最強の霊能力者
「グアァァァ!」
そう叫びながら、モノノケはこちらに向かってくる。
(このモノノケで最後か……)
私は霊力をナイフに集め、モノノケの頭のような部位に突き刺す。グチョという嫌な音とともにモノノケは霧散する。
「うんうん、素晴らしい結果だね。瑠衣ちゃん。」
そう私に話しかけてきたのは、この研究所の長である村田終夜だ。
「どれくらいのタイムでしたか?所長。」
私がそう聞くと、所長は呆れたように「タイムが問題ではないんだけどね……。」とぼやきながらも、つけていた今回の記録を読み上げてくれる。
「今回の相手は、災害級のモノノケーーもとい怪異を200体で、タイムは23.38秒。もうどっちが怪異なのかわからないタイムだよ。」
(23.38秒か……昨日より2.9秒落ちたな。)
そんなことを考えている私に所長は「ついてきなさい。」と言うと、モノノケの処理室を出た。所長が処理室を出て向かった先は、来客用の棟だった。来客用の棟は普段使わないので、私達研究員の間では幻の棟と呼ばれている。ちなみに、このネーミングは怪異を研究しているくせに祟りとか何一つないことに不満を持った研究員がつけたものらしい。研究所に祟りとか一つもないことに関しては、怪異を研究している手前、そういうことはしっかりとやるのが方針である。
(幻の棟とは、珍しいところに連れてこられたな。)
「誰か来てるんですか?」
あまりの珍しさに、そう聞いた私に所長は優しい笑みを向けた。
「あってからの楽しみさ。なに、悪い話ではない。」
(この人が悪い話でないというのなら、そうなのだろう。)
そう思った私は、所長の後ろを静かについていく。
私達が所属しているこの研究所は、国が建てたものだ。当然、所長も国が選んだ人間である。所長はここに来るまでほとんど名の知られていない研究者だったが、ここに来てからの所長の追い上げはすごい。今やこの界隈で所長の名を知らない人間は、他人の論文を読んだことのない奴くらいなものだろう。
そうこう考えているうちに、目的の部屋についたようだ。私は所長に促され、中にどんな奴が居るのかと思いながら入る。
「おっ、来たね〜。始めまして、世界最強の霊能力者さん。」
中にいたのは、2人の男女だった。ちなみに、私に声をかけてきたのは女性の方だ。応接室のふかふかソファーを惜しげもなく立ち、こちらへ歩いてくる。今まで見たことないほどの可愛らしさを持った女性である。正直、この人が隣りにいたら、私は不細工もいいところだろう。それくらいに完璧な可愛らしさを持った人だ。
(強さは……、それほどでもないな。さっき倒した少し強めの怪異1体なら切り倒せるかくらいか。私なら0.001秒もあれば油断しているこいつらを殺せる。)
「そうだね〜。君なら私達をそれくらい時間があれば殺せるだろうね。」
「!!声に出ていましたか?」
こんなことを考えていたとバレたら、所長に怒られてしまう。
「いや?出てないよ?」
「ん〜?」とこちらをジロジロと見てくるその瞳には純粋とも、からかいとも取れる光が踊っていた。
「おい、空音。やめてやれよ。戸惑ってるだろ。」
いきなり男のほうが喋ったことに私は驚き、思わず戦闘態勢をとる。
「え〜、だって〜、世界最強の霊能力者なんていうから、もっと強面の男かと思ったら、こーんなに可愛い女の子なんだよ?いつもむさ苦しい男ばかりの職場で長をやってる私からしたらものすごく眼福で……。」
(いや、この人に可愛いとか言われてもな。)
「空音に可愛いとか言われても嫌味にしか聞こえないぞ。」
「そんなことないって、むしろ可愛い私に可愛いって評価されたことが嬉しいに決まってる。」
「???そうか、そうなのか。乙女心ってやつはわからんな。」
