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霊能物語  作者: Parsy.Store
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番外編其ノ六 野田優愛

 野良の霊能者や天然の霊能者は、現代ではかなりの少数派だ。というのも、蛇崎家が霊能者の人為発生に成功して以降、次々と現在の大家とよばれる家は霊能者の人為発生に成功した。それ以外の無名の家も霊能者の人為発生に成功している家は少なくない。現在の霊能を主にしている人間はほとんどが人為発生による霊能者であり、それは第34支部においても蛇崎白や槿花に紅玉、それと井宗までかなりの数が天然の霊能者ではない。


 そもそも、天然の霊能者は自分が霊能者であることを知らない場合が大半だ。霊能界へのコネがなく、霊能界自体の情報も規制されているのだから、そもそも知る手段がない。その点でも、藤樹瑠衣は非常に幸運だったと言える。親も霊能界の人間だった藤樹瑠衣は、霊能会へのコネを生まれながらに持っていた。それこそが、彼女を最強たらしめる最大の要因だとすら言っていい。


 現代では、天然の霊能者は得体のしれない自分の力に怯えながら人生を終えるか、裏社会に引き込まれ、都合のいい駒として一生を終えるかというのがいいところである。よくてこれだ。ほぼ6割が高校生になる前に自殺する。自らの力に悩み、自らの命を絶つ。


 もう一度言おう。天然の霊能者の6割が、高校生になる前に自殺する。自らの力に悩み、自らの命を絶つ。――野田優愛はその一点においては、非常に幸運だったと言える。


 世界最強の霊能者、藤樹瑠衣と同じく生まれながらに霊力を持っていた野田優愛は、物心つく頃には怪異と会話していた。親も初めは不思議な子供だというふうに感じていたが、次第に会話が具体性を帯びていくに連れ、気味悪さを感じるようになった。


 4つになる頃には、怪異と遊ぶようになっていた。姿形こそおぼろげだったが、優愛にとって1番の友だちだった。その頃から、親は優愛には自分らには見えないものが見えているのだと、確信するようになった。確信すると同時に、彼らはそのうち、人間の友達ができれば、優愛も変わるだろうと悠長に構えていた。――人間、そう変わるものでもないのに。


 6つになる頃に、小学校へ入学した彼女に、人間の友だちができた。保育園にも幼稚園にも通っていなかった彼女は、始めこそたくさんの人間に驚いたが、帰る頃には友達が出来ていた。

「のだ……ゆあ?変な名前〜。」

「へんじゃないもん。」

 一際黒い髪色の、色白でまるで外に出たことのないような肌をしいた。華奢な体つきは、男かも、女かもわからない。三白眼のある、灰色の瞳は優愛の心に妙な懐かしさを感じさせた。細く笑うその唇はふっくらとしていて、鈴の音のような声に色気を持たせていた。

「いやいや、変だよ。烏水の回りにいないもん、優愛なんて名前。」

「でも優愛は優愛だよ?」

子供の、およそ世間知らずな会話が、優愛にはすごく新鮮で、全てが人生で初めてのことだった。


 よく、7つまでは神の内と言う。これは、子供は7歳まではいつ死ぬかわからないという意味の言葉だが、私はこの言葉を霊能者にそのまま当てはめようとしているのではない。別に、霊能者は神に愛され、神を愛し、神の内のまま死ぬのだから、いうなれば、死ぬまで神の内なのだ。霊能者といえど、神の外に出られるものはいない。藤樹瑠衣を含めて、だ。


 神の内に入っていたのは、友達の方だった。その子は、よく事故に巻き込まれる、そういう体質の子だった。もちろん、あまりに巻き込まれるものだから、入学前にお祓いにこそ行ったものの、結果はあまり良くなかったと言って障りないないものだった。科学によって日々不思議なことが不思議でなくなる時代、信じる心によって祓いの強度が変わるお祓いは、その友達にとってあまりにも意味のない、弱すぎるものだった。


友達の魂を食べるその悪魔にとっては、蚊にでも刺されたようなものだった。


 その点、野田優愛に出会ったのは、非常に幸運で、一生分の運を使ったとでも言えそうなほどだった。それも、ほんの一瞬のことだった。地元のお祓いで高名な神職ですら歯が立たない、そんな悪魔を一瞬で、それも興味本位で友達から引き剥がした。


 ペリッと、シールでも剥がすかのように。いとも簡単に。


 授業中に、なんとなく気になって。


 なんとなく暇をつぶしたくなって。


 動機は、と問われれば、本当に、その程度のことだった。ただただ力任せに、小さい悪魔を友達のうなじに噛みつく、ヤツメのような見た目をした悪魔を、力任せに引っ張って、引き剥がした。本能的に、霊力がこもっていたのだろう。しっかりと掴んで離さなかった。

