第十七話 無力で非力
俺は目を覚ますと、またしても見なれない天井が目の前に拡がっていた。
俺はこの世界に来て何度見慣れない天井を目にしなければならないのだろう。
すっかり外は夕方になっており、オレンジ色の光が白い医務室を黄昏色に染めていた。
意識がはっきりしない中、俺は起き上がろうとした。
すると、横には俺を看病してくれていたのだろうか、疲れ果てて椅子に座ったまま寝ているエリナがいた。
金髪の綺麗な髪色と白い肌に夕日の光がよく映えた。
静かに立てている寝息は小動物のように可愛く感じさせた。
閉じた瞼に金色の長いまつ毛。
潤った唇に俺は固唾を飲んだ。
こんな美少女が巻き込まれただけの俺を看病までしてくれていただなんてと思うと少しだけ痛みがマシになったような気がした。
だが、俺の危機感はそんな気持ちを一瞬で吹き飛ばしていった。
負けた。
あんな中年の自己中野郎に負けたのだ。
派手に遅刻して、デルミアに啖呵切ってその結果負けたのだ。
いくら力の差があるといっても負けは負けなのだ。
「クソッタレが・・・。」
俺は唇を噛みながら呟いた。
噛んだ唇からは血が垂れた。
今更こんな傷どうも感じない。
そして俺が呟いた後に、タイミング良くエリナが目を覚ました。
すると「良かった、目を覚まされたんですね。」と笑顔で一言。
俺はその笑顔に呆気にとられた。
先程まで可憐で夕日が映える大人の女性の雰囲気を醸し出したにも関わらず、ここまで無邪気な笑顔をするのかと思ったからだ。
「あれから・・・どうなった。」
俺は完全に気が緩み、再びベッドに倒れ込みあの決闘の後どうなったのかをエリナに聞いた。
自ら請け負った訳では無いにも関わらず我ながら恥ずかしい。
守らなければならない対象に介抱されていたのだから。
俺は恥ずかしさと悔しさでエリナの顔を見れずに、そっぽをむいたまま問いかけた。
「アルベル様は覚えているか分かりませんが、お二人の剣と魔力がぶつかり合う瞬間、王国騎士団副団長のセルビオ・ストライク様がアルベル様と御相手のユージュ様との決闘をお止めになられました。その後は決闘を了承したお二人の上官であるダイス様が咎められていました。後でアルベル様とユージュ様にもお話があるそうで。」
なるほどな。
あの緑髪のチビが俺とあのおっさんの決闘を止めてくれたわけだ。
この世界のパワーバランスはどうなっているのだ。
チビだけど強いなんてゲームや漫画の世界だけだぞ。
あの見た目で大剣を振り回したりなど、定番のこともするのだろうか。と俺は心の中で苦笑した。
「それと・・・俺のボコボコになってた顔面とか身体中の傷は誰が治してくれたんだ?」
するとエリナは自慢気に胸を張った。
あんたが胸を張ると服のボタンが可哀想だ。
「それは僭越ながら私が治させて頂きました!攻撃魔法はあんまり得意では無いのですが・・・回復魔法なら城の医療班にも負けませんよ!」
俺はその時、昨日俺の話を聞いていた時のエリナを思い出した。
話をする前は暗く、何を言っているのか聞き取れないくらいには根暗だった彼女が、俺と話している時はなんだか明るくなっているような気がしたからだ。
俺はそこで、少し口角を上げながら、ため息をついた。
俺はなんて無力なんだ。
こんな女の子ですら俺の傷を癒し、看病までできるというのに・・・。
考えれば考えるほどそれしか思い浮かばなかった。
力の無い男の俺は一体何ができるのだろうか。
気づけば頬を涙が伝っていた。
「アルベル様・・・!」
「あれ・・・おかしいな・・・。俺からしかけた訳じゃないから悔しくねぇと思ってたのに・・・。」
俺の目からどんどんと涙が溢れ出した。
今の俺の顔は恐らく今までにないほどぐしゃぐしゃだろう。
悔しい。
ー悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい。
頭の中がその考えで埋め尽くされると俺は声を殺しながら泣きじゃくっていた。
「アルベル様・・・。」
泣きじゃくっている俺の横のエリナが椅子から立ち上がると俺の事をそっと抱きしめてくれた。
柔らかな感触が俺の顔を包んだ。
優しく暖かい。
花のような香りが俺の心を安らかにしてくれた。
この感覚は母さんに抱きしめられた時の感覚に似ている。
似ているが違うものを感じる。
例えるなら母さんの抱擁は、母としての心配と安心を込めた、愛情の抱擁。
エリナの場合は、慈愛と慈悲の心を込めた、愛情の抱擁であった。
俺は無様にも護衛対象であるエリナの胸の中で涙が枯れるまで泣いた。
エリナはそんな俺に軽蔑の目も向けずにただただ俺を慰めてくれた。
「悪かったな姫さん。あんな醜態晒しちまって。」
俺は気が済むまで泣き、目の周りは赤く腫れていた。
俺たちは医務室を出て少し行ったところにある待合所のような所で話していた。
「いえ。アルベル様にもあのような一面があると知れて私も嬉しかったです。」
エリナの周りに『ニコッ』というエフェクトが現れた。
本当にこれはなんなのだろうか。
だがまぁ今はエリナに感謝している。
深く聞くのはやはり野暮というものだ。
しかしこれだけは気になった。
「なぁ。なんで俺にここまで良くしてくれるんだ?」
俺は流石にこれは聞くべきだと判断し、問いかけた。
当たり前の話だ。昨日から思っていたが、一田舎者の俺をエリナが気に入る理由が見つからないのだ。
するとエリナの周囲には『モジモジ』とエフェクトが出現した。
話すのが恥ずかしいのだろうか、やはり可愛い。
しかし今回ばかりは聞かなければならない。
「俺がエリナに協力してるのは、俺がエリナに好意を抱いてるからと、親父と同じ仕事が出来るかもしれねぇって思ったからだけど・・・。」
唐突な俺の告白にエリナは顔面を真っ赤にし、ふたつに結んでいるおさげで顔を隠した。
隠しているようだが、お下げを前に持ってきた事で、耳がさらけ出され、真っ赤になっていたのが見えた。
新鮮な反応で俺は楽しくなってきた。
「俺からするとここまでエリナが俺の事を気にかけてくれる理由がわからねぇ。さっきだって無様に負けたり泣きじゃくったりしてよ。」
俺がそう言うと、エリナはまだ赤い顔をこちらに向けて話し始めてくれた。
「これは・・・ですね。他言無用でお願いしたいのです。私もデルミア以外には知られていないことですので・・・。」
さっきとは打って変わって真面目な表情になった。
その凛とした表情には、少しだけ憂いと悲しみが浮かび上がっているような気もした。
俺はエリナの初めて見せる表情に少し気持ち負けしているところがあった。
俺はそんなところでも自分の情けなさを感じられずにはいられなかった。
「分かった、誰にも言わねぇ。約束する。」
俺がそう言うとエリナは『そういうと思ってました』と言わんばかりに頷き、話を始めた。
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