番外編其ノ二 村田終夜の物語
村田終夜は、国内における怪異研究の第一人者である。しかし、ルックス・才能、ともに他より秀でていることもない。上背は平均より少し低く、見てくれは平均的。加えて、彼の一番弟子である石谷空音のようなカリスマ性も、最近彼女の下へ送り出した藤樹瑠衣のような絶対的な才能もない。確かに、幼い頃から霊力だけはあったが、その才能に霊能は伴わなかった。天は、彼に二物を与えなかった。
「結局、才能って何なんだろうな。」
彼――村田終夜にそう聞いたのは、彼の親友である透石偉黎という男だった。いかにもな着物に顎に生やした20センチメートルはあろうかという長い髭は、薄っすらと白くなってしまったものが混じっており、目尻に入ったシワは、重力に逆らえずに垂れてしまっている。
「はは。長年、才気ある若者を育ててきた私にも判りかねる。」
この日の村田終夜は、休日で、研究もないはずにも関わらず長年着てきたスーツをシワ一つなく着こなし、同じ歳の偉黎と異なり房で掴めるほど増えた白髪の頭をヘアゴムで括り、そのくせ女性的な顔はシワ一つなく、筋肉のあまりついていないその見てくれは、彼のパートナーだと言い張ってもおそらくは通用するだろう。
「藤樹瑠衣が生まれる前は、最強と呼ばれていたお前でも判らんとは……。」
判らない。そう言い切られた偉黎は、もの悲しそうに呟いた。彼らが、談笑しているのは、研究所内に設置された居住スペースにある居酒屋のような場所だ(この場所を詳しく説明できる人間を、少なくともこの2人は知らない)。しかし、居酒屋のような場所に居ながら、彼らに酒が入っている様子はない。寧ろ、顔を見るに、普段よりも調子がいいのではと思えてくる。
「やめておくれよ。これでもあの頃よりは世間をわかったつもりなんだからな。」
終夜は、もの悲しそうに呟いた親友を見かね、茶化すようにそう言った。
「そういうものなのか。」
「そういうものだ。」
納得したのか、偉黎はテーブルに置かれたジョッキを手に取り、中に入った麦茶を一気に飲む。
「その年で麦茶をジョッキとは……。老けないな、偉黎は。」
麦茶をジョッキで、という普通では考えられないような光景だが、終夜は老け始めてもなお、ビールを一気に飲む友人に言うように、偉黎にそう言った。
「終夜程ではない。」
偉黎は、シワ一つない親友の顔を見て、皮肉のごとく返す。
「そういえば」と、思い出したように偉黎は切り出す。
「娘は、元気か。」
「あはは、そういえばで切り出すのがその話題かい?」
娘への無関心具合がわかるその切り出しに、終夜は苦笑する。
「部下の子供を使って復讐してるやつに言われたくはないな。」
「誤解だよ、それは。」
終夜は、微笑みながらはっきりと否定する。
「ほう、藤樹瑠衣はそなたの子供だったか?村田終夜。」
言い訳があるなら聞こうじゃないか。そう聞こえてきそうな凄みを出したことで、ただでさえ重苦しかった店内の空気が、更に重くなる。
「そんなに凄むなよ、隕石が落ちてくるだろ。」
「人間の霊能にそこまでの火力はないわ。」
終夜が軽口を叩いたことで、重くなった店内の空気が再び軽くなる。
「まぁ、こっちの事情がないってほどでもないけどね。」
「ほらみろ。」
「大人しく聞けって。第一、あいつの親父は、あのままだと霊力に当てられて死んでいた。それに、あの量の霊力をそのままにしていたらこの国が危なかった。証拠に、今のあの子の霊力は核爆弾の数千倍のエネルギーだ。」
終夜は偉黎に諭すようにそう言って、偉黎がしたように麦茶をジョッキから一気に飲む。
「感情を霊力に変換してのあの量だがな。」
終夜の考えに納得できないというように、偉黎視線をそらしてぼやいた。
「そう、正しくそこなんだ。感情量が著しく少ない。」
指をパチッと鳴らしながら、終夜は偉黎の言葉を肯定する。
「?」
終夜の言葉についていけない偉黎だったが、周囲から天才の称号を恣にしてきた彼の考えについていけないのは、もはや普段のことだ。とりあえず視線で先を促す。
