第五十八話 勇者の喪失
欲の操作――それがナベリウスのなすことが出来る能力。
それは現在の所留まる事を知らず、疲労の回復だけでは飽き足らず、アルベルの貧弱な肉体を急激に一般の騎士レベルまで成長させるという離れ業を披露した。
ナベリウスの能力によって体を更に成長させたアルベルは、これまで以上の限界値を手に入れた。
「『武性解放・限界淘汰』!!」
そしてまず最初に行ったのはデルセロによる身体機能の限界を取り払う事だ。
これもまたナベリウスの能力のお陰で体の疲労が消え去ったアルベルは、いつもより力が湧き出てくるのを感じていた。
内側から湧き上がるものの感触を確実に捉え、それを実感するように手を握ったり解いたりする。
「こんなにも違うもんなのか……!!っしゃぁ!!俺も混ざるぜ!!」
もう一度気合を入れ直し、再び乱戦状態となっている伯奇の足元へと向かって走る。
負傷者が出だし、隊列が崩された今、もはや陣形の原型は無い。
だが各々の意思に変わりは無く、全員が同一の対象を倒す事だけを考えて突き進んでいる。
「『グル・シャーベ』!!……ハァ……ハァ……」
「大丈夫か!ビンスさん!氷系の魔術は貴重だ、少し休んだ方が……!」
「大……丈夫です……」
ビンスは魔力も体力も尽きかけ、膝を折りそうになったが、その体勢から持ち直した。
隣で斬撃を放っているフォルゲルは心配そうな表情を浮かべているが、その言葉に一度頷くと、自身も斬撃を繰り出すのに魔力と意識を集中させる。
「火球部隊!!次弾用意!!」
ドラードの指示が周辺に響き渡り、後衛にいる魔術を使える者達が再び炎を形成し始める。
すると火球部隊の一人が倒れるのが見えたドラードはすぐさま駆けつけ、その体を支える。
「す、すみません……」
「もう、こんなになるまで頑張っちゃって。このお馬鹿さん。――かっこよかったわよ。」
ドラードからその言葉を聞くと、満足そうな表情をして、気絶した。
気絶した火球部隊の一人を背負い回復部隊の所に連れて行く道中、残っている者に向かって叫んだ。
「オドが尽きた子は後ろに下がって休憩しなさい!その間に他の子達で開いた穴を埋めるわよ!」
「はい!!」と言葉が返ってきたのを確認すると、一時的に任せると言わんばかりの表情をビンスに向け、ビンスもそれを了承し頷く。
意思の疎通が図れると、ドラードは回復部隊まで急いだ。
「パロミデス様!!」
「応よォ!よし来たァ!!」
パロミデスは伯奇の周辺にちらばっている黄金達を集め、巨大な金塊を作り出し、そこにガヴェルドが巨大な鉄の剣を拳の形へと変化させた。
そしてパロミデスは再び拳の形の黄金を形作り、その拳がパロミデスの拳と連動して動く。
2人の形作った拳達が、今度は伯奇の胴体を襲う。
「『混剛の両拳』!!!」
パロミデスの作った黄金の拳とガヴェルドが作った鋼鉄の拳がそれぞれ、伯奇の腹部へと直撃し、閉じられた伯奇の口から大量後が吹き出される。
「よっとォ。」
血を被りながら落下してくるガヴェルドを受け止めたパロミデスは「やったなァ!」と親指を立ててみせ、ガヴェルドもそれに反応するように「あぁ」と親指を立てた。
今の二人は主従関係と言うより、ただの友人のように見えた。
「実力は流石と言わざるを得ないな……」
圧倒的な速さで走り、伯奇へ迫っているデルミアが呟く。
その速さは馬を必要としないほどに速く、そして細かな動作をいれることで飛んでくる瓦礫を躱していた。
「私ももう一太刀入れるとしよう。」
デルミアはハウンドダガーを握り直し、常人離れした跳躍力で飛び上がり、伯奇の胴体を駆け上がった。
