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今までの反動




「ぬおぉぉぉ!!!!」


円卓会議があと数日に迫ったある日の事だった。

アルベルはエリナ、ビンス、デルミアの集まる食堂で大声を上げて叫んだ。


「アルベル様!?ど、どうしたのですか!?」


「急に叫ぶのはやめて下さい。エリナ様のお食事に貴方の唾液が入ったらどう責任を取るおつもりですか。」


「貴様はもっと礼儀を覚えろと教えてあるだろう。……こんな調子で本当に円卓会議に出席させてよいのだろうか……。」


エリナ以外から辛辣な言葉が飛んでくる。

しかしそれを機にしないように机に思い切り手を着いた。


「ビンス!!最初に言っておくぜ……」


「なんでしょう。」


ビンスはアルベルがこれから何を言うのかを考えながら待った。

何かしらの文句ならば、メイドとしては受け止めねばならないし、くだらない事ならば制裁を下そうと考えていた。


「………いつも美味い料理ありがとう!!」


アルベルの口から予想外の言葉が飛び出した。

先程考えていた二つのどちらでも無かった。

正直に言って、ビンスの内心は複雑だった。

感謝の言葉を言われて嬉しくない訳も無く、かと言ってアルベルの事だから何かしら企んでいる可能性も否定出来ない。

しかし今回だけは普通の感謝の言葉として受け取ることにした。


「そうですか。それはありがとうございます。これからも精進致します。」


「キッチンにいる人に対してわざわざ言わねぇけど、それを踏まえて俺の意見を聞いて欲しいんだ…!」


「お話?なんですか?」


とエリナが聞き返した。

アルベルは一息ついてから、いつになく真剣な表情で言葉を続けた。


「エリナ、ビンス、デルミア……聞いてくれ。俺はここに来てから、お前たちの料理が美味いって思ってたし、それは本当だ。だけど……どうしても懐かしい味が恋しいんだ!」


その言葉に、場の空気が一瞬固まった。

ビンスが冷静に問いかける。


「……懐かしい味、ですか?それは、アルベル様の故郷の料理、ということでしょうか?」


「そうだ!そうそう!その通り!」


テンション高く言うアルベルの言葉に、デルミアが続けた。


「だが、アルベルの故郷は王都からそう遠く離れていだろう。特殊な文化があるようには思えんのだが。」


「あぁ、いや、厳密にはそうじゃねぇんだけどよ……。とにかくな、俺の故郷で食べてた“白米”とか、“味噌汁”とか……ああ、もう一回食べたいんだよ! 俺の心がそう叫んでる!」


アルベルは一瞬、自分が転生してこの世界に来たという事を忘れてしまっていた。

それ程この世界に慣れ始めてしまったのだろう。

アルベルの切実な表情に、エリナが少し困ったように微笑む。


「ですが、アルベル様。そのような料理は聞いたことがありません。食材そのものが存在しないのでは……?」


とエリナは言った。

確かにアルベル自身も、この世界に来てから朝ごはんはパンばかりだった。

白米はおろか、調味料である味噌すら見た事がない。

食文化は西洋のままのようだった。

だが、今のアルベルの考えは違っていた。


「いや、俺も最初はそう思ってたんだ。でも最近、とあるスジから情報を聞いたんだよ。街の市場のさらに外れの方で、何やら見たこともない食材が売られてるって話をな。それが……俺の知ってるものかもしれない!」


デルミアが腕を組みながらため息をついた。


「お前は何をやっているんだ。変な事に城の情報網を使うんじゃない。………で、つまり。それを確かめに行きたいってことか?だが、あまりにも突拍子もないぞ。円卓会議も間近だというのに、そんな無茶な計画、許されるはずが――」

