第三十一話 食の街『エイト』
「三人とも〜見えてきたぞ。食の街『エイト』だ。」
街が見えてきたことによって御者席から馬車の中へアルベルが声をかけた。
アルベル、エリナ、ビンス、デルミアの四人はパロミデス・ラヴァーに招待され、娯楽と欲望の街『ステンチュー』へと行くことになった。
そして休息と観光目的に王都からステンチューまでの間にある食文化が珍しい『エイト』という街へと向かっていた。
その途中に日が暮れ、野宿をし外で夜を明かしたところだった。
「あれがエイトですか!」
「有名な街のわりに小さいというのも特徴である街ですね。私も訪れたことは数度しか無いので楽しみです・・・!」
エリナとデルミアが馬車の窓から身を乗り出して言った。
二人共テンションがとても高かったが、前日の早朝から野宿までと、その日の朝から今まで馬車を運転していたアルベルは二人ほど盛り上がれなかった。
そして意外なことにいつも無表情のビンスが少しワクワクしているようだった。
「どうしたんだビンス。なんか嬉しそうじゃねぇか。」
「そんなことはないですわ。とりあえずその見る目のない目の玉をくり抜いてください。」
「はいはい楽しみなのね。相変わらず照れ隠し下手ね。」
ビンスの辛辣な物言いにいい加減慣れてきたアルベルはサラッと流した。
これから長い事旅をするのだから、一々へこたれていられない。
「アルベル、早く街に行くのだ!市場にはきっと珍しい食材が沢山あるはずだ!」
「おいちょっと待てよ!この旅の目的はとりあえずステンチューに向かうことだろ!そんなに沢山買えねぇって!てかお前ってそんなグルメな奴だったのか!?」
「アルベル様のくせにまともなことを仰られますね。意外です。ですが食材を買うのは必要事項ですので。」
「お前らな・・・」
ビンスの軽口に心に少しダメージを受けながらアルベルはエイトまで馬車を走らせた。
人が多く、賑わっている。
ここは食の街『エイト』の中心広場だ。
アルベル一行は馬車を宿屋付近の馬小屋に預け、四人で広場を回っていた。
この中央広場は広場として子供たちの遊び場や住人の交流の場となっているだけではなく、出張市場として、様々な珍しい食材や食器、調理器具等の売買の場としても使われていた。
「凄いです・・・!見たことない食材さんが沢山・・・!」
「あの食材・・・!珍味として有名な『マダラ貝』ではないか!品揃えが素晴らしい!!」
「炊事係の血が騒ぎますね。」
「お前らすげぇテンション高ぇな。俺はもうクタクタだよ・・・。」
肩をガックリと落としたアルベルは十何時間の馬車の運転で疲れ果てていた。
しかしそこに追い討ちのように
「何を言っているんですかアルベル様。貴方様は荷物持ちをやって頂かないと。」
「は?・・・ビンスさん、マジで言ってらっしゃる?」
「本気も本気、大本気でございます。」
と言われ、アルベルは「宿屋に戻り次第寝よう」と考えていた。
今日は宿屋で一泊し、後日の昼近くにステンチューに着く予定だった為、アルベルは翌日にまだ馬車を運転しなければならなかったのだった。
するとそこへ一人の少女がとてつもない速度で走ってきていた。
「うぉっ!危ねぇ!」
「キャッ!」
アルベルとその少女はぶつかってしまい、少女はアルベルに抱きつく形となり、アルベルもその少女を抱きとめた。少女が持っていた食料が地面に転がってしまった。
「大丈夫かお嬢ちゃん!前も見ずにいきなり走ってきたら危ねぇじゃねぇか」
「ごめんなさい!急いでいたもので・・・!」
その少女はすこしボロめの服を着ており、アルベルはそれが気になったが、口には出さなかった。
少女は落としてしまった自分の買ったであろう食料を拾いながら謝った。
そこに食材や調理器具を買ってきたビンスが現れた。
「はぁ・・・そんな歳端もいかない少女をナンパしてその上頭を下げさせるだなんて貴方様は本当にいやらしく、どうしようもない御方ですね。」
「なんかとてつもない誤解をされている気がするんですけど!ナンパもしてねぇし、いやらしくもねぇよ!」
「『どうしようもない』を否定しない辺り流石ですね。」
「おうよ。俺はどうしようもないロクでなしだぜ。」
アルベルは胸を張り、腰を逸らしながら空を見上げた。
腰がポキポキと鳴り、自分の疲れを更に実感してしまった。
するとビンスが少女に近づき少女の目線に合わせるためにしゃがみ込んだ。
「こちらのアルベルがごめんなさい。何もされなかった?後でキツく言っとくから許してあげて。」
「俺の有罪は確定かよ。」
しかしビンスもこんな顔して、敬語以外で話したりするのだな・・・。
意外な一面発見だ。
とアルベルが考えているとアルベルとビンスの背後、つまり少女が走ってきた方向から一人のふくよかな男が重そうなからだで走ってきた。
「待て〜〜!!このドロボー!!」
「ドロボー!?」
「しまった!」
アルベルはその男の言葉に驚き、少女の方を見た。
少女の持っている食料は盗んだものだったのだ。
「そこのカップルのお二人!そこのドロボーを捕まえてください〜!!」
「ちっ!しつこいオッサンだ!!」
少女はビンスの手を振り払い、アルベルを押し倒して走り去っていった。
「くそぅ・・・逃したか・・・!」
「なんだったんだあの子・・・。」
