脱出
目を覚ますと眩しい青空が目に飛び込んできて、辺りからは細波の音が聞こえてきた。
「あ!起きた?」
聴き慣れた島民とは違う、初めて聞く異質な高音の声がする。
その方向に顔をゆっくりと向けた途端、アスタは今までに感じたことのない衝撃に襲われた。
朝日のような綺麗な金髪、透き通るような白い肌、しなやかな体の曲線、何よりたわわと実った胸元・・・
「はわわわわわわわ!!!!!」
突然目の前に舞い降りた、夢にまで見た本物の女性を前に動揺しすぎて慌てて距離を置いてしまった。
「驚かせてごめんなさい!・・・もしかして人魚を見るのは初めて?」
「へ?人魚?・・・人魚だぁぁぁぁああ!!!」
言われてから下半身の魚部分に気付き二重で驚く。
上の胸と、下の魚と目が何度も何度も往復が止まらない。
「え?人魚に驚いていたんじゃないの?」
「わわわわわわ・・・・・・」と会話にならないアスタに首を傾げて困っていると、他の人魚がやって来た。
「おはよー!目が覚めたの?」
「男の子大丈夫だったー?」
あっという間に3人の女性人魚に囲まれて頭の処理が追いつかず、ついにパンクして鼻血を出した。
「あら、倒れちゃった・・・」
最初にアスタを見守っていた金髪の人魚が膝枕をして鼻血を抑える。
「ねぇ、私この服見たことある!前に向こう側にあるアンティパストって島まで泳いだ時にそこのみんなが着ていたわ!」
海のような青い髪色の人魚が言うと、隣にいた若草のような髪色の人魚が聞き返した。
「アンティパストってたしか魔王軍が月に一度偵察してる島よね?たしか女性が全員追い出されて、残った男性が開拓してるとか」
「あ!もしかして月一回このソルベインレット付近の港から出航してるあれ?」
金髪の人魚がアスタを覗く。
「この子、女の子にすごく驚いてたし・・・もしかしてあの島から来たのかも」
アスタは急に目を覚ますと勢いよく上半身を起こしたかと思うと、両手で顔を覆ってブツブツと呟き始めた。
「これは夢だ!俺は海の中で溺れて死にかけてたから・・・そうだ!ここはあの世なんだ!!だからこんなに女がいるんだ!!また目を開けたら絶対海の中だ!!女はファンタジー、女はファンタジー、女はファンタジー・・・」
言い終えてから手を離すとやはり海ではなく陸だし、女の人魚もしっかりいた。
「女だぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!天国だぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!」
人魚達がその大声に思わず手で耳を塞いだ。
「・・・やっぱり君、地図にない島、アンティパスト島から来たんでしょ?」
人魚の意外な言葉にアスタが一瞬固まる。
「え?アンティパストって地図に無いの!?嘘!?」
「本当よ!あそこは軍事開発を秘密裏に行ってるから、魔王軍が十数年前に地図からわざと消したの。でもそんな島たくさんあるし、元々知名度も低い小さな島だからこの辺の人くらいしか消えたことは気付いてないかも」
「えぇー・・・消された上にこの辺でしか認知度のない島に住んでたのか・・・」
人魚の話を聞いて改めてショックを受ける。
「とにかく元気そうでよかった!」
「私たち、みんなのところに戻ってるね!」
金髪の人魚を残して2人の人魚は海に戻って行った。
アスタ達の元を離れて他の人魚たちと合流しようとしたら、何やら港方向が騒がしい様子だ。
「ねえ、あそこ!!」と若草色の髪の人魚が指差す方向を見て、青い髪の人魚も驚いていた。
「嘘・・・何であの方がここに・・・!?」
残った人魚がアスタに問いかけた。
「ところでさ、何であの島から出てきたの?」
「実は・・・」
島での父の話を思い出し、魔王軍を欺くために全て秘密にして行ってきたことを話すべきか悩んだ。
『あ!でも、本当の親探しに来たって言ったら同情されるかな?もっと優しくしてくれるかも?』
アスタは人魚をじっと見たら笑顔で傾げてこちらを見ていた。
ついついだらしなくニヤけてしまう。
「君は1人で来たの?」