「だからこそ、今行くんだ!!!」


アルベルは机を叩いて立ち上がった。


「そんなに良い物なのですか?その"ハクマイ"と"ミソシル"というのは?」


アルベルはそう言ったエリナの方をとてつもない勢いで見た。

そして目に何かが宿っているかのように熱烈に語り出した。


「勿論だぜエリナ!炊きたてツヤツヤの白い米は噛めば噛む程、旨みとほんのり甘みを感じられるんだ!それでいて優しい味わいで色々な料理に使える上に、おにぎりにすれば携帯食料としても、腹に溜まるし、美味いし、味変も色々できるしで文句無しだ!味噌汁なんてな、味噌っつー万能調味料と少しのダシがあればもうそれで完璧なんだ!味噌の中に色んな物が入ってる分、その他の食材をあんまり使わなくても済むんだ。だが甘く見るなよ?食材が少なくてもそいつらが織り成す旨みのパレードは誰にも止められないぜ!そしてその中に入ってくる豆腐とわかめ!他に余分な物は一切要らねぇ!そいつらが揃えばお前等も、この国の人間も!和文化の良さを絶対に分かってくれると思うぜ!!」


アルベルが饒舌に語った。

三人はその熱量と言葉の重量に若干押し潰されていた。

しかしアルベルの熱弁は止まらなかった。


「俺は、ここでも懐かしい味を取り戻す!そして、あわよくばこの街の人たちにも教えてやりたいんだよ。故郷の素晴らしさを……!」


少しだけ頭の整理が着いた三人は冷静に今の話を思い返した。

そして三人の頭の中に一つの共通の考えが浮かんだ。

それは



『『『食べてみたい』』』



アルベルの熱弁により、自分の中に存在しない味覚が刺激される。

どのような味なのだろう、どのような見た目なのだろう、どのような匂いなのだろう。

しかし同時にとある懸念も捨て置けない。

それは、どこにあるか分からない、得体が知れないからこその恐怖。


デルミアとビンスは、エリナに得体の知れない物を食べさせられないと考え、エリナ自身はそれが何か分からない恐怖と、自分の知らない物を見たいという欲求の二つが同時に存在していた。

すると、その空気の中、エリナが口を開いた。


「アルベル様がどうしても行かれるのでしたら、お供いたします。ただし、くれぐれも無理はなさらないでくださいね。」


「おお!エリナぁ!!」


「フフ。私も食べた事のない物が気になりますので。」


するとデルミアは今日何度目か分からないため息をはいた。


「……ハァ。エリナ様が言うのなら仕方ない。二人で行かせる訳にもいかない。私も行こう。」


「デルミア!!」


デルミアはため息をつき、アルベルの顔を見た。

流石にエリナと二人だけで外に出す訳にはいかない。

円卓会議も控えている二人の弱みを誰かに見られる訳にはいかないのだ。


「で、ビンス。お前はどうする? 私も立場的には一応止めるべきだとは思うが、二人きりにさせる訳にもいかん。それに、こいつが一人で暴走して変なトラブルを起こすのはもっと面倒だろう?」


デルミアの問いかけにビンスは小さく頷く。

その顔は少しやれやれといった雰囲気を感じさせたが、その反面炊事をしている自分の知らない味覚を知りたいというのも感じれた。


「私もお付き合いします。私だけまたしても留守番なのは納得出来かねます。ですが、もしもくだらない料理だったり、変な理由で危険な目に遭わせたら、二度と料理は作りませんから。」


