通達
蓋棺虚神の分身が消滅した。
「本当に、退屈だったよね」
私は、ボソリと小さく呟いた。
「なんかいいました?瑠衣さん」
駿さんが、不思議そうに私を見上げている。
「ううん、何も」
「そうですか」
駿さんはそう言って、あたりをキョロキョロと何かを探すように見た。
「なにか探してるんですか?」
「うん、瑠衣さんに釣られた時に、肉片とかいっぱい見たから」
肉片?
「蓋棺虚神のっぽくなかったから、瑠衣さんのじゃないのかな?」
そういえば、私の肉片があっちこっちに散らばってるのか。どうやって回収しよう……。回収するのは、かなり面倒くさいはずだ。
「私のだよ。でも、どうやって回収しよう?」
駿さんは、何か考えるように視線をそらした。
「とりあえず、拾っていくしかないです。地道に」
そうか、そうだよね。ここは、研究所じゃない。後始末を、誰かがやってくれるわけでも、システムが自動的にやってくれるわけでもない。普段はもっと別の役割を負った、全然別の場所なんだ。後始末をちゃんとしないと、機密を守りきれない。
「壊れた部分はどうしましょうか」
「そこも、僕らで直しましょう。瑠衣さん、構築系の霊能は使えますか?」
私は首を横に振る。私が使えるのは、創造系であって構築系ではない。応用したら構築もできるらしいが、私にはそれができない。
「そうですか。では、空音達を呼んでください。手伝わせましょう」
駿さんの機転に、私は胸が熱くなったが、同時に虚無な感覚も覚えた。私は最強だが、有能ではないのだと、自分の限界が見えた。それがたまらなく嬉しかった。
「瑠衣さん?」
「あ、うん。呼んでくるよ」
私は校舎から飛び降りて、校門に張られている結界を殴って壊した。
「うわぁー。空音さんの予想当たってたけど、さすがにこれは……」
結界を破ると、そこには微妙な表情をした鷹清くんが立っていた。
「うん。言わんとしていることはわかるよ、鷹清くん」
なにかに同調した空音ちゃんが、うんうんと頷いている。
「何か、言いたいことでもあるの?」
「いや、全然そのままでいいと思います。僕は、最強キャラとか好きなんで」
「私も、瑠衣ちゃんのこと好きだよ」
会話に取り残されたみたいで不服だが、好きだと言われたら掘り進めることはできまい。
「それで、どうして結界を壊したのかな?瑠衣ちゃん」
まあ、大体予想はつくけど。と、空音ちゃんは付け足した。予想がつく、ということは、まだ心の中は読んでいないのだろう。
「肉片の回収……じゃなくて、校舎のヒビとかを直すのを手伝ってほしい。私は、構築系の霊能が使えないから」
空音ちゃんは、うんうんと、わかっていたかのように頭を縦に振っている。
「わかった、手伝うよ」
「え!?二つ返事ですか!?今、もっと気になるワードが出てたよね!?」
空音ちゃんは、荒ぶる鷹清くんをまあまあとなだめている。
「瑠衣ちゃんだから、どうせ派手な肉弾戦でもやったんじゃないかなぁ。校舎が残っていたのが奇跡だと思ってるよ?私は」
倒置法まで使われてしまった。恥ずかしい話だが、ここに来て初めての戦闘で私は山を1つ消しているわけだから(山を削るようなことをしたのは私ではない)、仕方がないと思う。
「でも……」
鷹清くんは、軽くいなされて不満そうだ。
「まあ、それについては後で話すよ。本部にも報告しとかないといけないから」
この件は、私達以外のところも原因として関わってきている。私達だけで片付けた気になるというのは、幾分か早計だろう。
「……わかりました」
鷹清くんは何か言いかけたが、それを飲み込んでしまった。肉片は私で回収しよう。手で拾っていけば、十分きれいになるだろう。面倒くさいが、どうやら人に任せられるものでもないようだ。
「駿さん、連れてきたよ」
「ありがとうございます」
駿さんは、すでに1人で作業を始めていた。シゴデキなのかもしれない。構築系の霊能を使えないから、どうしても私は彼の手伝いはできないが、この作業が終わったら感謝の印として何か……クッキーでもあげよう。
「では、私は肉片の回収をしてきます」
肉片、というワードに鷹清くんの耳がピクリと動いた。
「やっぱ肉片じゃないですか!」
「うん。うでと拳と脚と腹」
「めっちゃ落としてますね!?」
「自分で再生できるから……」
「すごい!けどあまり自分の体を無駄遣いしないでください!」
中学生に言われてしまったら反省するしかないが、こればかりは弁明しないといけまい
「まあ、今回は乱暴に扱ってしまった節があるけど、詳しくはこれもまた後で話すよ」
触れたものを任意で無に還すことができる。これが、分身になることで弱体化した能力。本体は無条件で無にできるらしい。今までなら、ここで終わっていた。
「蓋棺虚神への対策が変わるよ。それくらいの情報を得た」
鷹清くんの目が大きく開いた。
「それは……ここでは話せませんね」
情報漏洩の危険は小さい方がいい。あくまでアナログに限る。アナログの機密性には目を見張るものがある。鷹清くんは私に「わかりました」と言うと、私が戦闘の途中で壊してしまった校舎の修繕に取り掛かった。私はその様子を少し見た後、肉片の回収に向かう。
