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エリナ、はじめてのおつかい

時系列的には、大体オーガトロル倒した後です。




「おつかい!?」


黒い巨剣を背中に携えた彼女は大きな声で言った。

私の言ったことがそんなに変だったのでしょうか。


「はい!私も皆様のお役に立ちたいのです!…そんなに変でしょうか?」


と私は言いました。

お使いなんて誰でもやっているものだと思っていたからです。


「いえ、お気持ちはありがたいのですが……この国の姫であるエリナ様に雑事など……。それに、今は国王選挙中です。エリナ様を狙う輩がおるやもしれません…!確実に安全とは言えないでしょう……。」


とデルミアは言いました。

確かにその通りです。

これは私の個人的な我儘です。

お父様が亡くなる前の記憶が私には無い。

だから一概には言えないが、デルミアの反応を見る限り、私がこういう事を言うのは珍しいのでしょう。

皆のために動きたいというのも本心だが、過去の自分の行動を知ってみたいというのもあります。

しかし、それのせいで皆を変なことに巻き込むわけにはいきません。


「……そうですよね。おかしなことを言ってすみません。」


私はそう言って自室へと戻った。

広間にはデルミアだけが残り、顎に手を当てて考え事をしていた。


「エリナ様があのような事……まさかまたあの男が何か言ったのか…?」


「よーデルミア。呼んだかー?」


するとタイミングよくアルベルが広間へと入ってきた。


「なんかすげぇ失礼なこと言われてた気がするんだけど。」


アルベルの謎特技、『謎の察知能力』。

周囲の大体の雰囲気で自分に対する評価を感じ取れる。

謎に鬱陶しい無駄能力だ。


「いや、なんでもない。それよりも丁度いい。エリナ様が『おつかい』に出たいと申されてな。」


「おぉ、おつかいか。いいじゃねぇか。俺も子供の頃は行ったもんだぜ……。」


「私も記憶の無いエリナ様にはいい機会だとは思うのだが……」


デルミアは言葉に詰まった。

アルベルはデルミアのその先の言葉を予測できていた。


「記憶が無いってのが、いい機会だとは思うけど、それ故に心配だ…ってことか。」


「あぁ。私はこういう事に疎くてな。なんせ、おつかいなどしたことがないのだ。」


「へぇ意外だな。何でも超人だと思っていたけど、剣振る以外はてんで素人なんだな。」


そういった瞬間、アルベルの脳天に強い衝撃が走った。

デルミアの拳があるベルの脳天を直撃したのだった。

鈍い音と共につま先まで痛みが走る。


「痛ぇな!!ジジイババア!!何しやがる!!」


「黙れ無礼者!!貴様なんぞに素人などと言われたくはないわ!」


「へっ!!不登校児舐めんなよ!?永遠に暇だから趣味を極める時間くらい余裕であんだよバーカ!!こちとら無駄に多趣味なんでな!剣以外振れない素人の年寄りは黙ってろ!!」


「"フトーコージ"……?何を分けのわからないことを言っている!!」


さらにもう一発、アルベルは理不尽な一撃を食らわせられた。


この理不尽さは現代社会の大人に通ずるものがあるな…!


