14、後夜祭
市井での祭りは昨日の決勝を最後に終了したが、皇宮は今夜、絢爛豪華に飾り付けられ、剣術大会の終幕を祝っていた。
リュシアーナは、久しぶりに青いドレスを着ていた。ファリーナ帝国側は、皆、青系統の正装に身を包んでいる。
他国から招いた賓客たちは、剣術大会が見応えのあるものだったと概ね称賛してくれていた。
「皇帝陛下」
賓客の合間を縫って、リュシアーナを呼んだのは、義弟のステファンだ。彼は少しくたびれた顔をしていた。
「ステファン、どうだった?」
「なんとか、なりました」
ステファンは非常に苦々しい顔で答えた。リュシアーナはその顔に笑って、彼を労う。
「本当にありがとう。もう少しの間お願いね」
「はい……」
ステファンには、ミゲルに対抗するための準備を進めてもらっているのだ。一か八かの策だが、今のリュシアーナにはその策に賭けるしかない。
リュシアーナは、シクル王国の第六王子の求婚に応じる気はさらさらない。当の第六王子は、余裕のある笑みを浮かべて、リュシアーナから視線を外さないでいるが、リュシアーナは徹底的に無視していた。
「リュシアーナ様」
次にリュシアーナは、メルデンに声をかけられた。真珠の国の代表である彼は、心配そうな顔をしていた。
「どうなさいました?」
「どうじゃないだろう。大丈夫なのか?」
小声でメルデンがミゲルを一瞥しながら問う。シクル王国の態度がおかしいことに気づいたようだ。
「……客室を破壊した獣、あれはシクル王国が用意したものなんだろう?」
異様なネズミを直に見たメルデンには誤魔化しようがなく、リュシアーナは苦笑した。
「ええ。ご迷惑をおかけしましたわ」
客人に被害が出てしまったのだ。それに森の国の代表がいまだに昏睡している。ファリーナ帝国側の手落ちを指摘されても仕方がない状況だ。
「謝って欲しいわけじゃないんだ。ただ力を貸したい」
嬉しい申し出だが、これはファリーナ帝国の問題だ。
「あなたは最初からわたくしを買ってくださるわね」
「そりゃあ、まぁ」
やんわりと話を逸らすと、メルデンの歯切れが悪くなる。彼を頼るわけにはいかない。
リュシアーナは、ファリーナ帝国の皇帝なのだから。
「メルデン殿、陛下を口説いているにしては顰めっ面ですね」
その時、ロゼがくすくすと笑いながら、こちらにやってきた。彼は雨の国の宰相だ。平民出身というには、あまりにも優雅な所作で夜会に馴染んでいる。
メルデンの顔がますます苦くなる。ただ話していただけで、リュシアーナを口説いていた訳ではない。誤解されたくないのだろう。
「宰相閣下、わたくしはメルデン様の対象外ですわ」
「……本当に? 陛下ほど美しい女性を口説かないことはありますか?」
ロゼがわざとらしく驚いた顔を見せる。
「男女を見ると邪推するしかないのですか。もう少しましな話題にしてください」
仏頂面でメルデンが答えた。確かに男女の仲を疑ったり、賭け事したりと、賓客たちは節操がない。
(わたくしに皇配がいないのが問題だとはわかっているけれど……)
婚姻に対して、リュシアーナは消極的だ。あまり利を見いだせないでいる。
だが、今後ミゲルのような輩に漬け込まれるくらいならば、相手を見つけた方がいいのかもしれない。
「陛下は青がお似合いですね」
メルデンの苦言を聞き流して、ロゼがリュシアーナのドレスを褒める。
「ありがとうございます。我が国は青で揃えておりますの」
「青がお好きですか?」
「ええ。わたくしの尊敬する方にちなんでおりますわ」
リュシアーナに歴史を教えてくれた今は亡きカヴァニス公爵を思い出して、微笑む。すると、ロゼは懐から小さな箱を取り出した。青色の手のひらに乗るくらいの小さな箱だった。
「なら良かったです。この贈り物を受け取っていただけますか?」
個人的な贈り物を公に受け取ることは、好意を受け取ることだと取られかねない。少し躊躇うリュシアーナを察して、ロゼはメルデンに話しかけた。
「少々お手を拝借しても」
「俺を巻き込まないでくれませんか」
メルデンは苦い顔をしながらもリュシアーナの躊躇に気づき、差し出されたロゼの手を取った。ロゼは小箱をメルデンの上に乗せる。
その瞬間、小箱から青い薔薇が飛び出した。いくつもの薔薇は連なって、天井を覆い尽くす。
「まあ……」
圧巻だった。誰もが幻想的な光景に感嘆の声をあげる。
この光景は、一度だけ見たことがある。先帝を暗殺した日、ルカが謁見室を青薔薇の幻影で埋め尽くしたのだ。
その時は、幻影どころではなかったが、今改めて見ると本当に綺麗だ。
「幻影……ですね」
「はい、幻影が込められた特注魔道具なのです。気に入っていただきましたか?」
特注魔道具ということは、起動に魔力を必要とする道具だ。だから、魔法使いであるメルデンの手を借りたのだろう。
「それと、この幻影は強い魔法使いの目を眩ませます。強い魔法使いは、見えない魔力をも可視化しているので」
ロゼはぱちりと片目を瞑ってみせた。
これは、ただの贈り物ではない。ロゼの助け舟だ。ミゲルの監視を撒くことができる。
「素敵な贈り物ですわ。メルデン様、申し訳ありませんが、もう少しそのままで」
「……は?」
驚くメルデンを置き去りにリュシアーナは、側近たちに合図を送る。そして、リュシアーナは会場から離脱したのだった。




