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第五十五話 救援

あとがきをちょっと追加しました

伯奇の火炎により照らされた平原。

戦闘不能になった討伐隊の負傷者、その数55名。

その内死者は26名。

生き残った者ですら全くの無傷というわけではない。

ある者は燃え盛る業火に焼かれ腕を失い、またある者は脚を失った。


通常、切断された四肢や体の部位は上位の回復魔術ならばくっつけることも可能で、再び動かすこともできるようになる。

しかし今回のように切断面を炎で焼かれてしまうと、肉体同士をつける事ができなくなってしまう。

彼等が以前と同じように闘う事はもう出来ないだろう。


そうなってしまった彼等は、自身が足手まといだと錯覚する。

だが決してそれだけではない――。




――デルミアは言う。

「人類最大の武器は心の在り方」だと。

「最後まで諦めず、下を向かずに敵を見据える勇気」だと。

彼等の目にはそれが宿っている。


騎士ではない聖流一家の面々、元王国騎士団で現在はシャーフェリアの騎士である者達。

例え道は違えど、志すものは同じだった。

誰も諦めず、自分の目を殺さない。


全員己の手で闘い、己の手で目の前の怪物を打ち取りたいと考えていた。

だが直接戦闘が続行不可能になった者は無念にも心を挫けさせない事しか出来ない。

そんな彼等の無念を新たに背負い、直接戦闘が可能な生き残った者達による、全力の反撃が始まる――。


反撃の火蓋を切ったのは一人のエルフとメイドの少女だった。


「ビンスさん!俺と同時に!」


「承知しました、フォルゲル様。」


フォルゲルは剣に風属性を再び付与し、ビンスは氷の魔術を放つ準備をする。

風がフォルゲルの剣に集結し旋風を巻き起こし、ビンスの周囲に五つの先端が鋭利な氷柱が現れる。


「『スカルシェイバー』!!」


「『シャザリ・大杭(フルパイル)』。」


フォルゲルの放った風の刃と、ビンスの放った氷柱が伯奇へと向かって飛んでいく。

それらは速度を落とさずに伯奇の胴体に狙いを定める。


「我々も行くぞ!ヤツに目にもの見せたい者はついてこい!」


「応!!」


魔術が放たれたのとほぼ同時タイミングで、デルミア達は走り出した。


先に着弾したのはフォルゲルの放った『スカルシェイバー』だった。

伯奇の表皮を斬り裂き、大量の血を出血させる。

しかし、ビンスの話が本当ならば、見た目ほどこの攻撃も効いていないだろう。


ビンスの魔術が伯奇へ迫っている間に、デルミア率いる近接部隊が再び伯奇への接近を試みる。

デルミアと共に走っているのは、パロミデス、ガヴェルド、バダロ、そしてアルベル。

他にも、走れる体力が残っている聖流一家の構成員や、シャーフェリアの騎士も数人いる。


「よく飛んでんなァ!」


「あぁ、しかしまだだ。」


「魔術は効かないんやなかったんか!いけるんかいなこれ!」


近接部隊が走っている最中、戦闘にいるデルミアは一瞬目を上に向け、ビンスが放った魔術を視界に入れた。

そしてタイミングを見計らった後に叫んで指示を出す。


「今だ!ビンス、次弾だ!」


「了解です。『グル・シャーべ』。」


デルミアの指示でビンスは次の魔術の準備をした。


『シャーべ』――『シャザリ』の上位互換の氷魔術。

消費するオドやマナの量も大きくなるが、放った氷の威力はもちろん、大きさや撃ち出す速度、耐久力や精密な氷の操作等、どれも『シャザリ』では出来ないような事が可能となる。


