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第五十三話 伯奇討伐戦

嵐の前の静けさの如き静寂に、討伐隊の隊員それぞれの呼吸の音さえ聞こえそうだ。


全員が一つの指示を待ちながらいきり立っている。

数十mの高さから落下し、着地に成功した者は剣に手をかけ、着地に失敗した者はすぐさま後衛の者に助けられている。


荒い息、歯ぎしり、武者震い、心臓の鼓動、それら全てがこの場の全員の意志を表している。


そして、全員が待ち望んだ言葉が満を持して解き放たれる。


「全員――総攻撃!我々に着いてこい!!」


デルミアの声に野太い声が呼応するように雄々しく雄叫ぶ。

それぞれが剣を引き抜き、戦う覚悟と意志をさらけ出す。


怒号と共に馬に蹴散らされた草花が舞い上がる。

馬に乗って走る騎士達と翼足獣に乗るアルベルは、地面の感触を鋭く感じていた。


討伐隊のメンバーは、目の前の巨大な化け物の圧倒的な存在感に威圧されながも、舞い上がった草花の中、視線を周囲にめぐらせる。


前衛の近接部隊、中衛の攻めと守りの切り替えをする攻守部隊が伯奇へと接近する。

そしてそこに後衛から更なる指示が飛ぶ。


「魔術部隊、撃てぇーー!!」


ドラードのその指示に、彼の周囲を囲む聖流一家と彼に同行していた騎士が一度に魔術を放とうとする。

しかし、その指示より早く魔術を構え、既に発射している者がいた。


「『グル・シャザリ』。」


この場では場違いとしか言いようのないメイド服を着たその少女は、最上位から一段階下がった氷の魔術の名を口にした。


彼女の周囲に、限界まで凝縮されたオドが複数の巨大な氷の塊を形作り、勢いよく風を穿つようにして放たれる。


先端の尖った大木を束ねたような巨大さを誇るそれは

は、伯奇の右前脚へと突き刺さった。

滝のように血潮が吹き出し、それが周辺に雨のように降ってくる。


伯奇は脚に氷塊が突き刺さった痛みで、不愉快で巨大な悲鳴を上げた。

巨大な口を持っている事から、巨大な悲鳴も想定内だったが、想像以上の大きさだった。

伯奇の頭が高いところにあるのが唯一の救いだ。


「ナイスタイミングだ、ビンス!」


翼足獣に乗りながら血の雨を浴び、伯奇の傷跡を見つめながらアルベルは言う。


決してこの攻撃はビンスが早まった訳では無い。

これは次の攻撃への布石となる。

そして何より、敵にこの攻撃を悟られぬタイミングでビンスは氷塊を撃ち込んだのだ。


もうあと一瞬攻撃のタイミングが前後していれば、殺意と戦意を悟られ、伯奇に反撃されていただろう。

そうなれば数的有利のこの状況を作れず、逆に数的不利な状況から戦闘が始まってしまっていた。


絶妙なタイミングのその魔術による攻撃が、伯奇の意表を突き、討伐隊に先行を譲らせたのだ。


先制攻撃を出来るかどうかで、討伐隊の指揮は大きく変わってくる。

もし最初に攻撃をされれば勿論こちらの人数が減り、相手にとって有利になる。

その事で討伐隊内の指揮が下がるのは避けたかった。


しかしこの状況で先制攻撃をすれば、次の攻撃までの布石になる。

それを目指して各々が攻撃をすることで、指揮が下がらずに攻め続けることが出来る。


「次行くわよ!火球部隊!」


ドラードによる次の攻撃指示に、今度こそ聖流一家とシャーフェリアの騎士達が魔術の準備をする。


「『ダル・ゴーカ』!!」


氷塊の突き刺さった脚目掛けて火球部隊の手や杖から炎の弾が射出される。

オドが燃え盛り、周辺の酸素を燃やしながらそれは放たれた。

そして同時に放たれた周囲の火球と融合し、一つの巨大な火球へと変化する。


これは『複合版フル・ゴーカ』である。

同系統の魔術を組み合わせることで、その魔術の力を底上げすることが出来る。

小さな魔術を幾つも合わせる事で巨大な力となる……今の討伐隊を体現しているかのような技術だった。

そして、その融合した火球が伯奇の脚にある傷跡に激突する。


突撃した伯奇の脚は焼き焦げ、鼻を突き刺す嫌な臭いを周辺に撒き散らした。

ただ肉が焼けるような良い匂いなどでは無く、肉食動物特有のアンモニア臭のような異臭だった。

それだけで伯奇が何を襲い、何を食べているのか一瞬で理解出来る。


ビンスの放った氷は溶けて蒸発し、傷跡は火球部隊の放った炎で焼け焦げる。

伯奇は更なる悲鳴を上げ、その痛みを表す。


「傷跡からは水分が蒸発、オマケに焼けた傷跡の痛みは、想像を絶するだろうな……」


アルベルは憎むべき相手ながらも、伯奇の痛みを想像すると哀れに思えてきた。

しかし、こうも思う。


お前が無差別に手を出した弱くて脆い人間が、今まさにお前の命をもぎ取ろうとしてる。

命を脅かされる恐怖と、人間の底力を思い知れ……と。


「近接部隊!!私に続け!!」


前方でデルミアが叫ぶ。

