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閑話 皇配を巡って

これは、ファリーナ帝国で剣術大会が開かれ、本戦に進んだ頃の一幕――。



ファリーナ帝国の女帝の伴侶。それには、女帝本人が思うよりもずっと価値のあるものになりつつある。


メルデンは、大きなため息をついた。


もともと男が優遇されてきた国だ。史上初の女帝となれば、それだけで頼りなく映る。女帝を支えるため、皇配の権限はかなり大きくなるだろう。……客観的に見ると、そう見えるのだ。


メルデンは、リュシアーナが皇配を必要としていないことは、重々承知だ。だが、周りの国はそうは思わない。今やリュシアーナの心を掴めば、ファリーナ帝国が手に入るなどと言われている始末だ。


(リュシアーナは、少しばかり自覚が足りないんじゃないか)


メルデンは、リュシアーナが自身を過小評価していることを歯痒く思う。


そして、国内の有力貴族なり、リュシアーナを尊重してくれる皇配を迎えるべきだとも思っていた。


だが、メルデンは、面と向かって、それは言えないでいる。今まで第一皇子妃として、好きでもない夫を立ててきたのだ。


皇帝になっても、好きでもない夫を選ばなければならないのは、不条理だと、メルデンは感じていた。もう夫に振り回される姿は見たくない。


「もどかしい問題だな……」


メルデンは、客室から出て、すぐ近くにある小さな庭を眺めながら、呟いた。


そして、懐から小さなコンパスを取り出した。気分が晴れない時、メルデンはこうやっておまじないのような魔法に頼るのが常だった。


魔力を込めると、黄金色の光が立ち上る。メルデンの魔法は、探索魔法。探しているものの方向を示す魔法だ。


強くもなく、気休め程度の魔法しか、メルデンは使えない。


(…………もうちょっと役に立つ魔法ならいいんだがな)


そんな風に自分の魔法に不満を感じながら、コンパスの指す方向へと歩いていく。気分転換に遠回りしながら、客室に戻るのもいいだろうと、メルデンは思っていた。


今回、賓客用には、使われなくなった後宮が客室としてあてがわれている。後宮だけあって、建物はいくつも分かれており、女性向けの細やかな調度品が多い。


外に出ることを禁じられている妃たちのためか、様々な場所に庭が点在していて、植物と花の管理がされていた。


細い石畳の道を歩いていると、一人の男が、花を眺めているところに出くわした。コンパスの針は、その男を指している。


「……メルデン殿、あなたも散歩ですか?」


にこやかに笑う男は、雨の国の若き宰相、ロゼだ。最年少で宰相の地位についた天才と称されており、平民出身でありながら、驚くほど優美な所作と顔立ちは、男から見ても目を惹く。


「そんなところです」


あまり会いたくない人物だ。メルデンの声が低くなる。


彼は茶髪に紫の瞳をしており、歳は二十半ばだ。女帝リュシアーナと歳がつり合う上に彼女が気にかける人物と似た容姿を持つ。


――皇配候補として送り込まれたのは、明らかだ。


メルデンも祖国の強欲な爺共には、多少のことは言われていたが、リュシアーナに無理強いするつもりは毛頭ない。


「そこまで警戒しなくても。歳が近いあなたとは仲良くしたいと思っているのですよ」


メルデンの様子を見て、くすりと彼は笑う。


「あなたの目的から考えると、俺は邪魔者では?」


「さぁ、どうでしょうか?」


ロゼの態度ははっきりしない。無意識にぐっと歯噛みしていた。


「リュシアーナ帝は、美しい方ですね。そして、美しさだけでなく、有能な御方です。とても話が合う」


ロゼは手にしていた扇を開いて、ぱたぱたと仰ぐ。メルデンは、わざわざぼかして目的と言ったが、ロゼは迷いなくリュシアーナの名前を出した。いけすかない。


「それで、求婚すると?」


「雨の国としては、そのようです。すでに打診していますよ」


さらっと返されて、メルデンは余計にいけすかないと思う。


「残念ですね。リュシアーナ様が皇配に対して、権限を与えるとも思えません。その宰相の地位を捨てて、お飾りの夫に満足できるので?」


ファリーナ帝国の皇配ともなれば、雨の国の宰相の地位は捨てざるを得ないだろう。そこをついてみるが、ロゼは顔色一つ変えなかった。


「リュシアーナ帝は実力主義ですから、心配しておりません」


ロゼは、自身の能力を示せると、確信しているようだった。若くして宰相の地位にいる男だ。過大評価ではないがゆえにメルデンは、舌打ちを堪える。


(いけすかない。本当にいけすかないな、こいつ)


「――あなたこそ、お飾りの夫になることを望んでおられるのですか?」


そう問われ返して、メルデンは首を横に振る。


「俺は望んでません。ただリュシアーナ様にはこれ以上夫に振り回されてほしくないだけです」


「なるほど。そうだったのですね」


ぱちんと扇を閉じて、ロゼが意味深に微笑む。嫌な笑みだ。


「てっきり私は、あなたがリュシアーナ帝に対して本気だから、牽制されているのかと思っていました」


「そんなわけないでしょう」


「なら、恋敵にはならないと?」


「ええ」


メルデンが頷くと、ますますロゼの笑みが深くなる。なんなのだろうか。メルデンに苛立ちが募っていく。


ロゼは何かリュシアーナを勘違いしているのではないだろうか。恋だの愛だの、リュシアーナは全く求めていない……そのはずだ。


メルデンは心にもやもやとしたものを抱えながら、ロゼと別れて、客室に戻ったのだった。



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