そしてビンスは、自らの放った『シャザリ・大杭』に向かって魔術を放った。

もちろん速度は『シャーべ』の方が早く、あっという間に追いつき、先に撃ち出していた氷柱全てを粉々に砕いた。

それを見たデルミアはまたしても叫んで指示を飛ばす。


「フォルゲル!今だ!」


「はい!『スカルシェイバー』!!」


フォルゲルは再び剣から『スカルシェイバー』を繰り出す。

そして次はビンスの放った『グル・シャーべ』めがけて飛んでいく。


「なっ!何やってんだ!?あのままじゃぶつかんぞ!あれじゃ攻撃にならねぇだろ!」


「いいんだ、これで。」


その光景を見たアルベルが思わず叫ぶ。

しかし、それを冷静に諭すようにガヴェルドが上を向いているアルベルの顔を正面へと戻す。


「いいってどういう事だよ。」


「お前は知っているか分からんが、皮肉な事に我々エルフの魔術は特殊なものが多い。『スカルシェイバー』もその内の一つだ。」


――『スカルシェイバー』。

エルフや妖精族、そして二つの種族の始祖であるガイア族が使うことの出来る魔術。

それは普通の風の刃を発生させる『シェイバー』とは見てくれは似ているが、性質が全く異なるのだ。


「『スカル』――生と死の境を別ち、それを曖昧にする。肉体や神経、魂すらも飲み込み、消し去る。」


『スカルシェイバー』がビンスの放った氷塊を斬り裂きながら通り過ぎようとする。


「あの魔術は――"魔術を喰らって強くなる"……!!」


ビンスの初撃である『シャザリ・大杭』、それを砕いた、ビンスの二撃目の『グル・シャーべ』。

そして、その両方を同時に斬り裂いたフォルゲルの放った『スカルシェイバー』は、二つの魔術のオドを取り込んで、威力を増して拡散する。


大気中のマナによって空中に留まる氷塊を『スカルシェイバー』が取り込みながら速度と威力を増して伯奇に迫る。

一粒一粒が小さな氷塊に当たり、斬撃が分裂する。

しかし威力が落ちるどころか、元々一つの巨大な斬撃である『スカルシェイバー』が、放たれた時と同じ大きさで、数百倍の斬撃の数となり、伯奇へ放たれる。

斬撃が分裂した瞬間に、ビンスの魔術のオドを吸い取って威力を増したのだ。


それが伯奇に向かって一斉に速度を増して攻めていく。

そして一撃目が着弾する。

血が大量に吹き出し、斬撃は表皮を貫通して地面にまで激突する。

着弾した瞬間、直接攻撃をした時のような悲鳴を伯奇が上げたのだ。

そこから、数百以上の風の斬撃による嵐が、伯奇の体を襲った。


伯奇に休む暇を与えず、アルベル達が伯奇に近づくまでの時間を大いに稼ぐ。

地面に激突した強化された風の斬撃は、砂埃を巻き上げ、伯奇の周辺をおおっていく。


「うぉ!まじか!あんなに強いのかよあの技!」


「練度にもよるが、基本的にはどんな魔術でも喰らう事が出来る。……ただし、使用者の実力不足だったり、使用者と相性の悪いオドやマナは吸い取ることが出来ない。ビンスとフォルゲルの相性は賭けだったが……結果的に成功した。」


アルベルは戦闘中ながら、一連の流れから、頭の中で一つの仮説を立てた。


マナやオドには相性があるのか。

相性が悪いと喰えない……って事は反発するって感じか。

んで反発するんなら、相性が良ければ引き寄せあって今回みたいな合体技の威力も上がる。

恐らくこの討伐隊の火球部隊が『複合版フル・ゴーカ』を放てるのは、同じシャーフェリアの騎士や、聖流一家という、同じコミュニティにいて元々の相性が良かったからだろう。

そのどちらでもない自然界の物であるマナは、使用者から放たれた魔術に込められているオドの濃さによっては空中に留まらせることも出来る……?