そして眼前まで辿り着くと、横一文字にハウンドダガーを振るい、伯奇の顔全体に大きな横一線に切り傷が刻まれた。
その攻撃によって目に血液が入り、目を閉じた伯奇に更なる追い打ちをかける。
「悪いが、私の弱き戦友が全力を出しているのだ。私が気を抜くわけにはいかんのだよ。」
デルミアはそう言って少し下を見下ろした。
するとそこには無謀にも伯奇へ一人で駆け出している男がいた。
その男は弱く、何度も危機に打ちのめされ泣き言を呟いた男だった。
しかし彼女は知っている、ここで立ち止まる男ではないと。
何度絶望しても良い、その待ち受ける未来から逃げなければ、負けにはならない。
王国騎士団の教えとして、彼に何度も解いた言葉だ。
彼はそれを忠実に守っている。
その姿がこの場にいる誰よりも力と勇気を他者へ与える存在となっている事を彼本人は知らない。
「私の私情も入っている。だから私らしい意地の悪い技を貴様にくれてやる。」
デルミアは掌や足元の影、果ては伯奇の巨体が生んだ地面の影や伯奇自身の影全ての感覚を掴んだ。
それは彼女がエルフだからこそ使える魔術であり、影の中に物体を保管できる『影収納』という魔術を使う為に必要だった。
鼻からは鼻血が垂れ、忌むべきエルフの耳からも血が吹き出す。
今までこれほどの規模で魔術を行使した事が無かった事による弊害だったが、今の彼女にそれを気にしている余裕はない。
しかし顔に苦の色は見えず、自然に笑顔となっていた。
「保管庫の剣達が足りるか分からんが……伯奇よ――全身を剣で突き刺されたことはあるか……?」
デルミアはその場にある全ての影から大量の形の異なる様々な剣を出現させた。
「うおっ!なんだコレ!?」
「剣が地面から生えてきたぞ!」
「しかもこの数……100や200じゃねぇぞ!」
本来の姿に戻っているデルミアは現在、影から剣を出すことに意識を集中させることが出来ている。
1000――1400――2000――2900――3400――その数はどんどん増えていく。
その度に体中が悲鳴を上げ、その現れが鼻血や吐血だ。
デルミアは、この戦いが始まって最初の負傷がまさか自分の技によるものだとは、戦闘が始まる前は夢にも思っていなかった。
そしてそれは遂に完成し、10000を超える剣達を意識と本能に従い、解き放つ――
「『無間の剣の嵐』……!!」
出現を抑え込まれていた10000の刃達はデルミアの意識により解き放たれ、一斉に伯奇目掛けて射出された。
放たれた剣一本一本にまるで魂が乗っているかのように伯奇の体を突き刺し、大量後を吹き出させる。
ある剣は突き刺さり、ある剣は特殊な能力が備わっているため外れてもその余波で伯奇の皮膚を切り裂いた。
その他の一般的な剣も皮膚を切り裂くまではいかなくても、多少なり皮膚に傷をつけ、次に来る剣達へ意思を託し、耐久力が足りずに折れる。
しかしそれらも無駄にはならない。
また次なる剣が何重にも連なって迫りくる。
その様はこの闘いそのものを体現しているようだった。
デルミアは魔術を放ち終わると、体内のオドが完全に切れ、滑り落ちるように伯奇の頭部から落下した。
彼女の耐久力なら死ぬ事はないが、重症は免れない。
少なくとも今回のこの闘いへの再参加は出来ないだろう。
デルミアは「すまんが、後は頼むぞ……アル……」と言って目を閉じた。
――しかし、いつまで経っても地面に激突する衝撃は体にやってこない。
何かが体を支えている感覚だけが今は残っている。
デルミアは目を開けると、そこには紅色の髪の毛をし、黒い布を鼻まで持ち上げている男がいた。