前衛にいる近接部隊は、馬に乗ってデルミアに続く。

フォルゲルとガヴェルドもデルミアに並んで馬で疾走する。


「俺達も行くぞ!!」


アルベルは中衛を率いながら叫んだ。

アルベルの部隊は中衛であり、怪我人が出れば守りに徹し、怪我人が出る前は近接部隊に混ざって戦闘をする。


伯奇討伐戦は始まったばかり。

勿論怪我人もいないためアルベル率いる攻守部隊もデルミアに続いた。

中衛にはアルベルの他に、ステンチュー周辺の領主パロミデス、そしてステンチューの治安維持を目的として構成された聖流一家、その会長であるバダロがいる。

彼等もまたフォルゲルやガヴェルドに続いて走り抜ける。


守備の時は馬から降りて小回りを優先し、攻撃の時は馬に乗って機動力を重視する。

中衛は臨機応変な対応が求められる為、デルミアが慎重に選出した者が大多数だった。

そして選ばれた者達はデルミアの見立て通り、自らの判断で陣形を組み、いつでも守りに転じれるようにしていた。


「私が行くぞ。」


一番に飛びかかったのはデルミアだった。

馬から跳び上がり、伯奇の膝下に狙いをつける。

デルミアはその巨大な体からはとても想像できないような跳躍力を披露した。

流石本当の姿は身軽で力強い女騎士だ、とアルベルは心の中でニヤリと笑った。


そして伯奇の脚を真横に捉え、先程の魔術部隊によってつけられた傷跡に持っていた大剣を突き刺した。

その後突き刺した大剣を逆手に持ち、全体重を乗せて地面まで伯奇の脚の上を斬り裂きながら走り抜けた。


重力と体重とデルミアの圧倒的な腕力によるその斬撃は、伯奇の耐久力を感じさせない程に容易く斬れた。

すると伯奇の脚はみるみる斬り裂かれていき、走り抜けた後はデルミアを追うように血飛沫が吹き出す。


アルベルはその光景に伯奇と戦闘していた、父ヴェルゴと、フォルゲルの姿を思い出した。

ヴェルゴが伯奇の脚に剣を突き立て、フォルゲルの発動した重力魔術の重力によって斬り裂く。


ヴェルゴの剣術の師匠、そしてフォルゲルの母親。

デルミアの影響力と、二人の彼女への尊敬の念をアルベルは密かに感じていた。


そしてその攻撃にまたしても耳障りな悲鳴を上げた伯奇は体をうねらせ、鼻を揺らしながら苦しんだ。

地面にデルミアが着地した後、ガヴェルドも伯奇の脚にある傷跡へ飛び上がる。


「『アイン・乱斬(ミキス)』!」


ガヴェルドが剣を振るうと、周囲に無数の剣が出現し、それも伯奇の体を斬り裂いた。

まるでガヴェルドの剣の動きを追うかのような軌道で動く剣達は、伯奇の脚の表面を粉々に斬り裂いた。


「すげぇ!なんだあれ!?一瞬でめちゃくちゃ剣が出てきたぞ!」


「あれは鉄の魔術ですよ。」


ガヴェルドの放った斬撃に見とれているアルベルに答えたのは、隣を走っていたアルベル率いる部隊の内の一人で、聖流一家の者だった。


「鉄?そんな属性あんのか?」


「はい。ですがあれはガヴェルドさん専用の魔術です。他に使える人がいないし、万が一使えても鉄の塊を振り回せる人はそう簡単にいませんからね。」


ガヴェルドは魔術を放った後落下して地面に着地した。

そしてもう一撃加えようと今度は伯奇の巨大な指先に飛び乗った。


「斬るより潰した方が消耗するだろう。」


そう呟いてガヴェルドは手に持った剣を振り上げた。

必要以上に剣を握る腕が力んでいるのが目立つ。

そして


「『アイン・重圧(プレス)。』」


振り上げた剣の形状がみるみる変化していった。

元々片手剣にしては大きく太い代物だったが、その形状が、更に太く大きくなる。

剣先が異様なまでに大きく膨らみ、樽のような形状を形作った。

両端の面には尖った凹凸があり、それが触れた物体をすり潰すような仕事をするのは言わずもがなだった。


やがて剣先は2m程の長さになり、その重量も百数kgでは済まない程に大きくなっていた。

それはもはや剣では無く鈍器のような物……ハンマーと化していた。


「潰れろ。」


その巨大なハンマーを持ち上げ、ガヴェルドは力の限り振り下ろした。

直撃した伯奇の右前脚の指には、メキメキと何かが砕けるような音と共に、ハンマーがめり込んでいった。


その衝撃は脚の下にある地面にまで届き、伯奇の右前脚部分の地面には大きなヒビが入った。

指先にある鋭い爪が砕け、その破片が地面にヒビが入った衝撃で舞い上がった砂埃と共に吹き飛んだ。


指先は神経が集中している。

痛みを与えるのには最適である。

しかも伯奇の形状は名前の割には象に近しかった。

その事を不思議に思ったアルベルは、開戦前に前衛の近接部隊の部隊長に予めこう伝えていた。

「足元を攻める時は指や足の裏に攻撃を集中してくれ。」、「もしあいつが俺の知ってる生物と似たような生物的特徴を持っているのならば、そこが一番攻撃しやすくて、ダメージも大きいハズだ。」と。