今のコンボの事を考えるとこういう事になるのだろうか。


これもまた誰も知らない事実。

アルベルは前世で、『超』が付くほどのゲームオタクで、この世界に来た時も魔術の属性に興味があった。

この戦闘時に誰も知り得ないところで、アルベルの脳みそはフル回転していた。


デルミア達が伯奇へある程度近づくと、砂埃の中から大量の血液が噴出された。

その量を見る限り、伯奇は先程よりダメージを受けているようだった。


「このまま行くぞ!全員離れず一斉攻撃だ!」


その場にいる全員が雄叫びを上げた。

そして一斉に砂埃の中へと消え、伯奇への直接攻撃を始めた。


「まずは俺の黄金で固まって貰うぜェ!」


パロミデスは再び懐から金貨を取り出した。

しかし今回の金貨の量は先程の比では無く、その数百倍は取り出していた。

そしてそれをそこら中にばら撒き、落ちた場所の音を聞いて魔術を発動させる。


「出血大サービスだァ!『ゴォン・(ロウ)』!!」


すると、ばら撒いた金貨は半液体状になり、伯奇の脚に絡みつくようにして固体化した。

黄金の先端は尖っており、伯奇の足の甲を地面ごと串刺しにして動けなくした。


「よっしゃいけェ!そう簡単には壊れねぇぜェ!」


「全員総攻撃!ヤツの体を斬り裂け!!」


パロミデスの足止めが終わり、全員がデルミアの指示を受けて一斉に跳び上がる。

全員常人離れしたような跳躍力を見せ、脚の上を走ってまた跳び、伯奇の横腹に斬撃をいれる。


アルベルも負けじとデルセロの武性を開放し、身体能力を底上げする。

通常、肉体強化を行える武性解放を何度も連続で使用していると、無理に体を動かした反動で肉体が破壊されていく。

それは武性解放時も同じだ。

武性を解放している最中でも体の痛みや苦痛は走り続ける、それが普通なのである。


しかしデルセロの場合、一度武性を開放してしまえば、肉体の疲労や傷を忘れて身体能力を強化できるのだが、武性を解除した後の痛みや衝撃は、他の肉体強化系の武性よりも圧倒的に大きい。

それが連続使用の回数や発動時間に比例するように大きくなっていき、最悪の場合死に至る。

その為アルベルは、この武性解放を戦闘終了まで解除しないと心に決めていた。

アルベルは大きく息を吸い込み、吐き出す。


「――『武性解放・限界淘汰(アンリミテッド)』……!!」


アルベルの体を光が包み込む。

体中の疲労を一時的に忘れさせ、体の内側から力が湧き出てくる。

使用回数を減らしたいのもあったが、何より死なない為に一度の解放で済ませたかった。

それが今のアルベルに出来る唯一の事だったからだ。


「喰らいやがれぇ!」


アルベルは跳び上がって他の者と同時に伯奇の体に傷をつけていく。

伯奇は様々な方向から斬り裂かれた。

デルミアの大剣による大雑把ながらも流麗な剣技、ガヴェルドの魔術と剣の連撃、バダロの腕力に物を言わせた力押しの斬撃、そしてアルベルの怒りと悲しみ、そして――己の手で伯奇と闘うことの叶わなかった者達の想いを込めた、渾身の一太刀。


