13、アイシュリー
リュシアーナは、剣術大会の優勝者を皇宮に招待していた。
シクル王国の第六王子ミゲルとの約束まで……今夜の夜会まで時間はなく、刻一刻と求婚に対する答えを返す猶予が削られていく。
それでもリュシアーナは、予定を崩すことなく、普段通りに振る舞っていた。
萎縮させないようこぢんまりとした客室で、リュシアーナは、剣術大会の優勝者と向き合っていた。
大会の優勝者は、改めて対面すると、想像していたよりも細身だった。腰には、古びた湾刀がある。
(……女性でも優勝できたのね。まるでシュリヤみたい)
彼女は、肩口で切り揃えられた赤い髪に薄いそばかすの愛嬌ある顔立ちをしており、歳は二十歳過ぎだろう。その緑の目は活気に溢れていて、ともすればギラギラと輝いて見えた。
「優勝おめでとうございます。わたくしは、ファリーナ帝国皇帝のリュシアーナですわ。あなたのお名前をお伺いしても?」
リュシアーナはにこりと微笑む。
「アリサ」
目の前の優勝者である彼女は、ぶっきらぼうに短く答えた。皇帝のリュシアーナを前にしても少しも怖気付いたところはない。肝が据わっていた。
この場には、リュシアーナとその侍従や護衛たちしかいないため、平民であることを考慮し、彼女の態度を咎める者はいなかった。
「アリサさん。あなたの剣術は見事でした。よろしければ、どこで習ったかお聞きしても?」
「………………」
そう問うと、アリサは胡乱な目をリュシアーナに向けた。アリサの使う剣術は、剣の一族のものに似ていたことが気になっていたのだ。
リュシアーナが笑みを崩さずにいると、彼女は懐から一通の手紙を取り出す。
「あたしは、あたしに剣を教えた奴を探しにきた。そいつの名はアイシュリー。たぶん、この国にいるはずだと思ったし、突然これが送られてきたからな」
アイシュリー。彼女の出した名前に心当たりはないかと、リュシアーナは考える。
その間に侍女が手紙を受け取って、リュシアーナに見せた。
(なぜ彼女がこれを……?)
その手紙は、招待状だった。しかもそれは、リュシアーナから変幻魔導師に宛てて出したものだ。
「あの、どうしてこの国にいるはずだと?」
「教わった剣術が、ファリーナ帝国のものに似ているから。でも、少しだけ違う。調べたところ、カヴァニス公爵家のものだと知った」
彼女は一体何者なのだろうか。変幻魔導師が、彼女を送り込んだのか。
(まさか……ルカが……)
リュシアーナは無意識のうちに前のめりになっていた。
「もう少し詳しくお聞かせください。あなたが剣術を教わった時期は? アイシュリーの特徴は?」
「あたしが剣術を教わったのは、七年前。珍しい紫の瞳をしたおっさんがあたしの住む港街に来たのがきっかけで、剣術を教えてもらった」
七年前に紫の瞳と、アリサは言った。淡い期待がうち消される。
(何を期待していたのかしら……)
紫の瞳ということは、カヴァニス公爵家の誰かである可能性が高いが、七年前なら、すでに公爵家は滅んでいる。ただ、彼女の口ぶりからして、若い青年姿だったルカではなさそうだ。
「おっさんはひと月経たずに突然姿を消したんだ。で、最近になって、なぜかこの手紙が送られてきた。ファリーナ帝国に行けばアイシュリーの行方がわかるかもしれないし、金も稼げるし参加した」
アリサはあっけらかんと答えた。彼女はただアイシュリーの行方を探しにきただけのようだ。
「そうだったのですね」
(カヴァニス公爵家のアイシュリー。…………一人、いたわ)
リュシアーナは、カヴァニス公爵家の家系図を頭の中から引っ張り出してくる。
「アイシュリー・フォルカ。カヴァニス公爵家の分家で、私兵長を務めた方がいますわ。ただ八年前に亡くなっておりますが」
リュシアーナに剣術を教えてくれたシュリヤ・フォルカの父親が、アイシュリーだ。
「……なんだ、無駄足か」
アリサはそれを聞いて、納得したような素振りを見せた。だが、言葉とは裏腹にあまり落胆していない様子だ。
彼女はまだアイシュリーが生きていると、確信しているようだった。
リュシアーナは、八年前に死んだはずの人物が、七年前にアリサに剣術を教えた。そのことに引っかかりを覚える。
――リュシアーナも同じなのだ。
八年前に死んだはずの人物が、リュシアーナを皇帝に押し上げた。ルカと名乗ってはいたが、その姿は、シュリヤの弟であるルディウスのものだ。
誰だか知らないが、カヴァニス公爵家の人々の姿を借りて暗躍している者がいる。
(……生き残りは本当にいるのよ)
でなければ、カヴァニス公爵家の人々の姿を知っているはずがない。
もしかすると、ルカはまだ生きているのではないだろうか。リュシアーナはそう疑った。
ずっとルカのことを思うとやりきれなかった。ルカはリュシアーナを皇帝に選んだ。そして、そのために尽力し、最後はリュシアーナの治世を見ることなく、死んだのだ。
(あれだけ努力して、魔法使いとして強くなって、わたくしを皇帝に押し上げた。だけど、結果を見ることなく、いなくなった……)
リュシアーナはルカに頼ってばかりだった。その後悔は、深く刻まれている。後悔は呑み込んだはずだったが、ただ胸の奥にしまっていただけで、事あるごとににその後悔が蘇ってくる。
つい先日、シクル王国の王女の死が偽装されていたことを知った。ルカの死だって、偽装されているのではないだろうか。
(……最後にルカを看取ったのは、誰だったかしら)
ルカの死に対する疑念が広がっていく。
「もういいか? 賞金貰ったら、あたしはそれで帰るし」
考え込んでいたリュシアーナは、アリサの言葉に我に返った。
「ええ。よければ、今夜の夜会に参加していただけますか? 服はこちらで用意しますので」
そして、リュシアーナは、手にしていた招待状を彼女に返そうとした。だが、その手が一瞬だけ止まる。
――変幻魔導師が、アリサに招待状を渡した理由は何か。
ただ単に剣術大会が開催されるからではないはずだ。だとしたら……夢魔の絵画によって被害を受けることを察知したのか。
「もしかして……あなたはまだ秘技が使えるのですか?」
リュシアーナは信じられない面持ちで、そう問いかけた。




