メリリーシャの街
翌朝、馬車に揺られて葵とパーティはメリリーシャの街へと到着した。
メリリーシャはこの東西の大陸にある街で一番栄えた街である。
近隣の山脈から鉱物が取れる為地面は石畳になって舗装されており、建築物も石や煉瓦造りが多く、これまでの建物に比べると高さがあり、ランドマークとなる建物も多い。
人が密集する街並みは、建物が所狭しと並び路地が多く存在していた。
さらに人口が多い分、多くのイベントがあったり、店には多種多様な品物も存在している、いわゆる大都市である。
朝日が葵の顔を照らし目を覚ますと、目の前にはパーティ達が散乱していた。
アスタは床で寝て、キャメリアは座っていた椅子に横たわり片足を曲げて上に乗せ、片足は床に垂らしている。
シャロンに至っては葵の膝に頭を乗せ、大きく開脚した足はキャメリアの腹に乗せていた。
「こいつらどんな育ちしてんだ!!」
御者が「もうすぐ着きますよ!」と声をかけた。
馬車から下り、メリリーシャの中でも最高級なホテルのロビーに入り、軍服のジャケットを脱いだ葵がソファーに座る。
「で、何でお前らもここへ来た!?」
「だって泊まる場所もお金も無いし・・・」とアスタが口を尖らせて言う。
「泊めんぞ。もうお前らとはここまでだからな!!」
手で制して拒否すると、シャロンの腹の虫が盛大に鳴いた。
「・・・絶対!!絶っっっ対に!!もうお前らの世話はしない!!文句があるなら地元に帰れ!!それか俺が直々に強制送還してやる!!!」
葵に怒鳴られてついにシャロンが泣き出す。
シャロンの大きな甲高い声は広いロビーでも十分に響き渡った。
「うるさい!泣くな!!」
耳を押さえて怒ると余計に大きな声で泣く。ではないか。
あまりの大声にロビーのツボや客のメガネが割れる。
「お客様、いかがなさいましたか?」とメガネにヒビの入ったホテルのフットマンが駆け寄った。
「お、お、おな・・・お腹・・・空いたのにヒック・・・何も食べさせてヒック・・・くれないの!!ずぅーっと食べてないのに・・・!!もうお世話しないって・・・ヒックヒック・・・ここまで、東の大陸から連れて来たのに・・・帰れって言った!!うわーん!!」
葵を指差しシャロンは「葵さんのバカァーーー!!!」と絶叫した。
「まぁ、葵って、あの魔王軍の?」「四天王の中では一番品が良いと思ってたのに虐待?」「もしかして誘拐した子達なのか?」
周囲の上流層の客達が注目し、小声でそれぞれに噂する。
「違っ!誤解を生むようなこと言うな!!」
たじろぐ葵に目を光らせたキャメリアが目を潤ませてフットマンに上目遣いで補足する。
「家族を失った私達を養子にして、兄弟になって教育も受けさせてくれるって約束だったの。葵お兄様は旅こそ最高の教育だって言って、船も馬車も乗せてくれたわ!なのにここに来て急に見捨てるような事を!!・・・ウゥ!」
キャメリアがハンカチで目元を押さえる。
「お前もいい加減にしろよ!!」と睨むと次はアスタがとどめを刺しにきた。
「お兄様は決して悪い人じゃないんだ!!いつも優しくて、立派な人なんだよ!!たしか・・・魔王軍の四天王っていう偉い人なんだよ!!でも急にここに着いた途端、人が変わったように怒鳴り始めて・・・ウゥ!」
アスタもまたハンカチで目元を押さえた。
「おい!」と牽制するが嘘とも言い切れない絶妙な塩梅の方便に葵が言葉を探していたら、フットマンが思い出した。
「あれ?四天王の葵様と言えば・・・当ホテルを何度かご利用して下さってますよね?」
「は・・・はい」と小さめの声で俯いて返す。
フットマンは上目遣いのパーティを一瞥してから、再び葵に目線を戻した。
「あー、こちらの方々は慈善事業の一環ですか?大きな組織だとボランティア関係の活動が盛んですもんね!」
「・・・・・はい」
間を溜めてから返す。
「ご立派ですね!」と褒め称えてから小さめの声で葵に聞いた。
「今、躾か何かで少し強めに言っただけですよね?」
