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霊能物語  作者: Parsy.Store
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美倉紅玉

 正直な話、私は結界を張るのが得意じゃない。結界術は需要があるから、感覚で扱われることの多い霊能の世界でも、かなり理論が確立されている分野なのだ。だけど、それだけに結界術を苦手とする霊能者も多い。その原因として、第一に、あまり理論で教わることのない霊能の中で、全員が使えると言われているがばかりに、結界術を義務教育であり基礎技術のように捉えられていることが原因だと思う。

 数学が苦手なように。

 英語が苦手なように。

 会話が苦手なように。

 霊能者は、結界術が苦手なのだ。だから、未だに10度結界は解析できていないし、造れない。私は、特別苦手というわけではないが、やはり結界術が上手いかと問われれば、そうでもないと答えざるを得ない。だからこそ、紅玉くんとはあまり喋れないのかもしれない。結界術が得意な霊能者は、やっぱりどこか壊れているから。


「藤樹さん、結界術苦手だよね。」

 無礼にもそんな事を言われたのは、次の日の朝ごはんの時だった。祝日で学校がない今日は、空音ちゃんはいなくて、駿さんも、井宗さんもいなかった。食堂で、朝ごはんを1人寂しく摂っていると、律儀にも「隣、失礼」と断りをいれて座った彼は、朝ごはんのベーコンエッグを口にいれしばらく噛んだあとで、濁りのない発音でそう言った。

 正直な話、得意という自覚はなかった。かといって、苦手という自覚もなかったので、私は「何でそう思うの?」と聞き返す。

「霊能者が言うのもなんだけどさ、わかるんだよね。第六感的な感じで。」

「わかるっていうのは⋯⋯結界術が得意かどうかってこと?」

「そうそう。苦手な人って顔に書いてるんだよね。自分は結界術が苦手なんですって。」

なんだか、苦手なタイプだった。でも、彼が言っていることが当たっているような感覚があるのも事実で、薄々気づいてはいた。私は、結界術のような高度な霊力の操作技術が要求されるものが苦手なんだというのは。

「で、俺昨日の夜考えたんだよね。」

「何を?」

「何で空音ちゃんが藤樹さんを作戦から外したのか。」

それって私が強すぎるからなんじゃあ⋯⋯。

「もちろん、それもあると思う。——けどさ、こうも思わない?」

――霊力がもっと正確に操作できたなら、外されなかったんじゃないかってさ。


 紅玉くんの意見はもっともで、私に本当にそうだったんじゃないかと思わせるのには十分だった。というのも、事実として、私は共闘というものが苦手だ。誰かと一緒に闘うことができない。もちろん、村田所長は特別で、何回か一緒に闘ったことがあるが、それももう4年前の話。それ以降は誰かと共闘したことがない。

 だって誰も私の動きについてこれないし。

 基本的に足手まといだし。

 そんな子供じみた言い訳を私は自分に言い聞かせてきた。協力しなければ倒せない相手など、私に持ってくる人はいなかったし、たぶんそういう案件は所長が断っていたのだろう。そのしわ寄せがいま来ていると思ったら、その教育方針は果たしてどうだったのかとも思うが、それも彼の計画の内なのかもしれない。

――そう、私が支部の地下にある訓練場に、紅玉くんから霊力操作を教わりに行くのも、あるいはそうなのかもしれない。 

「ふーっ。」

私は、重厚感のある訓練場の扉の前で深く吸った息を吐いた。紅玉くんに霊力の操作技術を教えると言われてから30分、悩みに悩んだ(そこまで悩んでない)結界、変わる決意を固め、この扉の前に立っていた。

「よしっ!」

合わせて約80キロある扉を押す。その隙間から、何かが飛び出してきた。その何かは私のこめかみを掠めて後ろの壁にぶつかった。

――いや、刺さったという方が正確か。

「いきなり撃ってくるなんて、どういうつもり?」

私が反射的に撃ち返したら、どうするつもりだったのか。

「別に……。藤樹さんは、こんな隙間から撃ち返せないでしょ。」

失礼な。撃ち返せたかもしれないでしょうに。

「確かに、こんな隙間だと、私じゃ無理かもしれないけど、開けてから撃ち返すっていう手もある。」

「ないよ。今の藤樹さんじゃ、それは出来ない。」

「なんで?」

なぜ、そう思うのか。世界最強に対して、無礼だとは思わないのか。

「藤樹さんの霊視じゃあ、俺の霊力を探れない。」

推測、と呼ぶにはあまりにお粗末な、職人気質の多い霊能界でしか通用しないような、勘に頼った物言いだったが、それでもわかるほどに、彼にとって私の霊視はお粗末で、もしかしたら霊視と呼ぶのもおこがましいものかのかもしれない。