先程のように討伐隊へと攻撃のターンは回ってきた。

伯奇は先程とは違い、アルベル達への反撃を欠かさない。

しかし、近接戦においては小さな人間に分があるため、伯奇はなかなか攻撃を当てることが出来なかった。


鼻から大気中のマナを吸い取ろうとすれば、パロミデスが金貨を投げて伯奇の鼻を塞ぐ。

鼻の周辺に数個の金色の輪が形成され、それが伯奇の鼻を締め付ける。


「やらせねぇよォ。」


その間に魔術での遠距離攻撃や、近距離部隊の斬撃が伯奇の体を襲う。

すると、サポートに徹していたパロミデスが、伯奇の鼻を塞ぎ終わった頃に伯奇から数十m後退した。

そして腰につけていた小型の袋を取り出した。


「そろそろ俺も反撃に入れさせてもらうぜェ。部下殺られてムカつかねぇ訳無ぇんだよォ。」


そう言って掻き上げられた前髪の下にある褐色の額に血管を浮かべながら、袋をおもむろに逆さまにひっくり返した。

するとそこから大量の金貨がジャラジャラと音を立てて現れた。

その袋には到底収まりきらないほど大量の金貨が、パロミデスの目の前に山のように積まれていた。


「なんだありゃ!めちゃくちゃ金貨出てきたぞ!」


「あれはパロミデス様の所持している『小人の腰巾着』という魔道具だ。あらかじめ入れているものが取り出せる。しかしその容量は見た目に反して馬車の荷台ほどある。」


「すげぇ……!そんなのまで闘いに使うのか。闘いに直結するものじゃないってのに。」


「使えるものは全て利用する。それが貧乏性のパロミデス様なのだ。」


ガヴェルドの説明を受けて改めてパロミデスの方を見る。

パロミデスの周りに、彼の体内からオドが視認できるほどに濃く溢れていた。


「一発殴らせろォ?ゲス野郎ォ。」


パロミデスの目の前にある黄金が先程と同様に半液体状になる。

しかし先程と違う点を上げるとすれば、金貨の量が数千倍になっていることと、金貨が光り輝いているということだった。

半液体状になった黄金はドロドロと動き出して集結していく。

それがやがて腕のようなものを形作った。


「『ゴォン・神の右拳(アウルムディオ)』!!」


パロミデスが右腕をアッパーのように振り上げると、それに連動したかのように黄金の腕が動き、伯奇の顎と思われる部位を思い切り殴り上げた。

伯奇の剥き出しになっている歯や牙がメキメキと音を立ててひび割れる。

黄金の拳の質量と、パロミデスの魔術で形作られた通常の金とは比べ物にならないほどの強度が、伯奇の顎を砕き、そして脳を揺らした。


その瞬間、伯奇は初めて膝をついて横倒れになった。

倒れた衝撃で砂埃が舞い上がり、とてつもない風圧が一同を襲う。

しかし伯奇が倒れる瞬間は誰も近くにいなかった為に、転倒に巻き込まれるものはいなかった。


「よっしゃぁ!初めてダウンしやがったぞ!」


「今の内だ!動けるヤツは追撃を仕掛けるぞ!」


ガヴェルドがそう言って伯奇へと走って近づいていく。

しかしその瞬間、アルベルは変な胸騒ぎがした。


前にも一度――こんな事があった。

倒したと思ったあの瞬間、起き上がらないと確信していたあの時のあの場。

背後から迫ってくる高温の炎。

それによって死んだ――己の父。


アルベルは、その胸騒ぎに気づいた理由や、戦闘開始前に伯奇の気配を感じ取れていたのが、己の右耳にくっつけられた『禍威の耳』と、自らの心に刻まれたトラウマのお陰あるという事に気づくのに、そう時間はかからなかった。


不穏な風が胸騒ぎの不快感を加速させる。

形容しようにも、ただただ嫌な気配としか言いようのないその場の空気に、アルベルは一瞬言葉が喉から出てこなかった。

しかし、言葉をせき止めているそれを飛び越えるような声を喉から吐き出した。


「待て!!ガヴェルド!!今はダメだ!!」


「――ッ!」


アルベルは二度も同じ悲劇は起こすまいと、ガヴェルドに向かって叫ぶ。

幸いガヴェルドにその声は届き、連れていた部下と共にアルベルの元へと戻ってきた。


「どうしたアルベル。」


「こいつはどう考えてもデジャヴだ。あいつ、今は大人しく倒れてやがるが、俺の親父が死んだ時はそうやって油断させて炎を吐いてきやがった。」


アルベルはガヴェルド越しに伯奇を睨む。

ヤツは今パロミデスが固定した脚の黄金のせいで上手く立てずにいた。

動くたびに突き刺さった黄金が赤黒く染まっていく。


「今が攻めどきだったのは分かってる。……けど、俺のトラウマと直感を信じてほしい。今攻めたら確実に炎が来る。けど多分、今までの炎を見た感じ、この距離なら炎は届かないと思う。届いたとしても威力も速度も遅いから大した脅威にはならないハズだ。」