「・・・あ!!そうだ!他に俺くらいの年齢の男が3人いなかった!?4人で来たんだよ!!」
人魚は困ったような表情を見せる。
「残念だけど、あなた以外見てないわ・・・」
アスタが落ち込んでいると、人魚は肩に手を当てて励ましてくれた。
「大丈夫よ!きっと海流に流されてどこかに行ったのよ!死体は見つかってないもの!!」
人魚の言葉に顔を上げる。
「そうだよな・・・まだどこかで生きてる!仲間を探さないと!!」
「あ、そうだ!これ、あなたのよね?海に落ちた時に大事そうに持ってたわよ!!」
そう言われて渡された刀を受け取った。
「これ!!・・・ありがとう。親から貰った大事な物なんだ」
「そうなの・・・」と大事そうに抱えるアスタを人魚は優しく見守った。
「君が助けてくれたの?」
「ええ、そうよ!刀の重みで沈んでいってたからね!途中で落としちゃったみたいだけど、他の子が拾っておいてくれたの!」
何かを考え込むようにアスタが話さなくさり、じっと一点を見つめる。
人魚もそんなアスタを見て何かを察したのか黙った。
『もしかして・・・すごく怖かったのかな?思い出しちゃった?』
だがしかし、思春期男子の発想はもっと単純だった。
『思い出せ・・・俺!!絶対助けられた時にあの体にかなり触れてるはずだ!!感触を思い出せ!!!』
目を血走らせいくら悩んでも気絶していたせいで思い出せなかった。
「くそぅ!!!」と思わず叫んだ声に人魚も驚く。
「あ、あまり無理しないで!・・・そうだ、名前は?」
話を逸らそうと気を使い、質問をする。
「アスタ」
「良い名前ね!」
「ありがとう」と礼を言って刀を再び抱きしめる。
「よっぽど大切な物なのね!」
「これが唯一俺を証明する物なんだ。俺は母親を探し自由を手にするため、あの島を出てきた!」
勢いのまま人魚の手を握ったので驚いた顔で見られたが、全く気にせず続ける。
「本当にありがとう!そして初めて見た時からボクの心は貴女一色です!これは運命以外の何ものでもない!どうかボクと結婚を前提にお付き合いして下さい!!」
『よし、練習通り言えた!!』
アスタは島の納屋に落ちていた女性用雑誌で読んだ告白文を日々練習し、今丸々伝えた。
雑誌の特集記事のタイトル“今もっとも言われたいプロポーズ!!”。
発行は30年前、現在は廃版している。
「え?故郷や親は?」
「そんなことよりももっと大切なモノを見つけました。そう、あなたです!」
アスタが真っ直ぐに熱烈な視線を送り続ける。
「でも、陸上で長く動けないから仲間探しとか一緒にできないかも・・・」
「大丈夫です!生きていればその内会えます!なんならここでボクが暮らします!!」
少し間を空けて言いづらそうに返答した。
「あの・・・ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
アスタは撃沈した。
手を離して落ち込んでいると、人魚が保健体育の本(エロ本)の入った別の袋を渡してきた。
「ねえ、そういえばこれもアスタのよね?」
袋から透けて見える保健体育の本を見て動揺する。
「ふぇ⁉︎ままま、まさか!!違う違う!漂着物じゃないかな?多分、きっと・・・」
眼球というプールを瞳が最大限に使って自由に泳ぐ。
「でも、アスタがずっと抱えていたわよ?刀は落としても、これだけは持ってたわ」
「すいません。僕のです。拾って下さりありがとうございます・・・」
言い訳出来なくなりついに引き取った。
意外と濡れなかった本を安心して見ていると、人魚が微笑みながら呟いた。
「勉強熱心なのね!」『故郷から教科書持ってくるなんて、たくさん勉強したいのね!』
アスタは目を大きく見開き、この言葉の深読みを始めた。
『は?今何て言った?勉強熱心?エロ本を大事そうにしてる様を見て言ったのか?・・・もしかしてこれがいつかの雑誌で読んだ童貞イジりというやつか?そんな見下されるもんなの?10代半ばまで女と関わらないって罪なの?答えてくれよ、おい!!』
脳内で目の前の心優しい人魚を勝手に責めていると人が来た。
軍服を着た黒髪で背が高い端正な顔立ちをした男性だ。