伯奇の巨体を考えると、他の部位に攻撃するより与えるダメージの効率が良さそうだとアルベルは睨んでいた。

その話をアルベルから聞いたガヴェルドが実行してくれた。

そしてその打撃攻撃は、かなり効いている様子だった。


潰れた指は大量の出血を引き起こし、吹き出た血を拭いながら、ガヴェルドは走って自分の元へ来る馬へと飛び乗った。


「どうだ、手応えはあったか。」


横を並んで走っているデルミアが訊いた。

馬の手綱を握り直したガヴェルドがニヤリと笑いながら答えた。


「あぁ、アルベルの言う通りだ。小回りの利かないあいつにはかなり効いている。片足は使い物にならないだろう。」


ガヴェルドがデルミアに答えた後、二人は顔を見合わせてから散開し、それぞれの部隊の元へと戻った。

そして二人が別れた後ろから一人の男が歩いてくる。


その男は、特殊な形状の剣を片手に持ち、異様なまでの威圧感を放っていた。

それは他の何者にも向けられていない、純粋な伯奇への怒りが表れたものだった。


「……親友の仇だ……覚悟しろ!化け物!!」


フォルゲルが馬から降りて剣を両手で持って構える。

剣を握る両の腕は震え、手の甲には血管が浮きでる。


「『魔道付加(エンチャント)風刃(シェイバー)』。」


フォルゲルの特殊な形状の剣に風の属性が付与される。

高度な魔術の一つであるエンチャントをフォルゲルも使用できるという事実に、アルベルは本当にデルミアの息子なのだな、と初めて実感できた。

魔術のセンスも剣才も、母親譲りのようだ。


「『スカルシェイバー』!!」


フォルゲルの剣から放たれた風の刃が、伯奇の肉体を斬り裂く。

傷口を斬り広げられた伯奇は赤黒い雨を撒き散らす。


直接斬らなければならない大多数の隊員達と違い、遠中距離からでもリーチを無視して斬ることが出来るフォルゲルは、この戦闘にてかなり重要だということが分かる。


しかも『スカルシェイバー』はアルベルが以前一度見た事のある魔術であり、その時見たものより格段に威力が高い事が素人目にも分かるほどに大きな規模であった。


「すっげぇ……!!あん時より強いんじゃねぇか……!?」


あん時……とは、初めてフォルゲルと出会い、伯奇と戦った日の事だ。

そして同時に父を失った日でもある。

その時に見たフォルゲルの戦いぶりより大分軽やかで力強い戦い方となっている。

きっとヴェルゴを殺された怒りも相まって、力が増しているのだろう。


「まだまだ行くでぇ!!ボサっとすんなや!!」


バダロが聞き慣れない方言で味方を鼓舞し、隊列を率いて伯奇へと向かって走る。

彼の掛け声に続いて、次々と伯奇に近づいていく。


バダロが目をつけたのは伯奇の尻尾だった。

伯奇の尻尾は地面に接しており、その太く大きい尾が幸いしてか、全員が馬に乗って走り抜けてもビクともしなかった。


それにしてもこの世界の馬は現世の馬とは比べ物にならないほど感情豊かで賢く、何より身体能力が高い。

前世の世界の馬じゃ絶対にこなせないような事をサッとやってのける。

それこそ揺れ動く尻尾を登る事だって容易ではない。


「ワシ等の底力思い知れや!!」


尾から登ったバダロ率いる聖流一家の連中は、尾を剣で斬りながら本体に向かって走っていく。

血潮を被り、剣や体が重くなろうとも今更彼等は気にしない。

ただ己の闘争心に従い突き進むのみだった。


「ワシ等も総攻撃や!!」


「応!!」


聖流一家の面々は馬から飛び上がって本体を斬りつける。

背中には強靭な鎧のような皮膚がある為、そこを避けて横腹付近を斬り裂く。


「おっしゃ!!次が来る!さっさと戻るで!」


バダロの掛け声で聖流一家は一度尾の方へと引き下がる。

そして、そこからでもはっきり見える程に巨大な火炎が、伯奇に撃ち込まれようとしていた。


「火球部隊!次弾用意!……発射ぁ!!」


ドラードの声によってまたしても火球部隊の『複合版フル・ゴーカ』が伯奇に向かって放たれる。


魔術を扱う火球部隊が、いつの間にか伯奇を挟むような隊形に移動していた。

体の両方から巨大な火球で体を焼かれ、またしてもつけられた傷口を焼き焦がした。


そして間髪入れずにビンスの氷の魔術が伯奇の片脚を完全に潰すために、巨大な氷柱を作り出し解き放つ。


次から次へと様々な者達が伯奇へと斬撃を喰らわせる。

後衛の火球部隊は更にまた移動し、『複合版フル・ボーマ』を放っては移動し放っては移動を繰り返し、聖流一家やシャーフェリアの騎士達は、それぞれが自分の役割を理解しながら、着々と伯奇に攻撃を仕掛ける。


