番外編其ノ三 霊力と霊能
瑠衣は、目の前にいる男か女かもわからない人間に、恐怖を抱いていた。父につれてこられたそこは、今までに行ったことのあるどんな建物よりも大きく、広かった。何よりも、目の前の人は、今までに出会ったどんな人よりも自分に近いように思えた。
「君が、藤木瑠衣か。所長の村田終夜だ。よろしくな。」そう言って、村田終夜は右手を出した。
終夜、という名前ならば、この人は男性なのだろうか。見た目から判断できない以上、名前から判断するしかないのだが、私は判断する必要がないことに気づいた。
「藤樹瑠衣です。」
私も名乗り、彼の手を握る。父よりも少し、小さいその手は、とても握りやすく、柔らかかった。
「うん、瑠衣ちゃんか。いい名前だね。お父さんから聞いてると思うけど、今日からは私が瑠衣ちゃんの先生だから、先生、最低でも所長って呼んでね。」
この日、この瞬間から、彼は私の先生になった。それと同時に、私は霊能力者になった。
「霊能力」
「?」
所長は、どこかへ歩きながらそう切り出した。
「瑠衣ちゃんは、その力について、どれくらいお父さんから聞いてるのかな?」
「お父さんからは、何も聞いてないよ?」
その返事に、所長は少し、顔をしかめた。
「本当に、何も聞いていないのかい?」
「うん。」
2度も聞き直すほど、大事なことなのかな。
「そっか⋯⋯、じゃあ、今日はそれを知っていこうか。」
「はい。」
平日でもないのに、勉強というワードに、私は落ち込んだ。
「大丈夫、今までの勉強とは違うからね。」
今までの勉強と違う?
「エネルギーは、どんなものがあると思う?」
黒板のついた部屋入って、椅子についた私に、所長はそう聞いてきた。
「?」
私は、あまり聞き馴染みのない、エネルギーというワードに、私は首を傾げながら、必死でなけなしの情報を必死でかき集める。
「電気⋯⋯とか?」
必死でひねり出した答えに、所長は満足そうにうなずいた。
「悪くない答えだね。」
その評価に、私はそっと息を吐く。
「でも、惜しいかな。」
惜しい?
「エネルギーには、この次元の代表的なものだけで、これだけある。」
これだけ、と言いながら見せられた紙には、読めない漢字にエネルギーと書かれた単語と写真が載っていた。
「火⋯⋯は、なんとなくわかるかも。熱さってこと?ボールは、重さ?」
「小学生⋯⋯それも、1年生でこれは凄いね。瑠衣ちゃんは、頭も良いんだね。」
「勉強は⋯⋯少し得意だから。」
少し褒められて好感度が上がる私は、とても単純なのだろうと思う。
「まぁ、瑠衣ちゃんが今からやるのは、もっとこの世界の根幹の部分なんだけどね。」
「こんかん?」
「根本⋯⋯1番基本ってこと。そして、1番大切ってことでもある。」
「基本⋯⋯大切。」
私の繰り返しに、所長は静かに頷く。
「そう。それこそが、瑠衣ちゃんも、私も瑠衣ちゃんのお父さんもお母さんも、持っていた力、霊力だよ。」
れいりょく?
「あぁ、霊力。この世界で最も不思議なエネルギーさ。」
「わからない?」
これについて教えてくれるものかと思ってたけど、この人がわからないなら、何を話すのだろう?
「ゼロとは言ってないよ。少しだけ、分かっていることがあるんだ。」
少し、と強調する彼は、私に説明することを楽しんでいるように見えた。
「まず、霊力っていうのは、全ての生き物が持っている、この世界の全てのエネルギー、現象に置き換えることができる。不思議な力なんだ。」
「げんしょう?」
「う〜ん⋯⋯。例えば、雷があるよね。」
所長は、黒板に雷の絵を描く。一世代、二世代も前の、古い描き方だ。
「雷は、何でできてるか、知ってるよね?」
それは知ってる。
「電気!」
「うん。大まかにそうだね。」
大まかに?