「みてみて、背中についてた。」

「何が?」

「これ」

優愛は、にひひと笑って友達の背中についていた悪魔を両手で掴みながら見せた。

「だから、何がって。」

「これだよ。」

優愛は、両手を友だちの顔に思い切り近づけ、よく見えるようにした。これで、何がとは言われないだろうと、優愛はそう思った。

「何も持ってないじゃん。つまんな。」

友達は、そう吐き捨てるように言って、別の友だちのところへ行ってしまった。

 この時に初めて、優愛は自分以外に見えていないのだと知った。お母さんにも、お父さんにも、烏水にも、先生にも、クラスメイトにも、誰にも、彼にも、彼女にも。このヤツメが、あの蟲が、あの酉が、この精霊が、この狗が、そこの狸が、猫が、蛇が、蜘蛛が、猪が、私の友達が、誰にも見えていないのだと――知った。


「どうしたの?優愛ちゃん。」

「そうだぞ、なんか様子が変だぞ。」

その夜、狗と蛇がそう聞いてきた。

「みんなって、他のみんなには見えないの?」

「そうね、私達は、優愛ちゃん以外の人間には、ほとんど見えない。」

「じゃあ、なんで優愛には見えるの?」

「それはね、優愛ちゃんが神様に愛されているから。だから、私達が見える。」

「優愛は特別なんだ、俺達にとって。」

「なんで、優愛が特別なの?烏水ちゃんは?お母さんは?お父さんは?」

狗と蛇は、静かに目を逸らした。

「狗ちゃんも蛇も嫌い!みんな大嫌い!」

 あまりにも幼い言葉だった。幼くて拙い子供には、心の奥底から湧き出る孤独を、そうやって表現するしかなかった。誰よりも多くの存在に囲まれていたはずの優愛は、突如としてこの世界で唯一人の、孤独な存在になってしまった。優愛は、泣きながら部屋を出た。溢れる涙の理由は、誰にもわからなかった。なんで泣いているのかと聞いても、優愛は絶対に話そうとはしなかった。


 春が過ぎ、夏が来て、紅葉が落ちて、雪が降った。そんなのが7回繰り返される頃には、優愛の周りに人はいなくなった。見えないものを目で追う人を、好きになる人はいない。烏水も、他のクラスメイトが近づかなくなるにつれ、次第に離れていった。別にそれを咎めるつもりはなかったし、引き留めようとも思わなかった。普通の人とは分かりあえないのだと、そう自分を神格化していた。

 神聖視していた。意味もなく。

 中学2年生の時だった。環境の変化を求めて中学受験して、運よく受かった私は、電車で片道15分の学校に通っていた。別にどうってこともない、普段通りの見慣れた、通い慣れた道だった。よくある駅のフォームに、よくいるサラリーマン。よくいる観光客によくいる高校生。よくある1日の、よくある風景で、私は死ぬまでこうやってよくある人生を送っていくはずだった。

 特別は、神に愛されていることだけで十分だった。これ以上は、普通でいたかった。よくある日常を、死ぬまで送りたかった。特別なんていらない。普通でいたい。そう思いながら、私はその日特別なことをしてしまった。――普通でありたかったのに。


 学校から帰る途中、最寄りの駅内に入った私は、とあるものを見てしまった。

 体長が5メートルはあろうかという人形の化物に首を掴まれて宙に浮かぶ、同じ学校の女の子を。見てしまった。遭ってしまった、特別に。

 遭いたくなかった、できることなら、見ていないふりをして、他の人と同じように通り過ぎてしまいたかった。こんなことなら、部活にでも入っていればよかったと、そう強く思った。

 逃げたかった、正直なところ。私はそんなに強くないから。助けを求める、そんな目で見られたら、私は逃げられない。逃げるための一歩を踏み出せなかった。

「たす……けて……。」

今にも息絶えそうな、そんな声が聞こえた気がした。急に、周りの人が消えたような気がして。彼女の目が、こちらを強く強く捉えて、私だけに助けを求めている気がした。


 自然と体が動いた。鞄をおろして、狗や狸を触っているときのように、ただそこにいる化物の存在を信じて高く飛び、思い切りに殴った。強く、強く。正義感のようなものなどない。ただただ、この人を助けるためにはこれしかないのだと、そう思っただけだった。化物の身体が軽く吹き飛び、体格に合わない重さだと、素直にそう思った。

 運よく、化物が手を彼女の首から離してくれたから、私は彼女の身体が地面に落ちないように受け止め、そっと地面においた。化物は死んでいない。そう直感したからだった。激しく咳き込む彼女を尻目に、私は化物が飛んでいった方向を睨んだ。

