第三話 無能
再び始まった校内鬼ごっこ。今回は子蜘蛛も参戦。
さぁ!逃げ切れるのか私達、勝つのはどっちだ!!
「ちょっ、さっきより蜘蛛の糸増えてない!? なんなら巣とか出来ちゃってるし、子蜘蛛多いし!! 」
三階の廊下を走りながら、三人がかりで糸とうじゃうじゃと湧き出てくる子蜘蛛を刀で斬りながら進んでるけど、全てを捌くことは到底できず。
「蜘蛛の糸に絡まれるってこういうことなんだね……」
「蜘蛛の糸に絡まれる人生になるなんて思いませんでしたよ!!」
夏夜先輩諸共もれなく全員全身蜘蛛の糸まみれ。ベトベトとして動きずらい。
蜘蛛嫌いの人がこの光景を見てしまったら気絶してしまいそうなくらい酷すぎる。
虫が苦手な方でもない私でも半泣きレベルなんだから。
帰れたらお風呂に速攻入りたい……。
「斬ってきも斬っても埒が明かねぇ!!」
「とやかく言わずに斬る! 私とモモの異能はこの状況には全く向いてないんだから斬るしかないでしょ!」
私は夏夜先輩を守ることを優先しろと言って、率先して糸と子蜘蛛を切ってくれている二人。
私に異能さえあればもっと役に立てたかもしれないのに、ごめん!!
まるでジャングルを抜けるかのようにバッサバッサと糸と子蜘蛛を斬りながら逃げ回ること十分程が経った。
四階南側廊下、たまに隠れたりもしながら変わらず走って逃げている。
途中、夏夜先輩が「他に糸とか切れる物を持ってない?」と聞いてきたので、私が持っていた短刀を渡すと、私達同様に糸を切ってくれた。
「夏夜先輩体調とか大丈夫ですか!? あと、体力とか!!」
「ピンピンしてるし問題ないよ、自慢なんだけどこう見えて結構体力あるんだよね」
「それなら良かったです!!!」
かれこれ土蜘蛛から最初に追われ初めてから一時間程は経っている。
私達は普段から訓練やらで体力があるけど、夏夜先輩はスポーツ万能ということを知っていても、こんなにも体力があったなんて意外だった。
しっかし夏夜先輩、体調変わらずケロッとしていて、邪気に対する適性が強いのかもしれない。
糸を切っていると、気づかないうちに階段付近に来ていた。
四階から上に上がると次は屋上だ。今はとにかく上がるしかない、屋上だったら最悪飛び降りて逃げることもできる。
屋上に上がってきてフェンスギリギリまで逃げるが、土蜘蛛はもう出入口のドアの所にいた。
モモが前に出て刀を構える。
「そろそろ逃げ回ってるだけじゃ限界みてぇだぜ……」
滝と私も同じく刀を構える。
私は右手て刀を持ち、左腕を夏夜先輩の前に伸ばして守る体制をして刀を構えていたけど、夏夜先輩は私の腕を持った。
「成崎さん、僕なら大丈夫だから。この天明に住んでるんだから少なからず自分の身を守ることはできる。この短刀は借りててもいいかな?」
「もちろんです!」
言葉に甘えて夏夜先輩を守る体制をやめる。戦うのに最善な体制で刀を両手で持ち直して構える。
滝は耳に着いているイヤホンに触れた。恐らく、司令塔からの連絡が入ったのだろう。
「本隊が来るまであと三分だって。それまで保てればいいんだから、無理だと思ったらまたすぐに逃げるわよ」
「一時間は逃げ回ってたんだから、三分なんて余裕!!」
「雨宵先輩! 巻き添え喰らいたくなかったら、なるべくそこから動かないようにしてくださいっすよ!!」
モモにはもう逃げるという選択肢はなく、ここで仕留めてやるという気合いが感じられた。
モモは中隊所属で、本隊への昇進を狙ってるんだから無理もない。
