陸奥守駿
「駿さんの霊能って、空音ちゃんじゃ再現できないの?」
「瑠衣ちゃんねぇ、私にもできることとできないことがあるんだよ?こんなに優秀な私にもね」
胸に手を当て、ウインクまでした空音ちゃんの自信も、本人の優秀さと同じくらいすごいと思うが、空音ちゃんに、駿さんの霊能が再現できないのは、少し意外だった。
「それ、自分でいいます?」
「鷹清くんまで……?」
瑠衣ちゃんはともかく、といったような響きのある言葉に少しむっとするが、仕方のないことでもある。
「駿さんの霊能って、私達とどう違うの?」
空音ちゃんは、少し驚いたように目を開いた。
「瑠衣ちゃん、そんなこともわからないの?」
「それ、言っちゃいます?」
仕方ないと思う。だって、第34支部に来るまで、所長以外の霊能者を知らなかったんだから。
「この世界には、2種類の霊能がある。ここまでは知ってるよね?」
私は首を縦に振る。
「うん。固有霊能と共通霊能だよね?」
個人、または少数の人間しか使えない『固有』の霊能と、誰もが練習したらある程度使えるようになる『共通』の霊能。
「じゃあ、固有霊能って、なんで固有なの?」
「そりゃあ、その霊能のイメージが他の人にとってすごく難しいからでしょ?」
「そう。例えば、透石家と石谷家の固有霊能『騙り』は、この2つの家系以外にはとても難しいイメージ。感情を操作するなんて、普通の人にはイメージできない。それと同じように、駿くんの霊能である無効化も、私達にはイメージできないんだよ」
でも、それなら空音ちゃんたちは、やっぱり解決できるのではないだろうか。
「でも、空音ちゃんたちは直接頭を覗けるんだよね?」
「うん」
「それなら、霊能を使う時に本人がイメージしてるものとか、感情とかもそのまま自分の中で再現できるんじゃない?」
空音ちゃんは、静かに首を縦に振った。
「大抵はね。駿くんのは無理」
「へぇ。なんで?」
「駿くんの霊能は透石家の初代と同じ。先天的なイメージだから、そもそもイメージで霊能を使ってない。私達が呼吸するように、言葉を使うように、駿くんは無効化の霊能を使ってる。そういうのは、騙りじゃ再現できないよ」
そういうものか。天才の言ってることって分かりづらいもんね。そういうものなのかも。
「あはは。みんな瑠衣ちゃんにだけは、言われたくないともうけど」
何のことやら。私は天才じゃない。
「あのー。駿さん終わったっぽいですよ?どうします?」
鷹清くんが、気まずそうに聞いてきた。空音ちゃんは、少し考えるように顔を伏せた。
「うーん……井宗さんは結界を解かずに、私と鷹清くんはここで待機。瑠衣ちゃんは、中に駿くんを回収しに行って」
「え?駿さんが結界から出てくることはできないんですか?」
不思議だ。結界に入っていったのに、出てくることはできないのか。そもそも、駿さんの霊能なら、結界を解除することも簡単だろう。
「できるけど、気づかないかな?中で何が起きてるか」
「?」
私の霊視には何も映っていない。空音ちゃんの霊視には、うつっているのだろうか、中の様子が。
「わかった。行ってみる」
仲間の安全のためだ。行って損はないだろう。私は車から降りて、校門から校内へ入る。校門の向こうは見えない。何が起こっているのだろうか。私は深く息を吸う。この先、携帯はもちろん、大声を出しても空音ちゃんたちには聞こえない。死ぬようなことはないだろうが、何があるかはわからない。
私は大きく一歩、校内へ入った。
「ああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああ!」
校内に入った私が一番最初に聞いたのは、高校生男子の悲鳴だった。テノールよりもやや高く、アルトよりも太い声で結界の端々に響き渡るその声は、間違いなく駿さんのものだった。霊体化の呪いは無事解呪されたようで、ほんの数分前まで校内に満ちていた嫌な気配は消えていた。駿さんの霊能は優秀だ。
「どのへんからかな?」
私は霊力を薄く伸ばして扇形に広げる。校舎の形から教室、生徒が霊体化していた学校とは、だれも思うまい。
「見っけ!」
「……?」
体育館裏に、2つの霊力反応があった。1つは、霊力が打ち消されたことから、駿さんのもので間違いないだろう。もう1つは……ここにいてはならない霊力反応だった。
きれいな、そして巨大な霊力反応だった。霊力の波まで美しい。洗練された戦士の呼吸のような、老齢の音楽家の音のような、世界的な美術家の色使いのような。それは、ここにいてはならなかった。古来より、人々を惹きつけて離さない、神のように。人々を魅了し続ける存在。
「悪魔……?」
