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8、第六王子


謁見室で、リュシアーナが出迎えたシクル王国の第六王子は、柔和な笑みで一礼した。


「――はじめまして、ファリーナ帝国の皇帝陛下。僕は、ミゲル・ペルア・シクル。シクル王国の第六王子です。剣術大会に招待いただきありがとうございます」


リュシアーナよりも若い王子は、赤い瞳をしており、優美な所作だ。何より目立つ豊かな白髪は、編みこんで後ろに流している。


(シクル王国の王族は、魔法使いばかりなのかしら……)


「お忙しい中、お越しいただいて、感謝を申し上げますわ」


「皇帝陛下は、素晴らしい統治能力をお持ちだとか。帝都も賑やかで大変活気がありましたね。陛下の治世に生きる民たちが羨ましいものです」


シクル王国には、招待を出したのだが、それはあくまでも国王に向けてだ。名代ならば、そう名乗るはずだが、この王子は一向にそれを言う気配はない。


リュシアーナを侮っているのか、後継者としての自信からか、判断はつかない。


「長旅でお疲れでしょう。ゆっくり休んでください」


「いえいえ、僕にはこの程度なんともありません。それより、せっかくなので皇宮を案内していただけませんか? 僕の姉上が礎となったこの国を見たいのですよ」


謁見室の空気が凍った。ミゲルの姉とは、先帝を暗殺した第一王女のことだ。


(第一王女のおかげでわたくしが皇帝になれたと揶揄しているのね。ずいぶんと、好戦的だわ)


もとよりファリーナ帝国は、捕虜の扱いが酷かった。許されることではないが、第一王女は慰労金と共に遺体を祖国に返還している。そして、特に追及もなかった。


挑戦的な赤い目が、リュシアーナを射抜いていた。


「この後は、剣術大会を観覧する予定ですの。同席なさいますか?」


リュシアーナはいつも通り楚々とした笑みを浮かべる。ミゲルは少し目を眇めた後、笑みを返した。


「勿論。それが目的ですから」


その答えを聞いたリュシアーナは、側近たちに命じて、ミゲルを会場に案内するように言いつける。そして、謁見を終了させたのだった。


別の馬車で先にミゲルたち鉱石の国の賓客を会場に送り出す。


「リュシアーナ様」


側近の一人であるランが、馬車に乗り込もうとしたリュシアーナに近づく。


「ご報告です。クラリーサ様から、鉱石の国の客人の中に例の復元魔法の魔法使いがいることを確認したと。今は監視をつけております」


「そう……」


完全にファリーナ帝国に喧嘩を売りにきている。敵陣の真ん中で騒ぎを起こすつもりかと、リュシアーナはすぐさま騎士団長にも伝えるように言い置いた。


「それと、宝物庫付近で倒れた警備や管理の者なのですが、数日経っても意識を取り戻さないようなのです」


宝物庫に逃げ込んだ黒いトカゲのような化け物は、強い魔力で付近にいた人々を昏倒させていた。だが、魔力に当てられただけならば、数日で目を覚ますはずだ。


「わかったわ。引き続き、状況の把握を」


「承知しました」


ランと別れて、リュシアーナは馬車に乗り込んだ。


会場は皇宮内にあるため、それほど長く乗るわけではないが、リュシアーナは、動き出す馬車に揺られながら、考えを整理する。


(始まりは、荒野の国由来の絵画よ)


なぜかファリーナ帝国にあったその絵画は、鉱石の国の豪商に渡った。それ自体はおかしなことではない。


そして、森の国に住む復元魔法の魔法使い、ヨエルに修復の依頼がなされたのだ。異変が発生したのは、ここだ。


(絵画には復元魔法が使われたはず。もしかして、絵画に込められた何かを呼び覚ましてしまったとか……?)


そんな曰くつきの絵画が存在するかは不明だが、リュシアーナはそう仮定してみる。


(……そもそも鉱石の国の豪商が、最初から第六王子と組んでいた。その可能性はないかしら?)


クラリーサから渡された資料では、豪商が王族と懇意にしている情報はない。


リュシアーナは様々な可能性を考えながら、改めて現時点で出揃っている情報を思い返す。


(復元の魔法使い、ヨエルには、妹がいたのよね。彼女を見つけ出すことはできないかしら……)


謁見室で見たミゲルの側近たちの中に女性はいなかった。侍従や下働きを確認すれば、接触を図ることができるかもしれない。


(待って。妹は魔法使い? そうじゃなかったとしたら?)


魔力に耐性がない故に昏睡状態に陥っているのではないだろうか。先ほど、宝物庫で黒いトカゲに遭遇した者たちが昏睡から目覚めないと聞いたばかりだ。


(当然、ヨエルは、絵画の依頼元である鉱石の国にことの顛末を報告するでしょう)


もし本当に絵画が曰くつきであったのなら、豪商も驚いたことだろう。だが、その先がない。なぜ王族と繋がるのだ。


(妹を助けようとするなら、どうするかしら?)


リュシアーナは自分の妹を思い浮かべる。どう頑張っても助けを求める姿は想像できないが、もしそうなら、助けてくれそうな力を持った人物に会いに行くはずだ。


そこでリュシアーナは、閃いた。


――治癒魔法を扱う魔法使いの存在だ。


鉱石の国の第一王女は、治癒魔法を使うことができる。そのことは周知の事実だ。


(ヨエルが王女を頼ったとしたら? 亡くなったことまでは知らずに)


ヨエルは、森の国の出身だ。世情に詳しくなかったとしてもおかしくない。


(第一王女に会いに行こうとしたヨエルは……豪商の伝手で、第六王子に辿り着いた?)


リュシアーナは、深くため息をついた。第六王子に辿り着いたところで、それがなぜ剣術大会を中止するよう脅迫することに繋がるのだろうか。


ファリーナ帝国に敵意を向ける理由がわからない。


(無理のある仮定だものね……)


馬車が止まり、リュシアーナは、思考を打ち切る。


そして、ミゲルを含めて、賓客たちと剣術大会を観覧した。リュシアーナは、ミゲルを警戒していたが、彼は特に何を言うでもなく、大会の様子を淡々と眺めていた。


本戦二日目となると、強者ばかりが出揃っている。その中で、唯一の女性参加者。海賊だというアリサが、今日も余裕で勝ち残って見せたのだった。



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