アルベルは断言するように言う。

するとガヴェルドが感心したように「よくこの短時間で距離と威力を分析したな。」と言ってきた。

アルベルの前世での癖がまたしても密かに役に立った。


格闘ゲームやアクションゲーム、シューティングゲーム等は、敵との距離感や攻撃のパターン、範囲を知ることでそれに備えることが出来る。

特にアルベルが好んでいたアクションやシューティングは、武器の間合いや敵の弾の当たり判定を細かく知っていなければクリアが厳しいゲームが多い。

アルベルはそんなゲームをプレイし続けていたため、分析は得意な方ではあった。

あと彼に必要なのは冷静な頭と、どんなときも取り乱さずすべてを受け入れられる勇気だけだった。


「だがどうする。このままでは攻撃できんぞ。」


近づいてきたデルミアが言う。

それは確かにその通りだった。

この状況が続けば、お互いに膠着状態となってしまう。

あちらに体力を回復されるのは厄介ではあったが、こちらも負傷者の治療をする時間も欲しかった。

しかしこうしている間にもアルベルへの肉体疲労は蓄積していき、体が蝕まれていく。

すでに発動から1分半程経過している。

発動回数も考えると気絶するほどの疲労には十分過ぎた。


すると伯奇が起き上がれないのに苛ついたのか、顔だけをこちらに向けておっかない目で討伐隊を睨む。

そして鼻から大きく息を吸い込んだ。


「また火炎か。物理攻撃が出来ないからと魔術による攻撃にしてきたか。」


「でもアルベル君の予測ではここまでは届かないんだろう?」


「あぁ……正直それを盾に出来るかと言われると不安でしか無いんだけど……大丈夫なハズだ。」


アルベルはそう言うが、アルベルの右耳は、まだ不穏な風を聞き終えてはいなかった。

鳥肌が立つような嫌な気配を感じ、アルベルは咄嗟に伯奇の方を見る。

ヤツは相変わらず鼻から空気中のマナを大量に吸い込んでいる。

あれほど吸い込んでよくここら周辺が酸欠にならないなと、くだらない事が頭を一瞬よぎった。

だが一応、その嫌な気配について伝えた。


「あいつ、また炎を出してくるかもしれねぇ。念の為構えておいてくれ。万が一ってのもある。」


「分かった。――総員警戒態勢!!伯奇の攻撃に備えろ!!」


全員がその指示に従って剣を構えて腰を低く落とした。

そしてそれは突然来た。

伯奇の鼻先から吸い取られた風が留められた後、一挙に解き放たる。

しかしそれは火炎などでは無く、ただ純粋な『突風』だった。

その風の勢いは衰えることをせず、通り過ぎた地面を抉りながら討伐隊に接近する。


「――ッ!!炎じゃ無ェ!?」


アルベルや討伐隊の面々は、その光景に目を疑った。

しかしいちいち驚きを表情に出している暇はなかった。

各々は飛ばされないように踏ん張ったり突き出た岩に掴まったりした。


「テメェ等飛ばされんじゃねぇぞォ!!踏ん張りやがれェ!!」


アルベルは咄嗟にその風をデルセロで受け止めた。

他の隊員たちも急いで身構える。

接近してくるのが風だけならば防げていたかもしれない。

アルベルや他の討伐隊員の元へ迫るまでの間に抉られた地面の石や土を巻き込みながらそれは迫ってくる。


迂闊だった。

伯奇が炎を吐く時に使用していたのは何も空気中のマナだけじゃない。

吸い込んだ風に燃え盛るマナを乗せて放っていたのだ。

炎を出すのに使用していたマナを風に変換して放てば、風一つに全てが集中し、飛距離も威力も速度も段違いに上がる。

だから伯奇は炎を撃ち出す時と同じ動きで風を吐き出したのだ。


デルセロで風を防いでいる間に、手や足には凄まじい突風で威力を帯びた石や土が引切り無しに激突してくる。

ただの風に飛ばされた砂がどれ程痛いか、これを知らない少年少女はいないだろう。


それが今まさに、砂よりも更に質量を持った石や土で行われているのだ。

吹き飛ばされてきた石や土が当たった部分に激痛が走る。

小石からかなりの大きさの石。

土も先程の火炎で乾燥している為、飛ばされると目や服に入り込んでくる。


どれも拡散弾のように体中を攻撃してくる。

服の上からでも分かる土や砂の威力は、まるで巨大な針を刺されているかのようだった。


そして、飛ばされてきた小石の一つがデルセロを持っているアルベルの腕に直撃した。

メキッと嫌な音がし、腕の骨が折れたような気がした。

それだけでこの突風の威力をよく分かる。


「ぐっ……!!」


その衝撃で、アルベルは手に持っていたデルセロを吹き飛ばされた。

手から離れた斬れ味が良すぎる刃が地面へ深々と突き刺さる。


「デルセロ!!」


デルセロが手から離れた瞬間、デルセロの武性が解除された。

体から力が抜け、その後には過度な疲労だけが残る。

アルベルはその事も承知した上で無理やり武性を解放したのだ。

今更過労ごときで休んでいられない、とアルベルは体に無理をさせていた。


「――!!」


しかしその疲労は今までの比ではなかった。

体が動かないのはもちろん、胴体の痛みは指先まで広がり、少しでも動けば全身の骨が折れるような痛みがほとばしる。


「ぐがぁっ……!!ぐっ……!!」


「アルベル!!」


全身の神経という神経がズタズタになるような感覚を味わい、細胞という細胞に口が生え、ガチガチと歯で音を立てるかのように体中が震える。

勝手に震える体が痛みを強制的に引き起こす。

そんなアルベルを心配して、風に飛ばされまいとしているデルミアが心配して声を掛けるがその声はアルベルには届かない。


クソっ、痛てぇ……!!痛過ぎて……意識がトびそうだ……!


