2人の天才
「で、あの鬼の何が異常だったの?」
そう言ったのは、紅玉と言う中学生くらいの少年だった。
防人神社から場所は変わり第34支部の会議室の中、私を含めて12名の研究員が、正方形の辺をを模して置かれた4台の長テーブルに座っている。
「やだなぁ、紅玉くんったら。そんなに急かしちゃって。」
「20分も待たされたら、そりゃあ、急かすでしょ。」
茶化した空音ちゃんに、紅玉はそう主張する。確かに、彼の主張は真っ当であり、私も静かに首を縦に振る。
「それも、そうですよ。20分も待たされたあげく、待てって言った空音ちゃんはパソコンで絵を描いていたんですから。」
私が首を縦に振るのを見て、陸奥守さんも便乗する。移動中、白さんに聞いた話では、空音ちゃんを止めれるのは、陸奥守さんだけらしい。重役である。
「まぁまぁ、落ち着きなって。鬼の霊力源を視認できない君たちにもわかりやすいように画像を作っていたんだから。」
「私は見れるよ。」
「そりゃあ、最強なんだから。当たり前でしょ。私以外で、この研究所であれを見れたのは、私と瑠衣ちゃんだけだもの。」
私は、私と村田所長以外であれを見れる人は初めて見たのだが。
「まぁ、そんなことは置いといて。」
そう言って空音ちゃんはスクリーンに映し出したのは人形の図に鬼の霊力源を描き足したものである。人間で言う骨の位置に鬼の霊力の赤の線が入っている。
「私と瑠衣ちゃんが見たあの鬼の霊力源を図で簡単に表したものね。こっちは通常の鬼。そしてこれが、あの鬼の霊力源。」
空音ちゃんはパソコンをクリックして画像を切り替える。そこには確かに、私があの場で確認した鬼の霊力源と一致する画像が映し出されていた。
「何が、違いますの?」
少し、画像を眺めていた白さんがそう聞いた。
「白ちゃんったら、ちゃんと見てよ。ほら、ここ!」
空音ちゃんはパソコンの横に置いてあったレーザーポインターを手に取り、骨のように描かれている霊力源の、わずかに二重になっている部分を示した。
「描き間違いじゃないの?」
「もしくは〜、2人の見間違いとか?」
そう言ったのは、紅玉と槿花だった。
……確かに、見えていない人からすればそう見えるかもしれない。
見えていないものをイメージするのは大変だ。それと同じくらい、見えないものを信じることも難しい。
「そこは、信じてもらうしかないよ。鬼の霊力源は、こんなふうには重ならないの。」
空音ちゃんは、さっきよりも声を少し低くして、茶化さずにそう言った。それと同時に、場の空気が一気にかたくなる。少しの沈黙の後、槿花が口を開いて一言、「続けて。」と言うと、空音ちゃんは「ありがとう。」と返し、説明を続けた。これが、若者ばかりの第34支部が上手くやれている理由なのだろう。
「霊力源が2つ見える理由を高いものから2つ上げるとすると、何と何かな?じゃあ、瑠衣ちゃん!」
鶴の一声が如く、場の空気を一変させ、もとの和やかな雰囲気に戻したのは、空音ちゃんの持つ才能なのか、それともチームとしての質の高さか、
「突然変異体か鬼が何らかの寄生虫に憑かれているか―です。」
何かにぶつかることもなく、私の声はまっすぐに響く。
「そゆこと。でね、私なにか昔の記録でこういうの、あった気がするな〜って、思ったわけね。それで、これを思い出したの。」
カチッというマウスの音とともに切り替わった画面には、妖狐の猫憑き霊写が映されていた。
「20年前の特異霊体"猫狐"―。」
空音ちゃんの声とともに、皆の視線が、スクリーンの狐―狐の素体に猫の耳、尾には狐の尾の他にもう一本、猫の鍵しっぽが生えた奇妙な妖狐―に向けられる。
(猫狐、ね。)
この個体については私もよく知っている。私の人生初めての友達だ。本部の地下に収容されていた彼女は、私のことを理解して、認めてくれた初めての存在だった。そして、私が怪異という存在について、強く向き合うきっかけでもあった。
「まさか、あの鬼が猫狐と同じとでも言う気ですか?」
紅玉が食い気味に身を乗り出し、そう言った。
「ゼロではないよね。」
空音ちゃんは落ち着いて返す。
「だったら、もう少し他の可能性を探っても―!」