普段なら今すぐにでもその男を殴り飛ばし、今までの悪行の落とし前をつけさせたい所だったが、今は体力も尽き、そんな気力も無い。
それに今は共闘中の為、手出しをすること自体許されない。
これを結んだ男の顔を潰す訳にはいかない。
「フッ……不本意だな……」
「あ?それはこっちの台詞なんだけど?アルベル君が言うから仕方無く助けただけだし。というか、誰一人負傷者出さないって約束したのに自傷するとかどういう神経してる訳?僕がアルベル君に嘘つき呼ばわりされたら申し訳無く思わないのかな?……本当なら今すぐに伯奇含め全員殺して、アルベル君とランデブーしたい所なのに、君みたいな雑魚を手伝っている僕の身にもなってほしいな。」
ナベリウスは不服そうに言う。
嘘つきがどうこうという部分と、最後の部分以外、基本的なところはデルミアの考えている事は変わらず、彼女は少しだけ可笑しくなった。
彼自身も、アルベルと交わした共闘の条件を最大限守り、これ以上負傷者が出ないように救援に回っていた。
そしてデルミアの体にもアルベルに対して行った疲労を消し去る処置をし、その場に降ろした。
「言っとくけど、オドは戻せてないから。戦うとしても魔術の行使はなるべくしないでよね。僕はアルベル君との約束で忙しいから。余計な手間増やさないでね。ほら、君の剣。」
ナベリウスは雑に持っていた剣をデルミアの目の前に投げ、地面へと突き刺した。
そして次に負傷者がいそうな場所へと砂埃を巻き上げて一瞬のうちに移動していった。
デルミアの耳は上空のアルベルとナベリウスの会話を捉えており、「あれも移動したいという欲の増幅……か。」と呟いた。
欲とは際限がなく恐ろしいな、とも思い、デルミアはハウンドダガーを地面から引き抜く。
始めは殺意しか感情を抱いていなかった相手に助けられるのはどうも変な気がする。
「さて、魔術無しの剣術だけで攻めるとしようか。体力が持つかだけが、些か疑問ではあるがな。」
デルミアもアルベルと同じく意思を新たに固め、伯奇へと向き直り、疲労の軽減した脚で再び走り出した。
「オラオラオラァ!!全員ワシに続いて斬りまくれやぁ!!」
覇気を失わずに叫びながら味方を鼓舞しているバダロは、後ろに何十人物部下を連れて伯奇の体へと傷を入れていく。
彼の後ろについている者達は、バダロの気迫や声に闘争心を震え上がらせながら、一人一人が強靭な刃となって伯奇へ攻撃を仕掛ける。
「バダロさんのお陰で力が湧いてくるぜ!」
「あぁ!!今なら何にも負ける気がしねぇ!」
「気合い入れていくぞぉ!!」
それがバダロ自身の持つスキル『鼓舞の魂』だ。
味方の心に訴えかけ、その人本来の力を少しだけ引き出す事の出来る能力である。
彼は元来、組織のトップに向いていない性格だったが、皮肉な事にこのスキルは大勢を後ろから操る人間に適した能力だった為、今まではあまり使ってこなかった。
本人は部下の誰よりも最前列で戦う事を好んでいる人物というのも挙げられる。
しかしこの状況ではそうは言っていられない。
力を引き出された討伐隊のメンバー達が次々に剣を振るい、伯奇へダメージを蓄積させる。
スキルを使用した本人も剣をクルクルと回転させ、その遠心力を利用し、自慢の腕力でぶった斬る。
他の者とは一線を画す威力の斬撃は、流石の伯奇もよろける程だった。
「さぁて、今度はどんな技が見れるかやなぁ……」
バダロはそう呟くと少し右の方に少しだけ掌を浮かべた。
するとその手をパチンと叩く男がいた。
伯奇へ向けて走っているアルベルだった。