そしてアルベルにも、遂にチャンスが来た。

翼足獣に乗りながら伯奇の足元を目指している最中に、他の騎士の攻撃が落ち着いたのだ。

アルベルは手に持った父の形見であり、自分の愛刀であるデルセロを力強く握りしめ、攻撃のタイミングを見計らう。


そして攻撃をする瞬刻前、アルベルはデルセロを前に構えた。

するとデルセロは光り輝き、アルベルの体をそのまま包み込む。


「『武性解放・限界淘汰(アンリミテッド)』。」


デルセロの『武性・限界淘汰(アンリミテッド)』だ。

特別な武器には特別な性質が宿る。

それは作った本人が組み込むこともあれば、使い込んでるうちに自然と使用者の性質が組み込まれる場合がある。


デルセロの場合は前者だ。

デルセロを作り出したアルベルの父、ヴェルゴは、元王国騎士団員で現役の鍛冶師だった。

自分の息子への剣を作った時に武性を組み込んだのだ。


武性とは人工的に組み込めばそれは魔法陣と同じ扱いになる。

その為、発動条件が必須になるのだが、デルセロの武性発動条件は二つあった。


一つ目は『武性解放』と言うだけだった。

しかしもう一つが、『アルベルが使用する場合のみ』であった。

正確には武器を作り、武性を組み込む段階で、ヴェルゴは自らの血液を入れた。

そして、血液中にある遺伝子情報に従って、合致率が高い人間が手に持つ時のみ、武性を発動することが出来るようになっていた。


デルセロの武性はその名の通り使用者の限界を少し超えた身体能力を与えるものだった。

これでアルベルも並の騎士以上の戦闘能力を手に入れられるという訳だ。


アルベルは翼足獣から飛び上がり、伯奇の脚を高速で登る。

そして一気に顔面付近まで登っていく。


「アルベル!怒りに任せて無茶はするな!」


下からデルミアの声が聞こえる。

しかしアルベルにそれを気にしている暇はない。


大丈夫、俺は冷静だ。

心の中でそう答え、アルベルは伯奇の体を登り進める。


脚を通り過ぎ、肩を通り過ぎ、頭が近くなると、伯奇の鼻の上に着地した。

その位置から伯奇の目を見つめ、改めてその巨大さを認識する。


「ようクソ獏野郎。……俺はお前に会える日を待ってたぞ。」


アルベルのデルセロを握る腕は震えている。

念願の敵が目の前にいる。

全ての元凶が目の前にいる。

父親の、村の皆の仇が目の前にいる。

そんな思いでアルベルの胸はいっぱいだった。


「長い時を生きるお前からすればほんの一瞬前の話かもしれねぇし、人間の時間感覚で考えても、大した時間は経ってねぇ。……けどな、その過ごした時間の重みと、その間の俺の苦しみ!全部喰らってもらうぞ!!」