フットマンの背後からパーティがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら葵を見ている。
「・・・はい」
その返事にパーティ全員で喜ぶ。
さっきまで本気で泣いていたシャロンなんて飛び跳ねたりもしたが、手入れの行き届いたふかふかの高級絨毯だった為、フットマンには聴こえてなかった。
『このホテルってメリリーシャ1のホテルなんだろ!!』
『それが滞在費無料なんて!』
『キャー!楽しみー!!』
『この寄生虫共が!!』
葵は唇を噛んで怒りを押し殺した。
「部屋は3つ用意してくれ。女子は一緒で、男は別々で。俺の教育方針で自立を促す為に年長者のアスタだけは1人で過ごしてもらう。シャロンが幼くて心配だからキャメリアと一緒に過ごすこと」
最後に「くれぐれも!シャロンは行動を慎むこと!!」と睨みを効かせて釘を刺した。
「かしこまりました!教育熱心なのですね!3部屋、すぐにご用意致します!!」
フットマンは足早にその場を去り、パーティが葵に向く。
「せーの!葵さん、大好きー!」
「やかましいわ!!」
葵がアスタの胸ぐらを掴みすごい剣幕で睨みつける。
「おい、わかってんだろうな?俺の養子設定にしたということは変な事はするなよ?俺はセキュリティと秘密保持の観点からこんな最高級ホテルにわざわざ泊まってるんだ!!部下にだってもっと安いホテルに泊まってもらっている!お前らを最高級に泊めてやるからにはそれなりの態度でいてもらうからな!!」
「わかったって、ちゃんと葵の為に動くよ!」
アスタが苦笑いで葵を両手で制した。
「逆だ!!何もするな!!次、さっきみたいな目立つ真似をしたら即その首はねてやる!返事は!!」
「は、はい!!」
「よし」と言ってアスタを放す。
「レストランは1階にある。朝、晩は宿泊費から食事が出るが、昼は自分達で何とかしろ」
こうしてパーティは一応宿敵である魔王軍幹部の葵の名前と財布で滞在先のホテルを取ることに成功した。
朝食を済ませ、街の散策をする。
「やっぱ都会は人が多いな!」とアスタがワクワクしながら見渡した。
「流石よね!」
「どこ行く?」
シャロンが地図を広げ、キャメリアが覗く。
アスタは初めて見るような高さの建物を眺めていた。
「すげー!大きい建物いっぱい!人多い!」
心なしかみんなスタイルが良くて美男美女に見えるがアスタの思い込みである。
そんなよそ見をしているアスタの前を女子2人がはしゃいで歩く。
「カフェがいっぱいあるわね!」
「シャロン、ケーキ食べたいな!!ね、アスタ!ケーキ食べ・・・アスタ?」
振り向くとアスタが消えていた。
「アスタ!?」
「アスタが消えた!!」
2人で焦っていると足元から「おーい!助けてくれ!!」と声が聞こえる。
「アスタの声!」
「この穴からよ!」
キャメリアが指した所を覗くとアスタは穴の深くに落ちていた。
「何してんの?」とシャロンが聞くと「落ちた」と一言答える。
「見りゃわかるわよ」
女子2人が呆れているとアスタくらいの年齢の男子2人組がやって来た。
1人はジャケットを着てネクタイもキチンと締めた真面目そうな男子、もう1人はサスペンダー付きのハーフパンツに襟付きのシャツを着崩していた。
着崩した子はアスタと同年代のようだが、隣の男子は少し年上そうだ。
「だ、大丈夫ですか!?もしかして穴に落ちちゃいましたか!?」
慌てて駆け寄り、覗き込む。
「あーあ、せっかくの落とし穴が」
1人は残念そうにしていたが、2人で引き上げてくれた。
「ありがとう!」
「すいません。彼のいたずらで・・・」
隣の着崩したいたずらっ子っぽい男子が頭の後ろに両手を置いて舌を出す。
「せっかくノーティーエッグズでパトロックを落としてやろうと思ってたのに!」
ノーティーエッグズ【即席落とし穴】
ボタンを押して地面に置くと簡単な落とし穴を作ってくれるよ!
