女を守ろうと近づく。
だが、メルデンが一歩踏み出したと同時にリュシアーナがぽつりと呟いた。
「――好みじゃないわ」
抑揚がないながらもうんざりした声にメルデンもミゲルも動きが止まった。
「その服と髪型、立ち振る舞い。及第点にも届かないわ。特にその髪はセンスが皆無よ」
ミゲルを見ながら、リュシアーナは落胆したようにため息をつく。彼女は何を言っているのだろうか。
「センスのない夫は嫌なの」
ダメ押しとばかりにリュシアーナはもう一度言う。そして、用は済んだとばかりに踵を返きた。
「……っ。ならばこのままでいいのですね。今すぐ事を起こす準備が僕にはある!」
怒涛の断り文句に硬直していたミゲルが叫んだ。
夫を迫ると同時に脅迫でもしていたのだろう。おかしいとは思ったが、やはり客室の一件にはミゲルが関わっていたようだ。
だが、リュシアーナは意に介さずに立ち去ろうとすたすたと歩いていく。堂々とした無視だった。
(おいおいおいっ、このままでいいのかっ?)
ミゲルがほぞを噛んだ。同時に彼の不満が現れるように髪がうねり出した。
「リュシアーナ皇帝! 自国民を見捨てるのか!!」
脅す側の台詞ではないだろう。業を煮やしたミゲルから鋭く変化させた髪が伸びる。
「リュシアーナ!」
髪はあまりにも早くて、メルデンが庇おうとしても追いつかない。
しかし、庇う必要はなかった。
リュシアーナは信じられないほど俊敏な身のこなしを見せたのだ。薄暗い庭園に閃光が走る。
「――髪を切って欲しいの?」
白い髪が地面に散った。
「なっ……」
ミゲルが絶句する。どこに隠し持っていたのか。白光する剣を片手にリュシアーナが言ったのだ。
(破閃は失われたはずでは……。それに、あれは誰だ?)
リュシアーナの顔をしているが、よく見ると別人だと、メルデンは気づいた。
硬直するミゲルへと、リュシアーナに似た女は一瞬で距離を詰める。
「伸びすぎよ」
「くそっ」
何股にも分かれた髪が女を突き刺す。だが、その前に女は跳躍して、ミゲルの後ろをとった。そして、一閃。
首の後ろからばっさりと髪が切られる。
「なんなんだっ、おまえは!?」
振り向いたミゲルは、再び髪を伸ばす。完全に気圧されていた。
「そんなに長髪がいいの? でも、似合ってないわ」
訳のわからない台詞を吐きながら、女は剣の切先を上に向けるように構えた。その瞬間、白光する剣に青色が混ざる。
女はその場で剣を振るう。すると、青白い光がミゲルに放たれた。ミゲルは咄嗟に手と髪で防御しようとしていたが、光に実態はなく、透過していく。
――そして、一拍開けたのちにミゲルの手や髪からだらりと力が抜け落ちた。彼は魂が抜けたかのようにぼんやりと棒立ちになったのだ。
女は満足そうに一つ頷くと、ミゲルに近づいていく。そして、剣を地面に放ったかと思うと、またどこからともなく取り出した鋏で、髪を切り始めた。
ジョキジョキと、迷いなく鋏を動かす音だけが響く。
(な、何をしているんだ……?)
本気で意味がわからない。彼女はなぜ髪を切っているのだろうか。
「服もだめね」
髪を切っている最中、気になったのか、女は服に手をかけて、ミゲルから剥ぎ取っていく。
薄暗い庭園で、女が無抵抗の男の服を剥ぎ取っている。メルデンは何を見ているのだろうかと困惑するしかない。
「あ、姉上! 服はまずいです。髪はギリギリ正当防衛で通りますがっ、服は言い訳できません!」
その時、リュシアーナの義弟が飛び出してきて、女の手を止めた。メルデンは思わず口を押さえた。
(姉……姉っ!? リュシアーナなのかっ!?)
義弟が姉上と呼んだのだ。リュシアーナの知られざる一面を見てしまったのかと大いに動揺する。
「だめですって! ミレーユ姉上!」
が、すぐに義弟が言った名前に胸を撫で下ろした。非常によく似ているが、リュシアーナの妹だったようだ。芸術の国で魔女と呼ばれる巨匠だと思い出す。
強烈な女性だなと、メルデンが苦笑いした時、会場の方から悲鳴が聞こえてきた。