アルベルはその場で鼻にデルセロを突き刺した。

血が大量に吹き出し、伯奇は鼻を揺らした。

硬い皮膚ではあったが、デルセロでなら何の問題も無く突き刺せる。


この討伐隊の中で、彼の伯奇へ対する思いは最も大きいと言っても過言では無い。

伯奇へと刃を突き立てる彼の目は血走っている。

頭に血が上り、力む腕には血管が浮き出る。


突き刺したデルセロを力強く握り直し、デルセロで斬り裂きながら伯奇の鼻の上を走り抜けた。

鼻の付け根から鼻先まで止まらずに走る。


大量の血が吹き出し、それを被って身体中が重くなる。

刃が裂ける肉に引っかかる感覚も無い。

ただただ無心に肉を引き裂き続ける。


そして鼻先まで辿り着くと、走り抜けた勢いのまま空中に身を投げた。

伯奇の鼻は一直線上に斬り裂かれ、吹き出した血によって更に空中に押し出される。


「来い!」


アルベルが叫ぶと、すぐさま翼足獣が戦場を駆け抜け、アルベルの真下まで飛び上がった。

そしてアルベルを受け止めて地面に着地した。


着地した直後、アルベルはデルセロの武性を解除した。

解除すると武性解放のデメリットである過度な疲労がアルベルの体を襲った。


「はぁ……はぁ……す、進んでくれ……」


アルベルは翼足獣の手網を弱々しく握り、それを感じた翼足獣は前へと走り出した。

暫く翼足獣に揺られていると、疲労が引いてきた為、姿勢を正し、伯奇の方を見る。


するとまたしても討伐隊の面々が伯奇へ飛びかかって攻撃を仕掛ける。

その光景は、蟻が力を合わせて大きな獲物を狙って捕食するかのようなものだった。


ビンスの氷魔術による傷跡に、火球部隊の炎魔術で焼き焦がす。

騎士や聖流一家の剣を持つ者が直接体を斬り裂き、そこに火球部隊が炎を撃ち込む。

そんなパターン化された攻撃が繰り返される。

伯奇の目立つ傷跡は全て焼き焦げている。


いい加減この異臭にも慣れてきた。

そもそも戦闘中に臭いを気にしてられる程余裕は無いハズだった。

しかし、想定より討伐隊のターンが続く。


もしかしたら……とアルベルは微かな期待が大きくなるのを感じていた。


「こんだけ攻撃すりゃ、結構効いてんじゃねぇのか?」


アルベルは伯奇の傷の状態を見ながら言う。

血は止まらず滝のように流れ続け、周辺にはそれによって赤黒く塗りつぶされた草花が生い茂る。


足元もガヴェルドの攻撃によりヒビが入り、まともに動ける状態では無い。

爪が砕けているのを見ると、足の指の骨も砕けているだろう。

動く度に出血し、痛みを与える。

ゲームで言うスリップダメージみたいなものだろう。


片足は封じた。

先制攻撃だけで片足を潰せたのはかなり大きい。

あの巨体とはいえ、出血量を比率的に考えれば致命傷になり得るだろう。


もしかしたら戦闘における負傷者が0で終われるのかもしれない。

初動でこれだけのダメージを残せている。

これを繰り返せばあっという間に倒せるかもしれない。


アルベルはそう考えていた。

しかし、斜め後ろから聞こえてきた声の答えは違った。


「その判断は軽率かと思われます。本当に戦況を見る目がありませんね。」


アルベルは振り返る。

そしてそこにいた少女に向かって言葉を投げる。


「ビンスか。……こんだけダメージ与えてんのに俺の判断は軽率なのか?」


「はい。成果が無いとまでは言いません。しかし、欲を言えば今の攻撃で跪かせたかったところです。」


後ろから走ってきたビンスがアルベルに言う。

アルベルは目の前で起きた奇襲の内容に満足していた。