アルベルはその言葉に笑みを浮かべた。


「ありがとな、みんな!おっしゃぁ!これでやる気が湧いてきたぜ!じゃあ早速準備だ!“味覚の冒険”にいざ出発だぁ!」


こうして、アルベルと仲間たちは、異世界で懐かしい味を探すという一風変わった小さな旅に出ることになった。



ーーー



アルベル一行は、白米と味噌汁の材料を求めて再び街へ繰り出すことになった。

ただし、今回はいくつかの事情があった。


まず、エリナ。

彼女はこの異世界で王族に連なる姫であるため、正体がバレることは避けなければならなかった。

アルベルのような一騎士団員とは異なり、彼女が身分を隠さずに街に出ることは、それだけで危険を伴う。

だからこそ、今回は彼女に地味な茶色のローブを羽織らせ、顔には薄いベールをつけることにした。

それは前回彼女がお使いをした時に使っていた物で、エリナもそれを気に入っていた。

本人は少し恥ずかしそうにしながらも「これで目立ちませんかね……?」と控えめに尋ねる姿が印象的だった。


一方でデルミアにも変化があった。

普段は戦士としての誇りを持ち、力強く振る舞う彼女だが、民衆に知れ渡っているのは屈強な男の姿。

市場での交渉や情報収集の不利さやエリナの正体がバレる危険性。

それをアルベルに指摘され、渋々ではあったが女性らしい装いに変えることを決めた。


デルミアは普段の鎧を脱ぎ、女性的なシルエットを持つドレスの上に軽いマントを羽織り、髪を結い直して顔立ちを柔らかく見せた。

その姿に、アルベルは思わず「お前、意外と似合うじゃねぇか」と軽口を叩いたが、即座に鋭い視線を浴びて黙ることになった。


街への道中、アルベルは一行の様子を振り返りながら、心の中で苦笑した。


「まさか、こんなメンバーで街歩きをする日が来るとはな……。俺とビンスだけが普通に歩いてる気がする。」


エリナはローブを少し気にしながら、慎重に歩く。

デルミアは普段とは異なる軽やかな装いで堂々と進むが、時折スカートの動きに慣れず、足元が乱れることがあった。

それでも彼女は平然とした顔を保ち、「こんな格好、二度としないからな………!」とぼやく姿が妙に微笑ましい。


街の入り口に近づくと、門番が目を光らせているのが見えた。

アルベルは小声でエリナに耳打ちする。


「ここからは俺が先に話すから、お前はあんまり目立たないようにしてろよ。」


エリナは小さく頷き「はい、分かりました……」とローブのフードを深くかぶった。

その姿は、王女というよりも庶民の娘のように見えたが、アルベルは逆にその控えめな態度が却って目立たないか心配になる。


アルベルとビンスが門番と話をし、難なく門を通り抜けた。

そして市場に入ると、活気に満ちた人々の声と匂いが一行を包み込んだ。

アルベルはしばらく周囲を見回しながら、街の店や屋台を観察した。

デルミアは慣れないスカートに悪戦苦闘しつつも、彼女なりに警戒を怠らずに目を光らせている。


「ここでの目的は明確だ。あの“白米”と“味噌”に似た食材を見つけること。それと、次の円卓会議に持ち込める新しい情報があれば、それもだ。」


アルベルがそう言うと、エリナは少し意外そうな表情を見せた。


「アルベル様、その……目的が食材だけではないのですね。」


「まぁな。食い物だけじゃなく、こういう市場は情報の宝庫でもあるんだ。お前らも周りをよく見とけよ。」


「フッ、貴様に言われるとはな。少しは騎士としての自覚が湧いてきたか。」


「私も警戒や聞き耳を立てることに関しては怠りません。先日もアルベル様が自室でこっそり………」


「あぁぁぁぁ!!!!!なんでもないなんでもない!!!!………お前こそくだらねぇ事してんじゃねぇよ!!」


「あら、事実を申し上げただけですのに。申し訳ありませんでした。」


ビンスは悪びれた様子も無く言った。

コノヤロウ、絶対いつか泣かせてやる。

アルベルは心でそう呟きながら三人の方を改めて見た。


「そ、そんじゃあまぁ、ぼちぼち市場を見回っていくか。いいか、目印は白いつぶつぶと、茶色い粘土みたいなやつだ。一緒に行動するとはいえ、見逃すかもしれないからこの特徴をしっかり覚えておいてくれ。」


