第七話 仮入隊……?(2)
本隊舎前に着くなり、モモは車から降りて颯爽と逃げようとしたけど無念なことに、すぐに小澄さんに首根っこ掴まれて捕まった。
小澄さん結構強いのかもしれない。
ネオン街から少し離れた路地の中に本隊舎はあった。建物の隙間からネオン街の明るい光がチラチラと見えている。
壬本隊舎は特段変わった見た目はしておらず、周りの建物と比べても違和感がなくて馴染んでいた。
本隊舎と言われればそうだし、言われなければ周りの建物と変わらなくて本隊舎だとは思わない。その辺にあるアパートと似たような感じで、はっきり言うと地味。
「本隊舎ってもっとわかりやすいのかと思ってました」
夏夜先輩が本隊舎を見上げながら物凄くストレートに言った。
「それ俺も思った、乙の本隊舎は誰がどう見ても本隊舎だってわかりやすかったからな」
小澄さんも夏夜先輩がしたように、本隊舎を見上げながら言った。
小澄さんは依蕗姉と一緒の班だからここに来る前は乙隊にいたんだ。乙隊の隊長って依蕗姉のお兄さんの総一郎さんだったはず、ってことはあの人が依蕗姉が他の隊に行くことを許したってことなんだよね……?
「ほら、突っ立てってないで早く入るぞー」
「あ、はい!!」
考えてたら皆もう中に入ってて、小澄さんはドアを開けて待っていた。
急いで中に入ると、エントランスがあって小綺麗でありながらちょっと古い感じの内装だった。
ドアを閉めてから私を通り越して歩いていく小澄さんの後をついて歩く。
エントランス抜けるとロビーがあって、皆はもうそこにいた。
見渡す限り、年季の入ったロビーだった。
この壬町は元々昔ながらの家も多い場所だったのもあって、あえて壊さずにそのまま使っているのだろう。
「本隊舎になんて初めて来た」
「本隊所属になるか、中隊上位になるかしないと本隊舎に入ることはほとんどないものね」
滝の言う通り、隊の下の下である私は本来本隊舎に入ることは無い。入ってはいけないという規則は何も無いけど、分隊は来る理由がないからだ。
「あ"あ"あ"今すぐ帰りてぇー……」
モモは悠利さんに捕まえられながらも、必死で逃げようとしてたけど、もう無理だと思ったのか諦めたように言った。
「ほら、とやかく言わないで早く行くよ、モモ」
「……わーったよ」
モモは依蕗姉に言われて観念したのか、嫌々先に行った依蕗姉の後を着いて行った。
しかし、モモはさっきまでは依蕗姉に対して素っ気ない態度だったのに言うことだけはしっかり聞くんだ。
崎家同士会うことは多いけど、二人が会ってる姿はあまり見かけたことはないけど、小さい頃に見た二人は仲良さげだったのを覚えている。
二人の仲に何があったんだろう。
「モモ君、いぶきちの言うことは素直に聞くんだね」
「昔は仲良かったからな、あの二人」
「え、そうなの?」
七瀬さんは呟くように言った言葉に、悠利さんから返答が返ってきて、その言葉に驚いていた。
多分私の感だけど、モモと七瀬さんは今日初めて会ったはずだから、さっきの二人の様子を見たら仲良さげだったとは思えなかったのだろう。
「理由は詳しくは知らない、あおいは二人から何か聞いたこととかないか?」
「い、いえ、そういった話は全く……」
二人の会話を聞いていたら、突然こっちに飛んできたから慌てて言った。
二人の仲は気になるけれど、特に聞こうと思ったことは一度もない。向こうからも話して来たこともないし。
「ロビーで立ち話してないで早く行くぞー、きっと秀さんが遅いってご立腹だろうし」
エレベーターではなく、階段の入口前に立つ小澄さんに言われて、私達は先に歩き始めた悠利さん達の後を着いて行った。
二階まで登ると、ちょっとしたスペースが広がっていて、観能開きのドアが開いていた。
ドアの左隣には、腰ぐらいまでの棚があって、その上には壁に埋め込まれたモニターがあって、人の名前の横に当直や主張中と書かれた画面が表示されていた。
深海詠美主張中、隊長の名前だ。確か前にお父さんが、深海さんのことを絶賛していたっけ。異能を持ちながら異能を使わない戦い方をする人だと聞いた。隊長になる人達はほとんどが異能持ちなのに、その中で異能に頼らずに戦う深海さんは凄いと思うと同時に、異能が発現しなかった私は少し勿体ないなと思っていた。
「成崎さん、立ち止まってどうかしたの?」
私の後ろを着いてきていた夏夜先輩が首を傾げながら話しかけてきた。
「いえ、なんでもありません」
夏夜先輩の顔を見て答えた。
周りには夏夜先輩しかいなくて、皆はもう中に入ったのだろう。
モニターを横目に、夏夜先輩に「中に行きましょうか」と言って足を一歩出した時、中から怒鳴り声が聞こえてきた。
いきなり聞こえてきたものだから、驚いて夏夜先輩と顔を見合わせて何事かと急いで中に入った。
中に入って右奥にモニターがいくか並んだデスクテーブルがあって、その前には小澄さんに首根っこ捕まえられたモモと、普通に立ってる滝がいた。
恐らく怒鳴り声らしきものをあげたのはモニター前に座っている人だと思う。いや、思うじゃない完全にそうだ。