「兄ちゃん、気張りやぁ!!」
「応よ!!」
通り過ぎ際のコンマ数秒で交わされたその会話にすら、バダロのスキルは発動しており、アルベルの身体能力は向上し、溢れ出る更なる力で伯奇へ向けて脚の回転数を上げていく。
「もっぺんぶった斬ってやるよ……!!」
伯奇の足元まで辿り着いたアルベルはその巨大な体を再び見上げ、改めて巨大さを実感する。
その額には汗が伝っているが、それが緊張によるものか、溜まり続ける疲労が漏れ出した事によるものかはアルベル本人もわからなかった。
「いい加減くたばりやがれ!!」
そう叫んだ後、アルベルは伯奇の脚を走って登り始めた。
普段の彼ならばそんな事は不可能だが、武性を解放している今はそれが可能になっていた。
その上身体機能も先程より遥かに向上している。
異世界基準で考えると以前のアルベルの身体能力は一般人と遜色なかった。
しかし今はナベリウスのお陰で一般騎士と同等の力を得ている。
一度に押し寄せる力の波に飲まれぬよう制御しながら、アルベルはその中で全力を絞り出す。
そして、頭部まで到着するまで至る所を斬り裂きながら、ようやく目の中の血が流れ出した伯奇の眼前に立ち、両の腕を組んで仁王立ちをしていた。
「よう、さっき振りだな。早速で悪ぃが片方の目ン玉、貰ってくぜ……!!」
アルベルは顔への攻撃に対処法を持っていない伯奇の目玉にデルセロを突き刺し、それを目の形にあうように球体状に斬り裂く。
目の中に溜まっている液体が一度に吹き出し、アルベルの服を汚す。
しかしそんな事を気にしていないアルベルは目の周辺を斬り裂き続け、目の周りを一周する頃には伯奇の目玉はデロンと垂れ下がっていた。
そして、最終的に身の丈の数倍もあるその球体をデルセロで突き刺し、地面へ向けて投げ捨てた。
「これで片目は見えねぇ。最初からこうすりゃ良かったんだよ」
アルベルはデルセロについてしまった血を袖で拭き取りながら言った。
このままこの魔獣王を殺す、誰もがそう思っていた。
しかし突然、アルベルの聞き覚えのある音が鳴り響く。
「ん?何だこの音……」
それは、救急車のサイレンのような音で、どうやら自身の足元で鳴っているようだ。
まだ明ける気配のない月夜にその音が鳴り響く。
耳障りなほどに大きなその音と不穏な風をアルベルの右耳はしっかりと捉えていた。
「一体何だ―――ってうぉっ!?」
突然大きく体を揺らし始めた伯奇は、頭の上に乗っているアルベルを振り落とそうと、首が折れそうな勢いで頭を振った。
左右に大きく揺れる足場で、流石にバランスを崩したアルベルは頭から振り落とされたが、デルセロの限界淘汰と、肉体の成長で怪我をすること無く地面に着地できた。
「アルベル無事か。」
デルミアが振り落とされたアルベルの元へ駆け寄ってくる。
アルベルはそのまま「大丈夫だ」と言い、伯奇を見つめている。
「いきなりどうしたってんだ……今まであんなに斬ってたのにあそこまで頭振ることなんて無かったぞ。」
「何かの予兆だろうか……ともかく一旦離れるぞ。総員、一時退避!!」
デルミアの指示に全員が耳を傾け、回復部隊や魔術部隊がいる後衛まで下がる。
全員が伯奇の異常な行動に目を見開いて状況を観察する。
伯奇はアルベルが頭から落ちてもなお首を振り続けている。
それどころか体全体を大きく揺らし、巨大な鼻や脚で周辺の大地を荒らしている。
その衝撃が後衛まで響き、その揺れは地震を彷彿とさせるものがあった。
そしてサイレンのような音も鳴り止まない。
アルベルの知識で考えるなら、自らの存在を主張しているのか、危険信号を発しているのか。