アルベルの言葉にエリナとデルミアはそれぞれ頷き、慎重に市場を歩き回り始めた。

異世界での懐かしい味を求める旅は、ただの食材探し以上に、この世界を知るための新たな一歩となりつつあった。




市場に足を踏み入れると、異世界特有の賑やかな喧騒がアルベルたちを包み込んだ。

色鮮やかな果実、香ばしい匂いを放つ焼き菓子、そして見たことのない形状の魔物の肉が並ぶ露店が、通りを埋め尽くしている。


アルベルは目を輝かせながら辺りを見渡し、興奮気味に呟いた。


「こういう市場ってのは、見てるだけでも楽しいんだよなぁ……」


「そうですね。私も城下町の事をより知れるので楽しいです!」


「……なぁ、今更なんだが、ここ最近俺の飯事情に付き合わせちまってるけど……その……いいのか?」


「本当に今更だな。ここまで来た以上、まともな物で無ければ腹を斬らせたいものだな。」


「同感です。誇張して話していたのなら貴方の分のお食事を無くしますからね。」


「い、一応同意はしてくれてんのか……?って、お?あれなんだ。」


市場の喧騒の中、アルベルの目が輝いた。通りの一角に山積みにされていた白い粒。

それは日本で見慣れた「米」にそっくりだった。


「これだ……!」


アルベルはその場に駆け寄り、白い粒をじっと見つめた。指先でつまむと、手触りもまさに米そのもの。


「おい、店主! これ、米だよな?」


露店の主は、興味深げにアルベルを見ながら笑った。


「米?なんだそりゃ。これは『サーリカ』っていう穀物だ。兄ちゃんの言ってるのとは違うぜ。」


「えっ? でも炊いたら膨らんでツヤツヤになるんだろ?」


「まあ、そうだな。ツヤツヤというかテカテカだな。」


店主の妙な物言いが少し気がかりだったが、アルベルは、もう一度白い粒を見つめ、自信に満ちた声で言った。


「絶対に米だ。日本の白米と同じに違いない。」


「そんなに疑うんなら今炊いてやるよ。少し待ってろ。」


「マジか!頼むぜ店主!」


アルベルがそう頼むと店主はサーリカを鍋に入れ、水と火加減を調整しながら炊いていた。

暫くしてから蓋の隙間から蒸気が立ち上り、期待が膨らむ。


「もう少しで炊きあがるな……!絶対に旨い白米が完成するはずだ!」


するとエリナは少し不安げに、鍋を覗き込んだ。


「アルベル様、本当にこれで良いのでしょうか……?」


デルミアは腕を組み、アルベルの横で呟く。


「おい、香りが少し変じゃないか?」


「それに何だか嫌な気配が……」


数分後、鍋の蓋を開けたアルベルの表情が固まった。鍋の中にあったのは白く膨らんだ米のようなもの……ではなく、妙に粘り気があり、どろどろに溶けた物体だった。


「さぁ出来たぞ。これがサーリカだ。」


「な、なんだこれ!? おかゆ……いや、のりみたいになってるぞ!」


アルベルは慌てて箸で掬い上げるが、それは伸びる粘着質の物体だった。


エリナが恐る恐る声をかける。


「これは……本当に食べられるものなのでしょうか……?」


「いやぁ、これが好きだなんて兄ちゃん達変わってんな。」


「変わってるって……?」


「ん?なんだ知らねぇのか?これは食える接着剤なんだよ。特定の条件下で粘り気が出て接着力が強いから重宝されてるんだ。しかも食えるから最悪食料にもなる。」


デルミアは鍋を覗き込み、眉をひそめた。


「こ、これは流石に違うのではないか……?」


「私がアルベル様に料理を作らなくなる日も近いかもしれませんね。」


アルベルはその場に膝をつき、項垂れた。


「俺の……俺の期待を返せぇぇ!」



ーーー



アルベルはガクッと方を落としながら歩いた。

早速見つけたと思っていた物が全く違うもので、ましてや食べ物ですら無かったのだ。


「し、仕方ないですよ!まだまだ始まったばかりです!気合いを入れ直しましょお!」


「まぁそんなに落ち込むな。ダメで元々のハズだろう。」


「アルベル様のお食事を作らなくていいとなりますと一人分手が空きますね。他の方の料理に手が回りそうで助かります。」


ビンス以外はアルベルの事を一応心配してくれていた。

しかし彼の目はまだ曇っていなかった。

既に他の店に目を向けていた。


「あれは……!!」