モモと同じ髪色と目をした人、お兄さんの秀臣さんだ。
「おい那月、お前もあいつに何とか言ってやってくれよ!! お前ら同期なんだろ!? 」
「言ってもいいですけど、無駄だと思いますよ」
「それでもいい、頼む……。あいつ無茶言い過ぎだろこれは……」
モモとの言い合いなのかと思ってたら違った。
デスクに項垂れる秀臣さん。よく見たら目にはクマができている。
秀臣さんたちが言うあいつとは誰なのだろうと考えながら、夏夜先輩とデスクの方に近づいた。
「兄貴疲れすぎだろ……」
モモは疲れきった兄を前には怒ることも出来ずに、逆に哀れんでいた。
「大丈夫……、ですか?」
私もさすがに心配だったので声をかけた。
「あぁ……、あおいか。大丈夫じゃないけど大丈夫だ」
「大丈夫じゃないですよそれ」
秀臣さんがため息をつくと、壁の奥から声が聞こえて来た。
なんで壁向こうからって思うと、よく見れば壁ではなく仕切りだった。怒鳴り声の方が気になって周りを全然見ていなかった。
依蕗姉や悠利さん、七瀬さんが見当たらないのも気づかなかったけど、仕切りの向こうにいるのか。
「皆喉乾いたでしょ、ダージリンにアールグレイ、コーヒー、いろいろあるけど何がいい? 普通のお茶もあるよ」
いろいろあってどれがいいのか分からなかったから、私達は口をそれて「お茶で」と言った。
七瀬さんが「こっちにおいで」と仕切りの向こう側に案内されて、私達四人はソファーに並んで座った。
こっちはなんだか、リビング見たいなゆったりとした場所だった。観葉植物とか何個か置いてあって、なんとキッチンスペースまである。
広さは二十帖以上ある気がする。
七瀬さんはキッチンでお茶を入れてくれている。悠利さんも、それを手伝っていた。
依蕗姉だけ姿が見当たらなくて、どこに行ったのだろう。
壬隊ってかなり緩い方だと思ってたけど、本隊もかなり緩くて納得してしまった。
「はい、お待たせ」
七瀬さんは冷たいお茶を四つ、それぞれの前に出してくれた。
悠利さんは仕切りの反対に行って、秀臣さんと小澄さん連れて戻ってくると、秀臣さんは向かい側のソファーに腰を下ろした。
悠利さんはキッチンから、湯気が出ているカップを持ってきて、それを秀臣さんの前に置いた。
「ありがとう、依蕗は?」
「そろそろ戻って来るかと」
悠利さんがそう言うと、仕切りの向こうからドンっと音がして小さいうめき声が聞こえてきた。
今声、依蕗姉だよね? どこかぶつけたのかな。
「中指かな?」
「小指だろ」
七瀬さんと小澄さんは心配する訳でもなく、賭け事をするかのように話していた。
しばらくすると、依蕗姉が来た。
先程までの戦闘服とは違い、上はジャージのジッパーを上ずに着ていて、下はジャージじゃなくてラフなズボンを履いていた。
「あの箱どうにかならないですか……?」
依蕗姉が言うあの箱ってなんだろうと思って、思い返してみると確かにちょうど仕切りの端にダンボールが置かれていたのを思い出した。
特に何にも思ってなかったけど、普段からここに居る人からしたら邪魔なのかもしれない。
「それはあいつが開きもせずに置いていったんだ、中身は知らないし見るなって言うし、どかしたらどかしたでどこにやったの? って聞いてくるからあそこに置きっぱにしてるんだ。 文句があるならあいつに直接言え、もしくはそこの那月に言え」
秀臣さんはかなりの早口で返した。
「秀さん相当疲れてますよね……、あのダンボールは深海のデスクに置いておけば何も言われずに済むんじゃないですか、機嫌が悪くなければですけど」
「……そうしてくれ」
ことを振られた小澄さんは、考えたらすぐ出るような案を出した。
秀臣さんが単純なことを思いつかないなんて、本当にかなり疲れているんだろうな。今だって気絶しそうなぐらい顔色が悪かった。
深海さんってどんな人なのか全然知らないけど、いつもニコニコとしていて、優しい人なのかと思ってたけど結構めんどくさいタイプの人なのかもしれない。
ずっと黙って話を聞いていた私達は、どうしてここに連れてこられたのか知りたいのに、いつ、どう切り出せばいいか分からなくて沈黙している。
その時、滝がお茶を一口すすって口を開いた。
「ところで、私達はどうしてここに連れてこられたんですか?」
ナイス! 滝ナイスだよ、これで理由が分かる!!
私は心の中で滝に向かって親指を立ててナイスと表現した、滝には見えないけど。
「それ! 私も気になってたんだねー!!」
七瀬さんは食い気味言った。
「え、七瀬さん知ってたんじゃないですか?」
七瀬さんは知っていると思っていたから反射的に口から出た。
「それが全然知らなくてさ、那月達も知らないんだよね?」
「聞いても教えてくれなかったからな」
小澄さんはそう言って、依蕗姉と悠利さんも知らない様子だった。
理由が気になっていると、秀臣さんはコーヒーを口元に持っていき、一口飲んでから口を開いた。
「単刀直入と言うと、お前達四人を今から本隊仮入隊とする」
意味が分からなすぎて、私達四人は同時に「え?」と声を漏らした。