「そうだよ。まったく、これだから駿くんは高校二年生にもなって彼女の一人もできないんだよ。」
(駿くん言ってほしいこと全部言ってくれる。)
正直、駿くん好感度爆上がり中である。
「お二方、そろそろ席について本題に入っていただいてもよろしいですかな?」
ワイワイと仲良く議論を続ける二人に、所長はそう促した。
(さすが所長。頼りになる。)
「おっとっと、それもそうですね。私、すっかりと目的を見失っておりました。」
「音でごまかすんじゃないよ、すっかりにとがついたら意図して見失ったみたいになるだろ?」
「ごまかしてないよ、しっかりと見失ったんだから。」
(見失ってたんかい。)
「まぁまぁ、二人共。目的を見失ってたことについては、瑠衣ちゃんにも新しい空気でいい刺激になったことですし、いいのですよ。しかしながら、私にも予定がありまして。早く本題に入っていただけるとたすかりますなぁ。」
所長がそろそろ怒りますよと言わんばかりの圧を出して二人にそう言うとさすがに空音という人もしっかりとした面持ちで話し始めた。
「初めまして、瑠依さん。私は怪異研究所第34支部の支部長をやってる石谷空音です。」
「同じく、副支部長の陸奥守駿です。」
そう言われて渡された名刺を私は受け取り、自分のを二枚取り出して二人に渡す。
「怪異研究所本部怪異処理課の藤樹瑠衣です。よろしくお願いします。」
「これはご丁寧にどうもありがとう。」
空音という女性は、ニコニコと笑いながら、だされた名刺を受け取る。
「ありがとうございます。」
駿という男性は、真面目な顔でだされた名刺を頭を下げながら受け取った。
(空音さんが所長で駿さんが副というのは明らかな人選ミスだろう。絶対に変えるべきだ。)
「ところで、質問なんですけれども。」
名刺交換が終わったので、私は質問を投げかける。
「何かな?」
「お二人は今日、どのようなご要件でこちらへ?」
私の質問を聞いた二人の表情は、一気に険しくなった。
「え〜?早速それ聞いちゃう?」
空音ちゃんは口調こそ変わらないが、声がさっきよりも数段低くなっている。真面目な駿さんは言うまでもなく、である。
「いや、聞くでしょ、そりゃあ。」
私は、あえて空気を読まずにそのまま突っ切る。
「だ、だよね~。」
空気を読まない私に空音さんは堅い笑顔になりながらも、右に置かれたカバンから、書類を取り出して私の前に置いた。
ー第34支部管理地における5度結界の異常についてー
「なんですか?この資料は。」
怪異の処理がメインの私にはおよそ無縁と言って良いであろう結界という文字が題名に踊るその書類は、完全に畑違いというものだ。
「今、第34支部の管理地で起きている異変の中で最も大きいものだよ。」
(うん、それはなんとなく察してた。)
結界は、その強度によって1度〜10度のレベルに分けられている。そのうち5度以上の結界は、災害級や改変系などの最悪世界を滅ぼせる怪異に施されているものだ。逆に、4度以下の結界は食事の際にお箸を置いたり、部屋のドアを閉めたりなど、素人でも無意識に行っているレベルから、結界の専門でない研究員が、怪異の運搬に使うレベルのものまでである。要するに、私が使える4度結界はお遊びレベルで、5度結界以降のものとは比べ物にならないほどレベルが低すぎるのだ。
「畑違いではありませんか?」
「何が?」
頼むべき相手が違うだろうという私の指摘に対して、空音さんは何が違うのかわからないと言ったふうに首を傾げた。私は、この人じゃダメだと思い、駿さんの方に目を向ける。
「いえ、藤樹さん、あなたにしか頼めないことなのです。我々の話を聞いていただけませんか?」
(最強にしか頼めないこと?)