「とにかく!俺はエリナがおつかいに行くのに賛成だ!何事も経験だ!過保護は時に、その人間の個性を失わせるぞ。」


「うむむ……だがしかし、心配だ……。」


「はぁ……おいおい。本当にそんなんで王国騎士団特別指南役かよ。判断が遅過ぎるぞ。あんまりちんたらしてっと、天狗の面のじぃさんに引っぱたかれるぞ。」


「ならば私はどうするべきなのだ……。」


「簡単な話だ。俺が気づかれないように後ろから着いて行く。よっぽどの危機じゃない限り、俺は手を出さない。それでいいだろ?」


「だが、もし何かあった時に貴様がエリナ様を守れるという保証が……」


「あっそ。じゃあ自分で行けば。……まぁ、王国騎士団特別指南役ともあれば、その仕事量は大臣にも匹敵するでしょうなぁ〜。」


「は?貴様は何を………」


デルミアがそう言い終わる頃に俺は右手を空高く掲げ、かっこよくクールに、かすった指パッチンを披露した。


少しの間虚無が存在したが、しばらくして大広間の扉が開いた。

そこから出てきたのはビンスだった。


「ビンスどうした。アルベルに何を吹き込まれたのだ?………ん?その手に持っている大量の書類の山はなんだ?」


デルミアはビンスの手に持たれている書類を指差した。

するとビンスはデルミアの方を向いた。


「これはデルミア様の今日のお仕事です。まさか、どこかへ行こうとなど……思っていませんよね。」


「ちょっ!これはどういうことなのだ!私は普段こんな仕事などしていないぞ!………ハッ!!」


何かに気がついたように、デルミアはアルベルの方へと向いた。

アルベルの表情はまさに悪役のような笑顔を浮かべながら、小刻みに震えている。


「それじゃあビンス君。後のことは任せたよ。」


「承知致しましたアルベル様。エリナ様にはアルベル様より、お伝えください。」


そう言ってビンスは、デルミアの前に立ちはだかり、行動を制限した。


ビンスが何故、こんなにも俺に協力的なのかと言うと、一つは普段、稽古以外の仕事を全くしないデルミアに、いい加減仕事をさせたいというビンスの考えと、エリナの自立に賛成という俺とビンスの考えが一致したのだ。

