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10、隠しごと


鉱石の国であるシクル王国から第六王子ミゲルがやってきたと同時に事態は急変した。


取り逃がしたシクル王国の工作員により、帝都や皇宮にいくつかの絵画を仕掛けられたのだ。それのせいか、昼過ぎから気絶するように眠る者が後をたたない。

大会の救護室に運ばせているものの、病床は増え続けており、これでは噂になるのも時間の問題だ。


唯一幸いなことに取り押さえた工作員からは、絵画を奪取することに成功していた。


リュシアーナの目の前の卓には、いくつもの絵画が置かれている。すべて剣で壊して今は魔力がないが、ほとんどは真っ黒に染まっていて、目だけが描かれている独特な絵画だ。


「一体……いくつあるの?」


今あるだけでも二十前後だ。


「豪商のコレクションは、三十二個。回収した二十一個は、比較的サイズの小さなもので、残りのうち十個は持ち込むには目立ちすぎるものばかりです」


クラリーサが報告する。騎士団長や主要な貴族が集まり、対策を練っていた。


リュシアーナは、豪商のコレクションの資料を見た。確かに残りは、人一人分以上の大きさのものばかりだ。それに小さなものが一つだけ回収できていないが、それはミゲルが使ったネズミのものだろう。


ひとまずは、すべて回収できたと見ていいのだろうか。


(いいえ……ミゲルの様子なら、確実にまだ仕掛けてくるわ)


ミゲルが何を求めているのか。


絵画から出てきたと思われる化け物に接触した人は、まだ目を覚さない。

無論、森の国の元老も目を覚さないままだ。


おそらく魔力に耐性が低い者が倒れていて、目を覚さないのだろう。


(客人を狙って昏倒させる。それが狙い?)


ファリーナ帝国で起こったとなれば、多少非難されるかもしれないが……それでは弱い。


「陛下、私がこれを仕掛けた黒幕ならば、確実に先に大きな絵画を搬入します。警戒が薄いうちに仕掛けたと考えた方が良いかと」


クラリーサの進言にリュシアーナは頷いた。化け物が暴れ出し、剣術大会が台無しになる。それが目的なのだろうか。


「……歌劇魔導師を呼び戻すことができないか、交渉してきてください」


リュシアーナは、クラリーサに指示を出した。彼女はすぐにとりかかり、部屋を出ていく。


「絵画に関して、最大限の注意を促しましょう」


騎士団長の言葉にリュシアーナは頷いた。


魔法使いでもなんでもないリュシアーナたちにできるのはこれが限界なのだろう。


魔力を断ち切る破閃さえあればと。脳裏を過ぎる。


「――それにしても、おかしな行動です。絵画の化け物を仕掛ける割に要求が、剣術大会の中止だけとは……」


ボナート公爵である父が解せないと、首を傾げる。確かにそうなのだ。


あまりにもミゲルの目的が見えない。


ファリーナ帝国が剣術大会の運営に失敗したところで、ミゲルの利点になるとは思えないのだ。


「陛下に求婚でもしてくれれば、まだわかりやすいものの」


「父上」


父のぼやきをステファンが嗜める。だが、リュシアーナは、ふと思った。


――ミゲルは、最初から姉のことしか話題に出していない。


シクル王国の第一王女は、魔法使いだ。それも……瞳に銀の混ざる一線を画した魔法使いなのだ。


だから、ミゲルは、第一王女が生きていると確信しているのではないだろうか。


(王女が表に出て来ざるを得ない事態を作り上げたいのだとしたら……?)


第一王女は、治癒魔法の使い手だ。だから、彼女にしか治せないような患者を増やそうとしている。


リュシアーナは、はっとして顔を上げた。


「ステファン」


リュシアーナは、ステファンを呼んだ。そして、耳打ちする。彼は驚いたものの、すぐに外に出ていった。


訝しげな視線が集中する中、リュシアーナは、解散を告げた。そして、数人の護衛をつけて、ある場所へと向かう。


約一年前、シクル王国の第一王女であるシルキィ・フォード・シクルは、ベルティ辺境伯と手を組み、ファリーナ帝国に侵攻してきた。だが、紅蓮魔導師に敗北し、捕虜となったのだ。