それならたくさんあるのだろうと、私は空音さんの方に向き直る。
「聞く気になってもらえた?」
相変わらず可愛らしい少女だが、これでも肩書を見る限りは相当なやり手の専門家らしい。聞かなくては失礼だろう。
「……まあ、それなりには聞きますけど、畑違いだったら受けませんよ?」
私の返事に満足したのか、彼女はニッコリと笑いながら「さすが最強」と呟いた。
「瑠衣さんに今回引き受けてもらいたい依頼はね、鬼殺しだよ。」
「鬼?」
あまりにも聞き慣れない、いや、聞きすぎて現実味のないワードに私は思わず聞き返した。
「うん、鬼だね。」
「鬼だよ。」
「鬼ですか。」
(そうか、鬼なのか。)
鬼ーー古くは鬼住山の伝説でその姿が確認され、一番新しいモノではコロナウイルスが鬼のせいではないかという噂によって生まれたものの発生まで確認された。しかしその存在は科学の発展によって減少傾向にあるはずだ。現に、私が今まで倒してきた鬼は皆、一様に自分以外の鬼を最後に見たのは太平洋戦争の直後一年以内にとどまっていた。そして、私自身も最後に鬼を倒したのは、5年前の小学4年生のときだ。
(鬼がまだ日本にいたとは。)
絶滅危惧種を見たがる人の気持ちがわかった気がする。
「まだ、残っていたんですね。」
「えぇ、まだ残っています。全国に30体程度ですが。」
(ほんと、この人が所長をするべきじゃないだろうか。)
「まぁ、鬼がいる問題は置いといて、話を続けてもいいかな?」
「え?あぁ……どうぞ。」
「今回の依頼で退治してもらいたい鬼はさっき駿が言っていた全国の30体程度の鬼にカウントされていない鬼なんだけど……」
「はい?」
(はて、全国の鬼のカウントに入っていない鬼?)
なんのことやらと、私は一度に大量の情報を流されたせいで頭が混乱する。
「つまり、新しく鬼が見つかったってことですよ。瑠衣ちゃん。」と、所長が教えてくれる。
「勉強し直しですね。」と、静かに呟いたのは聞かなかったことにして置こう。この間高校課程を半年間の猛勉強によって終えたばかりなのだ。勘弁してほしい。
「そう、そういうことだよ、瑠衣さん。」
(なるほど、つまり)
「今まで、あまり気にしていなかった自分たちの管理地に、突然何らかの要因によって自分たちの手に負えないレベルの鬼が現れたから、私に退治してほしい。ということですか?」
言葉を選ばなかったのは許してもらいたいところだ。私は人と関わる経験が少なかったから、こういうときにどういう言い方をしたらいいのか、わからない。
「言葉を選ばなければ、そうなるかな。」
「そうですか。」
以前、所長に見せてもらった資料によると、現在の日本において、鬼を倒せるのは私しかいない。鬼の任務なら、私の領分だろう。
「今まで、ここまで鬼を運んでもらって、それを私が毎日の怪異処分の時間に倒していたのですが、それはできないのでしょうか。」
「できないね。残念ながら。」
(ほう、これがこの人たちがわざわざ出向いた理由なのかな?)
「察しが良いね、瑠依さん。そのとおりだよ。この鬼はつい最近まで封印されていて、その鬼が封印されていた山全体に、最高レベルの10度結界が張られているの。」
「鬼はつい最近まで封印されていて、その鬼が封印されていた山全体に、最高レベルの10度結界が張られているの?」
(何を言っているのかな?)
10度結界を使える人間は現代には存在しない。かつて、安倍晴明らが活躍した時代には、それなりに存在したらしいが、それも今となっては伝承の話、10度結界は、もはや一応の物差しであり、事実上、9度結界が、現代の最高レベルの結界である。
「そ、で、失われた技術の10度結界を壊すのはもったいないじゃない?そこで、最強さんに来てもらって、中の鬼を駆逐したあとに、安全に結界の分析と技術の吸収をしてもらおうかと。」
(なる……ほど?)
「受けてくれますか?瑠依さん。」
(受けるしかないけれど。受けるしかありませんけど。)
ただ引き受けるのもなんか癪だ。よし、こうしよう。
「受けるにあたって、条件をつけさせてもらえませんか?」
「条件?」
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