しかし、奇襲の目的と、達成までのハードルの高さに心底驚かされた。


「マジかよ!ウチの最大戦力達の総攻撃だぞ!?あんだけ血ぃ出てんのに効いてないのか!?」


「そうですね。効いてても一割削れているかどうかです。魔獣王が持っている再生能力が私達の想像を遥かに上回っているようです。……あれを見てください。」


ビンスは伯奇の傷跡を指差す。


「ありゃ最初にデルミアが斬った傷か?……って、なんだありゃ!?」


アルベルが驚いたのは、ビンスが指差した先にある伯奇の傷跡見たからだ。

デルミアが最初につけたその斬り傷。

その傷口には何か黒いものが蠢いている。

そしてその黒い何かが無くなった場所は、傷が塞がっていた。


「なんだよあれ!?殆ど治ってるじゃねぇか!」


「はい、あれは恐らく一部のモンスターに見られる……『瘡蓋』です。」


アルベルはビンスの言葉に、いつぞや無理やり取り付けられた自慢の耳を疑った。

聞き覚えしか無いその言葉がモンスター特有のものだとは思えなかったからだ。


「……お前、この期に及んで俺の事馬鹿にしてる?」


「この場だけではありません。いつも馬鹿にしております。」


「否定しろこの野郎。」


アルベルはビンスの態度に呆れた。

こんな一世一代の大勝負の場ですらふざけるだなんて……と。


「冗談はさておき、『瘡蓋』というのは肉体の再生機能が高いモンスターが持っている自己修復能力の事です。」


「え、待てよ。本当にそんな能力があんのかよ。」


「はい。瘡蓋が通った後は傷口がすぐに塞がってしまいますし、あれの皮膚を覆う体毛がオドを拡散して魔術の威力も下がっております。見た目程効いてはいないでしょう。」


「マジかよ……」


アルベルは分かりやすく肩を落とした。

これ程の攻撃を仕掛けても削れてて一割、そして大して魔術も効かない。

アルベルは揺るぐハズのない意志が一瞬揺らいだ。



本当にこんな化け物を倒せるのか。



こんな心配は灰燼となった故郷の村に置いてきたハズなのに、再び心にそんな疑念が芽吹き始めていた。


「落ち込んでる場合じゃないぜェ!アルベルゥ!」


横から馬に乗って走り抜けたパロミデスが伯奇の足元へ向かう。


「パロミデス!そんな急に迫ったら危ねぇぞ!」


「心配すんなァ!!こちとら久しぶりのゴンタで血ィ騒いでんだァ!!」


通り過ぎたパロミデスの目を一瞬見ると、本人の言葉通り血が滾っているように目を見開いていた。

光り輝く眼光が、褐色肌の彼には余計目立って見えた。

これが荒れていた頃のパロミデスの瞳なのだろうか、とアルベルは密かに感じていた。


「俺が動き止めるゥ!その内にもっぺん総攻撃仕掛けろォ!」


パロミデスの馬は他の馬より段違いに速く、疾風のように駆け抜け、伯奇の足元へと迫る。

そして懐から光り輝く金色の小さな円盤……金貨を取り出し、伯奇の足元目掛けてばら撒いた。


「固まりやがれェ!『ゴォン』!」


パロミデスがそう言うと、彼の投げた金貨が液体のように動き出し、伯奇の脚に絡みついた。


それは、アルベルがステンチューで賭け事をしていた時に引き起こしてしまったトラブルの中で一度見たものと同じだった。

地面から突然金色の半液体状の何かが湧いて出てきて、対象を包み込む。


今回の場合は金を自分から撒いていた。

そしてその撒いた金貨から今度は金色の半液体状のものが出現した。

あれがパロミデス特有の魔術なのだろうと、アルベルは確信した。