では一体誰に対して発しているのかという疑問が残る。
仲間がいる訳でも無い奴等に信号を出す相手がいるとは思えない。
それにこの情報は事前の情報の中にはなかった。
つまり伯奇が初めて見せる行動だ。
この行動が何を意味するか考察する為に、一瞬も見逃すことは出来ない。
討伐隊全員が治療を受けながらその行動に目を光らせていたその時だった。
伯奇の鼻が大きく膨れ上がり、ありえないほど膨張した。
しかし一同はそれを攻撃の構えだとは考えなかった。
それは今までの戦闘から得た経験による予測でしか無かったが、耳で事を判断し、伯奇の気配を感じ取れるアルベルが何も言わない為、一同はそれが攻撃ではないということを信じていた。
鼻の根元から膨らんでいたそれは、鼻の中部、先端付近、とどんどん外へ排出されようと前進していた。
そして、伯奇の口のような形状となっている鼻の先端から、それは大量に吹き出された。
なんとそれは、真っ白の煙のようなものだった。
自身の身体を覆い隠す程の量の煙を吐き出し、とてつもない勢いで吐き出されたそれが、討伐隊にも吹きかかる。
「毒……ではなさそうね……!!」
「でもめちゃくちゃ煙てぇぞ!!」
「ゲホッ!ゲホッ!――伯奇の様子は!?」
「無理です!煙がありすぎて観測できません!!」
一体どれほどの広さが煙に包みこまれただろう。
目と鼻の先の光景すら見えないその煙は、討伐隊を分散させるのにそう時間はかからなかった。
「くそ!!皆どこだ!!」
アルベルは叫ぶ。
すると隣りにいるであろうデルミアの叫ぶ声も聞こえた。
「この煙の中、絶対に動くな!!煙が晴れるまで待つんだ!!」
真っ当な指示が飛ぶ。
アルベルはそれに従って"方々を歩き回った"。
どこかに消えてしまった仲間を探す為にアルベルは周囲を歩いて探索した。
「皆どこにいる!!」
アルベルは煙が晴れるのが待ちきれず、走って仲間を探す。
グルグル回るように探せば、いずれ誰かとぶつかるだろうと考えたからだ。
叫びながら走り続け、薄っすらと聞こえていた皆の声は、遂に聞こえなくなった。
「くそっ!!皆も探す為に動き回ってんのか……?こういう時は動かずに煙が晴れるのを待つのが定石―――」
アルベルは自らが口にした言葉の違和感を探る。
確かデルミアはこう言った。
「この煙の中、絶対に動くな。煙が晴れるまで待つ」と。
じゃあ何で俺、今走り回って―――
アルベルが言葉の違和感に気がついた時には全てが遅かった。
背後から巨大な牙を持った鼻が伸びてきた。
そしてアルベルを飲み込もうと、とてつもない勢いの吸引をした。
「なっ!!いつの間に――!!」
アルベルはその鼻を紙一重で躱し、後方へ飛び退いた。
「へっ……!!この煙に乗じて俺を食うつもりだな……!!だが来るとわかっていれば鼻の一本程度、どうってことねぇぜ!!」
アルベルは次に伸びてくる鼻も横に跳んで躱した。
その次も、またその次も、迫りくる鼻を全ていなしながら避けていく。
しかし、ここでもまた違和感が発生する。
それは――
「んだこれ!?いくらなんでも……多すぎるぞ……!!」
アルベルの言っている事とは、鼻の吸引を避けた次の瞬間には、もう次の鼻が伸びてきている、という事だ。
それは一本では成し得ることの出来ないものだと察知し、状況を予測から確実な方へと考察し、答えを導き出そうとする。
そして、事実を纏う絶望に取り囲まれた気分だった。
次第に煙が晴れてくると、その絶望は完全なる現実へと昇華した。
「まさか……!!」