食い下がる紅玉は、なにか恐れのようなものを目に宿している。
「あの〜。」
2人の会話に恐る恐るといった感じで割って入ったのは、少し小さい大人しそうな女の子だ。空音ちゃんは紅玉を手で止め、その子に体を向ける。
「鈴ちゃん、どうしたの?」
「猫狐と同じタイプだったら、我儘かも知れないんですけど、私は関わりたくないです。」
鈴ちゃん、とそう呼ばれた女の子にもまた、紅玉のような恐れを抱いているように見える。
「理由を聞かせてくれないかな?」
そう言われた鈴は、少し萎縮しながらも口を開き、小さな声で話す。
「私、猫狐を見たことがあるんです。」
私は、その一言に驚く。
(私以外にも、この研究所内で彼女を見たことがある人間がいるのか。)
「……それで?」
空音ちゃんは少し間をおいて促す。
「正直、何もかもが違いすぎて、檻越しでも死んだと思ったんです。今でもその感覚が残ってて。鬼なんてただでさえ怖いのに、猫狐と同じだと思ったら――勝てる気がしません。」
鈴の声は震えていて、か細い声が消えかけていた。
(確かに、彼女にはそう思わせるだけのオーラと霊力量があったけど。)
そこまでだろうか?少なくとも、鈴よりは弱いはずだ。
「だから、行きたくありませんって?」
「はい。」
会議室の中に、気まずい空気が流れる。それは重く、その重さに耐えかねたのか、陸奥守さんが口を開いたとき、それよりも早く空音ちゃんが声を放った。
「却下。」
「え?」
空音ちゃんは可愛く笑って鈴ちゃんに話す。
「ここには、最強と天才しかいないの。負けるわけないんだよ?」
〜1時間後〜
会議が終わった私は、研究所内の居住スペースにある自室で、荷解きをしていた。最強といえど、こればかりは、自分の手でするしかない。とはいえ、流石に20分もあれば終わるだろうという量(研究所内の居住スペースは、家具家電完備)なので、手早く行う。
そういえば、なぜ空音ちゃんは鬼の霊力源を視れたのだろう……?そんな事ができる人間を、霊学界が放って置くとは、到底思えない。だけど、私は石谷空音という人間を知らなかった。――いや、知っていたか。石谷家については。石谷を名乗り始めたのはここ数年、私の記憶が正しければ、以前は刀石という姓で名乗っていたはずだ。霊学界誕生よりももっと昔から、日本の中枢で霊と死闘を繰り広げてきた、古参家であり御三家の一角……。
コンコンコンと、私の思考を中断するように、部屋の扉を誰かがノックした。
「瑠衣ちゃーん、いるー?」
扉の向こうから聞こえる声は、空音ちゃんのものだった。
「空音ちゃん?どうしたんですか?こんな時間に。」
私は、こんな時間(20時)に部屋を訪ねてくる空音ちゃんに、違和感を抱く。
「ちょっと話したいことがあるの。中に入れてくれない?」
空音ちゃんは申し訳なさそうにそう言った。私は不審に思いながらも、扉を開ける。そこに居たのは、お風呂上がりの美少女という、破壊力が戦艦並みの空音ちゃんだった。正直、私が最強でなければ、ここで倒れていただろう。
「話したいことって、なんですか?」
私がそう聞くと、空音ちゃんは表情を曇らせ「私の能力について何だけど。」と私に耳打ちする。
「中へどうぞ。」
霊能は、霊能力者にとって最大のアドヴァンテージであり、その霊能者の活躍、霊能戦略における最大の駒である。無闇矢鱈に話すものでもなければ、話さなくていいなら話さないのが鉄則だ。話すということは、それだけ危険な能力か、話しても問題のない能力なのだろう。
「それで、どういうつもりですか?自分の能力について話すとか。」
備え付けの妙に温かみのあるテーブルと椅子を使い、空音ちゃんと向かい合った私は、空音ちゃんにそう聞く。
「瑠衣ちゃんにはさ、私ってどう見えてる?」
「これまで見たことのないほどの美女。」
即答した。視覚的な話であるならば、これが最もいい回答だろう。
「他には?」
視覚的な話だけではなかったか。
「霊力量が村田所長くらい多い。」
「それくらいか……。」
それくらいとは?
「どうやら、私の能力の効果の弱さは霊力量に比例しないみたいだね。」
はて?