それにより、デルミアの足止め係を勝って出たのがビンス自身だったのだ。


「じゃあ、特別指南役殿、お仕事頑張って下され〜。」

「ちょっと待て!貴様!おい!アルベル!!」


そう言って俺は大広間を出て行った。

大広間に残されたデルミアとビンスは、アルベルの出て行った扉の方を一緒に見ていた。


「さぁデルミア様。私達もお仕事に行きますよ。」


「待て待て!本気で言ってるのか!?やめろ!やめてくれぇぇ〜〜!!!」


デルミアの断末魔は城中に響き渡ったとか。




−−−




「おつかいをデルミアが了承!?あのデルミアがですか?」


私は思わず大きな声を上げてしまった。

普段、王族に恥じないような振る舞いを心がけろという、デルミアの教えを守っていたが、そのデルミアが私の護衛をつけない外出を許可した。

それはそう簡単に起きる事では無かった。

アルベル様はまさに、それくらいの事を平然と口に出されたのだった。


「おうよ。買うものの指示はこの紙に書いてあるからこれを見て買ってきてくれって話だ。」


と言ってアルベル様は紙切れを私に渡された。

書いてあったのは


『スカイレタス1玉』

『バットポーク3匹』

『ヤギのミルク4瓶』

『バゲット1つ』

『怪鳥の卵2個』


と以上でした。

全て城下町の店で買えるものばかりだった。

私はおつかいのメモを渡された事で、本当におつかいへ行かせて貰えるのだと実感した。


「本当に……本当に行っても良いのですか?」


私は不安になってアルベル様に聞いた。

するとアルベル様は爽やかな笑顔を浮かべられ、私に言われた。


「おう!エリナのやりたい事に、俺は反対しないぜ!気の済むまでおつかいして来い!!」


アルベル様のその表情と言葉に、私は胸が『きゅうっ』と縮こまったような感じがしました。

この御方は本当にお優しい。

私は心の底からこの御方を尊敬しています。

自分より圧倒的に強いハズの相手へ平然と立ち向かっていく。

この御方のそんなところが、私は好きです。

私はメモを胸に当て握りしめ、アルベル様の顔を見上げた。


「それでは……行ってまいります!!」




−−−




城下町に一人で行くのは初めてでした。

いつも、誰かしら護衛が着いているのに、今日は一人です。

なにせ、『おつかい』ですから。

でも、国民の皆様はそれが普通なのですから、本当に凄いです。

私は認識を阻害する魔術が施されたマントを身にまとい、城下町をキョロキョロとしながら歩いていた。


「私……今、変じゃないでしょうか…。素行悪く見えませんよね…?至って普通の国民っぽいでしょうか…。」


と独り言が止まらない。

この行動には流石に覚えがあります。

少しでも不安があると独り言を言ってしまうこの癖は、記憶を無くす前も、やっていたとデルミアに聞いたし、今現在も独り言を言っているという自覚はあります。

私は気を取り直して、顔を上げた。

すると先程まで気が付かなかった事に気がついた。


「皆様…とても楽しそうに……」


国民の方々の顔は笑顔で溢れており、悲しそうな顔を見つけるほうが難しいほどに賑やかで優しい雰囲気が辺り一帯を覆っていた。

お店で働いている方達は、本当に楽しそうだった。

その時私は一つの事に気がついた。


「前に来た時は、見る余裕など無かったのですね……」


前に来た…と言っても記憶をなくした後の話しか無いし、その時は自分が何者でどんな人間なのかもすっぽり抜け落ちた抜け殻のような時だった。

その時は周囲を見る余裕は無く、ただ自分のことで精一杯だった。

けど今は違う。

今はすべてが変わって見える。

それもこれも全てあの御方が来てからだ。

あの御方には感謝してもし尽くせない。

他の方から見れば、そんなに親しくなるほど時間が経っていない、と思われるかもしれないけれど、私にとっては一緒にいてくれるだけで十分嬉しいのです。


……少しだけしんみりしてしまいました。

おつかいを終わらせて、今日見て感じた話をアルベル様やデルミアにしなくては。