「霊力でも、雷を落とせる。」
「?「??「???」
「あはは、わかんないよね。ちょっと中庭に出ようか。」
「危ないから、中から見ててね。」
所長は、私にそう言うと、1人、中庭の芝の上に立った。
「よく見ておくように。」
後で知ったことだが、青天の霹靂という言葉があるらしい。本来の意味なら、ありえないことの意だが、彼、もとい、霊能者には、これは当てはまらないだろう。彼らは、雷を落とすのに、雲を、火を起こすのに空気を、ものを落とすのに重力を、ものを壊すのに手を、必要としない。――だって、雲もなしに、こんなに立派な雷を落とせるのだから。
所長が雷を落としたあとには、芝の一本、土の一掬いもない。おそらく、中庭にいる生き物は、所長1人だけだろう。爆発と見間違えるほどの轟音を轟かし、景色が消えるほどの稲光を閃かせ、土を蒸発させた所長本人は、いたって普通に―まるで、ただ歩いてきたかのように―、汚れの一つもなく、私に聞いてきた。
「どうだった?」と。
その笑顔は、私に間違いを悟らせた。私と彼は、近くなんかない。むしろ、陰と陽、素人と玄人、泥と雲、石と金ほどの、絶対的な差があるのだと。
「なんか、すごかったです。」
この時の、私の語彙力では、この程度の感想しか捻り出せなかった。
「そっか。それはよかった。」
よかった、という彼の言葉とは裏腹に、私の心情は、お世辞にも、よかったとは言えないものだった。
「霊力については、わかって貰えたかな?」
「なんとなく、ですけど。」
「言ってごらん?」
「⋯⋯代わりになるんだよね?」
所長は、一度、大きく頷いて、「及第点」と言った。当時の私には、言葉の意味が分からなかったけれども、それでも褒められたことはわかった。
「霊力は、他のエネルギーで引き起こせることを、引き起こせる。つまり、火を起こそうと思えば、火が起きるし、雷を落とそうと思えば、雷が落ちる。」
「水も、風も?」
「あぁ、できるとも。」
その返事に、私は万能感に包まれる。
「あれ?それじゃあ、霊能って?」
「よく気づいたね。」
ドラマの最後が如く心臓が高鳴り、私の背を冷たい水がつたう。
「霊能はね、その人が、どんなイメージで霊力を使うか、なんだ。」
「?」
よくわからない、小1には、難しい言葉だ。
「まぁ、瑠衣ちゃんにはまだわからないかもしれないけど、いつか⋯⋯大人になる頃には、わかるようになるさ。」
「ふーん」
「じゃあ、実際に使ってみようか。」
研究所の地下にある、怪異処理場に初日に出入りしたのは、後にも先にも私だけだ。飾りっ気のない、だだっ広いこの空間は、基本的に所長以外は使わないらしい。だから、使いたいときに開けることができるのだとか。
「ここなら、基本的にどんなことしても、壊れないから、好きに撃っていいよ。」
そう言われても、打ち方がわからないんだけど。
「撃ち方は、だしたい形をイメージして、手からそれがでるのを思い浮かべればいい。」
(形⋯⋯。)
この時の私は、何を思ったのか、昨日アニメで観た、ユニコーンを雷でイメージしてしまった。手からでたユニコーンは、空を蹴り、宙を舞って壁へぶつかった。その壁は、欠けることこそなかったが、大きな焦げができてしまった。
「おおぅ⋯⋯。」
やってしまった。また、怒られてしまう。
数日前に同級生を突き飛ばしたばかりの私は、やってしまったという後悔に、心を支配された。
「すごいよ、瑠衣ちゃん。君は天才だ。私ですら、最初からこうはできなかった!」
恐る恐る、所長をみると、所長は満面の笑みで、私を褒めた。この時の彼の心に気づいていれば、ああはならなかったのに。
後悔先に立たず。終わった後に思うのは、常にイフストーリーだ。だけど、その世界は絶対に訪れない。絶対に、あったらいいな、という域をでない。もし、あそこでこうしていたら、こうしていなければ、もし、この時、所長の異変に気づいていたのなら⋯⋯。変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない。
結局、私に彼をどうにかすることは、できなかったのかもしれない。それくらい、彼の心に巣食った闇は、深く、暗く、異質だった。騙りの天才、石谷空音ですら、彼の心を癒すことはできなかった。きっと、彼は幸せだったと、そう言うことしか、私は出来ない。
私達には、故人を懐うことしか出来ないのだから、せめて彼を懐って、私は彼に教わった霊能を使おう。
番外編が続いていることが、大変心苦しいのですが、其ノ三、霊力と霊能です。お楽しみいただけると幸いです。本編の投稿が、いつ再開できるのか不明ですが、2025年9月末には、できる予定です。しばらくは番外編が続きますが、お許しください。