次に彼が目を留めたのは、大きな袋に入った白い穀物だった。米に似ているが、粒がやや大きく、丸みを帯びている。


「待ってろ米ぇぇ!!」

「あっ!アルベル様ぁ!」


アルベルは走って近づき、手に取ってまじまじと観察する。


「なぁ、これってどんな料理に使うんだ?」


露店の主に声をかけると、陽気な声で返答があった。


「お客さん、それは『ルーロン』っていう穀物だヨ、煮たり焼いたりして食べるけど、水で炊くとふわっと甘みが出るんダ。どうだい、試してみるかイ?」


アルベルは思わず唾を飲み込み、袋を手に取る。


「……一応聞くが、ドロっとしたり形が無くなったり、ましてや食用じゃない……とか無いよな?」


「何言ってるのオニーさん。そんなの売るわけないじゃないカ。ささ買ってっておくれヨ。」


「……そこまで言うなら今回はイケるかもしれねぇ……!ちょっと買ってみるか!」


アルベルはすぐに数袋購入し、満足そうに頷いた。

そしてアルベルは意外とあっさり手に入った米の様なものを手に、軽い足取りで歩いていた。


一方、エリナはローブのフードをしっかりと被り、少し緊張した面持ちでアルベルの後ろを歩いていた。

先日のお使いで多少は雰囲気を知ったエリナだったが、市場の賑わいには慣れていない彼女は、人混みの中で足を止めることもできず、ただついていくのが精一杯だった。


「エリナ大丈夫か?やっぱしまだ慣れてなかったか?」


「いえ、大丈夫です。それよりも、先日入団したデリーヌ家のご子息はどうですか?」


エリナが口にしたのは先日のエリナのはじめてのおつかいでなんやかんやあり出会った、エリナの父親が貧民街へ追放した貴族の息子の事だ。

見逃す代わりに王国騎士団に入団するのと、貧民街の治安維持を任せている。


「ん?あぁ、アイツか。よくやってるよ。まさかこんなすぐ後輩が出来るとは思って無かったけどなぁ〜。」


「先輩面して威張らないでくださいね。貴方だって入団して対して経過していないのですから。」


「べ、別に威張ってねぇし!ただ、ちぃよぉ〜〜っとばかしオーガトロル倒したの自慢しただけだし!」


「あのなぁ……実績は自慢してしまっては意味が無いだろうが。人々に己の知らぬ場所で噂されてこそ一流の騎士だ。公の場で己から言うものでは無いぞ。」


「ほーん……じゃあデルミアの噂を聞かねぇのはお前がまともな活躍してないからか?」


一瞬アルベル以外の全員が固まった。

普段表情を変えないビンスが珍しく頬に汗を流し、エリナも汗をかきながらデルミアの顔を見た。



「………貴様、どうやら死にたいようだな。」


そう言ってデルミアはどこからともなく彼女の大剣、ハウンドダガーを取り出した。


「ちょっ!冗談冗談!!悪かったって!!だからその物騒な物はしまってくれ!!」


「デ、デルミア!大丈夫ですって!貴女の噂は絶えない程私の耳に入ってきてますって!」


「チッ。アルベルよ、命拾いしたな。私がエリナ様の慰めが無ければ貴様を縦に六等分しているところだった。」


デルミアは再びハウンドダガーをどこかへとしまった。


「お前の場合シャレにならねぇんだよな……」


そんな日常的?な会話をしながら四人は街の商店街を見て回っていた。

見知らぬ食材や、アクセサリー等、アルベルが前世では体験できなかった『友達との買い物』の様な事が、この世界に来てようやく体験することが出来た。


道中デルミアが、「ミソを見つけた。」と言い、その方へ行ってみるとそれは馬糞だったり、今度はビンスが「ミソを見つけました。」と言い、半ば疑いながらその方へ行くと、そこには肥溜めがあったりと、ふざけ合っていた。

その度にアルベルは二人にキレ、その光景を見てエリナはあたふたとしながらも笑っていた。

そんなのもなんだか友達のようだとアルベルは感じていた。



ーーー



「味噌だけ全然見つからねぇなぁ。」


アルベル一行は休憩の為、飲食店に入っていた。

アルベルがコップに入った水を飲みながら呟いた。


「そうですね。早く見つかればいいのですが……。」


「まだ日も高いが、流石に一日潰す訳にもいかん。ビンスは居ないことを伝えてあるが、私やエリナ様、アルベルが居ないとは伝えていない。アルベルに頼る者など居ないだろうが、エリナ様や私に頼る者は大勢いるだろう。」