事前情報にあった事が現実として目の前に現れる。
アルベルの目の前には今、"6体に増えた"伯奇が堂々たる姿勢でアルベルを取り囲んでいた。
「分裂……!!」
振りかざし続けられる鼻の数の正体が明らかになった事で疑問が解消した感覚と、目の前の絶望感は拮抗すること無く、絶望が打ち勝つ。
大きさは小さくなっているが、アルベルが中途半端に片目だけ斬り落としたことが逆に自らを見下ろしてくる魔獣王の不気味さを一層際立たせる。
蛇に睨まれた蛙のように動けないでいると、遠くから討伐隊のメンバーの声が聞こえてくる。
「アルベル……!?」
「伯奇が……6体……!!」
「なんでそんなとこおるんや兄ちゃん!?動くな言われたやろが!!危ないぞ!!」
「それはお前も同じだ。無論、俺もだが。」
デルミアの驚きに続き、伯奇の数が増えた事による絶望を表すドラード、バダロの困惑と疑問が混ざった怒号、それを注意するガヴェルドと続いていった。
いずれにせよ、全員がバラバラの場所に移動しており、集団の面影など皆無だった。
「何故全員その場を動いている!!動くなと私は確かに命じたハズだぞ!!」
「でも確かに動くなって……って、じゃあなんで俺達は動いてしまっていたんだ?」
フォルゲルが自身の発言と聞こえてきた言葉、行った行動全てが繋がらず、困惑の声を上げた。
「そんな事より今は分裂した伯奇だ!!」
デルミアはすぐに驚きと疑問を捨て去り、総攻撃を仕掛けようとする。
その手始めとして魔術部隊が魔術を放ち先制攻撃をするが、直撃した伯奇達は討伐隊の法には目もくれず、悲鳴すら上げなかった。
彼等の視線の先には、ただただ立ち尽くしているアルベルがいた。
くっ……!!
今すぐ退かねぇと不味いのに――体が言うことを聞かねぇ!!
脚の震えが止まらねぇ、体に力が入らねぇ……!!
くそっ!!
アルベルは弱々しい力でデルセロをなんとか握っていた。
しかし、そんな威圧感に囲まれ耐えているアルベルを背後から大口を開けて喰らおうとする伯奇がいた。
魔術を直撃させたにも関わらずこちらを向かない伯奇達にアルベルから今すぐに標的を反らせることは出来ない。
「まだだぁ!!!」
デルミアは最後に体に残っているオドを振り絞って魔術を放とうとする。
しかしその瞬間に吐血し、前のめりに倒れてしまった。
限界を超えたオドを使おうとするとそれに伴う代償がある。
それが今回の場合、疲労が祟ったデルミアには吐血だったのだ。
せっかくナベリウスのお陰で消え去っていた疲労が全て戻って来る。
「くそっ……!!逃げろアルベル!!」
デルミアの必死の叫びも虚しく、アルベルは動けずにいた。
大きな牙が振り返るアルベルの眼前に迫った時、緋色の髪をした男が前に割って入った。
「ナベリウス……!!」
「大丈夫、僕がいる。」
その一言を最後に、2人は伯奇の口の中へと消えていき、伯奇は喉を鳴らして、2人を飲み込んだ。
飲み込んだ後、伯奇達は全く動く様子もなく、上を見上げ静止していた。
討伐隊の面々は目の前で起こった出来事に唖然とし、その後ジワジワと思いが溢れ出した。
「アルベル君………!!」
「嘘っ……だろォ……!?」
静かに絶望を噛みしめる彼等の中、倒れて歯ぎしりをしていた女は一際大きな声で飲まれた男の名を叫んだ。
「アルベル―――!!!!」
彼女の悲痛な叫びが夜空に響く中、伯奇達はただ不気味な程に空を見上げているだけだった。
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それではまた次回!!