「ゔゔゔぅゔぅゔゔぅゔ……ゔぁぁぁぁあああああ!」

そんな怒ったように鳴き、化物はドタドタと走ってこちらに突っ込んできた。間合いに入る前に、両腕を前に突き出し、全力で体当たりでもするつもりなのだろうと、手に取るようにわかった。わかったところで、体力のない私にどうこうできるものでもなく、ただただ後ろに飛びながら両腕を掴み、そうなることを信じて、右足を化物の顔面に押し付け、力を込めて頭を爆散させた。激しく飛び散った緑色の血は、制服にも付着し、霧散した。重さゆえか、何ゆえか、そこまで大した速度が出ていなかったことが救いだろう。


 どっと疲れが押し寄せ、それでも助けた子がどうなったかだけがどうしても気になって、頑張ってその子の前まで歩いたところで、「大丈夫ですか!?」と声をかけられて気絶した。目を開けたら、知らない天井ってほどでもない、学校の保健室にいて、そばで助けた子が舟を漕いでいた。あまり力の入らない手で、その子の膝に触れ、少し揺らした。

「え!?おはようございます。寝てません!」

「いや、朝じゃないし、どちらかって言うと夜だし。なんなら、放課後だから寝てもいいと思うよ?」

「そうでしたそうでした。」

至って真面目な見た目だが、授業中に寝たりもしているのだろうか。

「怪我は……ない?」

「お陰様で、絞められたあともありません。」

「それは良かった。」

よいしょと言って、私は身体を起こす。

「まだ寝ていたほうがいいんじゃ……。」

「ううん、大丈夫。たぶん。」

「患者の大丈夫は信用できないって、医療ドラマのお医者さんが言ってた。」

「医者じゃないじゃん。その人。」

俳優か、脚本家でしょ。

その時、カーテンが音を立てて開き、医療ドラマよろしくの演出で養護教諭の先生が入ってきた。個々の学校の養護教諭は珍しく男性で、筋肉マッチョだった。本人曰く、体育教師になりたかったらしい。

「起きたなら言ってよ、梨里さん。いくらここの常連だからって。割引なんてしないよ?」

保健室が割引したらまずいもんね。

「少しくらいまけてよ。筋肉が可哀想だよ。」

「え!?筋肉が泣いている!?」

筋肉は泣かないでしょ。

「ていうか、いきなり駅で激しめのパントマイムかまして倒れたって聞いたけど、野田……さん?大丈夫か?」

そういう感じに見られてたんだ。まあ、あいつが見えなきゃそうなるよね。

「はい、大丈夫そうです。ありがとうございました。」

「そう……それならいいんだけど。」

又聞きのような説明だったということは、この子が1人でここまで運んでくれたのだろうか。すごい筋力と体力だ。さすがは、保健室の常連である。

鞄も、この子が運んでくれたとだろうか、ベッドの横に置かれた鞄を取って例をもう一度言い、私は保健室を後にする。

 保健室からでてきたところをクラスメイトに見られ、なんとなく居辛さを感じて私は少し速歩き気味になりながら、校門を出た。そこで私はもう一度保健室の方をなんとなく振り返る。夕日が当たってオレンジ色の光を反射した窓からは既に光はなく、もう保健室を閉めたのだろうと思われた。私は視線を前に戻し、今度はゆっくりと歩き出す。その時だった。アスファルトで作られた校庭をローファーで走りながら、私を呼び止める声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはあの子がいた。よほどの運動不足なのだろう。走りにしてはやや遅く、それでも本人にとっては全力なのか、そのまま速度を上げることなく立ち止まった私まで走ってきた。

「野田さん、走るの速いね。」

「速歩きだったんだけど。」

「私が遅いのか。」

「うん。」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」


 あそこで逃げたら、普通じゃないんじゃないか?そんな考えに至らなければ、私は今でも普通の人生を送れていたのだろうか。ここで逃げていれば、こんなに面倒な人生にはならなかったのではないか。そうは思っても、この選択に後悔はない。


 あの場で逃げていたら、私は梨里ちゃんという親友ができなかったし、もっと広範囲に被害が出ていたのかもしれない。そう思えば、あの場における私の判断は、今後の人生においても、非常にプラスに働いたのかもしれない。どうであれ、あの化物から梨里ちゃんを助けたのは、私の人生で初めて掴めた幸運だと言える。


 でも同時に、これも言える。触らぬ神に、祟はない。触った神に、幸運があるとは限らない。

今回は予定を少し変更して、番外編「野田優愛」です。お楽しみいただけたでしょうか。少しでも面白いと思っていただけたら、高評価と感想、ブックマークもお願いします。誤字報告も常時受け付けておりますので、ぜひそちらもお願いします。

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