第三十六話 地下迷宮
薄暗く無駄に広い空間が広がる。
かろうじて松明の明かりが目印となった。
水滴が垂れ、小さな水溜まりを形成していた。
歩く度に靴の音が反響する。
「全員いるか・・・!」
アルベルは振り返り、全員の無事を確認しようとした。
しかしアルベルの視線の先に他三人の姿はなかった。
「貴様が最後尾だろうが、何をふざけている。」
「本当にくだらないですね。死んでください。」
「ア、アルベル様・・・」
三人は流石に呆れてアルベルのボケにも辛辣な反応をした。
「だってよ怖いじゃねぇかよ。何が出るかも分からねぇのに・・・それに出口があるかも分からねぇし・・・。」
「出口ならある筈だ。」
デルミアがアルベルの発言に対して答えた。
「なんだよその自信。根拠でもあんのか?」
「ビンスの持っている松明を見ろ。」
言われるがままにアルベルは先導してくれているビンスの持っている松明を見た。
「炎が靡いているだろう。それ以外にも先程から耳に風を感じる。という事は出口、そうでなくても何処かしら外に繋がっているとみて間違いない。」
「エルフの耳は便利だな。俺もあれば良かったのに。」
「そういえば貴様の母親は純エルフだったな。」
アルベルはデルミアの言い方が少し気になった。
エルフには他の呼び方もあるのだろうか、と考えていた。
「なんだよ"純"って。まるでお前が純粋なエルフじゃないみたいな。」
アルベルのその疑問にデルミアの表情には愁いが見られた。
「アルベル貴様。私の本名は知っているよな。」
「あぁ。確かデルミア・ブラックだろ?・・・ん?おかしくねぇか?」
アルベルは一つのことに気がついた。
それはもっと前に持つべき疑問だった。
「お前フォルゲルの母親だろ?なんであいつと姓が違うんだ?」
「貴様の想像通り、私の本名は確かにレイドール・デルミアだ。しかし私は、エルフ種であるレイドール家とは縁を切ったのだ。」
「だから"純"って言いたくねぇのか・・・んで?そりゃまたどうして縁切ったんだ?」
デルミアはしばらく黙り込んだ。
アルベルはもう話さないものかと考えていたが暫く歩き、角を曲がった時にデルミアは口を開いた。
「・・・・・・今から100年近く前、私が子供の頃の話だ。当時はここまで平和ではなかったのだ。モンスターの襲撃は日常茶飯事。人間による犯罪も王都ですら日に数十件起こる始末。魔獣王の目撃例も少なくない。その被害を抑えるべく魔獣王討伐部隊が結成されたくらいだ。」
現在魔獣王は、あまり人前に姿を表さずに魔力を喰らいながら生きながらえているとエリナから聞いた事がある。
100年前までは奴らがいるのが日常だったのか・・・。
そんなことを考えるとあの日の伯奇のことを思い出してしまうため、アルベルはその考えを振り払った。
「そんな中だ。先代王国騎士団団長だった男が当時、5歳の王族の少女を拉致監禁したのだ。その少女は現在も見つかっていない。これはつい20年前の話だ。」
「その話なら私も、デルミアが私に対して過保護な理由を訪ねた時に聞きました。惨いお話です・・・。」
「お前らからしたら20年前はつい最近かもしれねぇが、俺ら人間からしたらかなりの年月だ。その元団長は捕まったのか?」
「あぁ。少女の失踪が確認されてからすぐに捜索隊を結成した。その三日後には元団長は地下牢へと幽閉された。」
「それならじゃあその女の子は見つからねぇんだ?」
デルミアは再び暫く口を閉ざした。
その先を言うのを躊躇っているように見えた。
「・・・・・・地下牢へ幽閉されたその日に、男は自害した。」
「なっ・・・!?なんだよそれ・・・!」
王国騎士団元団長である男は、無責任にも失踪した少女の居場所を言う前に自害したのだ。
そんな身勝手な男の行動に憤りを感じた。
「そのため彼が何をしたかったのか。何故そうしたのか。少女はどこにいるのか。それは誰にもわかっていない。」
「ふざけんなよ・・・そんな身勝手が、なんでどうして許される・・・!」
「それがデルミアの縁を切られたというお話にどう繋がるのですか?」
エリナが憤るアルベルに変わり、話を本題へと戻した。
「その元王国騎士団団長の男の名は『レイドール・シャクス』。私の父親だ。」
何となく予想はついていた。
しかし、実際耳にするとここまで怒りが湧いてくるものだったのか。
だがこれは他人の家の問題だ。
俺がとやかく言えるものでは無かった。
「ザウレスは剣の実力は本物だが家柄としては分家の末端だった。それを妬む者も多かった。しかしここまでの事をすれば妬んでいた連中からの報復が待っている・・・ハズだった。」
「だがその前に自害したと・・・。それがきっかけでデルミアはレイドールと名乗らなくなったのか。・・・だったらブラックってのはどっから来たんだ?」
「それは私の魂を誓った剣の刀身からとった。」
「あのデカい黒い剣か。」
アルベルはデルミアが整備していた黒い剣を思い出した。
全長180cm程あったその剣は巨大かつ、異様な光を放っていたため、印象的だった。
剣の魂は刃だ。
そして自分の魂を誓ったのならそれは刃に宿る。
そのため刀身の色から名前を取ったのだろうか。
「名は『ハウンドダガー』我が主に仇なす全ての首を狩り取る。そんな剣だ。」
「いやいやあの大剣をダガーだなんて無理あるだろ。」
タガーとは言わば短剣、アルベルの持つデルセロより小さな武器の事をそう呼ぶのだ。
「その剣を短剣のように振り回せねば一流の王国騎士とは言えん。」