とはいえ、肉片の数だけで言ったらそこまで多いわけでもないので、回収自体はすぐに終わったが、小さい肉片を回収し切ることはできなかった。そういうものは、燃やしてしまうしかないので、駿さんに許可を取ったうえで、運動場で燃やす。臭いはしないし、数分で終わるような作業だが、改めて蓋棺虚神の分身が厄介な相手であったことを痛感する。ここまで身を削ったのは久しぶりだ。
「瑠衣さん、終わりました?」
駿さんが、校舎の修繕を終えたのか、私のところに来てそう聞いてきた。
「終わりました。腕とかも全部燃やしたけど、いいですよね?」
駿さんは、少しびっくりしたような顔をしたが、少しの間の後「いいですよ」と言ってくれた。
「空音たちと合流しましょうか」
「はい」
私は駿さんについていき、空音ちゃんたちと合流した。
「瑠衣ちゃん!」
「はい!」
「よく頑張ったね!」
合流するなり、私は空音ちゃんに笑顔で褒められた。
「まさか瑠衣ちゃんの戦闘が、校舎にヒビ入れるくらいで終わるとは思ってなかったよ!」
これは、どっちなんだろうか。煽られてるのか、褒められてるのか……。
「もちろん褒めてるよ。だって、瑠衣ちゃん桃斬童子と戦った時は山を1つ消してるし、螢と戦った時は家を地下に落としてるし。それと比べたら、校舎にヒビ入れるくらいは0に等しいよ」
そこを言われると弱いところがあるが、果たしてこれは成長と言えるのか……。
「褒め言葉は素直に受け取りなよ。褒められてるんだし」
それもそうか。
「じゃあ、修繕作業も終わったことだし、研究所まで戻ろうか」
そういえば、井宗さんを待たせているのだった。井宗さんの霊力も有限だし、早く戻ったほうが良いだろう。
「何言ってるの?結界はもう張られてないよ。瑠衣ちゃんが壊したじゃない」
そういえばそうだった。どうして、その後張り直されていないのだろう。私が不思議そうに首を傾げると、駿さんが答えてくれた。
「普通は、結界を何度も張ることはできません。空間に作用する霊能は霊力の消費量が多すぎるので、もっと丁寧に扱うものですよ」
そうなんだ。知らなかった。
「まあ、瑠衣さんくらいの霊力量があれば、八度結界を1日に3,4回は張れるかもしれませんが、井宗さんの霊力量だと、今回張った五度結界でも1回が限界ですね」
駿さんの物知りに感心していると、校門に着いた。
「お疲れ様です。何か収穫はありましたか?」
車に乗り込むなり、井宗さんがそう聞いてきた。駿さんを見ると視線で私に答えるように促してきた。
「収穫はありすぎました。ここで話すのは危険すぎるので、研究所に戻ってからにします」
井宗さんは「そうですか」と頷くと、車を走らせた。
「そういえば、先程、紅玉の方から連絡があったのですが、研究所が襲撃されたそうです。無事、防衛に成功したそうですが、襲撃犯の捕虜も自害したとのことでした」
「わかりました。ありがとうございます」
淡々と、会話が進んでいくが、私の興味は別のところにあった。
「研究所に……蛇?」
研究所の方向から、白蛇の気配が強く出ていた。神聖な白蛇の気配は、すぐに分かる。その残香ですら、強く感じる。
「え?何かあっちにあるんですか?」
鷹清くんが、興味津々と言った感じで聞いてきた。
「ううん。終わった後みたい」
「なんですか、気になるじゃないですか」
鷹清くんは少し食い下がったが、すぐに引いた。白蛇の本体は、しばらく姿を現していない。むやみに騒ぎ立てるのも、良くないだろう。
「それと、瑠衣さん」
井宗さんが運転席から、私に少しきつめの声で呼びかけた。
「はい」
「本部から通達が来たそうです。研究所に着いたら、応接室の方へ一緒に行きましょう」
本部から通達?
「わかりました」
そんなやりとりをしている間に、研究所に着いた。研究所からはやっぱり白蛇の気配がしたが、白蛇そのものがいるような感覚はなかった。
「入ってください」
「はい」
支部の研究所の応接室は、本部ほど豪華にはできていない。所長室に併設される形で、1つあるだけだ。
「初めまして、藤樹瑠衣さんですね。通達員の猪野と申します」
応接室に入ると、壮年のきっちりとしたスーツに身を包んだ男性が1人立っていた。
「初めまして、戦闘員の藤樹瑠衣です」
井宗さんは軽く会釈をするだけで、挨拶はしなかった。
「では、今回の通達内容をお伝えしますね」
猪野さんは、村田所長の印が押された紙を、私の前に出した。
「はい」
「今回の通達は、本部の所長、村田終夜様からです。3日以内に、一度本部に戻ってくるように。とのことです。詳細は、本部に戻った時に伝える、と。通達は以上です」
それでは、と言って猪野さんは席を立った。
「失礼します」
霊能物語本編第四篇「本部」第一話「通達」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークをお願いします。時間がある方は、感想も書いてくれるととても嬉しいです。




