12、決勝と夢魔
観覧席に着くと、すぐに決勝が始まろうとしていた。
剣術大会の決勝では、副騎士団長と外部からの参加者である赤茶色の髪をした女性が向き合っている。
帝国騎士団では、騎士団長は警備のため参加しない代わりに副騎士団長が参加していたのだ。彼は壮年だったが、若い騎士に劣ることなく、順当に勝ち上がっていた。
副騎士団長の名は、ヘルマン・クローチェ。騎士団長の弟であり、生涯独身を貫いていることで有名だ。
対するただ一人の女性参加者は、アリサという名で、元海賊らしい。彼女は、大胆かつ柔軟な剣技で、男を圧倒していた。まさに天才と言う他ない。
どちらが勝ったとしても、優勝者がリュシアーナの皇配になれるなんて噂は、消えるだろう。
それは良かったのだが、頭の痛いことに今度はシクル王国の第六王子であるミゲルが皇配にしろと脅しをかけてくる始末だ。
(わたくしは、もう婚姻はいいわ……)
元第一皇子エヴァリストとの婚姻生活は、息苦しかった。
今思い返せば、窮屈だったとしみじみと思う。何をするにしても、エヴァリストを立てなければならず、自らの意見すらまともに言えなかった。
ミゲル以外にも他国からの賓客には、同じ年頃の男性がいる。そして、そのほとんどは、リュシアーナに対して、縁談やそれに類する提案が寄せられていた。
どれほど身分がしっかりしていても、実力があったとしても、リュシアーナの心に響かない。
ルカのおかげでつかみ取れたこの皇帝という地位で、ファリーナ帝国を豊かにする。それこそがリュシアーナの本望だった。
――長考していると、試合が始まった。
真っ先に動いたのは、アリサだ。彼女は活気に溢れていて、豪快に突っ込んでいく。対するヘルマンは、手堅く守りを固めて、隙を見て攻撃を放った。
アリサは柔軟な体でそれを紙一重で避け、反撃する。ヘルマンの周りを舞うように動いて、翻弄していた。
彼女は、とても楽しそうだった。
二人の高度な剣戟が続いて、会場が盛り上がる。
(…………?)
決勝なので、観覧席はいつもより試合場と近い。だからこそ、リュシアーナは気づいた。
アリサの動きには見覚えがあるのだ。すべてが同じというわけではないし、リュシアーナは剣技に疎い。
それでも柔軟で俊敏な動きには、見覚えがある。
――その動きは、シュリヤ・フォルカのものだった。ひいて言えば、剣の一族のものだ。
他にも気づいている者がいるのか。
よく見ると、ヘルマンに動揺が見られた。近くにいる騎士団長の表情を伺うと、彼は悼むように目を伏せていた。
なぜ真珠の国の海賊が……その剣技を使えるのだろうか。彼女が大会に参加したのは、偶然なのか。
リュシアーナが息を呑んで、呆気に取られていると、剣が弾かれた。一振りの剣が場外に弾き飛ばされたのだ。
アリサがヘルマンの首に剣を突きつける。
――勝ったのは、アリサだ。
誰もが予想だにしない優勝者にどよめきと歓声が湧き起こる。
剣術大会の優勝者が予想外の人物に決まり、会場は興奮冷めやらない様子だ。賓客たちも口々に驚きを露わにしていた。
――そんな中、リュシアーナは準備があるからと断りを入れて、先に会場を後にする。
「リュシアーナ陛下」
だが、会場を出たところで呼び止められた。振り返るとそこにいたのは、雨の国の宰相であるロゼだ。リュシアーナを追ってきたようだった。
「いかがなさいましたか?」
ロゼは、茶髪に紫の瞳をしている。ルカと同じ透き通るような紫の瞳が、リュシアーナを見ていた。ただ同じなのは、瞳の色だけだ。
彼は、彫りが深くはっきりした優美な顔立ちで、ゆるく微笑んでいる。
「……妙な騒ぎが起きていると聞きました。絵画から夢魔がでてくると」
「夢魔、ですか?」
絵画から化け物が出てくることは、広まってしまっているようだ。だが、聞きなれない言葉にリュシアーナは問い返した。
「目覚めぬ呪いをかける異形のことです」
