美倉家の双子
透石家の当主が応声虫に乗っ取られて400年、一度も代替わりしていないというのは、公開されていない事実であった。それは批難されるべき事実であるし、許されないものでもある。早急に、されど慎重に、透石家の大家としての座は、崩されるに違いない。日本の霊能界は、大きく変化するだろう。だから隠したとも言える。
応声虫は隠したのだ。自分のなした偉業を。無理もない。霊能界の大家である透石家が怪異にその頂上を盗られて奪還できていないということは、これまで軽視されてきた応声虫という微級の怪異を見直さなければならないし、これまで積み上げてきた、怪異の脅威の基準を見直す必要性が生まれてくる。手始めに、応声虫という怪異は絶滅させられるだろう。そんな事は、当主の座を奪った応声虫も、許すはずがない。頑なにこの事実を隠したのは、そういう側面もあるのだろう。
「透石家が怪異に乗っ取られてる?当主が応声虫?そんな馬鹿な話、あるわけ……。」
あるわけない、とは言えない。一番早く口を開いた紅玉くんは、途中まで言って、言葉を飲み込んだ。あるわけない、というのはこれまでの常識であり、今からの常識――否、400年前、透石家の当主が変わってからの常識としては通用しない。どんな大家であろうと、もしも、応声虫が宿主の姿形だけでなく、能力までもを写し取ることができるのなら、そんな事は容易い事だろう。
「あるんだよ、実際に、起きてることなんだよ。」
空音ちゃんは、おどけもせずに至って真面目に、そう言った。
「応声虫は普通だったら、白ちゃんも言ったように、今の優愛ちゃんでも倒せるくらいに弱い怪異。」
うんうんと、みんなが頷く。私は対峙したことがないからわからないが、実際にそうなのだろう。私は、あれが弱いとは思えなかったが、あった個体が個体だ。そういうこともあるだろう。
「ただし、それは寄生前か、寄生中の応声虫の話。寄生した宿主から離れた応声虫の強さ――悪質さは、直前までのそれとは比較にならない。」
空音ちゃんは、ここで深く息を吸った。
「応声虫は、宿主の魂の一部を削り取って、自身の魂と霊力回路に組み込む。つまりは、宿主の能力を、全く同じスケールで使うことができる。」
同じスケールで……使える。
「そんな……まさか。」
槿花ちゃんがありきたりなセリフを言った。声に出さなかっただけで、みんな同じことを思ったと思う。桃斬童子は、十度結界で封印されていた鬼の1人。封印に、最高硬度の結界を要した鬼の1人。もし本当に、応声虫が彼の強さを持っているとしたら、それの封印にも十度結界を要するし、倒すのであれば、最低でももう1人私が必要だ。
「透石家をの当主につく応声虫は、400年前の当主を形どっている。彼に挑戦して生き残った人はいないし、唯一挑戦して生き残った人は、霊能界から追放された。つまり、透石家当主を交代できる人は今透石家にいない。」
透石家の当主といえば、前にあったことがある。正直、全てが普通の人間だった。あれが怪異とは思えない。しかし、それが応声虫の特性だとするのなら、納得が行かないわけでもない。特性ならば、そういうこともあるだろう。
「つまり、私が言いたいのは、桃斬童子や優愛ちゃんの形を応声虫がとれるということは、あの応声虫は全盛期の桃斬童子とおなじか、それ以上の能力を持つと考えたほうがいい。」
「……。」
正直、憂鬱だ。あの時は本当に急ぎだったし、勝てる自信があった。梨里ちゃんを形どっていた螢は、桃斬童子よりも圧倒的に弱かったし、人間を形どったことで、少しパワーダウンしていた。桃斬童子も、応声虫に憑かれていたり、片腕をなくしたことで、少しパワーダウンしていたかもしれない。
「そろそろ拘束解いてくれよ。なぁ?」
気絶させられていたやつが起きたようだ。もう一度槿花ちゃんと紅玉くんが刀と剣を突きつけている。その形を見る限り、優愛ちゃんに取り憑いているやつは、槿花ちゃんと紅玉くんでも十分に倒せるように見える。