捕虜となった彼女は、先帝の妾として、後宮に入れられた。そして、閨の中で先帝を自分諸共、毒殺した。


――それは、すべてルカが描いた筋書きだ。


シルキィは、婚約者を先帝により拷問死させられたことで、先帝に強い恨みを持っていた。それを利用したのだと、ルカは言っていた。


だが、シルキィ本人が、魔法使いの中でも上澄みならば、わざわざ毒殺する意味がない。自分の魔力だけで、先帝を殺せるのだから。


――自爆のような毒殺を行ったのには、意味があるはずだ。


リュシアーナが急いで訪れたのは、ピオヴァーニ伯爵邸だ。


毒殺用の毒を用意したのは、ブリジッタ・ピオヴァーニ伯爵夫人だ。青薔薇会の参加者であり、リュシアーナがよく知る友人でもある。


だが、同時にルカと通じていたとしてもおかしくない。


ピオヴァーニ伯爵邸に着くと、ブリジッタは温室にいた。


「どうしたの?」


わずかな護衛だけを連れて急いでやってきたリュシアーナを見て、ブリジッタは不思議そうな声を出した。彼女は、あまり表情が動かなくて、感情が読めない。


リュシアーナは、護衛に温室の外で待つように言って、彼女と向き合った。


「ブリジッタ、あなたに聞きたいことがあるの」


リュシアーナが皇帝になった後でも、ブリジッタの暮らしぶりに変わりはない。夫と離婚することもなく、学者としての研究に励んでいる。


「何かしら?」


ブリジッタがそばにあった椅子を勧める。リュシアーナは、座ることなく、彼女を真っ直ぐ見据えた。


「あなたが、先帝を暗殺するために用意した毒は……本当に人を死に至らしめる毒だったの?」


「………………」


ブリジッタの眉がぴくりと動いた。


「本当は……二人は生きているの?」


約一年前の先帝暗殺後、リュシアーナが皇位簒奪したことにより、皇宮は大混乱に陥っていた。


だから、シルキィと先帝の二人の遺体は、誰も注意を払っていなかった。いつだってすり替えることはできたはずだ。


リュシアーナがじっとブリジッタを見つめると、彼女は諦めたように目を伏せた。


「…………どうして気づいてしまったのかしら。完璧に隠したと思ったのに」


ブリジッタは答える。それは、二人が生きていると認めたも同然だ。


「何を考えているのっ?」


思わず声が震えた。


先帝を暗殺したからこそ、リュシアーナが皇帝になれたのだ。リュシアーナが皇帝になれるようブリジッタはずっと協力してくれていた。それなのに、なぜ裏切るような真似をしたのだ。


「二人はどこにいるの?」


リュシアーナは、ブリジッタに詰め寄った。


「知らないわ」


だが、ブリジッタは首を横に振る。リュシアーナは、彼女の肩に手を置いた。


「なんでそんなことを……」


誰も気づかないうちに遺体をすり替えたのは、ルカだろう。ルカが裏で糸を引いていたことはわかっている。だが、なぜブリジッタまでルカに手を貸したのだ。


「私が作ったのは、仮死薬よ。蘇生がほとんど成功しないような、そんな危険な薬」


ブリジッタが言った。そして、肩にあったリュシアーナの手を包むようにして握る。


「シルキィ様も先のアルミロ帝も確かに生きている。でも、二度と日の目を見ることはないわ。世間的な死が必要だっただけだから」


「どういうこと?」


ブリジッタは、少し困ったように言い淀んだ。


「……シルキィ様がそれを望んだの。アルミロ帝と二人きりになれる時間を」


ますます意味がわからない。


なぜシルキィが、婚約者の仇と共に過ごす時間が必要なのだ。困惑するリュシアーナの視線の先で、ブリジッタは躊躇いがちに言う。


「……すべてをやり返すために」


その答えを聞いた瞬間、目眩がした。


「拷問するために……?」


信じ難い気持ちで言うと、ブリジッタは頷いた。


(嘘でしょ…………)


リュシアーナは愕然とした。シルキィは、先帝を拷問し返すためにわざわざ死んだふりまでやってのけたというのか。


だが、同時に納得した。シルキィが異常な強さを持つ魔法使いだったとしても、ファリーナ帝国の先帝を拷問死させることはできなかっただろう。


そんなことをすれば、シクル王国が非難にさらされる。それだけではない。ファリーナ帝国は先帝を守ろうとするから、追手を相手にしながら拷問なんて無茶だ。


そんな無茶を可能にしたのが、ルカなのだ。


シルキィと先帝の死を偽装し、拷問できる環境を作り上げた。今も生きているかはわからないが、シルキィは、治癒魔法の使い手だ。


――きっと先帝は……生き地獄を味わっている。


だが、先帝はもとより人の道を踏み外していたのだ。同情はあまりできない。


リュシアーナの中にじわじわと恐怖に似たなにかが湧き起こる。


(ルカが……わたくしに隠れて動いていたのは、最初から知っていたことでしょう……?)


ルカは、想像を超えたことを企んでいた。これ以上の事がないと言い切れるのだろうか。


リュシアーナがルカの手をとったことは……本当に正しかったのだろうか――。



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