「よぉ―し…!!がんばりますよ…!!」



私は気持ちを切り替えて小さく拳を突き上げた。

今日の私は最強ですよッ!!

そうして私はメモに書いてある物が売っている場所を目指して歩き出した。



−−−



「こちらアルベル。まだエリナには気づかれていない。」


連絡用の水晶へ小声で声を掛ける。


『了解です。そのまま備考兼、護衛を続けてください。――おい何だこの経営許可証!?《一度だけ試してみる?禁断の遊びの館》だと!?誰だこんな許可証を発行したのは!?――うるさいですよデルミア様。今は大事な通信中なので、静かに業務を熟してください。因みにそれを発行したのはシリス大臣です。――あんのエロガッパめぇ!!』


水晶から返答があった。

ビンスの声と、背後で業務を熟しているデルミアだ。

デルミアはどうやら業務を上手く熟しているようだが、その内容には納得していないようだった。

こうなってくると、ビンスも大変だな。


「そんじゃあ、なんかあったらまた連絡しやす。」


『はい。引き続きよろしくお願いします。』


そこで通信は切れた。

俺が通信をしている間もエリナは順調に買い物を進めていた。

俺はそーっと顔を出した。


「こんにちは。」


「はい、いらっしゃい。」


今のところは問題ナッシングだ。

挨拶もできて偉い!

流石エリナだ。


「このバットポークを三匹程いただけますか?」


「はいよ。バットポークね。銅貨4枚だよ。」


このまま代金を渡して、買い物は終わるのかとアルベルは思っていた。

しかし突然、「えぇ〜!!??」と大きな声を上げた。


「そんなにお安いのですか!?……少々お待ちください。」


するとエリナは今日渡した財布の中身を数え始めた。

あぁ…そうだった。

エリナは今まで自分で買い物などしたことがないのだ。

今日渡したのは金貨20枚と銀貨40枚と銅貨50枚だ。

今回のおつかいの品物は全て銅貨で事足りるのだが、一応余分に持たせていた。


「えっと………それじゃあ金貨1枚でお願いします。」


「えっ!?…お客さん……もう少し細かいのは無いのかい?」


「細かいの…?あぁ、金貨ならもっとありますよ?」


そう言って財布からジャラジャラと金貨を出した。


「王族コノヤロー!!!」


俺は思わず叫んでしまった。

慌てて口をふさいだが、どうやらエリナには聞こえていなかったらしい。

それよりも、お金を余分にもたせたことが完全に間違いだった。

王族であるエリナは恐らく金貨しか見たことがない。

それに、金貨1枚大体1万円、銀貨1枚千円、銅貨1枚百円だ。 

そりゃ店員もお釣りに困る。


「えっと……あったあった。これこれ。」


そう言って店員は金の山から銅貨を探し出し、それを四つ手に取った。


「これだけでいいからね……。」


「それだけでよろしいのですか?」


「あ、あぁ……。でもその代わりに……見たところあんた、旅人なんだろ?だったらまたこの街に来たら寄ってくれ。待ってるよ。」


エリナの周りに『ぱあっ』という明るい文字とエフェクトが現れた。

その言葉が嬉しかったようだ。


「はい!勿論です!また必ず寄らせていただきます!」


そう言ってエリナはその肉屋を後にした。

俺はつかの間のハプニングに緊張したが、なんとか切り抜けられたようだ。

この調子でどうにかおつかいを成功させたいもんだ。


その様子を見送ったアルベルは、ほっとため息をつきながら水晶に再び声をかけた。


「こちらアルベル。エリナは順調に進行中。ただ……貨幣を無造作に出しやがった……。金銭系の教育の必要性アリかもしれん……。」


『了解です。その件については後ほどエリナ様に指導を行います。引き続き護衛をお願いします。――おい!今度はなんだ!?《溺れる程の欲望と甘美の部屋》だと!?この経営者は一体何を考えてるのだ!?アルベル!エリナ様は無事なんだろうな!?何かあったらお前を――さぁデルミア様。早く仕事を終わらせてください。私も忙しいのです。……それではアルベル様、また後ほど。』