「うーん……。素性のわからない怪異を逃がすわけにはいかないしなぁ。」
そうだ。と、空音ちゃんはわざとらしく言う。
「槿花ちゃんと紅玉くん。2人と組手、してくれたらいいよ。」
槿花ちゃんが「えぇ?」と驚いている。無理もない。空音ちゃんが勝手に決めているのだから、そう言いたくもなる。鷹清くんも、「少し無理があるんじゃ……。」と抗議している。
「組手と言うのは、殺してもいいのか?」
「殺した時は、君もうちの瑠衣ちゃんに殺されるよ。」
「ダメということだな。」
「うん。」
「そうか。」
やつは少し考えるように空中を見る。そして視線を戻し、空音ちゃんに言った。
「いいだろう。その条件、受けて立つ。」
「ええー。」
「そうこなくっちゃ。」
紅玉くんは少し喜んでいるようにも見えるし、空音ちゃんとやつはノリノリだ。けれども槿花ちゃんは少し引き気味である。
「駿くん、霊能で訓練場を保護して。」
「わかった。でも、3人ともやりすぎたらダメだからね。」
駿くんの霊能だったら、どんなに暴れようが関係ないようにも思えるが、駿くんは結界を張りながら訓練場の中央で向き合う三者にそう忠告した。しかし、三者はあまり意に介していないようだ。無理もない、駿くんの霊能は、見たらわかるわけだから、気にもするまい。
「ふん。せいぜい死なないように頑張りやがれ、ガキども。」
ふんぞり返りながら、偉そうにやつが言った。
「やつこそ、祓われないようにしたら?」
紅玉くんも、負けず劣らずの上から目線で煽る。
「紅玉くん、あんまり煽らないで……。」
槿花ちゃんは1人だけ、腰が引けている。それでも戦闘要員かとういうほどの、平和主義っぷりである。空音ちゃんが結界の中へ入る。向き合う両者の間に入り、右手を高々と上げて勢いよく振り下ろした。
「始め!」
紅玉くんの両手に双剣が、槿花ちゃんの両手に双刀が出現する。かなりの速さだ。まだ空音ちゃんの手も戻っていない。2人はすぐに攻めの姿勢に入る。身体の軽い槿花ちゃんがやつの懐に入り、くびれを狙って刀を振り下ろす。しかし、そこにやつはもういなかった。もちろん、アニメや漫画のように残像なるものを残したようには見えない。振り下ろされる1秒足らずの時間で移動したのだ。紅玉くんの頭上に。
「まずは1人、お前は弱いからな。」
紅玉くんの後頭部に強烈な踵落としが落とされる。
「誰が弱いって?」
紅玉くんは落ちてくる落ちてくるやつの軌道を変えるように剣の側面で流した。踵落としはそのまま紅玉くんの左側に落ちる。少し、地面が割れる。紅玉くんはそのまま首を狙って左手の剣を横に振るが、それはやつに左腕で防がれた。しかし、諦めずに右の剣でやつの目を狙う。
「弱いぜ、ガードがまるでなってねぇ。」
やつは左手でガードしたまま、剣に体重をかけるようにして、紅玉くんの肩に足を回す。
「お前は、戦場が読めてねぇな。」
応えるように、紅玉くんがそういった。やつの死角から、いつの間にか移動していた槿花ちゃんの双刀が、首筋を襲う。気配で躱したのか、皮一枚切れる程度で済んだが、刺した刀をそのまま首を切り落とすように振った。
「ふざけるなよ。殺す気じゃねえか!」
そう言いつつも、紅玉くんの身体へ巻き付けていた脚を解くことで体を落として剣筋を躱した。体を曲げて脚を上に上げ、槿花ちゃんの手を蹴る。その隙に紅玉くんが下から斬り上げたが、やつは紅玉くんの剣を避けずに体の硬さで破壊した。
地面スレスレになって、やつは足を曲げて回転し、着地。そのまま滑るようにして2人と距離を取った。紅玉くんは、霊力の球を指先に創って狙撃に転じる。槿花ちゃんは双刀を解除し、創り直すことでもう一度双刀を構え直した。紅玉くんの狙撃の間を縫ってやつに斬りかかる。やつも狙撃の間を縫うように動き、槿花ちゃんの剣撃を防ぎながら一進一退の攻防を繰り広げる。
槿花ちゃんが右に薙げば、左の蹴りで避けながら攻撃する。その蹴りの軌道を紅玉くんが霊力の球を当てることで僅かにずらし、蹴りを逸らす。槿花ちゃんが縦に振れば、横に逃げて突く。その突きを紅玉くんが弾く。紅玉くんの援護射撃は、優秀だった。槿花ちゃんは一切の防御をとらずに攻撃することが出来ていた。
