梨里
「ふーん。それで、ほぼ徹夜の状態で美倉家の霊力操作技術の基礎を習得したわけだ。」
時は過ぎて次の日の朝、私は空音ちゃんと食堂で朝ごはんを食べている。今日の空音ちゃんは、珍しくおしゃれ着で、学生にしてはいい服を着ていた。はたから見れば、大学生くらいに見えなくもない。良くていい家の高校生だろう。とてもじゃないが、ここから研究職についてる高校生を導き出すことは出来まい。
「うん。って言っても、紅玉くんにはまだまだ及ばないけどね。」
そう私が言ったところで、優愛ちゃんが食堂に入ってきた。彼女は、事が収まるまで研究所で預かることになっている。空音ちゃんいわく、彼女の親には犯罪者に狙われているということにしてあるらしい。まあ、鬼の正体があれじゃあ、彼女の家が1番危険地帯になるわけだから、うちで引き取ることに異論はないが、親への説明がまるでドラマだ。まともな親だったら、警察署で話されない限り、首を縦に振ることは無いだろう。
「2人とも何話してるの〜?」
「私が昨日習得した霊力操作についてだよ。」
「ふーん。それってすごいやつなの?」
「霊力操作で有名な家系があってね、そこの家の人間以外だと、私が初めてなんじゃないかな。」
「やばっ、天才じゃん。」
「最強ですから。」
「最強だったか〜。」
しれっと仲良く会話できる優愛ちゃんは、やはり空音ちゃんと同類なのかもしれない。だとしたら、霊能は騙りになるわけだから、あまり珍しいこともないと思うのだけれど。
「2人ともいつ仲良くなったの?一昨日はあまり喋ってたイメージないんだけど。」
「そんなのどうでもいいじゃない。」
「うんうん。空音ちゃんもあまり細かいこと気にしてると、禿げちゃうよ?」
「禿げちゃうの!?」
初めて知った。細かいこと気にしてると禿げるのか。気をつけよう。
「やっぱり仲良い。瑠衣ちゃんの親友は私だと思ってたんだけどな〜。」
ぶぅっと頬を膨らませて不満を表現する空音ちゃんを、私は素直に可愛いと思った。
「そういえば優愛ちゃん、梨里ちゃんはどこにいるの?」
私がそう聞くと、優愛ちゃんは目を一瞬丸く開き、人差し指をこめかみに当てて、少し考えるような仕草をした。
「うーん……。今日は土曜日だから、普段通りだったら家にいると思うけど……。どうかな〜?友達に遊びに誘われてたから、もしかしたらショッピングセンターとかにいるかも。」
「オッケー、ありがと。」
私はそう言って椅子から立ち上がった。
「じゃ、ちょっと梨里ちゃんのところに行ってくる。」
どうせ、高校生の脚でいける範囲など限られている。私の能力をフルに活用すれば、どこにいても見つけることは容易いだろう。――急がないと、被害がより大きくなってしまう。
「え?だったら、私もついて行っていい?」
「ダメ。優愛ちゃんはここにいて。私達が想定してる最悪だと、優愛ちゃんのこと、守れないかもしれないし。」
私は、そう言ってそこから離れた。
梨里ちゃんの家は、田舎町にはおよそふさわしくない、大きな家だった。この不景気と言われているご時世にこの大きさの家は、かなり裕福な家庭らしい。彫刻で装飾された門に、付いたチャイムを鳴らすと、数秒後に家の扉がガチャリとなって開かれた。中からは、私服姿の梨里ちゃんが出てきた。
「どうしたの?瑠衣ちゃん。何か、進展でもあったの?」
「うん。その進展の話を梨里ちゃんにしたくて。」
「そう。研究所までいくの?これから遊びに行く予定だから、あまり長引くと友達に怒られちゃうんだけど……。」
「大丈夫、そこまで長引かせるつもりはないから。場所は、玄関先だとちょっとあれだから、家の中だとありがたいんだけど。」
家の中に入れてもらえるか、そこが私にとっては大きな分かれ道だが、梨里ちゃんはどう出るのだろう。嫌な汗が背を伝う。ドクンと、心臓が大きく波打った。
「……わかった。機密の機関だもんね、さすがに外とか玄関先とはいかないか。」
そう言うと、梨里ちゃんは門を開けて私を中へ通した。門の中は、かつては綺麗な庭だったのだろうが、今では雑草が伸び、蜘蛛が巣を張っていた。門から玄関までは、タイルが敷き詰められていたからまだ雑草は生えていなかったが、このままではそれも時間の問題だろう。門の外からは角度的に見えなかったが、池には鯉の死骸が浮かんでいた。
「どうかしたかしら?」
「いや、別に。大きい家だなぁって。」
「そう。私、前は東京に住んでてね。前って言っても、もうこっちに来てからのほうが長いのだけど。その時は田舎になんか行きたくなかったんだ。でも、この大きい家に住めるって聞いて、こっちに来たんだ。」