俺はやかましい水晶をしまった。

最後に一瞬、何かが発射されるような音が聞こえたが、気のせいだろう。

いや、聞かなかったことにしよう。

流石のビンスもキレて氷をデルミアに向けて打ち出しはしないだろう。

そう誤魔化して、俺はエリナの後を追った。


「まぁ、初めてにしては上出来だな。あとはこの調子で無事に帰ってくれりゃあいいが……。」


城下町の喧騒の中、アルベルは少し離れた位置からエリナの姿を見守りながら、小さく笑った。


……ま、たまにはこうやってのんびり歩くのも悪くねぇな。

エリナも楽しそうだし……。

もっと遠回りして色々なところ見てもいいんだぜ……お姫様。



−−−



なんとか無事にお肉を買うことが出来ました。

少しだけお肉の見た目が不気味ですが、買うものを想像するのもおつかいの醍醐味です。

それより、お金は金貨だけではなく銀貨と銅貨もあるのですね。

お金の話は後でビンスに聞くとしましょう。


「さぁ!次です次!」


私は次に八百屋さんへ向かいました。

アルベル様は葉物がお好きらしく、このスカイレタスはアルベル様の食べたいものなのでしょうか。


「すみませーん。スカイレタスをおひとつお願いします。」


「はいな。おや、可愛らしいお嬢さんだこと。……そうだ、今裏で焼けたばかりのバゲットがあるよ。良かったら持ってってちょうだい。」


「そんな!頂けませんよ。」


「いいのよいいのよ。これも何かの縁よ。……あぁでも、レタスの代金は頂くわよ?」


「……!!はい!勿論です!!」


私は八百屋のおば様に、銅貨3枚を渡してついでにバゲットも頂きました。

最初はパン屋さんに行こうと思ってましたが、おつかいの目的が一度に二つも手に入ってしまいました。

思いの寄らないハプニングもおつかいって感じがして楽しいです。


すると、私の視界の端に気になる光景が写った。


「ママぁ……どこにいるのぉ……?」


私は考えるより早く、その少女の元へ走った。

そして目線を合わせるためにしゃがんだ。


「どうしたんですか?」


少女は一瞬警戒したようでしたが、誰かに話しかけられたことによって安心したのか、少し落ち着いた。


「あのね、ママがね、いなくなっちゃったの……。私……怖くて……」


少女は話せば話すほど、目に涙を浮かべていた。

私は、自ら話しかけておいてどうすることも出来ず、ただ、あたふたしてしまっていた。

すると、しゃがんでる私の上の方から声が聞こえてきた。


「さぁさぁお嬢さんご注目!」


その方向へ顔を上げると、顔を隠した男性が、私と少女の前に立っていた。


「ここに何の変哲もないペンがあります!これを握り、呪文をかけます!『ファミコンピピピ・カセットフーフー』!!」


そう言って、顔を隠しているのを忘れているかのようにペンを握った手に息を吹きかける動作をした。


「さぁ、この手を開くと……ペンが消えましたぁ〜!!」


そう言われ、手のひらを見てみると、男性の手の上にはペンが無く、私と少女は思わず声を上げて目を輝かせてしまった。


「それでは消えたペンはどこに……それは、逆の手の上にございます〜!!」


そう言って、ペンを持っていた手とは逆の方に消えたペンが乗っていた。


「すごいすごい!どうやったの!?」


「ふっふっふ…それは内緒ですよ。」


男性が頭を撫でようとすると、少女はその男性から離れ、私のマントにしがみついた。

男性は少女を見るだけでした。


「なんかお兄ちゃん、ちょっとくさーい。」


「はっ……ははは。……それでは嫌われ者の奇術師は去ると致しましょう!ご機嫌よぉ〜!!」


そう言って奇術師を名乗った男性は人混みの中へ消えていった。

何故だろう……あの人からは懐かしい匂いがする。


少女にペンを持たせて、私と少女はその場で二人きりになった。


「貴女のお母様、探しに行きましょうか。」


「うん!ありがとう!お姉ちゃん!!」


私はその少女と手を繋いで歩き出した。

少女の母親は一体どこにいるのでしょうか。



−−−



だんだん日が暮れ、空は黄昏色に染まってきていた。


「お姉ちゃんはこの街に初めて来たの?」


私は少女にそう言われて「え?」と言ってしまった。

ですが、ここでこの国の姫です、等と言えるわけもありません。

私は「初めてです。」と答えておいた。


「そっかーじゃあ、お家無いでしょ?今日は私のお家に泊まっていきなよ〜。私のお家農場でね、よくお城のお姫様がミルクを美味しいって言ってくれるんだって〜。黒い洋服でお髭の生えたおじちゃんが言ってた〜。」


その言葉が出た時、少しドキッとしたのと同時に私の感謝の言葉や感想が、生産者ご本人に伝わっているのだと、感動した。

私が普段飲んでいるミルクはいつもデルミアが仕入れてくるものです。

……となると、この少女は『ジョージ・ハンク』さんと『アニー・ハンク』さんのお子さんの『ジニー・ハンク』さんということになる。

ならば話が早い。

何故なら二人は時々お城の方へ来て、直接お話をする機会があるから顔を知っているのだ。


「わかりました!貴女のお母様は私が必ず見つけてみせます!」


「本当!?ありがとうお姉ちゃん!!」

「はい!お姉ちゃんにお任せ下さい!!」


日頃の感謝の気持ちも込めて、全力で捜索させていただきますよ!


エリナは買い物の事など、すっかり忘れているのだった。



−−−


空が黄昏色に染まり始めていた頃に探し始めたが、今現在は、完全に空が黄昏色に染まっていた。

アニー・ハンクさんを探してもう一時間以上経っていた。

私とジニーさんは歩き疲れるほどだった。


「うむむ……いませんね……。」


「ママぁ……どこぉ……?」


少女はまた泣きそうになっていた。

さっきは謎の奇術師様によって何とかなったが、今はその方がいません。

どうしたら……。

私はしばらく顔を上げて考えた。

そしてジニーさんに話しかけた。


「ジニーさん、一旦お家に帰って見ましょう………」


私はそう言って振り返った。

しかしそこにジニーさんの姿は無かった。

私の今の顔は恐らく真っ青でしょう。

何も考えられないほどに頭の中は真っ白になっていた。

何故気が付かなかったのだろう。

私は咄嗟にジニーさんと繋いでいた手の方を見る。

すると、繋いでいた手は人形で作られた偽物にすり替えられており、ジニーさんの手の代わりになっていた人形の腕の付け根には水晶がくっついていた。


それは音声録音用水晶でした。

円卓会議の時や、犯罪者の取り調べなどで使用される水晶です。

私はそれを恐る恐る再生してみました。


『よぉ……お前の子供は預かった。返して欲しけりゃ金貨10枚と交換だ。期限は今日の夜までだ。それまでに来なけりゃ……この娘の命はねぇ。場所は街のスラム街の一番奥にある廃墟だ。それじゃあ、ちゃんと来てくれよぉ〜?』


音声はそこで途切れた。

私はそこで音声録音用水晶を地面に叩きつけて破壊した。

きっとアルベル様ならこうするハズ。

あの方は怒りの表し方も教えてくれた。


「絶対に……許しません!!」


−−−


私はスラム街の廃墟に向かって走り出した。

足の裏が散らかった瓦礫や小石で痛みが発生していた。

身体中は汗をかき、手に持っている荷物もゆさゆさ揺れた。

いつも、こんなにも走ることも無く、息を切らしていた。

しかし走るのをやめたりしない。

あと少し、もう少しでジニーさんが捕らえられている所に到着する。

犯人さんは恐らく、私がお金を無駄に出すところを見ていたのでしょう。

それで私がお金を持っていると分かって、一緒にいるジニーさんを攫ったのでしょう。

……全て私の不手際です。

私があそこで無駄な事をしなければ……。

いや、アルベル様ならきっと、こんな時は「今考えてもどうしようも無いことは考えない。今自分にできることをやる。」と言うハズです。

待っていてください、ジニーさん。

今お助けします……!!


