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月桂樹の冠,  作者: 叶笑美
開拓の島 アンティパスト島
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開拓の島 アンティパスト島

海原にそびえる黒点のような黒い大きな船が、崖の上に佇む鮮やかな赤毛を靡かせた少年の目を捕らえる。

少年はただ一言、「でけぇ・・・」と呟いた。


地図上で東の果てにあった島、アンティパスト島。

ここは魔王軍によって十数年に渡り秘密裏に開拓が行われていた。

島民の間では新たな拠点を置くのではないかと噂が流れている。

地図から消し、情報の遮断、従来の教育も廃止、月に一度の視察による島民の管理。

更には残酷なことに、女性を追放して人口が増えないような措置も取った。

年々減る人口に島民は滅びゆく運命に打つ手もなく、黙って島の開拓を続ける。

その姿は見る人によっては自分達の墓標を立てている様に受け取られても仕方はないだろう。

島の未成年は12人。

最年少の子ども達は4人いた。

この4人は魔王軍が支配した年に生まれた最後の子達だ。

魔王軍が制圧しに来たその日から教育を廃止したため、島の子ども達は一度も一般教育を受けることを許されず、ひたすら土木作業に打ち込んでいる。

そして、島唯一の学校もすっかり廃虚となってしまった。

ある日の朝。

木を運ぶ島民の男性が廃校を見上げて呟く。

「ここの子も可哀想にな。外との交流を完全遮断されたから、精査された本のみが廃校にあるが、女を知る手段が保健体育の教科書しかない。だからそれをエロ本として読んでるという話にも涙が出そうだよ・・・」