「当たってた?俺の霊力って弱いからさ、いや、槿花もなんだけどな。」

――俺達って、そういう家系なんだよね。

「ひたすら基礎を鍛えるか、体を鍛えるか。そのどちらもか。」

基礎で叩くか。

フィジカルで叩くか。

そのどちらもか。

霊能界における、最弱の家系であり、もっとも安定した家系。それが、彼の――いや、彼らの、出自なのだろう。安定しない霊力や霊能の才能よりも、安定したフィジカルや操作技術を売りにする。透石家や蛇崎家よりも圧倒的に技術が備わった家系それは、霊力がつかずとも霊能会を牛耳ることのできるほど大きく、蛇崎家が霊能界の家だとするならば、彼らは地面であり、前提なのだ。

「美倉家では、そういう教育がされる――教育っていうか、訓練なんだけどな。」

美倉家は、安定した霊能者の排出が強みだ。彼らが売りにする霊力の操作技術は、他の大家でも稀なレベルで、そこにはやはり血の滲むような努力が必要なのだろう。

「あと、1週間――いや、そんなに無いんだっけ?」

「紅玉くんも気づいてたんだ。」

「俺等は霊能の看破が得意だからな。すぐに気づいた。槿花も気づいてると思う。」

「私がやるから。手、出さないでね。」

「わかってる。自分の力量くらい。」


 紅玉くんとの訓練が始まった。美倉家の霊力操作技術の特徴は、主に3つ。

 1つ目は、少ない霊力でより大きな事象を引き起こすこと。変換効率をあげて、余分なエネルギーを極力抑える。それだけで霊力の効率が格段に上がる。これは正直意識の問題だから、すぐに身につくことはないらしい。

 2つ目は、その霊能の薄さ。1つ目を踏まえて引き起こされる現象は、他と比にならないほど繊細で緻密だ。おまけに、霊力の効率がいいから、長くもしくは多く減少を引き起こすことができる。

 3つ目は、身体にぴったりと合った霊力操作。霊能者の霊能は、魔法のように使われることが多いから、漫画で見るような拳や武器に霊力をまとわせて戦う人はかなりの少数派だ。もちろん霊能者は、そういう使い方もできるように訓練は受けるが、それでも実際に血を流しながら戦う人はかなり少ない。魔法みたいに射ったり、火器にまとわせて使うほうが効率もいい上に見栄えもいいのだから、そう使う人が多いのも頷けるだろう。

「せっかく的を用意したからさ、使いたかったんだけどな。……藤樹さんの操作だと訓練場が壊れちまう。」

「霊力を抑えたらいいの?」

「おう。」

私は体外に放出している霊力を抑え、体内で循環するようなイメージをした。

「あ、それくらいで大丈夫。それから、これくらいの霊力を出して手の上で転がしてみて。」

これくらい、と言いながら、紅玉くんはビー玉ほどの大きさの霊力を手に出し、球状にして手の上で転がした。

「これくらい?」

「ちょっとどころじゃなく大きいな。」

私の手には、ハンドボール程の大きさの霊力がでていた。

「もっと小さく。掌で転がるくらいの大きさに。」

――それと

「この訓練の時に目を瞑ってはいけないんだ。イメージと現実のギャップを意識しないといけないから。」

私は、恐る恐る目を開けた。その瞬間、ハンドボールほどの大きさだった霊力の球がしなり、捻れ、圧縮した。小さくなった。それも、ビー玉程の大きさに。

 コロコロという音こそたてないが、確実に私の掌で転がっているその霊力の球は、今まで使ったどんな霊力よりも美しく、透明で、繊細だった。

「綺麗。」

「見惚れて集中を切らさないで。この球を創るときは、霊力腺を激しく消耗するから、集中力が切れたらすぐに散っちゃう。」

紅玉くんの忠告通り、集中力が切れた私の霊力球はガラスが割れるような高い音とともに、割れて霧散した。

「ほらね。」

ほらね、という言葉通り、彼らはずっと、気の遠くなるほど過酷な訓練を続けて、無意識の内にこのレベルの霊力操作を行っているのだろう。それこそ、気の遠くなるような時間が必要だったに違いない。