金渦巻くステンチューの領主たる片鱗がまたしても現れる。


「そらァ!もっぺん仕掛けろォ!!」


伯奇の足元から退散するパロミデスは後ろにいる近接部隊に指示を出した。

するとデルミアが呆れたように笑って呟いた。


「まったく……これでは隊列が関係無いではないか。勝手な御人だ。」


そう言ってからデルミア隊は馬を前に進めた。

それぞれが剣を振りかざし、次の攻撃に備えた。


しかし、そう全ての行いが上手くいく訳では無かった。

伯奇の眼球がギョロリと下を見下ろした。

巨大な球体が自分より圧倒的に小さな生物達の方を向く。


「……もしかして、今までは眼中にもなかったってか……!」


伯奇とようやく下から目が合う。

今まではどこか遠くを見ている様子だった。

まるで討伐隊の事など気にしていなかったかのように。

足元の蟻の作戦など、捕食者である獏が気にする訳も無い。


すると次の瞬間、謎の吸引音が夜の平原に響いた。


「なんの音だ?」


「おい見ろ!あの野郎!鼻から何か吸ってるぞ!」


伯奇の鼻から発されているその音に討伐隊は困惑した。

しかしアルベルはその音に聞いた時に、本能が黄色信号を出していた。

それはあの日絶望を与えたもの。

アルベルにとって全ての元凶となったもの。

経験と本能と禍威の耳がアルベルの脳へ訴えかけた。


「………!!皆逃げろ!!」


アルベルが叫ぶ数瞬前に、それは解き放たれた。

伯奇の鼻の先端、口のような機関があるそこから大量で巨大な燃え盛る炎の塊を噴射した。


眩い閃光が一瞬、夜の闇を消し飛ばし、辺り一帯を昼間のように照らした。


閃光とともに放たれた炎は、まるで嵐のように討伐隊を呑み込んだ。

伯奇の鼻先から吐き出されたそれは単なる火炎ではなく、生き物のようにうねりながら広がり、焼き焦がすものを求めて荒れ狂った。


「ぐああああっ!」


真っ先に火の奔流に飲まれたのは、アルベルの隣にいた隊員だった。

彼の身体は瞬く間に炎に包まれ、その叫び声が広がる火の唸りにかき消される。

肌が焼け爛れ、溶ける音さえ聞こえた。


「………!!」


アルベルは炎が直撃した、自分の背後を振り返った。

しかし、振り返ったその先に広がっていたのは、混乱と絶望の地獄絵図だった。


討伐隊の面々は、誰一人として冷静ではいられなかった。

炎の熱波に晒され、視界が真っ白に焼きつく光によって周囲が見えなくなる。

混乱した隊員がぶつかり合い、足をもつれさせたところに再び炎が襲いかかる。


「おい、助けてくれ!燃えてる、腕が――!」


片腕を炎に焼かれた男が倒れ込み、地面を転がりながら叫ぶ。

しかしその声に振り向いた仲間もまた、鼻先から吹き出した第二波の火炎に飲み込まれた。


炎はただの熱ではない。

焼き尽くされた草原が白い灰となり、燃えた空気が渦を巻いて爆風となり、逃げる者たちの背中を突き飛ばす。

アルベルは必死に地面に伏せ、咄嗟に顔を覆った。

しかし耳元を通り過ぎた熱波に、髪の一部が焼け焦げる臭いが漂う。


「あっ……あぁ……!」


彼は顔を上げ、周囲を見渡す。

しかし、辺りにはすでに討伐隊の姿はほとんどなかった。

人だったものの焼け焦げた残骸が転がり、その周囲を炎の残滓が妖しく踊っている。


その時、伯奇の低い笑い声のようなものが夜の静寂を引き裂いた。



伯奇討伐――その高過ぎる目標の終わりは、未だ見える気配を悟らせない。



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