「去勢されなかっただけマシなんじゃないか?」

島民同士が憐れみながら話していた。


一方、その当事者の少年達は廃校に入り込んで嬉々として本を読んでいた。

「こ、これが女!」

「本当に同じ人間なんだよな?」

「なんかわからんけど、この丸み!!こう・・・心がざわざわするよな!」

「いつ見ても・・・ね!!」

最年少の4人が保健体育の教科書に載っているポップなイラストの女性の裸体を見て悶えていた。

なんなら左半身は内臓まで描かれている。

夢中になっていると外から汽笛の音が聞こえる。

「お!そういえば今何時だ?」

少年達が立ち上がる。

「もうすぐ魔王軍が来るぞ!!」

「今日めっちゃデカい船だったよ!」

「急がないと!」

「行こう!」

口々に言うと4人は慌てて校舎の外に出た。


港にはいつにも増して大きな船が停まっている。

中年の島民同士が威厳のある船を見上げて言う。

「今日は一際デカい船だな・・・」

「さっき誰かが言ってたけど、今日は幹部の葵とかいうのが来るとか来ないとか・・・」

そこに若くて体格の良い顎髭が特徴的な島民が来た。

「おーい!もう魔王軍が船から降りてる!早く集まらないと怒られるぞ!」

「ブルス・・・アゴヒゲ!!すぐ行くよ!」

2人の中年の島民は男の方へと向かった。

「何年もやってるのに時折間違うよ・・・」

「しっかりしろよ」

この島ではお互いを本名ではなく身体的な特徴を用いたあだ名で呼び合っていた。

「しかし、この島を監視する魔王軍も年々若くなっていくな。リーダーにしても、他の隊員にしても島の子ども達くらいじゃないか」

「そりゃあ、ここまで島民を飼い慣らせば子どもでも管理できるだろうよ。もう十数年間、誰も反乱も脱走も企てない骨無しの連中だぞ。監視だって月一でも問題無くなるさ」

1人がため息を吐く。

「情けねぇな・・・」

そんな仲間に肩を叩いて励ました。


4人の少年は校舎から走って広場に向かっていた。

途中、赤い髪の少年がこそこそと物陰で話す魔王軍2人を見つけて立ち止まる。

その内の1人の手には細めで尖ったまつぼっくりのような木の実があった。

「お前何持ってんだよ?」

仲間に聞かれて、手に持つ物を見せる。

「前に西の大陸の郊外で買ったんだよ。都市で流行ってるおもちゃだって。ポケットに入れっぱなしにしちゃったよ」

「それはまずいな・・・」と言いながらも「これどうやって使うの?」と興味を持つ。

おもちゃの持ち主が花弁を1枚ちぎり、それの中央を指で押して、本体を仲間に渡すと姿が入れ替わった。

「あれ!?俺が目の前にいる!?」

「花弁と本体を持ってる人同士の見た目が入れ替わるんだよ!」

手鏡で自分の姿を見ながら感動しているとリーダーが来て注意された。

「こら!そんな所で何してる!!」

現れたリーダーは赤髪の少年や隊員達とそう年齢が違わないいで立ちだ。

隊員が驚いてボタンを再び押し、入れ替わりを解く。

「わ!リーダー!」

リーダーが近寄りおもちゃを奪って観察した。

「何だこれは?まつぼっくりか?」

2人が気をつけの姿勢をする。

「それは都市で流行っているおもちゃであります!!」

その報告を聞いて持ち主を睨みつけて怒鳴った。

「島外の物は持ち込み禁止だと言っただろ!!」

「すいません!ポケットに入れたままにしてしまいました!!」

そのやりとりを赤髪の少年は陰から息を潜めて見守る。

「これは没収だ!島民はもう集まっているぞ!早く持ち場に行け!!」

2人は「はい!」と返事をして走り去った。

「リーダー今日も張り切ってんな!左腕の腕章が眩しいよ」

「そりゃあ四天王の葵様から直々に戴いたお揃いの腕章だからな!あんなん貰ったら俺だって張り切るさ!!」

走りながら2人でまだ話す。

「おい!お前ら聞こえてるぞ!!」と後ろからリーダーの怒鳴り声が聞こえ、黙って走り去った。

おもちゃをジャケットのポケットに入れて去ろうとしたら、腕章側の腕を枝に引っ掛けた。

「ったく、これだから辺境の地は。ここも後で整備させるか」

リーダーが去ったのを確認してから気づく。

「あ!まずい!!俺も行かないと!!」

少年は走って広場に向かった。


広場ではすでに点呼が始まっていた。

「1」「2」「3」と1人ずつ点呼を取り、最後の1人が「11」と言った。

点呼を取っていた隊員の足が止まる。

「ん?・・・1人足りんな」

すると遅れてやって来た少年が小走りで、更に何食わぬ顔で最後尾に入り「12!」と言った。

「またお前か!!」

隊員が顔を近づけて少年を睨みつける。

「次遅刻したら罰を与えると言ったよな?」

「ちょっと待って下さい!俺にも事情があって・・・」

少年も慌てて言い返した。

「作業より優先される事情とは何だ?」

周囲の友達が冷や汗を垂らしながら見守る。

「えっと・・・ペットのカエルの出産に立ち会っておりまし・・・ぶっ!!」

言い終わる前に勢いよく飛んだ。

「舐めてんのか!!あとカエルは出産ではなく産卵だ!・・・ったく、これだから教養のない者は。罰としてここの草抜きをしろ!!1人で!!」

「えー!!」と嘆くが、許されることなどなく1人で草抜きをしていた。

「おい、アカガミ!!」

顔にソバカスのある友達が木陰から手招きした。

「ソバカス!」

魔王軍の隊員達の見張りに警戒して周囲を見渡してから、ソバカスの所まで走った。

校舎裏の木陰ですでにいつもの友達3人が集まっている。

「アカガミ大丈夫か?思いっきり殴られたな」

頬にそばかすのある友達に聞かれ、アカガミが表情を歪めて頭を抑える。

「あいつらヤバイって!人を殴るのに全然手加減しないんだよ!!まったく、教養無くしたのは誰だっての!!」

また別の茶髪にくせっ毛が特徴的なクセゲが問い詰める。

「でもアカガミもどこいたんだよ?来る途中皆と一緒だっただろ?」

「そうだよ!かなり探したんだから!!お陰で僕らも遅刻ギリギリになっちゃって怒られたんだよ?」

細身で小柄なガリがさらに問い詰めたが、それをよそにアカガミが思い出したように口を開いた。

「そうだそうだ!さっき広場に向かう途中で魔王軍の隊員がいたんだよ!!」

「魔王軍?偵察日なんだ!いて当然だろ?何も不思議じゃないよ!」

クセゲが言うとアカガミが親指と人差し指を伸ばして見せる。

「違うんだよ!その隊員の2人が持ってたんだけどさ、お外で流行ってるおもちゃがあるらしいんだ。見た目はスタイリッシュまつぼっくりなんだけど、どうなってんのか知らんが2人の見た目が入れ替わったんだ!それも一瞬で!!」

そう言って目を輝かせながら皆を見る。

「はぁ?おもちゃ?入れ替わった?」とクセゲが呆れて聞き返した。

「アカガミ、おもちゃの為に殴られたの?」

「お前もいい加減にしろよ。最近一番目をつけられてんだからな!」

ガリもソバカスも呆れたように言う。

「いや、本当にすごかったんだって!見ないとあの感動はわかんねーよ!あれは・・・そう!本で読んだ魔法みたいなのだったんだ!!」

両手を広げてまた目を輝かせて言う。

「また本かよ。お前も好きだな」

「まあ、お外ならあるのかもね、そういう不思議なおもちゃがさ。魔法とかは信じられないけど、ただお外は僕らの想像もつかないような世界なんだよね」

呆れるクセゲとは別でガリがアカガミを宥めるように答えたが、逆にムキになって反論した。

「おい!あんま信じてないだろ!!わかった!後で手に入れて見せてやる!!」

「手に入れるってどうやって?前に本で見て練習してた手品ってやつでくすめてくんのか?」

バカにしたように半笑いで聞くクセゲ。

「おいおい、俺は毎日練習してるんだ!前より上達してるさ!!・・・ほら!」

そう言って拳を握り、開いて見せると手の上にはクセゲの家鍵があった。

「あ!!いつの間に!?」

「どうだ?気づかなかっただろ?」

余裕の笑みで小馬鹿にして来たクセゲの鍵を人差し指に引っ掛けて回す。

「すごいよね、それ。本当に魔法みたい!!」

「まあな!」と得意気に笑って悔しそうなクセゲに鍵を返した。

「なんなら鍵なんて無くたってピッキングという技術だって習得済みだ!」と言ってポケットに忍ばせた針金を見せつける。

「使い所なんて鍵無くした倉庫開けるとか、魔王軍の検閲から隠し通した秘蔵書庫の極秘部屋開けるくらいだけどな」

「極秘部屋って、魔王軍いない時の行政書類やら、ちょい過激な内容の雑誌とか、あと何故か物語があるくらいだけどな」

クセゲもソバカスも呆れながら笑う。

「でもさ、でもさ!お外にあんな面白そうなおもちゃがあるんだ!きっともっとすごい手品師とかだっているよ!!」

「それ見てみたいね!」

はしゃぐアカガミとガリの横でソバカスが手を後ろについて、青い空を見上げて呟いた。

「なぁ・・・俺、思うんだけどさ」

「どうしたんだよ、ソバカス?」

クセゲに声をかけられるが、そのまま続けた。

「この島から脱出しないか?」

その一言に全員が目を丸くした。

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