「はてって、実際に言ってる人初めてみたよ。」
そりゃあ悪かったね。珍しくて。
「私の霊能なんだけど、一言で言うと"騙り"何だよね。」
騙り?
「そ、自分や他者に関するいろんなことを騙す能力。」
……
「これがね、また大変でさぁ。騙るために他人の心の中まで自動で聴こえるわけ、まさか最強にまで通用するとは思ってなかったけどね。」
……
「つまり、誰も私本来の姿――本当の姿を見ることができないのね。それは、悲しいけど、この仕事を続けるうえでは、これ以上に役に立つことはないよ。」
空音ちゃんは、泣きながら能力のことを打ち明けた。本当に悲しいのだろう。霊能も霊力量も、生まれたときから概ね決まっている。つまり、彼女は誰よりも強く他者を感じていながら、ずっと一人ぼっちで生きてきたわけだ。
「まぁ、悲しいのはわかるんですが、あまり私に自分の感情流さないほうがいいですよ。霊力が枯渇してしまいます。」
私が無感情にそう言うと、彼女はすぐに泣き止み、「バレた?」とはにかんだ。
「最低でも3回は行けると思っていたんだけどな〜。」
「誰の入れ知恵ですか。」
空音ちゃんくらい賢い人間が、こんな危なっかしいこと、自主的にやるはずがない。どんなに実力があっても、だ。
「そこまで気づく?」
「最強ですから。」
「悪趣味だなぁ。そういうのは、他人が言うものだよ?」
「自分で言わないとやってられません。」
空音ちゃんは、視線を少し上に向け、「まぁ……」と話を変える。
「この話が来たとき、すでに早い段階で気づかれるだろうな、とは思っていたけどね。一回とは思ってなかったなぁ。」
「だから、誰からですか?」
どうせ、碌な人間じゃないだろうが。
「村田所長だよ。瑠衣ちゃんの師匠の。」
碌な人間だったか。それも、師匠だったか。
「なんかねー、瑠衣ちゃんの感情量を増やせって言われてさぁ。私の分野じゃねー!って、言ったんだけどね。なにせ、上の命令なもんだから押し切られちゃって。」
仕方なく。と、空音ちゃんは続けた。
「理由が知りたければ、鷹清くんに聞いたらいいよ。きっと、見えてるはずだからね。」
そう言って、空音ちゃんはゆっくりと立ち上がる。
「空音ちゃんは、見えてないのですか?――いや、聴こえていないのですか?」
私の質問に、空音ちゃんの動きがピタリと止まり、視線が再び私の方へ戻る。
「聞こえてないって?」
「いえ、聞こえてない。ではなく、聴こえてない、ですよ。村田所長の声が。」
まさか、この内容を私の主語なしで、メールで伝えるのは難しいだろうし、私の名前をメールで打つのは、契約で禁止されている。つまり、対面で会ったのだから、空音ちゃんは、心の声が聴こえているはずだ。
「なるほどね。瑠衣ちゃんの言いたいことはわかったよ。でも、それに答えるのは禁止されてるから、できないんだよね。」
禁止?一体、何のために――。
「瑠衣ちゃんは、考えるのが好きなんだね。ずっと考えてる。でも、ここになぜ連れてこられたのかは、考えないんだね。」
なぜ、なぜ連れてこられたのか?
「だって、考えるまでもないじゃないですか。任務ですから。」
まさか、そこまでして、感情量を増やしたいわけでもないだろう。
「本当に、そうかな。少なくとも、私が想像しているあなたの師匠の思惑は、全く違うよ。――たぶん、本部が隠してる何かに、関係してるんだと思うけど。」
陰謀論に帰結しているが、否定はできない。現に私は、6年前に見ているだから――視認できない、あの鬼以上の恐怖を。
「思い当たる節があるってことかな。ま、今日はこれ以上掘り下げないけど。」
そう言って、空音ちゃんはリビングのドアに手をかけるその時、ふと、思い出したように「そーいえば」と呟いた。そして、ゆっくりとこちらを振り向き、口を開く。
「天才は、瑠衣ちゃん一人じゃないからね。――これを絶対に忘れないでね。」
こんにちは、数少ない読者の皆様に謝りたいことがあります。7月末を予定していた「2人の天才」だったのですが、機材トラブルにより8月になってしまいました。更新が遅れてしまい、誠に申し訳ありません。また、執筆に使用しているタブレットが使えなくなるため、次話の更新が最低でも2週間ほど遅れてしまいます。ご理解の程、お願いします。