土蜘蛛は過去の執行データを見た時に、上級任務の欄に記載されていたのを覚えている。ここで執行できたらからには、中隊から本隊への昇進か階級の昇格どちらかは確定だ。
「うん、わかった」
夏夜先輩は短刀を握りしめて、頬に一滴の汗が流れていた。
いくら天明に住んでいても、妖魔が怖くない人なんているはずがない。夏夜先輩は不安になってる様子が全くなくて少し怖かったけど、ちゃんと心の内では不安だったのかと思うと安心した。
土蜘蛛が足を一歩、また一歩と前に出してゆっくりと近づいてくる。後ろにはぎっしりと隠れる子蜘蛛もしっかりといた。
緊張感が走り、思わず固唾を呑む。
モモも土蜘蛛と睨めっこをするように目を合わせて、私達から土蜘蛛を遠ざけようとしてか、ゆっくりと斜めに歩く。
土蜘蛛は視線でモモを追っていた。
いつもは赤点常習犯のバカなのに、本当にこういう時だけは頼れる。マジでバカなのに。
見合わせるモモと土蜘蛛。
土蜘蛛はモモの方へと軌道を変えて歩き出したその瞬間、後ろにいた子蜘蛛が溢れ出てきて色んな方向に散らばる。
この瞬間を狙ってか、土蜘蛛は光の速さでモモに向けて糸を吐き出した。
モモは子蜘蛛に気を取られることなく、土蜘蛛から吐き出された糸を縦一文字に刀を振って斬り、その勢いのまま左足で地面を蹴り土蜘蛛に真正面から近づいて刀を振る。
土蜘蛛はモモの一太刀を足で受け止めて、モモを跳ね除けた。飛ばされたモモは受身を取って膝を着いた。
「どんだけ硬いんだよ! 石並に硬すぎんだろうが!!」
モモは元気に怒声を上げている、どうやら今のところ心配無用みたいだ。
それはそうとて、こっちもこっちでやばい。
親蜘蛛は一匹であんなにも硬いのに、子蜘蛛一匹はうどんのように硬くなくて容易く切れる、問題なのは硬さじゃなくて物量。
今もなお、入口から子蜘蛛はうじゃうじゃ出てきていて、しかも校舎の壁を伝って下からも登ってきている。
何この量、アリの巣に入った気分。来てくれた本隊の人が虫苦手じゃないといいけど。本隊の人と言えど苦手だったら無理だよこれは。
「なんかちょっと吐き気してきたかも」
「気持ちはわかるけど今は斬らないと」
「それはそうだけどさぁーー!! 流石にこれはトラウマになるって……、本当に……」
「成崎さん、無理だったら下がっててもいいからね。このぐらいだったら僕でも斬れるから」
「それじゃ私が今にここにいる意味が無いじゃないですか!! いつの間にか立場逆転もしちゃってるし!!」
一夜の規則の中に、一般人の安全を優先するとあるのに対して、今のこれは真逆のことをしている気がする。
一般人に守られる執行官……、増々陰口が増えそうな……。
「こっちがダメならモモの方に加勢してきたら?」
滝がモモの方に指を向けながら言ってきた。
指をおって見てみると、地面には土蜘蛛の足が一本転がって落ちていた。
私がほざいている間に足一本切り落とせてる……。
何も出来ていないことに、焦りが募っていく。
やばい、私なんにもできてない。このままだとまた無能だとか陰口叩かれてお父さん達に迷惑かけちゃう……。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"、もう! 崎家でも無能でいいじゃんか!!!」
「今誰もそんなこと言ってないわよ」
滝の華麗なツッコミが入り、私が急に叫び出したせいで夏夜先輩はビクッと肩を震わせていた。
普通の異能家系でも異能を持たずして産まれてくる子がいるように、崎家に生まれたからって必ずしも全員が異能を持っていなくてもいいじゃんか。