「流石デルミア。志が高いですね!」
「有り難きお言葉。」
先程までの殺伐とした空気が消えた。
エリナのおかげで空気が和んだ。
そうだ。恐らくまだ道のりは長い。
切り替えよう。
なんにせよ今のところ一本道だ。
これからは慎重に行かなければならない。
それに・・・エリナの様子がおかしい。
慣れない街の空気感でさえもキツそうなのに、唐突にこんな衛生環境最悪な場所に突き落とされたのだ。
これ以上厳しい環境にする訳にはいかない。
戦闘だってなるべく避けて、起こってしまったのなら一瞬でカタをつける。
「あの野郎・・・このツケは高くつくぞ・・・!」
アルベルは再び静かに怒りを爆発させていた。
その静かな呟きは壁に反響し暗闇の中へ消えていった。
穴に落ちてから二時間ほど歩くと一本道だった道が分かれ始めた。
最初は二つ、三つ四つとどんどん道が増えてきた。
その度アルベル達はデルミアのエルフの耳で感じ取った風を頼りに進んでいた。
「また分かれ道だ。風の調子はどうだ?」
アルベルがデルミアに判断を促した。
しかし手応えが悪かったのだろうか、彼女は耳を済ましたまま動かない。
「申し訳ありませんエリナ様。風が・・・感じられません。」
「そう・・・ですか。いいのです!良くここまで導いてくれました!感謝します!」
「有り難きお言葉・・・しかし体調が優れないご様子で・・・一刻も早く外に出なければ・・・!」
「いえ・・・元を辿れば、私がパロミデス様のお誘いに乗りたいと、わがままを言ったことが原因です。私こそすみません・・・。」
エリナは立ち止まったデルミアやその後ろを着いているアルベルとビンスに頭を下げた。
「そんな!お顔を上げてください!エリナ様のせいではありません!全てはあの男・・・パロミデスが企てたこと!」
流石のデルミアも頭にきたのか、パロミデスのことを呼び捨てにし始めた。
その通りだ。
このいたいけで被害者でもある少女にここまで言わせるパロミデスの野郎は本物の外道だ。
「デルミア様のせいではないとは言え、風を感じとれなくなるのは厄介ですね。」
「ならいいタイミングだ。エリナも疲れ始めてるみたいだし少し休憩を挟もうぜ。」
アルベルの提案に三人は同意した。
デルミアもビンスもエリナの体を案じていた。
当のエリナ自身は他三人の体調を案じていたようだが三人はその事に気づかなかった。
「よっこらせ。」
古臭い掛け声とともにアルベルは腰を下ろした。
他の三人もアルベルを含めて円形になるように座った。
「ちょうどいい。これを機に作戦を考えなければならない。理由はわからないが私の耳はもう風を感じ取れないようだ。」
「そんじゃあ道は運任せで行ってみるか?」
「それしかありませんが、あまり得策とは言えませんね。全てが不確定である以上、エリナ様の体調が心配です。」
「私は・・・大丈夫です。」
「まぁエリナ本人にしか身体のことはわからねぇ、大丈夫って言うんなら俺等が気にしてもしょうがねぇ。」
「道中のことより、敵に遭遇した時の対処を考えるのも大切です。」
「速戦即決ただそれのみだ。敵と分かり次第攻撃を仕掛ける。」
「その脳筋思考やめようぜ。だがまぁ嫌いじゃねぇ。」
「あ、あまり皆さんが危険な目に合うのは避けてもらいたいのですが。」
「それは無理だな。俺達はエリナの武器で盾だ。お前を護るためなら死ななきゃならねぇ。」
「その通りです。我々はエリナ様を無事に送り届けなければならないのです。」
「お前はメイドだから少し微妙だがな・・・。」
「何を言われますか。私はアルベル様よりは強いです。それに家事もできます。最強です。」
「なんで俺が悪く言われる流れなんだよ。作戦の話だったろうが。」
そんな不毛な話し合いが数十分続いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「だーー!!全然話がまとまらねぇ!!というか皆ちょっと耳を塞いでおいてくれ。」
そう言い、アルベルは立ち上がり、皆から少し離れた。
「わかりました!」
エリナは素直に耳をふさいだ。
うっかり目まで瞑っているのが可愛らしい。
「何故ですか。」
「どうせあれだろ。便所だろ。」
「言うなよ恥ずかしい!!」
少し離れたところからアルベルの恥じる叫び声が聞こえた。
「まったく・・・プライバシーの侵害だぞ!」
アルベルがズボンを下ろし、全てを開放しようとした瞬間のことだった。
アルベルが経っていた地面が壁ごと反転したのだった。
「えっ・・・?嘘だろぉぉ!!??」
バタンと壁が完全に閉じた音がした。
反転の瞬間に見えた壁の厚さは尋常ではなく、アルベルの攻撃ではどうしようもない程に分厚い。
「おーい!!エリナ!!デルミア!!ビンス!!聞こえるか!?」
壁に向かって叫んでも返ってくるのは自分の声だけ。
アルベルは仕方なくズボンを上げた。
「なんでこんな展開ばっかりなんだ・・・俺ってば、ついてないなぁ・・・。」
アルベルは再び一人になった。
突然のことのため食料や水すら持っていなかった。
彼に残されたのは驚きのあまり収まった尿意とデルセロだけだった。
それだけを持たされ暗闇の中をただただ立ち尽くすことしか出できなかった。
お読みいただきましてありがとうございます!!この作品が面白いと感じていただけたのなら是非ブックマークや感想、レビューやいいねの方をどうぞよろしくお願いいたします!!




