番外編その八 透石家初代当主・透石清愛義臣(前編)
番外編その八「透石家初代当主・透石清愛(前編)」です。本編の制作を一旦お休みして、2回に分けて投稿します。読んでいただけると嬉しいです。
「しのぶれどいつとはなしに響きけり。我焦がれたり君にあふひを。」
……ちょっと直情的すぎるかな?ま、いいか。貴族のボンボンだし、どうせ気づかないでしょ。私は、文に封をして、従者の装いに着替える。下駄を履き、家から出た。
私には、人や動物の感情が見えるし、触れる。これは、生まれたときからそうだった。自分以外にこんなことができる人を、私は見たことがないし、知らない。だから、これは才能なのだと思う。
才能。
私はこんな才能ほしくなかったとか、言うつもりはない。便利な才能だ。人の心が見えるというのは、それだけで強みだ。私は人を怒らせたことがないし、器量の良い女を演じることだってできる。その人が望む相手に、なりきることだって容易だ。大抵の人は、私のことを好きになると思う。いや、私は大抵の人から好かれることができると思う。
ただ、私の家族は違った。私のふるさとは違った。こんな私を、すごく気味悪がった。私は、自分の事を気味が悪いとか思ったことはないし、そう思う予定も、心もない。心は育つものだが、心がなければ意味もない。
成人と同時に家族からは縁を切られたし、婚約相手からも縁を切られた。そこで、私は1人、ふるさとから京の都まで上ったのだ。路銀もろくに渡されなかったが、私の才能を使えば、大した問題でもなかった。旅人から奪うことだってできたし、色仕掛けで馬に乗せてもらうこともできた。宿にただで入り浸ることだって容易だ。
都は嘘をつかなかった。都はふるさとと違って、女一人で暮らすことは難しかった。寺にも入れないし、まさしく八方塞がりだった。魔が差したと言えば、そうなるのだと思う。
都の人間の下心――。
才能――。
稼ぐのは簡単だった。平民であれば、少し気があるように見せて、あとは貢がせるだけ。宿だってただなわけで、これが私の転職だと思った。
「なあ、聞いたか?」
「何を?」
「今度、地方の国司が上がってくるんだってよ」
「へえ。有名人なの?」
「もちろんさ。なんでも、向こうでは毎日のように文を貰ってたんだとか」
都の道を歩いていると、いろんな噂話が入ってきた。聞き耳を立てれば、すごくきれいに会話が聞き取れるから、私の情報には真も偽も、玉石混交で入ってきた。どうせ暇なのだ、一つ一つ確かめていけばいい。
「騙り師、透石清愛で間違いないな?」
「いいえ?違いますが」
従者として着いたはずの館は、今標的にしている貴族の館だった。これと言った悪い評判も良い評判もない、典型的なただびとだ。質素な部屋は、その経済力の低さがうかがえる。畳もだいぶ長い間張り替えられていないようだ。日に当たって焼けた畳が、そのまま張られている。障子にも、少し穴が空いている。壁や床の木は、いいのを使っているようで、これと言って痛みは見えないが、使用人にはかなりボロい服を着けさせている。
「いいや、そなたで違いあるまい」
そんな彼に、私はなぜか剣の先を突きつけられている。
「我が名を大和防守という。そなたの名は?」
照れもなく、私の目を見て名を聞く彼の名を、私は聞いたことがあった。
「大和防守……どうりで、下心がないわけだ」
私の騙りは、下心がなければ通用しない。私じゃ彼には勝てない。
「我の見立てでは、そなたの名は、騙り師、透石清愛だが」
カラリとした笑顔のまま、彼は首を傾げた。
「違うか?」
私は、これ以上ない笑みを浮かべて、どうでしょうと、とぼけてみせる。
「悪いが、俺にその手は効かない。可愛いとは思うがな」
効かない、というのは本当なのだろう。彼は可愛いと言う時ですら、感情を揺らさなかった。感情がない、というのが正解だろう。人の心があるところ――普通の人が脳に持っている感情があるところに、彼は感情を持っていなかった。