しかし疲れで気を失っている暇は無かった。

鼓膜を震わせる様な低く轟く咆哮が次弾を想起させる。

再び伯奇の鼻の先端から周囲の空気が吸い込まれていく。

そして今度は間髪入れずにそれは解き放たれる。


先程の数倍の威力で放たれたそれは、地面を抉るだけでは飽き足らず、周りにある石や土も巻き込みながら迫ってくる。

石や土が先行して飛んでくるのではなく、渦巻いた突風にそれらが混ざりながら飛んでくるのだ。

回転を加えられたそれはさながら竜巻とも言える代物だった。


回転の勢いで巻き上げられた砂粒や石が激しく衝突し合い、周囲に帯電現象を引き起こしていく。

空気中の微細な粒子さえも巻き込まれ、竜巻の中心に電荷が集約されていく感覚がある。

まるで空気そのものが引き裂かれるような音が響き、竜巻の外周に青白い閃光が瞬き始める。

見れば、その光は徐々に勢いを増し、まるで生き物のように竜巻の形をなぞるかのように蠢く。


放電が始まったのだ。

閃光が一瞬膨れ上がったかと思うと、眩い閃光が爆発的に走る。

砂塵が帯びた静電気の放電だ。

その稲妻は竜巻の中で暴れ回り、地面や空に向かって不規則に枝を伸ばしては消える。

雷鳴のような音が耳を突き、目を焼くような輝きが視界を奪う。


そして、竜巻そのものが雷を孕んだ巨大な生物のように迫ってくる。

砂と石が砕け散る音、空気が裂ける音、放電が空間を焼き尽くすような轟音が混ざり合い、地獄の饗宴を奏でている。

全身の肌が粟立つほどの静電気の圧力が、距離をも超えて感じられる。


あれはただの旋風ではなく、竜巻でもない。

魔獣の激昂を雷で体現した絶望の嵐だった。


――以前、本で読んだ禁術の一つ『絶級魔術』。

それが今、目の前にまで迫っている。



災厄の迅嵐(デルステンペスター)