「あのね!街中でのトラップは止めろって前から言ってるだろ!!今みたいに誰かに迷惑掛けるから!!」
「ふんっ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ノーティーエッグズって何?」
シャロンが傾げて聞いた。
「子どものいたずら用おもちゃです!メリリーシャのおもちゃ屋さんには沢山置いているんですが、今みたいなこともあって大人からは危険だと非難されています。だけど、子どもからは絶大な支持を得ているんです!」
アスタは何かを思い出して、両手で楕円形を作って見せる。
「なあ!もしかしてこんな形の木の実みたいなのある!?葉っぱみたいなのをちぎれて、人に渡したら見た目が入れ替われるやつ!!」
いたずらっ子が顎に指を当てて考える。
「うーん・・・もしかしたらハンテンボクかな?」
「やっぱり!あれはここのおもちゃだったんだ!!」
感動するアスタにキャメリアが質問する。
「何でアスタがここのおもちゃを知ってるの?」
「俺が島から出るのにそれを使って魔王軍を欺いたんだよ!そのおもちゃは元は魔王軍が持ってて、都市で流行ってるって言ってたんだ!!」
その言葉にいたずらっ子が興味を持ち、顔を近づける。
「へぇ!ノーティーエッグズで魔王軍を欺いたんだ!!ねぇ、その話聞かせてよ!!ウチにおいで!お茶とお菓子出すからさ!!」
「え?え?」と戸惑っていると、隣の男子が笑顔で頷いた。
「そうですね!ご迷惑もおかけしてしまいましたし。旅の方々ですか?良かったらウチでお茶しながら旅の話しを聞かせて下さい!!」
3人で一度目を合わせる。
それから「お願いします!」と元気に返事した。
「え?ここが家?」
アスタは連れて来られた建物を指差して見上げた。
大都会メリリーシャの一等地で更に2人で住むには明らかに大きすぎる。
「めちゃ大きい・・・」とシャロンも漏らす。
「2人で住んでるの?こんな都会の真ん中に?もしかしてお金持ち!?」
パーティの反応にジャケットを着た男子が苦笑いで答える。
「違いますよ!僕たちはエディブルの花園という、この大陸のはるか北側にある町の出身なんです!そこの大使館の一員です!メンバーは5人なんですが、1人放浪癖のある人がいて旅に出ちゃってるから大体4人でここに住んでいます!あと来客用の部屋もあります!」
「ほぉ〜、外交大使なんだ!!立派な人!!」
アスタが過去に読んだ本で得た知識から引き出し、目を丸くしていた。
「だからジャケットとか着てるんだ!」
キャメリアが言うとシャロンが小さな声で「隣の子は着てないけどね」と言った。
「おい!チビ!!今バカにしただろ!!」
「し、してないもん!」
聞こえていたようで指を差して怒られた。
「まあまあ、お客さんなんだから!さ、入りましょう!!」
大使館に皆で入る。
「ただいま帰りました!3名のお客様をお連れしています!」
中に招かれ、ソファーに座った。
さっきの2人が改めて自己紹介をする。
「改めまして、僕は大陸の北端にあるエディブルの花園から外交のため、メリリーシャの街で滞在しています。パトロックです!」
「同じくロマです」
真面目な挨拶をしたパトロックと違い、ロマは少し気怠そうにする。
「俺は勇者のアスタだ!」
「私は召喚士キャメリアよ!」
「魔導師のシャロンだよ!」
自己紹介が終わると男性が入ってきた。
小柄な体型に、肩まである髪、優しい顔つきのジャケットを着たアスタより少し年上そうな青年だ。
「いらっしゃいませ!僕は2人と同じく外交官をしているリントンです!こちらをどうぞ。僕が焼きました!」
リントンが持ってきたお茶菓子を手に取り食べる。
「美味しい!」「サクサクしてる!」「軽くて食べやすい!」
それぞれに感想を言うと嬉しそうに笑顔になった。
「ありがとうございます!これはラング・ド・シャです。猫の舌という意味のお菓子です!」
