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9、天使のような



ファリーナ帝国の剣術大会も残すところ数試合となり、盛り上がりも最高潮だ。


連日、皇宮の会場には人が押し寄せている。入りきれなかった民たちが、皇宮のすぐ外で試合結果を今か今かと待っているそうだ。


リュシアーナは、他国の客人たちと共に観覧席にいる。


そこからは、満員となった会場がよく見えた。そして、この人数ともなれば、皇宮の内外問わず、工作員が潜り込んでしまうのも仕方がないことだ。不定期に打ち上げられる花火に紛れて、発煙弾が混ざる。これで五本目だ。


民たちには気づかれていないだろうが、工作員に詳しいクラリーサと警備を担う騎士団長が全力で害をなす者たちを取り押さえているのだ。その際の簡単な連絡を発煙弾で行っている。


リュシアーナは、発煙弾のメッセージを読み取り、かなりの数の工作員が紛れ込んでいることを知る。そして、その派遣元であろう鉱石の国、シクル王国の第六王子を一瞥した。


暇なのか、長い髪をいじりながら、彼は会場を俯瞰している様子だ。だが、視線に気づいて、すぐにリュシアーナに目を向ける。


「王子殿下、楽しんでいただけてますか?」


リュシアーナは、にこりと微笑んだ。


「ええ、まあ。剣に縁がない僕は、賑やかな外野を見ているだけで楽しめます」


暗に裏で行われている捕物のことを揶揄しているのだろう。彼も何かしらの連絡手段を持っていて、現状を把握しているらしい。


「それは良かったですわ」


リュシアーナは、その揶揄には気づいていないふりをして、にこりと笑みを返した。


「して、第六王子よ。剣に興味がないなら、なぜここに来たのだ?」


微妙な空気を察したのか、スーリャ国の女王であるラクシュミが、口を挟んだ。最年長だからか、遠慮がない。


「姉上が見た景色を、僕も見に来たのですよ」


ミゲルはそう言いながら口の端を吊り上げた。笑みというには、どこか狂気が滲む。


「ああ……確か、シクル王国の第一王女が亡くなったのだったか」


ラクシュミの語気がやや弱まる。そして、簡単に冥福を祈る仕草をした。


「姉上は、本当にお優しく、お強く……このようなところで散る方ではなかった」


赤い目がリュシアーナを見た。


(――何を企んでいるの? いえ、揺さぶりをかけているような……?)


含みのある言い方にリュシアーナは怪訝に思う。彼は何かを確信しているようなのだ。


「かの王女は、どんな傷もたちまち治してしまう力を持っていたと聞いておる。生きていれば多くの命を救えただろう。残念なことだ……」


ラクシュミが目を伏せて故人を悼む。依然として、ミゲルの目はリュシアーナに向けられていた。


「ええ、そうでしょう。姉上なら必ずそうしました。姉上は……」


視界の端で誰かが動いたような気がした。


「――姉上は、天使のような御方ですから」


ミゲルがそう言った瞬間だった。足元に黒い何かが目に入る。


「リュシアーナ!」


メルデンの鋭い声が飛ぶ。リュシアーナの足元にネズミがいる。ただのネズミではなく、背中に赤い目をつけた……以前見た黒いトカゲと同種の化け物だ。


だが、リュシアーナが動くよりも先に白いものが黒い化け物を貫いた。


「どこから紛れ込んだのか」


串刺しにしたのは、ミゲルの髪だった。豊かな白髪の一房が、針のように鋭利になり、黒いネズミを貫いていた。


黒いネズミは、霧散する。


(髪を操る魔法……?)


髪は、リュシアーナの靴のすぐ横を地面ごと深く突き刺さっていたが、すぐにするすると動いて、編み込まれた髪に戻っていった。


「見事なものだな。しかし、なにか変わったネズミだったように見えたが?」


「さあ? ドブネズミでしょう」


ラクシュミが関心して、ミゲルがなんてこともないように言う。リュシアーナには、先程のネズミが普通ではないことがわかっていたが、ラクシュミには一瞬で見えなかったようだ。


他国の要人もいる中で、こうも堂々と仕掛けてきた。リュシアーナは、ミゲルを見誤っていた。彼は、シクル王国の代表としてここに来たのではない。損失を出してでも、リュシアーナに第一王女への償いをさせたがっている。


「元老!」


リュシアーナの席の近くから声が上がる。振り返ると、森の国の客人が、だらりと椅子にもたれていた。侍従が焦った様子で呼びかけている。


(まさか……魔力に当てられてっ?)


リュシアーナの近くにいたのは、ラクシュミとメルデンだ。他にも具合が悪くなった者はいないかとあたりを見渡すが、森の国の客人以外は大丈夫なようだ。


「……魔力だ。あいつが天使と言った瞬間、強い魔力が膨れ上がったんだ」


そばにきたメルデンが囁く。リュシアーナは頷いた。


(黒いトカゲも天使と言っていた。その言葉を鍵に発動するような魔道具かしら)


ミゲルは、意外そうに救護される客人を眺めている。彼は魔道具か何かを隠し持って、ここに来たのだ。普通なら警備に止められるが、魔法使いである彼から魔力を感じてもおかしくない……気づく術がない。


「申し訳ございません、皇帝陛下。元老は体調がすぐれないようでして……」


ただ主人が気を失ったように見えたのだろう。森の国の侍従が、中座することを詫びてくる。


「いえ、お気になさらず……後で見舞いに伺わせていただきますわ」


リュシアーナはどう対応すべきか悩みながらもそう言った。森の国の客人は、巻き添えになっただけだ。


リュシアーナや他に近くにいた客人たちは、たまたま魔力に対する耐性が高かったから、症状がなかったにすぎない。


なりふり構わないやり方にリュシアーナは、冷めた目でミゲルを見た。


不穏な観覧席をよそに、今日もまた女海賊が勝ち上がり、決勝に進んでいた。



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