「透石家のお得意な感情操作、あれって確か騙りの霊能を使ったものだったよな?」
「!!……お前、まさか。」
終夜はニヤリと笑い、まさかを肯定する。
「あれは危険だぞ。霊能が違うから儂も詳しくは知らんが……。」
信じられないというふうに目をかっぴらき、冷や汗を垂らしながら偉黎は終夜を見つめる。
「それを危険にしないように、俺はお前の娘を鍛えた。もともと、生まれてすぐに殺されるはずだったあの子をね……。」
それを聞いた偉黎は、「クククッ」と悪役のように笑い、机に並べられたつまみを一つ、口の中に入れ、それを頬張った。
「あれを娘などと言ってくれるな。迷惑だ、儂の子と保守派が知れば、あれもお前も危うい。」
いかにもな着物を着た彼は、ヤクザの組長でも逃げる程度には、見た目が反社のそれである。今度は終夜が笑う番であった。
「あはははは、その形で、親心はあるんだね。」
「これでも人間だからな。」
「それもそうか。あはははは!」
「あははははははははははは!」
笑い続ける終夜に、偉黎は徐々に機嫌が悪くなっていく。
「そんなにおかしいか!儂が娘と親友の心配をするのは!」
偉黎は終夜に抗議するが、終夜は気にもとめていないようで、構わず笑い続ける。偉黎は諦め、机に上に10個ほど並べられたつまみを次々に口の中に放り込む。普段が放浪生活の彼には、滅多にないご馳走なのだ。こういうときに食べておかねば、次はないのかもしれない。
「おいおい、何全部食べてんのさ。俺のつまみだぞ。」
「すまんな、お前が笑うのに一生懸命だったから代わりになるに食べてやっていたのだが……。食べたかったか?」
きょとんというオノマトペが聞こえてくるほど、ナチュラルに偉黎はすっとぼける。
「ふざけるなよ……。ここには焼き鳥があったはずだ。まさか、あれも食べたというのか。」
ぷるぷると体を揺らし、震える声には怒りが聞こえる。
「ん?そういえば?そんなものもあったような?なかったような?」
「殺してやる……」
「ん?」
「コロシ……テ、ヤ、ル」
怒りのあまり、茹でダコのように全身を赤く染めた終夜は、机を飛び越え、偉黎の顔を狙って勢い拳を振り下ろす。しかし、すでにそこに偉黎はおらず、拳は畳を割っただけだった。
「ちょっと待たんか!怒りで言葉を失った哀れな親友よ。ここに焼き鳥が5本余っておる。これで落ち着けい!」
偉黎は、天井から見下ろすように終夜に声をかける。
「よし、許してやろう。」
終夜は満足そうにそう言うと、瞬きする間に偉黎から焼き鳥を奪い元の位置で頬張ている。
「なんで、こんなやつが最強に成れたのか……。」
1時間後、終夜は訓練棟の地下6階に来ていた。そこには、彼にとって宿敵とも言える相手が封印されている。――いや、されていないのかもしれない。少なくとも、こいつはそう思っていないはずだ。宿敵の相手が封印されている部屋に嵌められている大きな観察窓の前に立ち、終夜はそう思い直す。現状、藤樹瑠衣ですら、最大火力をぶつけても傷一つつけられないほどに丈夫なその窓ガラスを挟んでいてもなお、その中に封印されているそいつに、命を握られている感覚が確かにある。
「お前は一体何なんだ?」
何も映っていない、すべてが無のガラスの向こうにいるそいつに、村田終夜は問う。
「なぁ、あの日、次元に歪みはなかった――なら、お前は一体どこから来たんだ?答えろよ、蓋棺虚神。」
二十年前、すべてを奪われたあの日から、元最強の霊能力者である村田終夜は前線を退き研究に没頭している。それが何のため、誰がための研究なのかは誰にもわからない。しかし、確かにわかっていることは、彼の人生は、あの日にすべてを塗り替えられたということ。そして、その日から毎日、彼はここへ通っているということだ。
――彼の異常な執着は、親友の札付きである透石偉黎も知らない。
今回は、所長の村田終夜の話でした。お楽しみいただけたでしょうか?楽しめた方は、ぜひ評価とレビューの方もしていただけると幸いです。また、投稿再開まで今しばらく待っていただけると嬉しいです。