リントンの言葉の後、すぐに最後の1人が入ってきた。
今までの3人とは全くタイプが違い、高身長で、大胆に胸元を開けた襟からネックレスが覗いていて色気たっぷりな大人の男性といった雰囲気だった。
「お待たせしました。ブレンドコーヒーです」
配られたコーヒーにミルクを入れてパーティが飲む。
「僕も3人と同じく外交をしているマタリと申します」
笑顔で挨拶をされ、シャロンとキャメリアが頬を赤らめて声を潜めて話しをする。
「マタリさんかっこいいわね!」
「大人の色気ってやつだね!」
マタリがにこやかに続けた。
「あなた方のお陰で今日はとても良い日になりました!」
「え?何もしてないよ、俺ら」
アスタが平然と答えるとマタリは首を横に振った。
「いえいえ、あなた方に出会えただけで僕はもう充分です!そう、このお2人のような素敵な天使に・・・ね」
2人の手をマタリが持つと耳まで真っ赤に染まった。
「重ね重ねごめんなさい!彼は女性を見るとすぐこうなんです!」
パトロックがマタリを回収する。
「何すんだ!俺の愛を素敵な女性達に伝えねばならんのだぞ!!」
「何すんだはこっちのセリフです!No. 1の方だけにしなさい!」
「女性はいつでもオンリーワンだ!」と言い合う。
その横でロマはアスタにノーティーエッグズで魔王軍を欺いた話を聞いていた。
混沌とした状況に女子が唖然と見ていると、リントンが尋ねてきた。
「メリリーシャへは今日来たの?」
「ええ、さっき来たばっかりよ!」
「美味しいケーキ食べに行きたいねってみんなで言ってたんだ!」
そのシャロンの言葉を待ってましたと言わんばかりにリントンが笑顔で前のめりになる。
「メリリーシャは近隣に小麦畑があって、小麦を使った産業が盛んなんだ!ケーキ屋さんは沢山あるから、僕のオススメでよければ紹介するよ!」
「え!本当!?」
「聞きたい!」
2人も前のめりになった。
「店の味を知る為のショートケーキが食べたいのなら西にあるミーナ!ほろ苦くて、オレンジの効いたガトーショコラなら噴水前にあるココ!まろやかな味のチーズケーキなら南にあるマルジ!滑らかな舌触りのムース系が食べたいならコロシアム付近のノット!他にも路地にある隠れた名店もあるよ!!」
「へー!よく知ってるね!」とシャロンが誉めると、誇らしそうに胸を押さえる。
「僕はこう見えてもドルチェマニアなんだ!この街のドルチェならお任せあれ!」
リントンが得意気になると、話し終えたアスタまで参加してパーティが口々に言い出す。
「シャロンムース系が食べたい!」
「俺はショートケーキがいい!」
「私はガトーショコラ!」
3人で相談する。
「えー、どうする?」
「みんなで行きたいよね!」
「なぁ、3人でそれぞれが美味しく食べるならどこ?」
「え・・・と、3人でそれぞれならこの近くにあるルードルトが・・・」
「よっしゃ!そこ行くぞ!!」
「わーい!ケーキケーキ!!」
「ご馳走様!お邪魔しました!」
情報だけ手に入れるとパーティは嵐の如く去った。
呆然とするリントンにロマがつい我慢できずに吹く。
「リントン、完全にグルメガイド扱いじゃん!!」
「最高だな!面白いもん見せてもらったわ!」
「・・・プッ!」
いつも常識的なパトロックにまで笑われ、リントンが恥ずかしそうに赤くなる。
「うるさい!マタリなんか大嫌いだ!カフェイン中毒で病気になれ!!」
「おい!それは八つ当たりだろ!!」
粗雑な扱いをされた悔しさを紛らわす為にリントンはラング・ド・シャを乱暴に頬張った。
パーティが大使館を訪れる少し前のこと。
メリリーシャの南側にある郊外は廃墟も多く、かなり廃れたスライム街が広がる。
パルフェが進んでいくと、ある廃墟の前で立ち止まった。
怪しく口角を上げて笑い、ドアノブに手をかけ、ノックも無しに開けると玄関から続く長い廊下の真ん中に人形が項垂れて居座っていた。
「人形の魔女、見ぃーつけた!!」