なんで、悪魔がここにいるんだ?今、優愛ちゃんは研究所にいるはず。私は飛んだ。体育館の裏まで、一直線に。外から見たら、結界が歪むほどの衝撃だったらしい。バリバリという雷鳴のような音を鳴らして、私は駿さんと悪魔の間に立った。
「藤樹……瑠衣」
それは艶っぽい声で、私の名前を呼んだ。美しい黒い肌には、金色のタトゥーが入っている。波のようにうねりながら模様を成すそのタトゥーは、太陽を形どっては月を浮かべ、陸を創っては海に沈めた。球を2つ創ったら、それをぶつけた。その体躯は大きく、体つきは丸かったが、男とも女ともとれた。服は白く、彫刻にあるような、ギリシャ神話の神々の出で立ちをしていた。身体の威圧感もさることながら、それだけでは説明のつかない恐怖を放っていた。
「瑠衣さん……」
駿さんが、震えた声で私を呼んだ。
「大丈夫ですか?駿さん」
駿さんはあまりの恐怖に腰を抜かしたのか、私の腕に捕まるばかりで一向に立とうとしない。
「いいですよ、立たなくて。駿さんは、寝てても怪我しないでしょう?」
私がそう言うと、駿さんは安心したように腕を離して横になった。
「藤樹……瑠衣……」
再び、悪魔が私の名前を呼ぶ。
「何度も呼ばなくていいよ。私の耳はそこまで遠くない」
むしろ、常人の倍の聴力はあるから、いいほうだ。
「我は、無の神。名を蓋棺虚神という」
蓋棺虚神という名前に、私は悪魔という印象を受けた自分を恥じた。蓋棺虚神は悪魔ではない。だが、明確な姿もなかったはずだ。
「蓋棺虚神が、なぜここにいるのですか?」
私は、睨みつつも相手を尊重して、あくまで会話する姿勢をアピールした。
「……我は、長く無であった。ここがどういう場所なのかもわからなかった。始めに、我はその狭い空間の外側に目を向けた。分身を創って出た檻の外。そこには自由があった」
蓋棺虚神は、淡々としかし情熱的に、熱を持った声で語り始めた。
「外に何があるのかを探した。そして、ここに閉じこめられた。誰に閉じ込められたかはしらないが、我はここで多様なことを学んだ」
蓋棺虚神は口を閉じ。そして開いた。
「この世界はいらない。分身だが、この窮屈な世界を壊すには、十分だろう」
蓋棺虚神は、左手を前に突き出した。私に向けられた掌から、ゆっくりとそれは現れた。青白く光るくないのような刃物が、その使用者と同じように移ろう模様が描かれた長い棒に着けられている。
「無の槍。その名をアスコポス。全てを無に還す」
その目には、虚ろな殺意が宿っていた。
「始めよう。あなたと、私の殺し合いを」
「そのダンスは、楽しくなさそうだなぁ」
私は駿さんを拾ってもう一度飛び、今度は円形になった本校舎の上に着地した。体育館裏に目をやると、さっきまでいた場所に、土煙が舞っていた。どうやら駿さんを拾ったのは正解だったようだ。さすがの駿さんでも、あれは耐えられまい。
「駿さんって、戦えたっけ?」
「いや?無理。喧嘩もしたことない」
「ですよね~」
完全な足手まといだ。どうしよう……。
「その男を我に殺させるがいい。なぁに、苦しませはしないし、お前も責められることはない」
――ウィン・ウィンってやつだろう。
確かに、蓋棺虚神の主張も一理あった。今の駿さんは、完全な足手まといだ。駿さんを殺しても、私が責められることはないし、その殺人は合法化される。
「それはしないよ。非戦闘員を戦闘に巻き込むのは、人道的ではない」
「……そうか」
蓋棺虚神は、少し考えるように黙った。
「では、こうしよう」
「?」
「そこの門の前に、そいつを置け」
蓋棺虚神は、私が入ってきた校門を刺した。
「我は、お前が生きてる間、そいつを攻撃しない。お前が我に勝てば、そいつもお前も無事に返してやる。だが、お前が我と戦わなかったり、我に負けた場合は、お前もそいつも共にお釈迦だ」
どうだ、悪くないだろう。と言わんばかりに、蓋棺虚神は胸を張った。
「いいよ、それで」
私は、校門前まで飛び、駿さんを置いた。まだ腰が抜けてるのか、脚から置いたのに、そのまま崩れてしまった。それでも、「瑠衣さん、勝ってね」と言ってくれたのは、彼なりのカッコつけかもしれない。
「もちろん勝つよ。なんたって、最強だから」
私は、ゆっくりと蓋棺虚神の方を向く。無名の刀を創り、鞘から抜いて構える。
「約束は守ってくれるよね?」
私の問に、蓋棺虚神は答えた。
「もちろん。神様だからな」
霊能物語本編第三篇第五話「陸奥守駿」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価とブックマークまで、していただけると嬉しいです。誤字報告等も、常時受け付けていますので、気づいた方はしていただけると助かります。