私はそうしてスラム街の奥にある廃墟へ到着した。

この廃墟は昔、お父様がスラム街へ追放した貴族の方が住んでいた屋敷だと、デルミアから聞きました。

私は廃墟の扉の前で一旦止まった。

何が待っているか分からない。

だけど、ここで帰る訳にも行かない。

覚悟を決めなさい、エリナ。


私はバンッ!!と、扉を思い切り開いた。


「さぁ!観念なさい!悪い人達!!」


私がそう言って叫んで入ると、そこには何者かによって倒された犯人さん達と、縛られている縄を解かれたジニーさんがいた。


「これは……一体……?」


私は一瞬、目の前の光景が理解出来ず、困惑の言葉だけが頭の中に浮かんでいた。

しかし、ジニーさんが椅子に座らされて気絶しているのを見て、我に返った。


「ジニーさん!大丈夫ですか!?」


私が体を揺らしてもジニーさんは起きなかった。

だが、ジニーさんは寝言のような呟きをしていたので、とりあえず生きていることは確認できた。

その後、私は犯人さん達の方を見た。

誰にやられたかは分かりませんが好都合です。

今のうちに縛っておきましょう。



「んん……?あれ、私は……」


「あぁ!目を覚ましたのですねジニーさん!」


「あれ?お姉ちゃん。私は確か……悪いお兄さん達に捕まっちゃってそれで……ハッ!こんなところにいたらあの人達が来ちゃうよ!お姉ちゃん逃げないと……!」


そう言うジニーさんに私は鼻高々と胸を張った。


「ふふーん。ご覧下さいジニーさん!あの犯人さんは全員、縛っておきましたよ!」


私は背後にいる、縛った犯人さん達をジニーさんに見せた。

縛るのに少々手間どってしまい、時間がかかったが、何とか縛ることが出来た。

縛っている最中に目覚めなくて本当によかったです。


「うおっ!?なんだこれ!?いつの間に…!!」


噂をすればなんとやら…です。

丁度犯人さん達は目を覚ました。


「くそっ!離しやがれ!」

「いいですか?」

「誰がこんなことをしやがった!おい女!今すぐ解きやがれ!」

「私の話を聞いてください。」

「黙れ怪しい野郎め!俺たちの崇高な計画を邪魔しやがって!!」


「いいから聞きなさい!!!!」


私は自分でも驚くような大声を出した。

その声に犯人さん達は驚いたのか、静かになって少し脅えているようだった。

ジニーさんは余裕そうに口笛を吹いて茶化した。

もう……恥ずかしいです……。

いや、それよりも。


「貴方達は……このスラム街出身ですか?」

「何でそんな事……!答える義理なんて無いね!」

「答えてください。」


最初、犯人達は答えるのを渋っていたが、私が見つめると素直に話し始めた。


「……あぁ!そうだよ!先代国王に追放された『デリーヌ家』の当主の息子だよ!!こいつらは生き残った最後の俺の従者だ!親父の金も無くなって、それで母さんは出て行って……食うこともままならねぇ!だからあんたが金を大量に出した時に今回の事を思いついたんだ!丁度ガキと一緒にいたから都合が良かった。俺の従者は隠密に長けてたからそれを利用してあんたからそこのガキをバレずに奪ったんだ。……これが全部だよ!満足したか!殺すなら殺せ!!」


「いけません若!貴方はいずれ返り咲くお方です!殺すなら私を!」


この青年は自暴自棄になっている。

そういえば私にもこんな時期があった。

記憶を無くしたあの日、自分が何者かも分からず、ただ無気力感と虚無感に襲われた。

ご飯も食べず、寝もせずで体は限界を迎えていた。

そんな時だった、あの人が来たのは。

そこから私は変われた。

人は思いもよらないきっかけによって変わることが出来る。

私も……あの人のように……。


「いいですか?私は貴方方を殺したりしません。貴方のお父上にも何かしらの不手際があったと聞いております。しかし、私の父が原因で息子である貴方がこの仕打ちを受ける義務はありません。親の罪を子供が被る必要など無いのですから。」