「おいおい、エラく自信満々だなコノヤロウ。」


「事実ですので。私も今日はサボりました。同類ですね、アルベル様。」


「誰がサボり魔だ!別に訓練とか見回りとかサボっちゃいねぇだろ!」


「……すみません。私、御手洗に行ってまいります。」


「おう、んじゃドアの前で待ってるぜ。」


エリナの護衛も兼ねてアルベルがエリナをトイレまで送ろうとしていた。

しかしデルミアはアルベルの事を止めた。


「……いや、やめとけ。ここでエリナ様について行くのはどう考えても不自然だ。逆に重役か何かだと疑われかねない。」


「いや、でもよ……」


「ご心配なさらずともすぐ戻ってまいりますよ。」


そう言ってエリナは一つお辞儀をしトイレの方へ向かって行った。

するとエリナが見えなくなったのを確認するとデルミアが小声で喋りだした。


「アルベル。貴様は気がついていないようだが……怪しげな男が二人、この店の中にいる。」


「え?どういう事だよ。」


そう言ったアルベルはデルミアの視線の先に顔を向けた。

しかし頬を両手で挟まれ、ビンスによって顔をビンスの方へ強制的に向かせられた。


「顔は向けるな。目だけで見ろ。」


そう言われたアルベルは黙って目線だけを送った。

するとその先には二人の男女がいた。

特に変わったところの無さそうな普通のカップルに見えた。

しかしどこか嫌な雰囲気を醸し出していたが、アルベルはそんなこと気にしていなかった。


「別に普通のカップルじゃねぇか?……いや、女の方に比べて男がちょっと中年臭いか……?女はそこそこ可愛いのに男が釣り合ってる気がしねぇな……まさかこの世界でもパパ活が……!」


「違う、そうじゃない。やはり感じれないか……この禍々しい"瘴気"を。」


「瘴気?なんだそれ。」


聞いたことも無い言葉にアルベルは聞き返した。

するとデルミアでは無くビンスが口を開いて答えた。


「瘴気とは邪悪な力が放っている臭い、体臭の様なものです。アルベル様の事をデルミア様が臭いと言ったのはそのせいです。」


アルベルはそう言われて思い返した。

確かにエリナから聞いた時にデルミアが自分の事を臭いと言っていたらしい。

その時は汗臭いとかだと思っていたが、実際はそういう理由があったのだ。


「お前は以前に十戒の幹部と接触していた為その瘴気が他人より濃い。だから気が付きにくいのだろう。」


「そういう事なのか……んで、その瘴気があると何なんだ?やっぱ悪者って事になるのか?」


「あぁ。我々王国騎士団はその瘴気を放つ者は………『十戒の構成員』だと考えている。」


「十戒………!!」


アルベルは思わずその言葉に反応して小さく呟いた。

十戒……アルベルの村を焼き、父親を亡き者にした魔獣王の『伯奇』を生み出した原初の魔術師を崇拝する犯罪者集団。

そしてアルベルが王都に来てしまうことになったきっかけを作ったのが、十戒支部局長『飢餓』の依代、ナベリウス・ガーレイン。


アルベルは魔獣王を倒す目的の上、十戒の壊滅も必要だと考えていた。

総じてアルベルの恨みの対象となっていた。


「何でアイツ等がここに……?」


「………これは私の予測なのだが、十戒には支部局長が9人いる。それぞれに部下がいて支部局長の指示の元動いている。彼等に仲間意識は無い為、それぞれが自由に動いている。その中の一つの支部局長よ部下が誰かの依頼で何かを企んでいる……目的は分からないが、よからぬ事には間違いないだろう。」