『あれ?あの腕章どこかで・・・』
人魚が口元に両手を持っていき、急に動揺し始める。
「早朝に浜辺で我が隊の救命ボートが打ち上げられていたと報告があったが、もしかしたらアンティパストからの脱走者がいる可能性が高い。この辺で不審な者は見かけなかったか?」
男性がアスタに気づいた。
「誰だお前は?・・・その作業着。救命ボートを盗んだのはお前か?」
尋問する相手の腕章をやっと思い出した。
『あの腕章!!そうだ!昨日リーダーがしてたのと同じ!!・・・てことは、こいつ魔王軍か!!』
気付いた途端、口元を覆って俯き思考を巡らせこの場を回避する方法を探る。
『どうする⁉︎バレたら島のみんなにも罰が・・・。人魚さん!!助け・・・』
必死に助けを求めて人魚を見ると目がハートになっていた。
文字通りとはこのことかと思うくらいハートの蕩けた眼差しを人魚が男性に送り続ける。
「人魚さん?・・・まさかこいつ!!」
また軍服の男性に目を向けると海が騒がしくなった。
「きゃー!!葵さまーーー!!」
黄色?ピンク?の声援と共に大量の人魚が海から現れる。
アスタは唖然としていたが、すぐに怒りがこみ上げてきた。
「お前かぁぁあああ!俺の初恋をぉぉぉぉおお!!」
怒りのまま刀を持つが手元が震える。
「フンッ!お前、(人に刃を向けるのが)慣れてないな?」
鼻で笑われ、アスタの顔が赤くなっていく。
『バレた!流石お外のイケメン!いくらでも女に囲まれてるってか!?でもな、田舎者の俺にだってプライドはあるんだ!!』
「はぁ!?違うかもしんないだろ⁉︎」
「震えてるぞ?無理はするな」
見栄を張った矢先に指摘され、恥ずかしさが増す中、必死に右腕を抑えた。
「鎮まれ〜、鎮まれ〜!!」
また鼻で笑われ、こちらを見下す葵に向かって吠える。
「余裕ぶっこいてんじゃねーよ!!(女に)慣れたら強くなれんのかよ⁉︎」
「無理に慣れるものじゃない。それに、慣れてない方が幸せなんだ。気づかないだろうがな」
葵に言われて悔しさから下唇を噛む。
『くっ・・・羨ましい悩み!!俺も言ってみたい!!』
「お前なんかに俺の辛さの何がわかんだよ!!」
刀を上に振りかぶって襲いかかるが、目にも止まらぬ速さで胴を鞘のまま斬られた。
「二度は忠告せんぞ。今回は見逃してやるから帰れ」
アスタに背を向け歩くと、背後から呻き声にも似た声が漏れる。
「・・・が偉いのかよ」
近くにいた人魚だけがアスタの言葉に気づいた。
「慣れた奴がそんなに!」
再び立ち上がったアスタは高く飛び、葵に向かって刀を振り下ろした。
「偉いのかよぉぉぉおお!!!」
不意打ちで押し倒された葵の喉元に刀を向ける。
葵はアスタの手を掴んで押さえていたが、手を離した。
「そうか・・・お前にその覚悟があるのなら俺で慣れるといい!最初の1人になってやろう!」
周囲から人魚の悲鳴が上がる。
しかし、葵が手を話した途端にアスタの力が抜けた。
「え?いや、そっちの趣味は無いよ。いくら男しかいない島とはいえ・・・」
「は?」
ここでやっとアスタとの会話の意味を理解した。
おもむろに吹き出す。
「慣れるって、女慣れの意味だと思ってたのか?ぷっ!」
「うるせぇ!やっぱ殺す!!」
アスタが目をひん剥いて力一杯葵に向かって刀を押し付けようとする。
「悪い、悪い!たしかに女がいない島だもんな」と言いながら赤面するアスタを横に下ろして起き上がる。
「しかし、不意打ちとはいえ四天王の俺から一本取ったことは認めよう。アンティパストから来たお前の目的は何だ?」
「べ、別にアンティパストから来たなんて一言も言ってないだろ!別の島からかもよ?」
動揺しながら隠そうとするが葵は冷静に返えす。
「嘘は吐くな。その作業着でわかる。お前アカガミだろ?毎回遅刻や作業時に何かしでかすから報告書でよくその顔を見たのを思い出したよ」
「う・・・そんな所で見られていたとは誤算だった・・・」
アスタは俯いたが、また真っ直ぐに葵を睨んだ。
「四天王葵!!俺は島をこんな事にした魔王を倒して自由を手にする!そして彼女を作る!!」
「彼女?」と一瞬呆れて聞き返す。
葵が海を見た。