「何言って……?私の父って……?」


私は立ち上がって言った。


「貴方には明日より、王国騎士団団員として迎え入れます。貴方の従者の方は、王国騎士団諜報員として面倒を見させます。」


「は!?何言ってんだ!?お前になんの権限があるんだよ!?」


「その代わりと言ってはあれですが、貴方達にはこのスラム街の治安維持をお願いしたいのです。今回の一件、普通ならば罰せられる行いです。しかし、その原因が私の父にあるというのなら、その謝罪の意と、刑罰の意を込めて、治安維持をお任せしたいのです。その道は険しく、大変なものと思われますが、承諾していただけますか?」


青年達は顔を見合せた。

その素振りをしている前から、とっくに心は決まっていたようでしたが。


「わーっよ!やるやる!やりゃあいいんだろ!?それ以外俺達に道はねぇ。……この御慈悲、感謝します!"エリ――」


青年はそう言いかけ、私は慌てて口を塞いだ。


「なっななな!何を言っているんですか!?私は貴方が言おうとした方ではありません!通りすがりのしがない旅人です!!」


その後私は青年と共にジニーさんから少し離れた。

まさか私の完璧な変装がバレるとは夢にも思っていなかったからだ。

そして私は小声で語りかけた。


「……それでは明日、城前に来てください門番に伝えて通すようにしておきますので……。」


「おっ……おう。わかりました……。」


そうして、青年達を解放し、私とジニーさんはまたしても二人きりになった。


「それじゃあ、お家に帰りましょうか。」

「うん!!」




−−−




ジニーさんのご自宅にに到着すると、そこには母親であるアニーさんと、父親であるジョージさんが、暖かくジニーさんを向かい入れた。


「ありがとうございます!旅の御方!」


「貴女は娘の命の恩人です。何かお礼をさせてください!」


「いえいえ。本当に私は大したことはしていませんよ。」


「そんな事は言わずに……!娘の恩人に何かさせてくれないと、我々が納得できません。」


参りました……。

本当に何もしていないのにお礼をさせるだなんて私の方が気が引けてしまいます……。

しかし、アルベル様は言ってました。

「受け取れるお礼は受け取っておかないと、相手も自分も気持ちが悪い」……と。


「うむむむ……おっ!!」


私はいいことを思いついた。

自分で言うのもなんですが……。


「折角ですので一つ、お願いがあります。それは――」


ハンクご夫妻は不思議そうに私の言葉に耳を傾けた。



−−−



「ただいま帰りました。」


私が城の玄関でそう言うと、デルミアが飛びついてきた。


「エリナ様ぁぁ〜〜〜〜!!!よくぞご無事でぇぇ!!!どこかに怪我はありませんか?マントがボロボロではないですか!何かあったのですか?お腹は空いていませんか?お風呂を先にしましょうか?折角でしたらお供を……」