「お待たせしましたぁ。」


シリアスな空気の中ほんわかしたものが割り込んだ。

エリナがトイレから戻ってきたのだった。

アルベルは視線を彼等に少し残しつつエリナの方を向いた。

彼等のことはデルミアとビンスが見張っていた。


「おう。そろそろ出ようか。」


「はい。ご馳走様でした。とても美味しかったです!お城じゃ食べられない料理もあってとても楽しかったです。」


「それでは今後は、お気に召した料理は遠慮なくお申し付けください。すぐに準備致しますので。」


そう雑談しながら四人は店を後にした。

するとその直後、男女は入口の方へと顔を向け、鋭い目つきをしていた。

何かを睨みつけるかのようなその目はどこか恨みが籠っているようだった。



ーーー



男と女は店を出た。

周囲を警戒するような素振りは見せず、会話もしないまま店から少し離れた人通りのない広い路地裏に入っていった。

路地裏に入ると立ち止まり、目だけで周囲を見回した。

その後、彼等は何も無い壁に腕を突っ込み、黒いローブと仮面を取り出した。

そしてそれへと着替えていった。

着替え終わると二人は顔を合わせ頷いた。


「その魔術、エルフ特有の『影収納(シャドウボックス)』だな。」


二人は思わず上を見上げた。

するとそこには屋根の上に立っているデルミアとビンスの姿があった。


「その魔術、誰から習った。」


男達は答えない。

ただ黙って睨み合いを続けた。


「答える気は無い……か。その仮面、やはり貴様等は十戒の構成員だったのだな。」


「片方は残してもう片方は今ここで仕留めてしまいましょう。」


その言葉を聞いた途端、十戒の構成員達は袖の中から小型のナイフを取り出し、そのままデルミア達に斬りかかった。

しかし二人はそんな不意打ちには全く動じず、冷静にいなし地面にたたきつけた。


「ビンス。派手にやるのは無しだ。市街地に被害が出る。」


「了解です。」


そう言ってビンスは地面に落ちていた木の枝を拾い上げた。


「『シャザリ・(サーベル)』」


木の枝を氷で覆い、氷の剣を作り出した。

ビンスは女の方を相手するように対峙し、デルミアは男の方と向き合った。


「メイドだからって舐めないで下さいね。」


「今日に限って本当に面倒だな。」



ビンスの相手の女の構成員は、その細身の体が驚異的な速さで滑るように接近してきた。

手にしたナイフは光の反射もなく、まるで影の一部のようだ。

ビンスは冷静に剣を構え、初撃を受け止める。


カキンッ!


