第二話 異世界流し
死を覚悟した瞬間の事だった。
背中に今までにない衝撃を受け、宙へと舞い上がり、鉄板で焼かれる肉のように身体中を駆け巡る熱と痛みを感じ、朦朧とする意識の中、目を閉じたカルマは何やら体の下に違和感を感じた。
背中はアスファルトの上とは思えないほどに柔らかく、寝心地が良かった。
まるで何かクッションのようなものが敷いているかと錯覚するほどに。
しかしカルマの考えは「もしかして助かったのか」等と思うほど浅はかではなかった。
カルマは恐る恐る目を開けてみた。
細々と開けていく目の小さな隙間を縫って、行き場を失ったような光達が目の中へと侵入してくる。
何か温かみを感じるような眩しさだった。
長い時間目を閉じていたため、思わず目に手を当てようとすると、何故か見覚えのないずんぐりむっくりした腕が視界に入ってきた。
まるで切る前のハムのような。
なんの腕だこれ?
カルマは自分の腕を探した。何故か首が動かない状態だったため、腕だけ動かしてみることにした。
するとやはり先程のハムのような腕が反応する。
手を握り、開き、指もムチムチなその腕の部位一つ一つすべて自分の思いのままに動くのであった。
カルマは腕を一旦降ろし、スーッと深く息を吸った。
その動作ですら違和感を感じざるを得なかった。
一旦落ち着こう。
腕は・・・動く、足も持ち上がる、どうやら体の不自由は一部分だけらしい。
そして先程視界に入ったハムのような腕。
俺は起き上がり呟いた。
どうやら俺は・・・
「赤ん坊になったらしい」
我ながら赤ん坊のくせに流暢に喋りやがる、と心の中で苦笑した。
この時期から喋れたらノーベル賞ものだろ。
世界一喋るのが早かった赤ん坊・・・ってか。
首が動かないのは恐らくまだ首が座っていないからだろう。
というかそれくらいの年齢の頃にここまではっきりとした自我があるものなのだろうか。
ただ赤ん坊になっただけならまだ良いのだが、悪い予感がしてならない。
そんな事に頭を巡らせつつ、自分の置かれている環境を把握するため、周囲を見回した。
すると机や椅子が木の作りで、床は石でできているようだった。
暖炉のそばには石造りのキッチンのようなものがあり、竈の中は火が起こされていた。
ここはいわゆるリビングダイニングキッチンなのだろう。
転生前の家もこんな感じだった。
いや流石に竈は無いが。
「なんだこれ・・・これじゃまるで中世ヨーロッパって感じじゃねぇか・・・。」
カルマは自身の見た光景がゲームで慣れ親しんだ中世ヨーロッパのような風景で困惑した。
生まれ変わって赤ん坊になった先が日本じゃないにしてもここまで極端に古い家など本当にあるのだろうか・・・。
本当になんなんだこれ・・・?RPGの世界にでも来ちまったみたいな感じだな。
そしてそこが普通の世界では無いということを圧倒的に示している点に気がついた。
「テレビねぇじゃん・・・ってかテレビどころの話じゃねぇ・・・竈ってなんだよ・・・さっき自分で突っ込んどいて違和感に気づけてねぇじゃねぇか。そこはオーブンレンジとかトースターとかそういうのじゃねぇのかよ・・・。」
そう、テレビや電子機器の類が一切ない無い。
現代に似合わない家の内装と家具。
そもそも存在すら確認できない電子機器。
なにより信じられないのは、前世の記憶と肉体年齢の割にはっきりとしている自分の自我。
「こりゃ俗に言う・・・”異世界転生”ってやつじゃねぇのか・・・。」
カルマは未だ自分の置かれた状況に困惑していた。
ーどうして自分が異世界などに転生させられたのかー
ー誰が自分を異世界に転生させたのかー
ーそもそもここは本当に異世界なのかー
挙げれば疑問は尽きないため、今は考えることをやめた。
今考えても答えが出ないのならそれは意味の無い行動だ。
それだったら切り替えて他の行動に移すべき。
好きだったキャラクターのセリフを引用し一旦考えることをやめた。
そしてその思考の次の行先は既にとある方向へ向かっていた。
前世ではあのまま生きていてもどうしようもない人生だった。
部屋に籠りゲーム三昧の毎日。
何もしないくせに面白いことを期待して。
そんでもって外出てみたらこんな状況になってしまった。
本当に何をするにも散々な人生だった。
だったらいっそのこと赤ん坊からこの世界でやり直しながら生きるのも悪くはない。
まぁ異世界が嫌いでも戻る方法は知らないのだが。
しかし、今度こそ普通に育って、普通に頭良くなって、普通にモテて、普通に働いて、普通に死ぬ。
そして何よりは『親や友人を失望させない事』だ。
自称、『来る者拒まず、去る者追わず』の精神を掲げていたカルマは与えられた罰ならば甘んじて受ける気でいた。
しかし前世ではみな自分に呆れ、口すら訊かなくなっていたため、自分はどんどん堕落していった・・・・・・等と再び他人のせいにするような言い訳じみた言葉を脳裏に浮かべた。