「そなたと我の相性は最悪だ。そなたでは、我に勝てない。観念して、我らに協力するんだな」
どうも最悪というのは事実のようだ。私は観念した。
「わかったよ、協力する。その代わり、見逃してほしいな」
「?」
「騙りだよ。私の騙りを見逃してほしい」
「それなら、別に始めから咎めるつもりはなかったぞ」
「え?」
「上からは何も言われていないからな。我は依頼以外のしごとをするつもりはない。なにせ、不況の世の中だからな。依頼以外の仕事をしても損するだけだ」
淡白な人間性も、騙りにかかりにくいのかもしれない。「ただし」と彼は爽やかな端正な顔を私に近づけて言った。
「協力する約束を破ったら、どうなるかわかってるな?」
「……はい」
言外に言おうとすることも、私には口に出して言っているのと同じように聞こえてくる。みんなが静かに歩いていても、私には喧騒の中にいるのと変わらない。
私は、彼の従者が持ってきた馬に乗せられ、彼の腰にしがみつくようにして都から半刻ほど移動した。私は村についた途端に、少し寒気がした。なぜだろうか、東方のやませじゃあるまいし、夏に寒気というのはあまりにも不思議で、風情がない。その不思議な寒気の原因がわかるまで、そう時間はかからなかった。
防守は、私に降りるように促すと、馬を木にくくりつけ、先を急ぐように歩き出した。
「村人とかいないんですか?」
防守に、私はそう聞いた。
「いるが、今はここにはいない。都に避難させている」
なぜか、と問いたかったが、彼の険しい顔つきを見て、私の言葉は引っ込んだ。
彼につれてこられたのは、人気のない村にぽつんと建つ、とある神社だった。
「ここは、神の代わりに怪異が祀られている神社だ」
「なにか問題でもあるんですか?」
神も怪異も、私達にとっては大して変わらないだろう。
「まあ……素行が良ければな」
「?」
「百年前」
「この怪異は、天災から人々を守る代わりに、この村に年に一度、村人の3分の人数を贄として差し出すように要求した」
ひどい話だ。と、私も彼も思った。3分も払い続けたら、村から人が消えてしまう。
「そんな要求を、村の人達はのんだんですか?」
「ああ。当然、怪異の要求は徐々に過激になっていった。……百年かけてな」
百年という数字は、人間にとってはあまりにも長い数字だ。長老ですら、その異変には気づかなかったかもしれない。
「村人はどうやって贄を選出したんですか?」
「いいや。贄は人間が選ぶのではなく、怪異が選んだ」
彼は、少し顔を伏せるようにして言った。
「頭の切れるこの怪異は、置いた者から順に、贄を採っていったそうだ」
「始めは当然、村の長老が選ばれた。次にその妻、その次は友人」
「そうやって採っていくと、一定の年齢から人が消える。――つまり、徐々に過激になっていく怪異からの要求に、気づけるものがいなくなるということだ」
酷いが、合理的なやり口だ。確かに、これなら文字がかけない村の農民は気づけないだろう。気づけたのは、きっと何十年も経ってからかもしれない。その時には、もう解決できるほどのつながりも、余裕もない。
「上が気づけたのも、もう村の人数が残り5人になって、帳簿の異変に気づけたからだ」
少しづつ、村の人口が減少傾向にあるのも、気づける人は少なかっただろうし、気づいたら、その年の贄でそいつを採ってしまえばいい。実に合理的だ。
「それで、私がここに連れてこられたのはなぜ?」
「この怪異は、よく神と間違えられる。まあ、鬼を除いたら最も神に近い怪異になるからな」
――この怪異には、物理攻撃がほとんど通用しない。
「つまりは、精神攻撃に長けた、騙り師の出番ってことだ」
いたずらな光を瞳に宿して、彼はそう言った。
「私は、あなた達と違って怪異に攻撃する手段がな――きゃあ!」
突然、グラグラと地面が大きく揺れだした。地震だろうか?伏せなければ。私が伏せようとした時、いきなり地面が大きく隆起し始めた。私は、神社の境内と一緒に空高くなにかに持ち上げられた。