初撃を受けられた女は続けざまに刃を滑らせ、喉元を狙う切り上げの一撃を放つ。

しかし、ビンスは後方へ滑るように身を引き、剣をひと振り。

斬撃と同時に冷気が走り、地面に薄い氷の層を作り出した。


女の足元が凍り、バランスを崩すかに見えたが、彼女はすぐに膝をつき体勢を立て直す。

そして、低い体勢のまま再び突進してきた。


「動きは速い、けれど……少し乱暴ですね。」


ビンスは冷静に距離を保ちながら、剣の先から冷気を放つ。

青白い凍結の波が彼女を包み込もうとするが、女は飛び上がり、冷気を躱して鋭いナイフをビンスの頭上から振り下ろした。


ビンスは氷の剣でそれを受け止め、素早く横薙ぎに剣を振る。

剣から飛び散る冷気の刃が女の腕を掠め、切り傷が白い霜で覆われる。


「思ったよりもタフなのですね。」


ビンスが小さく呟きながら剣を構え直す。

冷気が剣先から溢れ出し、再び攻撃の準備を整える。



一方、デルミアの相手である男の構成員は、重心を低く構え、ナイフを逆手に握っていた。

その動きは正確で、無駄がない。

彼はデルミアが黒い大剣を振り上げる瞬間を待っている。


「近づく気はないという事か。なら、私から行かせてもらうぞ。」


デルミアは大剣を一気に振り下ろした。

その斬撃は圧倒的な力を持ち、石畳を粉々に砕く。

しかし、男はその一撃を紙一重で避け、反撃の一刺しを放つ。


ナイフの刃先がデルミアの脇腹を狙う。

だが、彼女はそれを読んでいたかのように大剣を横に薙ぎ払い、男の動きを阻む。

その重い一撃は空気を切り裂き、男は距離を取らざるを得なかった。


「逃げてばかりで疲れないか?今なら楽に逝かせてやる。」


デルミアは冷淡に笑いながら一歩前へ踏み込み、大剣を水平に構える。

そのまま流れるような連撃を繰り出した。

剣の刃が円を描くたびに風圧が生まれ、周囲の瓦礫を巻き上げる。


男はその全てを紙一重で回避し、時折デルミアの死角を突こうとするが、大剣の大きな振りが障壁となり、一切の攻撃を通さない。


「私の剣に触れるつもりなら、もっと速く動かなくてはな!」


デルミアは大剣を地面に叩きつけるようにして、粉塵を巻き上げる。

男の姿が一瞬消えるが、その直後、彼女の目の前に迫ったナイフがギリギリで止まる。

デルミアの剣が、その勢いを真っ向から受け止めていた。



ビンスの相手をしている女の構成員は、自分の傷からどんどんと凍結が進んでいる事に気が付き、最後の突進を仕掛ける。

だが、ビンスはそれを冷静に見極め、剣を真横に振り切った。

飛び散る冷気が女の体を包み込み、瞬時に氷の檻が形成される。

彼女は凍結した体で動きを止めた。


「『シャザリ・(ケージ)』………終わりです。」

ビンスが冷淡にそう告げると同時に、剣を振り下ろし、無慈悲にもその氷像を砕いた。

そのビンスの瞳には後悔や躊躇の色など微塵も見られなかった。


一方、デルミアは大剣を全力で振り抜き、男の構成員を吹き飛ばす。

彼は壁に叩きつけられ、呻き声一つ上げずにその場に崩れ落ちた。


「こっちも終わりだ。」


デルミアは大剣を肩に担ぎ、息を整える。


「大した事は無かったが、それなりの動きが出来る連中だったな。」


「あなたが余計な力を込めすぎるからです。」


とビンスが冷ややかに言い返す。

その発言にデルミアは、ビンスが冷たいのはアルベルに対してだけでは無いのを再確認した。


「とりあえず、この男の方を連行しよう。女の方はお前が砕いてしまったからな。」


「片方は始末すると言ったではないですか。私は悪くありません。」


「はぁ……お前と言う奴は昔から変わらんな。さて、さっさと城へ戻ろう。エリナ様とアルベルが待っているハズだ。」


そうして二人は小さく他愛もない戯れを終え、城へと向かって歩いた。



ーーー



城の廊下、戦いを終えたデルミアとビンスが帰還すると、すでにエリナとアルベルが待っていた。

エリナはいつもの穏やかな笑顔で迎えながらも、二人の姿に小さく眉をひそめる。


「お疲れ様です、お二人とも。ですが、あまりに汚れて……何があったのですか?それにそちらの男性は……。」


エリナが心配そうに尋ねると、デルミアが真面目な顔で大剣を床に置き、肩をぐるりと回した。


「先程ご報告した通り、この者は十戒の構成員でした。それに対処しておりました。」


「そうですか……何にせよご苦労様でした。その方は……どうするのですか?」


「これから我々メイド達が情報を引き出す為の拷問を計画しています。後ほど地下の独房へ連れて行きます。」


とビンスが冷たく口を挟む。


「分かりました。今日は何だか大変でしたね。二人ともゆっくり休んでください……アルベル様もですよ?」


「えっ?俺?今回特になんもしてねぇんだけなどぁ………。」


頭を掻きながらうろたえるアルベルに向かって、デルミアが言った。


「本当にその通りだ。今回の収穫と言えば、お前の言うコメという物に酷似した穀物と、十戒の情報を吐くかも分からん連中の身柄だけだ。」


「今ばかりはデルミア様に同意です。コメとミソなんて大層なものを探しに行ったのに、結局何一つ見つからなかった。おまけに血生臭い騒ぎまで付いてくるなんて、割に合いません。アルベル様のお食事はしばらくお作りしませんね。」


「なぁ……!!」


アルベルはビンスのその言葉にショックを受け固まった。

しかし、デルミアとビンスはアルベルなど気にしないかのようにエリナと奥へと歩いて行った。


「エリナ様、お風呂に入りましょう。また背中を流しっこしませんか?」

「抜けがけはいけませんね。ご安心ください。デルミア様のその無駄に大きな背中とお胸は私が洗って差し上げます。」

「ま、まぁまぁ二人とも……ア、アルベル様もしっかりとお休み下さいま――」


バタン!!!


扉の閉まる大きな音が誰もいない廊下とアルベルに響き渡った。

暫く固まっていたアルベルは俯き、小さく呟いた。




「大豆………育ててみようかな………」




これにより、アルベルの趣味がガーデニングになるのは、また別のお話。

廊下に取り残されたアルベルはひっそりと肩を落とし、自室へと帰っていったのだった。

お読みいただきましてありがとうございます!!

この後アルベルは大豆を育てようと豆を購入し、『ドウェイン』と『ジョンソン』と名付けましたが、円卓会議後、ステンチューに呼び出されてしまった為、代わりにメイドの人にお世話を任せています。

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