「・・・・・・。」
焦る太った男と疑問と困惑を抱えるアルベルを尻目に、ビンスは少女が走り去った方向を静かに見つめていた。
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「すまねぇ!まさかドロボーとは思ってなくて!」
「いやいいんですよ。いつもの事ですし。」
ふくよかな男はまるで気にしていないかのように笑いながら頭を掻いた。
アルベルとビンスは話を聞くために男の自宅へとお邪魔していた。
「私の名前はハーツ。この街で肉屋を営んでいる者です。」
「俺はアルベル。こっちの無口で無愛想なメイドはビンスな。」
「大変不服なご紹介に預かりました。ビンスと申します。先程のカップルというのは納得いきません。訂正していただけるとありがたいです。」
アルベルの仕返しのつもりの雑な紹介を軽く受け流し、自分の紹介をしたビンスは先程のハーツの発言の撤回を求めた。
「あぁ、そうだったのですか。これは失敬。いやぁ何、とても仲が良さそうに見えたものですから。」
「そんで?あの女の子は一体何者よ。」
アルベルの質問にハーツは「そうでしたね」と言い、答え始めた。
「あの子の名前はテール。この街の貧民街に住んでいる女の子です。」
「こんな豊かそうな街にも貧民街があるんだな・・・。」
アルベルは思い返してみると確かにボロボロの服を着ていたりと思い当たる節がいくつかあった。
「この街から少しだけ離れているから分からないのも無理ありません。あの子は昔から両親がおらず、一人で盗みや食い逃げをして暮らしてきていました。」
「成程・・・だから"わざと"盗みやすいようにしていたのですね。」
急にビンスが口を挟んできた。
アルベルはビンスの言葉が理解出来ず、再び困惑してしまった。
「・・・・・・やはり気づかれてましたか。」
「えぇ。でなければあのタイミングで現れるハズがありませんから。貴方は私達にあの子が因縁をつけられているとでも思われたのでしょう。」
「全くもってその通りです・・・。」
「ちょっ!おい!二人で納得すんなよ!わざとってどういう事だよ!説明してくれ。」
困惑するアルベルをビンスは一瞬鋭い目つきで睨みつけてきた。
それだけなら良かったのだが、いつもの軽蔑とは少し違う、嫌悪や悲壮の感情が乗せられた視線だった。
「本当に貴方様は他人の事を考えないのですね。」
「あのな、いい加減落ち込むぞ。・・・てかそんなわざと盗ませるなんて事しなくても直接渡したり支援してやればいいじゃねぇか。」
アルベルがその思考に至ったのも当然だった。
わざととはいえ盗むという犯罪を犯させて食料を手に入れされるくらいならば、直接渡してあげた方がどちらもマイナスにならない、とアルベルは考えていたのだ。
しかしその考えをビンスは一蹴した。
「はぁ・・・いいですか、もし仮に、あの子が他人へ気を使う人間ならば、直接食料を渡されたりしたらどう思うかお分かりですか?」
「申し訳無さと罪悪感でそのうち貰いに来なくなる・・・とか?」
「そうです。街としてはそれは最も避けたい結果です。だから今のような『私は仕方ない。』、『しょうがなかった』と思わせるのが1番なのです。」
「外の人なのにやけにあの子の肩を持ちますね。何か理由でも・・・?」
ビンスはその質問をされた時一瞬躊躇した。
表情には出ず、態度にも出なかったが、ほんの一瞬、言葉が詰まったのだった。
「昔・・・色々ありまして。」
それ以上は語ろうとしなかった。
ハーツも何かを察し、それ以上の詮索はしなかった。
「本当に・・・それが正解なのかよ・・・。本当に・・・それしかねぇってのかよ・・・。」
アルベルは一人、街の住民全員と、ビンスの意見に頭を悩ませていた。
その呟きに対してビンスは言った。
「アルベル様。これだけは覚えておいてください。悪を見逃す正義を、人は強く叩きます。しかし、善の為の悪を人は許します。あの子も住人の方々も、皆必死なのです。通りすがりの我々が簡単に口出ししていい事では無いのです。」
ビンスの強い語気に圧倒され、アルベルはうろたえてしまった。
「そりゃ分かってるけどよ・・・。」
「・・・・・・『ぺスカも砂利は救えぬ』です。」
『ぺスカも砂利まで救えぬ』。古代の巨人族、『ぺスカ』が大岩を退かして断水から人々を救ったが、断水していたことによって水が回ってきていた集落は旱魃で滅んだという言い伝えから生まれた慣用句。どんな大岩をも動かせる人物でも、全てを平等に救うことは出来ない、余計なことをして事態を悪化させる、等の意味を持つ。
アルベルはその言葉を言われてから口を閉ざした。
その慣用句の意味を噛み締めていたのだった。
「まぁアルベルさんがそう思われるのも仕方の無いことです。・・・・・・しかしこれは我々があの子にしてやれる贖罪なのです。」
「贖罪・・・?」
アルベルがいつもの癖で聞き返した。
「何せ・・・彼女の両親を殺したのは・・・"この街"ですから・・・。」
ハーツのその不穏な発言はアルベルを再び困惑と疑問の渦にたたき落とし、ビンスの表情を少しだけ歪ませたのだった。
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