「閣下、そのお話ですが、もう少し詳しく聞いてもよろしいでしょうか?」
リュシアーナは、馬車に一緒に乗るよう誘った。絵画の化け物でわかっているのは、建国初期に荒野の国の描かれ、ファリーナ帝国のブラド山岳で見つかったものだということだけだ。
ロゼが同じ馬車に乗り、客室のある後宮に向かうようリュシアーナは指示する。馬車はゆっくりと進み出した。
「単刀直入に聞きますが、黒の背景に赤目が描かれた絵画が出回っていますよね?」
「ええ……。絵画についてご存知ですか?」
ロゼに言い当てられて、リュシアーナは苦々しく頷く。
「その絵画に纏わる御伽噺を知っています。私の両親は旅芸人でしたから」
ロゼは平民だ。だが、こうも堂々と自分の身分を明かすとは思っていなかった。彼はその生い立ちに一切の負い目がないようだった。
リュシアーナはそのことに少々面食らいながら尋ねる。
「その御伽噺というのは、一体……?」
「簡単に言うと、銀の魔法使いがある少女に片思いをする御伽噺なのです」
微笑むロゼにリュシアーナは内心で首を傾げた。銀の魔法使いというなら、相当強い力を持っていたのだろう。だが、片思いという思っても見なかった言葉に困惑する。
「むかしむかし、錬成魔法を使って、食料や金銀財宝までも作り出す、創造神とまで言われた魔法使いがいたのです。かの魔法使いが作り出したのが、夢魔の棲まう絵画でした。その夢魔たちは、片思いの少女を捕まえるために作り出されたのです」
「捕まえる……ですか。その方法が相手を昏倒させることだと?」
好きな相手を物にするために強引な手段を使ったということなのだろう。この手の話はリュシアーナは苦手だ。
「ええ。しかし、少女を捕まえられず、銀の魔法使いも亡くなり、絵画だけが残ったという落ちです」
「そう、ですか……」
あの黒い化け物たちが魔物とも違う異質なものだというのはわかっていた。その起源が遥か昔に存在した銀の魔法使いだと教えてもらったが、対策につながるようなものではない。
「その少女がどうやって逃げ切ったのか、気になりませんか?」
そう言われて、リュシアーナは下がっていた視線を上げた。確かに銀の魔法使いともなれば、魔法使いの国の国主に匹敵する力の持ち主なのだろう。そんな強者からどうやって身を隠したのだ。
「――我々、蛇神の国の一族に匿ってもらったのですよ。この国にいた剣の一族に」
ロゼが自らの紫眼を指差しながら言った。
(え?)
まさかそこに繋がるとは思わなかった。
リュシアーナはそこで思い出す。一番初めに目にした黒いトカゲの化け物のことを。トカゲの化け物は、宝物庫にあった絵画に張り付いていたのだ。その絵画は、初代カヴァニス公爵家の当主夫妻が描かれていたものだ。
「片思い相手の少女は……シエラ・カヴァニスだったのですね」
リュシアーナが言うと、ロゼはにこりと肯定するように笑う。シエラ・カヴァニスは、ファリーナ帝国の初代皇帝の妹だった。そして、初代カヴァニス公爵に嫁いだ人物である。
「剣の一族は、少女を追ってきた銀の魔法使いを打ち倒しました。まあ、絵画は残り続けたので、御伽噺として語り継がれていますが」
残った絵画は、剣の一族がいなくなった途端に動き出したのだ。結局のところ、全ては剣の一族を、カヴァニス公爵家を滅ぼした先帝の愚行によるものなのだ。
「夢魔を一掃したければ、かの夫人の絵画をお使いになられてはどうでしょう?」
ロゼがそう言ったと同時に馬車が止まる。
「ありがとうございます。宰相閣下」
「ただの御伽噺を話しただけですよ」
礼を言うリュシアーナにロゼは軽く返して、馬車を降りていく。
「閣下は、どこの一族なのですか?」
その背にリュシアーナは投げかけた。
「扇の一族ですよ」
ロゼは振り返ると同時にどこからともなく扇子を取り出して、広げて見せたのだった。