自分が不利な状況に立たされていることに焦りを覚えたのか、やつは再び距離を取った。
「俺ぁ、第二人格だからよ。鬼みてぇな霊力はねぇけどよ、お前ぇらみてぇな貧相な霊力のやつを、霊力量で圧倒することくらいはできるんだぜ?」
その時、私は初めて自分よりも圧倒的な霊力をみた。いや、発言から察するに、桃斬童子や螢もこれくらいの霊力、もしくはそれ以上のものを持っていたのだろう。大きすぎて感知が狂ったのかもしれない。しかし、感知できる中では最大値の霊力量だった。もちろん、駿くんの結界を破壊するには至らなかったが、それでも霊力量の少ない槿花ちゃんと紅玉くんを霊力酔いで気絶させるには十分すぎた。始めに槿花ちゃんが、続いて紅玉くんが、白目をむいて床に倒れた。
「これでいいんだよなぁ。しっかり約束は守ったぜ。長の詐欺師。」
――殺してねぇし、相手はした。
「いいよ。ただし、しばらく研究所で預かる。拘束は解いてあげる。ていうか、拘束できる人があの2人しかいなかったんだけど。」
駿くんが結界を解く。白さんと駿くんが、大急ぎで2人の手当にあたった。霊力酔いだから、おそらくはすぐに目を覚ますし、後遺症もないだろう。やつは訓練場を出るところだった。
「瑠衣ちゃん、一緒に来てくれない?」
「え?空音ちゃんはあの2人の手当てしたほうがいいんじゃ……。」
「いや、そっちは駿くんさえいれば大丈夫。ほら、あいつ見張らないといけないから。」
――いつ優愛ちゃんに戻るかわからないし。
なるほど、つまりは見張っているのがバレて戦闘になったら勝ち目がないから、私にも来てほしいと。
「わかった。」
私と空音ちゃんはやつの後を着いて行った。やつは訓練場を出た後、あっちこっちを行ったり来たりしていた。どうやら道に迷っているようだった。無理もない。この研究所自体が、駿くんの霊力回路を模した大きな霊力遮断施設だから、霊力視を使って道を見つけることが出来ない。外に出ることは、かなり難しい。
「いやー、駿くんはすごいね。お陰様で、あいつの尾行も捗るよ。」
そこに関してはバレバレだと思うけど、もうガッツリこっちみてるし。
「存在自体がアブノーマルすぎるよね。私も、駿くんの体質にはお世話になってるよ。」
「瑠衣ちゃんは特にそうだろうね。霊力の操作が荒いときとか、処分場破壊してたって聞くし。」
「その節に関しては、ちょっと申し訳なくも思ってるけどね。」
もう踏ん切りがついたのか、やつがこっちに向かってきた。
「俺は、どうやったら主人格に戻れる?」
やつが空音ちゃんに聞いた。
「戻りたいの?」
「正直、この身体の霊力に押しつぶされそうなんだ。戻す方法知ってるなら、教えてくれ!」
空音ちゃんは私からしたら、簡単なことだけど。と言って、やつの眉間に人差し指を当てた。
「じゃあ、約束しよっか。」
「約束?」
「今後、必要なときだけ出てくること。優愛ちゃんの不利益になることをしないこと。私達に大して敵対行動を取らないこと。この3つを守るんだったら、私が主人格の優愛ちゃんに戻してあげる。」
「わかった。」
「言ったね?」
空音ちゃんは、やつを気絶させたときのように人差し指を下に振り下ろした。しかし、今度は優愛ちゃんの顔を撫でるように下ろした。すると、一瞬白目をむき、身体が倒れかけたが、完全に倒れきる前にもう一度黒目に戻った。
「おっと、危ない。どうしたの?優愛ちゃん。」
「あれ?空音ちゃんと……瑠衣ちゃん?」
どうしたの?と、優愛ちゃんは何事もなかったかのような顔で言った。
「いいや、なんでもないよ。ちょっと用事があっただけ。」
「そうなの?」
「うん。用事はもう終わったから、優愛ちゃんとちょっと喋りたいなって思って。」
「えへへ、嬉しいなー。」
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