「ふーん。まあ、家って結構大きいもんね。」
「わかる?」
「わかるわかる。」
そんな会話をしながら、家の庭を見れば見るほど、残酷な現実が、特に優愛ちゃんには言えない現実が、浮き彫りになる。私は、あまりの残酷さに、目を背けたくなった。やめて。違うって言って。私の間違いだって。私達の読み違いだって、誰か言って。そんな心の叫びも虚しく、梨里ちゃんが「我が家へようこそ」と言って扉を開いた瞬間、その憶測が現実になった。確かに――なった。
玄関に漂う――いや、玄関からでも臭う異臭で、中に何があるのか、もしくはあったのか。
「さぁ、上がって上がって。お茶もお菓子もなにもないけど、いいかな?」
「大丈夫。短く済ませるって言った。」
私は、手短に聞いた。梨里ちゃんに――いや、梨里ちゃんだったものに。
「ねぇ、なんで人間の女の子に化けてるの?あなたみたいな強い鬼が。」
「なんでバレちゃうかなぁ。僕はちゃんと……ちゃぁんと、隠してたんだけどなぁ。」
笑顔のまま、――まさに、張り付けた笑顔のまま、鬼はそう言った。
「質問に答えて、なんで鬼が人間の女の子に化けてるの?」
「いいや、君のほうが先だね。どうしてわかった。」
「霊力の流れ、それだけだよ。」
――ああ、これか。直しておけばよかったかな。
今更、気づいたように彼は言った。
「早く私の質問に答えて。」
「まてまて、ゆっくり話そう。とりあえず、座るんだ。」
鬼は、ソファを指さしてそう言った。広いリビングの、大半を占めるL字型のソファを指さして。
「座れるわけないでしょ。これに。」
「なぜだ?座ればいいだろう、快適だぞ。封印を解かれてから、この椅子には感動したんだ。下等生物も、やればできるではないか。この椅子だけは、母国に持って帰りたいな。」
本気で、言っているのだろう。鬼は、遠慮なくソファに腰を下ろした。グチャリという音と重なって、パキッという音がした。ふと、私は疑問に思った。そして、その疑問は浮かぶとと同時に口に出ていた。
「なんでそれに座れるの?それは、梨里ちゃんの死体でしょ?」
「聞くがお前は、絹製の布で寝たことはないのか?革製の靴で歩く奴を見たことがないのか?熊の皮のカーペットを見たことがないのか?」
「あるけど、そうじゃなくて。」
「そういうことだよ、僕達にとっては。お前らは、全く別の生き物さ。」
私は、ハッとした。そうか、そういうことなのか。彼らにとっては私達は別の生き物で、それこそ、革製の靴や鞄を身に着ける感覚と変わらないのだろう。
「同じ世界ならともかく、別の世界だったら全く同情できない。」
鬼は、一息置いてから続けた。
「僕達の世界では、同情した者から死んでいく。僕達の世界では、ここ以上に戦争や内乱が絶えない。同じ世界の鬼にですら同情できないのに、別の世界の生物に同情なんて、できるわけがないだろう。」
その声からは、感情が全く見えなくて、まるで機械音声でも聞いているかのようだった。ただ、抑揚をおっているだけ、聞き覚えのある音を繋いでいるだけ。そこに、感情と呼べるものは微塵にもなく、それはまるで、私のようだった。
「そう、これ以上あなたから聞き出すことはないみたい。」
私は思ったことを吐いた。掌に昨日習得したばかりの霊力の球を創って――握りつぶした。全力で。黒々とした煙のような霊力が広がって、壁をすり抜けて、家全体を半球状に覆った。
たった今、この家は8度の結界に覆われた。どうせ、あと5分もしたら、空音ちゃん達が来るだろう。それまでに終わらすことは出来ない。だから、少しでも削る。少しでも削って、優愛ちゃんでもトドメを刺せるようにする。
「何をした?」
「結界を張ったんだよ、見てわからない?」
「結界?何だそれは。」
「あんたを覆う壁ってこと、あんたはここから出られないし、私を倒すことも出来ない。」
「お前を僕が倒せない?それは、やってみないとわからないだろう?」
「いいや、私にはわかる。お前じゃ私を倒せない。」
「何を根拠にそう思うんだ?」
「お前が、桃斬童子よりも弱いからだ。」
あくまで可愛い女子高生のままの鬼に、私はそう言った。
霊能物語第二編封鬼高校第五話「梨里」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、高評価と感想もお願いします。ブックマークもしていただけると、なお嬉しいです。では、次のお話で。