 私は、なにかに負けたような気がした。別に、紅玉くんには負けて当然だし、彼らと私の売りは全然違うし、なんなら正反対ですらある。それでも、私の中のなにかが、この技術を渇望した。心から習得したいと思った。それは、所長が落とした雷を、私も落としてみたいと思ったときのような、そんな感情だった。私にもできるはずだ。彼らにできて、私に出来ないことが在っていいはずがない。そんな、傲慢ですらある感情が、私の中で洪水のように溢れ出た。

「私にもできるし……。」

私は、さっきの感覚を流用して、ビー玉を創った。繊細な技術だが、一度感覚を覚えてしまえば、後は容易い。その感覚を覚えるのが普通は難しいのだが、そんな訓練を、練習を積んできた私にとっては、今までと変わらないものだった。

「的を……狙うんだっけ。」

午後10時、地下訓練場で私は1人、呟いた。紅玉くんは美倉家の霊力操作技術とその詳細を書いた紙を残してとっくに訓練場を出ていってしまった。誰も、点けなかった照明は点いてないし、綺麗だった訓練場の壁も床も、操作を間違えた霊力球によって凹み、ひび割れも目立っている。

 私が最強たるゆえんは3つ。

 圧倒的な霊力量。

 柔軟な発想ができる頭。

 そして霊力を体外に出して形状を整え、発射するまでのスピード。

 この3つが揃っているからこそ、私は最強でいられると言われている。この3つのうちどれかが欠けるだけで、私は所長に負けるだろう。だが、霊力量を除いた残りの2つは、私が苦労して手に入れたものだ。たった16年で、どうやって熟練の霊能者を超えたか。

 答えは単純だ。

 誰よりも努力して、誰よりも練習した。

 所長が4時間練習していた日は、私は5時間練習した。

 所長が9時間練習した日は、私は10時間練習した。

 その努力の上で、私は世界最強として成り立っている。才能に満足していては、1番には成れない。大成したければ、努力しろ。それが、所長の口癖だ。

「ふぅー!」

 私はゆっくりと息を吐く。まっすぐに的を睨み、両手を銃の形に組む。実銃なんて見たこともないが、あくまでイメージをする。指先からあの霊力球が放たれるイメージ。そして、まっすぐに的を撃ち抜くイメージ。イメージが膨らむに連れ、指先に青白い光が溜まる。その光が、強くなって的を照らす。青と白で作られた的は、すごく頑丈そうだ。並大抵の霊能者では、あれを壊すことは出来ないだろう。紅玉くんも、出来ないはずだ。

 それを、私は紅玉くんと同じ量の霊力で完全に破壊しなければならない……。それが最強である者に課せられた宿命であり、使命なのだ。

 同じ霊力量で、撃ち抜きたければどうするか。単純な話、霊力量を硬度と速度に極ぶりすればいい。しかし速度が上がるにつれて操作性が悪くなる。形状の僅かな差で生まれる空気抵抗を大きく受けるからだ。だから、私はより正確に形状をイメージした。

 確実に撃ち抜けるように。

 軌道が曲がらないように。

 ただまっすぐに飛ぶように。

ダンッ!

 大きな音をたてて、青白い光が指先から放たれた。その光はさっきまでと打って変わって、ただただまっすぐに飛び、的の円の真ん中を、まっすぐに撃ち抜いた。撃ち抜かれた的が、少し遅れて後ろにゆっくりと倒れる。カァーンと、金属質な音をたてて倒れた的を、私は静かに見る。

 少し遅れて、私の中に喜びが湧いてきた。止めどなく溢れてくる喜びに、私は懐かしさを感じながら小さく、しかし大きくガッツポーズをする。そして、更に遅れて大きな声が、訓練場に響き渡った。


 この操作は、美倉家では基本中の基本だったが、こと私にとっては、村田所長を超えた小学5年生以来の、何よりも大きな成長だった。それは、どんな言葉よりも嬉しく、尊く、欲しかった感情の一つだった。この日私は、また一つ、孤独になった。

第二編封鬼高校の第四話「美倉紅玉」でした。お楽しみいただけたでしょうか?お楽しみいただけた方は、評価と感想もお願いします。また、誤字報告等も、常時受け付けておりますので、作品をより良くするために、見つけた方は報告お願いします。こんな番外編作ってほしいというリクエストも、Instagramの方で受け付けていますので、気軽に送ってください。

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