早口で言うデルミアの頭を、氷の破片がでコツンと叩いた。

その方向を見ると、想像通りビンスが出てきた。

そして一緒にアルベル様も出てきた。


「おいコラ、ジジイババア。どさくさに紛れて一緒に風呂入ろうとしてんじゃねぇよ。」


「アルベル様!!……えっと……」


「ん?どうした?」


私はチラリとアルベル様の方を見た。

というのも、アルベル様は何故か担架に乗せられ、寝転んだまま、ビンスに押されて出てきたからだ。


「な、何があったのか聞いてもいいですか……?」


「えっ!?いやぁ!何も無かったぞ!ちょっと筋肉痛でなぁ!!そ、それより!おつかいの方はどうだった?」


「あっ、はい!無事終わらせることが出来ました!見てください!迷子になっているお子さんを助けたらヤギのミルクや怪鳥の卵を譲って頂きました!」


そう、私のいい考えとは、時間帯的にお店が閉まっているため、おつかいを終わらせられないと思い、農場主であるハンク一家の皆様から食品を分けてもらう事でした。


「おー!流石だな!そんじゃあ、今日あったことの話は飯を食いながらだな。ビンス、エリナの買ってきてくれたもん、俺と一緒にキッチンに運んでくれ。」


「わかりました。いい加減自分で歩いてください。調子に乗る前に。」


「担架には乗ってるけどな、なーんちゃって……」


ビンスの目は酷く冷たく、まるでゴミを見るような目をしていました。

アルベル様は即刻「すみません冗談です調子に乗りました」と早口で謝罪なさってました。


「じゃあエリナ。飯が出来るまで風呂に入っててくれ。」


「??はい、わかりました。もしかして、アルベル様が作られるのですか?」


「おうよ!こう見えて、大抵の事は出来るんだぜ?俺。ささ、ちゃっちゃと入ってちゃっちゃと出る!そんでもってこの四人で晩飯だ!」


「はい!わかりました!それでは行ってまいりまーす!」

「エリナ様お待ちください!私も入ります!!」


そう言って私とデルミアは浴場へ向かって駆けて行った。

玄関に残ったアルベル様とビンスは何か言葉を交わされているようでしたが、その話は聞こえませんでした。


−−−


「はう〜極楽ですぅ〜〜。」


私は何年を入っているハズなのに、未だに大きく感じる、我が城自慢の一つである浴場の湯船に浸かっていた。

少し胸が浮いてしまうのが難点ですが、それ以外は完璧です。


「あの……エリナ様。今日のおつかい……どうでしたか?」


デルミアがモジモジしながら聞いてきた。


「はい!楽しかったです!デルミアが許可を出してくれたのでしょう?ありがとうございました!」


「んっ!!!」


デルミアは私が言い終わると、何かに攻撃されたかのよな反応をした。

私は今、何か変なことを言ったのでしょうか……?


「今日は、色々な人に出会って、色々な事を知りました。お城にいては気がつけない問題、気がつけない街の雰囲気、そして……暮らしている人々の表情。それら全ては直接見なければ知ることが出来ませんでした。……だから、今日は本当にありがとうございました!!」

「このデルミア今すぐ切腹致します。」

「えっ!?ちょ、ちょっと待ってくださいデルミア!!何を言っているのですか!?ほ、ほら!そろそろアルベル様も御夕食を作り終える頃ですし、お風呂出ましょう!ね?」

「……最後に体流しっこしたいです……。」

「えぇ……もうデルミアったら………。」



−−−



「ただいま出ました〜。」


私とデルミアが食堂に向かうと、丁度アルベル様が料理を作り終えたようでした。


「おう!丁度完成したぜ!」

「結局何を作ったのだ?」


とデルミアが言った。

私も興味津々だった。


「まぁ……ここまでしといてあんまし期待しないで欲しいんだけど……今日のシェフの気まぐれ晩飯はこちらになりまーす。左から、怪鳥の目玉焼き、バッドポークのウィンナー、スカイレタス、バゲット、ヤギのミルクでございます。」


私は驚いた。

アルベル様が料理をすると言うだけでも初耳だったのに、今目の前に広げられている料理は全て、私がおつかいで入手した食材ばかりだったからだ。


「これは俺が一番思い出深い朝飯だ。」

「朝飯?今は夜だぞ?」

「今日、エリナがおつかいに行きたいって言っただろ?その時俺、思ったんだ。エリナも庶民らしいことがしてみたいのかな……って。俺の勘違いだったらそれでも良かったんだ。でも、庶民出身の俺からすれば、そう思っていたのかもしれない、と思うだけで嬉しかった。だから今回、俺が親父と母さんが三人で食った、最後の朝飯を皆で食うことにした。そして、それをエリナに買ってきてもらった。俺の家族はもう、親父と母さんだけじゃない。お前らも、俺は家族だと思ってる。だから俺の思い出を共有したいんだ。………勝手だと思うか?」


私はアルベル様の凄さをまたしても実感させられた。

自分のトラウマであるハズの出来事が起きた日の事を、私達と共有したい等と、誰が思うでしょうか。

それは心が強くなければ決して成し得ることの出来ない事。

アルベル様はオーガトロルを倒してからまた更に変わられた。

私もそれについて行きたい。

その思いはきっと、デルミアもビンスも同じでしょう。


「ふふっ。それでは……頂くとしましょう!」


「それでは皆さんご一緒に〜。手と手を合わせてくださーい。」


アルベル様の掛け声でパンっと全員が手を合わせる。

私は自然と笑顔になっていた。




「いただきます!」

「「「いただきます!!!」」」






その掛け声は広い食堂にいつもより長く大きく、響き渡っていた。

私の『はじめてのおつかい』は色々あったが、結果的に成功した。

そして成功しただけでなく、新たな発見や気づきもあった。

それを許してくれたデルミア、ビンス、そして……アルベル様には今はただ感謝を――。

お読みいただきましてありがとうございます!!

今回は閑話として、エリナやアルベルの日常を書いてみました!

今後もこういった回が増えていくと思いますので、お楽しみ頂けたら幸いです!

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