「こりゃ……やべぇ……」


アルベルの本能はそう感じる。

目の前に迫る死の恐怖に心底怯える。

今更目に入ってくる砂などは気にならない。

ただただ見に映る化け物が放った禁術の威力に怯え、自然の恐ろしさと美しさを同時に噛みしめる。


そして唐突に短い今世の記憶がフラッシュバックする。

アルベルはこれが走馬灯かと、その時その存在を確信した。


−−−


生まれてから今までの全て、前世で死んでからこの世界で赤子に生まれ変わり、生まれてすぐに母親の本を読み漁った。

初めてのモンスター討伐から、フォルゲルとソーニャと出会い、今俺を殺そうとしている目の前の怪物、伯奇に襲われて父親と村人十数人を失う。


父親の仇をとるために修行をしている時に十戒の幹部と出会い、謎の力で体を十代後半程まで成長させられた。

その後殺人の濡れ衣で王都まで運ばれ、この国の王様を決める為にこの国の姫の支持者として王国騎士団に入団させられた。

その次の日には騎士団員にボコボコにされて、自分の無力さに悔しくて落ち込んだ。


その後の遠征任務で凶暴なモンスターを討伐し、国王候補者の会合、『円卓会議』で再び十戒の幹部と出くわして、自らの使命すらも忘れて憤った。


そこから急に円卓会議での非礼を詫びたいとパロミデスから声がかかり、ステンチューへと向かった。


そこまでの道中でも、街の人々の優しい嘘によって招かれた問題に首を突っ込んだり、ステンチューに到着してからも、迷宮から脱出したり、奴隷の女の子を購入して助けた。

……ステンチューでも確か落ち込んだ。


こう考えると、短い今世でも色々な事があったな。


そして、最後に脳裏に浮かび上がったのは、一目惚れし、下心から始まった忠誠を誓った、この国の姫の笑顔だった。


あれ程に儚げなのに、芯の通った表情をする女性を俺は数える程しか知らない。

記憶を失っている彼女自身が一番辛いハズなのに、他人が困っていると真っ先に手を差し伸べる優しさを持つ。

その優しさの中にある遠慮がちな頑固さも彼女の魅力だ。


ステンチューの地下迷宮内で体調が悪そうな彼女に、俺やビンスやデルミアが休めと言っても休まずに、俺達のペースに合わせようと必死になっていた。

ただでさえ自身が記憶喪失になった事で、周りに迷惑をかけていると思っている彼女は、自分が足手まといになるまいとしているのだ。


もちろんこちらはそんな事微塵も感じていない。

むしろ彼女自身が思っているより、こちらは彼女の成長や学びに驚いている。

俺が王都に来たての頃はオドオドしていた彼女だが、地下迷宮に落とされた後は、従者の俺達が傷つけられた事でパロミデスに怒りを顕にしていた。


下心……見た目が好きというだけでデルミアの提案を了承して始まったこの生活は、今となっては俺の生きがいになっていた。

だがそれも、もう終わりか。

考えてみりゃ前世で死んだ時は走馬灯もクソも無かったな。

そう考えると、この人生のがよっぽど濃くていいもんだったな。

……つーか、こんな短い間に二回も過去を振り返るだなんてなぁ……


−−−


そしてアルベルは現実へと引き戻される。

過去を振り返っている間にも目の前の情景に変化はない。

手足共に動きそうにない。

今こうやって眼球を動かしているだけでも頭痛が止まらない。


視界の端ではアルベルを助けようと他の討伐隊員がこちらへ向かってきて何かを言っている。


悪ぃな、流石に今度は無理そうだ。

……だが、俺は諦めなかったってエリナに伝えておいてくれよな。

って、口で言って無ェのに伝わる訳無ェな。


アルベルは心の中で苦笑しながら僅かに口角を上げる。

そしてその時、自分の心の中で呟いたことを思い返す。


エリナ――

あぁ……もっと、あの娘の役に立ちたかったな。


最後の未練を心で呟き、アルベルは瞳を閉じかけた。





突然、地面がうごめく。

そして自身の真下の地面から、巨大な草と樹木が土を盛り上げながら生えてきた。


「――!!」


その樹木や草が、離れたところから放たれた伯奇の強力過ぎる鼻息からアルベルを守った。

目の前に突如として現れたそれを、アルベルは驚きのあまり見つめるしか出来なかった。


全てが急な出来事の中、倒れているアルベルに声がかけられる。


「やぁ、アルベル君。久しぶりだけど、元気そうだねぇ。」


吐き気がするようなどす黒い気配。

目の前にいる魔獣王と大差ない程の濃い瘴気。

聞き馴染みたくもない、不愉快ながらも万人受けするような心地いいその声の正体を、アルベルは知っている。


「テ、テメェは……!」


膝をついてアルベルの様子を伺いながら伯奇へと目をやるその男。

不気味な程に優しい手つきでアルベルの背を擦り、視界の端で揺らぐ目障りな程に鮮明な赤い色の髪の毛が特徴的。

首元から黒い布を上げて隠している口元を、今回は謎の仮面をつけて顔全体を隠している。


しかしいくら顔を隠していようと、背を触れられる度に吐き気がする不愉快極まりないその感覚は、その人物以外の他の誰とも合致しない。


「十戒支部局長……『飢餓』の依代……"ナベリウス・ガーレイン"!!」


その予想外の人物が突然現れた事に、アルベルは驚きと怒りを通り越し、ただ言葉を失っていた。

アルベルを見つめるナベリウスは、一瞬仮面を外した。

彼の口は黒いマスクで隠れているが、気色の悪い微笑みを浮かべているという事だけはよく見ずとも確信出来た。

そしてニコニコとしながら、ありえない言葉を口にした。


「大変そうだから助けに来たよ!」


両目を閉じて顔を傾けて笑う。

アルベルにとってそれがどれほど不可解で不愉快なのかを、目の前の男は知らない。


アルベルは立ち上がりたくても力が入らず、その視線を振り払うことすらできない。

その男が放った言葉を受け入れたかのように、ただただ地面に突っ伏している事しか出来なかった――。


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