「ま、そう思うのも無理はないか。俺は魔王様に仕える身だが、最近あの方のやり方には俺もいささか疑問を抱いていないわけではない」
アスタが睨みつける。
「だが、俺を倒せないようではあとの3人にも勝てんだろう。ましてや、魔王を倒すなんてバカな考えは止めて帰れ。父親が泣くぞ」
去っていく葵を人魚が呼びかける。
「葵さま!」
「悪いがそいつを手当して帰してやってくれ」
アスタが顔を上げる。
「え!それってつまり・・・脱走を見逃してくれるってこと!?」
葵が振り返り睨みつける。
「脱走を見逃すとは言ってないだろ!注意だ!帰れ、島に!!」
「まぁまぁ、葵さまよぉ!」とニヤニヤと悪い表情で笑いながら近づく。
そして肩を組んで人魚には見えない位置で懐から袋に入った本を出した。
「お礼と言っちゃぁなんだが、これ見せてやるよ!俺らのとっておきのエ・・・へへ!エロ本だ!!」
どこで覚えたのか悪どい顔で鼻の下を伸ばし、出してきたのは保健体育の教科書だった。
葵は「ぁー・・・」と小さく憐みの声を漏らしながら見ていると、アスタが教科書を捲り、女性の裸のイラストのページを興奮気味に見せた。
「ほ、ほらここ!・・・へへ!いつ見ても興奮するよ!!」
『臓器丸見えだけど・・・』と思ったが葵は言葉を飲み込む。
教育も受けず、異性にも触れる機会のなかったアスタに対し、傷付けないような返す言葉を探していた。
少ししてから「・・・まだ、外に出るのは早かったんじゃないか?お前に外の世界はきっと刺激が強すぎると思うんだ」とつい説得にかかってしまった。
引き返して人魚に葵が再び話しかける。
「あいつのことを島まで送るのに船が必要なら魔王軍が出すから、あまり遠慮はせずに言ってくれ」
人魚が不思議そうに、去っていく葵の背中を見送った。
同じく不思議そうに葵を見送るアスタに、人魚がこっそり教えてくれた。
「あの魔王軍一の剣の達人である葵さまから一本取ったのは本当に凄いことだから内緒で教えてあげる!」
耳打ちする人魚に思春期の妄想が膨らむ。
『この子本当は俺のこと好きかもしれない!じゃないと俺にこんなに近くに寄らないもん!きっと葵に勝ったから今ので好きになったに違いない!これから告白されるんだ!俺も好き!!』
案の定、そんな告白ではない。
「ここを北東に進めば集落があるわ。噂ではそこに妖精を使う召喚士や、剣術に優れた剣豪達がいるらしいの。そこが一番近い集落だから、そこを訪ねるといいわ!」
アスタは興奮して鼻息が荒くなっていた。
なぜなら、こんなにも吐息がかかるくらい女性と近づいたのは初めてだからだ。
「あ、ありがとう・・・」
『あれ?告白してこない。照れてんのかな?俺から言うか』
相手の話をそれなりにしか聞いてないくせにアスタは「仕方ないなぁ〜!」という顔をしている。
「どういたしまして!見つかるといいわね、仲間とお母さん!」
人魚は去ろうとしたが急に腕を掴まれた。
「人魚さん、本当にありがとう」
「い、いえ・・・」
戸惑う人魚に畳み掛ける。
「好きです。結婚して下さい!」
真顔のアスタに向かってニコリと笑った。
「見つかるといいわね、仲間とお母さん。それと素敵な彼女も!!」
言い終わると間髪入れず海にダイブして去った。
残されたアスタはしばらく黙ってから立ち上がる。
教科書の入った袋についた砂を払い、小脇に抱えた。
「よし、いくか!初恋って苦酸っぺぇぇ!」
涙を堪えるために上を見ながら鼻を啜って歩いて行った。
おまけ
人魚は慌てて仲間の所に泳いで行った。
「あれ?もうアンティパストには行ったの?」
「ううん、置いてきちゃった!」
首を振る人魚に他の人魚が驚く。
「えー!?いいの?葵さまがもし1人で危険そうなら手伝うようにって言ってたんだけど・・・」
「あの辺海流きついもんね」
するとアスタから逃げた人魚が「怖かったの、急に求婚されて・・・」と呟き、周りも「あぁー・・・」とそれ以上その人魚を責める者はいなかった。
「いいよ、葵さまには正直に言えばわかってくれるだろうからさ!」
「うん・・・」と泣きながらみんなで海に潜っていった。