この現状は恐らく前世で何もして来なかった自分への罰であり、何もしてこなかった怠惰は罪だったのだと割り切るべきだと判断した。
「とにかくここは異世界であり俺はこの世界に転生させられて、サボらず真面目に生きて、一から徳を積むような人生を送れってことだな。」
昔、日本の刑罰として『島流し』なるような物があった事を思い出し、カルマはこの現状を『異世界流し』と命名し、現状を『どうしようもないもの』、『罪滅ぼしの最中』として割り切ることにした。
そして彼がまず一番に考えたのは異世界の世界観だった。
先程の体の違和感の正体が分からない。
前世でも別に赤子の時の記憶がある訳では無い。
そのためそれが一概に世界観に関わっているものではないのかもしれない。
だが、もしかしたらこの世界の赤子が普通に持っている違和感、という可能性も捨てきれない。
というのも先程から自分の視界の端に水晶のようなものに、体力、知力、腕力、攻撃力、魔力、防御力、魔法耐性、速度、運と9種類項目が映し出され、それぞれに数値が振られていた。そしてステータス以外にも様々な情報が記載されており、カルマはまじまじと映し出された映像を見た。
前世ではあまり目が良くなかったため、目が良すぎる赤ん坊の視界がとても輝き、眩しく見えた。
名前:カイン・S・アルベル
年齢:生後2ヶ月と24日
身長:51cm
体重:7.1kg
レベル:1
体力:11
知力:88
腕力:3
攻撃力:1
魔力:12
防御力:3
魔法耐性:9
速度:4
運:50
スキル:未定
と上記のように表記されていた。
ツッコミどころは色々あるが、まず俺はカイン・S・アルベルという名前のようだ。
異世界転生でよくある前世の名前をそのまま引き継ぐわけではないようだ。
厨二心をくすぐるイカした名前な為、そこに反論はなく、素直に納得した。
そして次に小柄の割に意外と体重が重いのだなと思った。
赤ん坊の平均体重などいちいち覚えていないが、前世での自分の同時期の体重と身長を見た時の記憶の通りなら、もう少し軽かったはずだ。
前世ではぱっとしない体系だったため、今後少しでもガタイが良くなる事を祈った。
ステータスに関しては今後伸ばせる可能性のある腕力や防御力等は低くても納得がいくのだが運に関しては別だ。
こんな赤ん坊の頃から運の値が決まっているなんて世の中ってのはどの世界でも厳しいものだな、と滑稽にも赤ん坊が頭を唸らせた。
しかし知力のパラメーターが他の項目に比べて数値が高いのが気になった。
恐らくは何かの手違いか何かで前世の記憶を保ったまま異世界へ転生した俺の現代知識やゲームで鍛えた戦略性や属性相性等が残っているからだろう。
それと腕力や攻撃力より魔力や魔法耐性などというファンタジー要素のステータスの方が強いようだ。魔法を扱うには知力が高くなければならないというのは魔法使いの定石だ。
魔力が他に比べ高いのはその影響なのだろうか。
それともこの世界の平均的な値なのか、今は確かめようがなかった。
最後にスキルという項目があった。
この世界でスキルが先天的なものなのか後天的なものなのかは分からなかったが、もし前世の記憶を引き継げるというのが俺のスキルなら無い方がマシだったかもしれない。
いやそれも俺に対しても罰なのかもしれない。
たが未定と記入されていることから、その線は薄く、恐らくスキルとは後天的なもので、後々自分で好きなスキルを選んで習得するという方式なのだろう。
誰でも習得可能なスキルや魔法があるのか、それともその個人はひとつの属性、または特殊な魔法だけを使えるのか、そんなことを考えると少しだけ胸が踊る。
今程ゲームオタクでよかったと思ったことは無い。
「覚えられるとしたらどんな魔法が覚えられるんだろうな・・・」
その人間ひとつに適正のある属性とかあるのだろうか。
だとしたら俺は何系だろう。
炎系?水系?それともゲームでは最強である事が多い雷系?
そもそもこの世界では基本属性のようなものはあるのだろうか。
ゲームで定番なのは、風林火山とか、炎、氷、風、岩、雷とかそういう感じだが、この世界では能力相性などはどうなっているのだろう。
そうこう考えていると玄関の方から物音がし、家の扉が開いた。
どうやら誰か帰ってきたらしい。
俺からすれば転生したとはいえ、他人の家に勝手に上がり込んでるため、複雑な感情だった。
俺は少し身構え、玄関の方向へ顔を向けて寝転がった。
コツコツと石畳を歩く足音がどんどん近づいてきた。
そして遂に部屋のすぐ側まで来たようだ。
一体誰なのだろう・・・。
普通に考えれば両親だが、ここは異世界・・・!
何が起きても不思議では無いのだ。
そう大切なのは力でも勇気でもなく、全てを受け入れる『覚悟』なのだ。
アルベルはその人物が誰なのか見当がつかないまま、その人が入ってくるのを小さな胸に秘めた実り始めの『覚悟』を持ってじっと待った。
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